01-33 マルタ島 拿捕裁判の証言者 ー カドメイアの勝利
裁判長は、私が商会の長の孫であることを、カストと取り巻きに確認。パウロというガレー船の船長にも訊いて、彼も了解した。
裁判は進んでいく。
「そこにいるカスト氏は、サロリオン商会の船長でしょうか」
右にいる優しそうな神父――検事という役割らしい――に尋ねられ、私は答える。
「初耳です。船長ではありません」
「お嬢てめぇ! 俺が船長だろ!」
カスト。あなたは船を奪った反乱者よ。報いを受けるのが妥当だわ。犯した罪を後悔するといいわ。
「原告は口を慎むように。アリアナ・サロリオン嬢。貴方は、カスト氏がサロリオン商会の一員ではないというのですか」
「船員の一人だとは思います。船長が祖父が任命してます。ペトラ号は別の人だと思います」
「ぐぐ……」
苦虫を潰した顔っていうけど、肩を騎士に抑え込まれてるカストのことね。誰が船長なんて私が知るわけない。裁判て、なんて面白いのかしら。
「では、ペトラ号の本来の船長は誰ですか」
「レッテーリオと聞きました。カストが企てた反乱で、彼は船倉に閉じ込めまれてました」
乗ってから知った。ウソはついてない。
「ほう。カスト氏は、ダニーロス氏に依頼されたと証言してますね。カスト氏は、ダニーロス氏の船が不当に十字教軍に拿捕されたと訴えてここにいますが、正規の船長でないならば、代理人資格を有してないともいえますが。アリアナ嬢、ここでは貴方がサロリオンの代表です。貴方は、ダニーロス氏の指示は無効と、考えてますか」
え。なに。まって。代理人資格ってなに。ちょっと難しい。
「裁判長。発言いいですか」
「弁護人の発言を許します」
私があたふたしてると、カストの隣で弁護士が挙手した。
「ここは、証人アリアナ・サロリオン嬢が、サロリオン商会の代理であるかを問う場です。証人が呼ばれる以前、すでにカスト氏が、ダニーロス氏の代理人として妥当であると認識がされてます。検事の質問は事前状況を覆す不当な問いにあたり、撤回を要求します」
助かった。考える時間ができたわ。
「うむ……。弁護人の要求を承認します。検事は質問を変えるように」
「はい。質問を変えます」
なんかすごい。よくわからないけど、正しく進んでる。そんな気がする。
検事が別の質問に変えた。私は思ったことをそのまま話す。カストがまた怒鳴る。検事側の十字教騎士がうなづいたり、冷汗を垂らしたりする。そうやって裁判は進んでいった。
カンカンッ。
「すべての証言が終わりました。裁判はいったん休憩とします。一刻のち、判決を言い渡す」
裁判長が休憩を宣言。判決は明日だ。私は部屋に戻されることになった。
「疲れた……」
硬いベットにひっくりかえった。どんなに硬くても証人席の百倍マシだ。
裁判は、小難しい言葉を並べて、どっちが正しいか競い合うゲーム。体験は新鮮だった。2時間くらいいたかな。それだけ居れば、いっぱしの専門家気分。
『裁判長! オレもダニーロスも親のそのまた親から東正教だ。偽りはねぇ!』
しょっちゅう言葉の真意を確かめたり、横からチャチャがはいるので、結局なにを争っていたのかわかりにくかったけど。カストとダニーロスが東正教かどうか。積んでいた荷が、十字教の利益になるかどうか、この2つだけだ。
たぶんだけどダニーロスは祖父に船を貸してくれと、掛け合って断わられた。それで、自分の船を取り返そうと、今回の暴挙にでたんじゃないかな。
コンスターチノーブルで積んでベネチアで売れば、毎回、莫大な利益がでるって祖父は言ってる。取り返した荷をベネチアで売り、儲けの一部を渡せば、祖父も許してくれと思ったのかも。
買って売る。商売はどっちも得をしないといけない。十字教だけ、ベネチアだけが得する商売は成立しないし、損するとわかっててやる人はいない。
異教徒と難癖つけて、横取りするマルタのほうがずっと悪どい。奪い獲った荷を取り返しにきたカストに対し、「異教徒の片棒を担いでるから返してやらん」て、へ理屈以前に筋がとおらない。海賊の言い分は商売人にはわかりにくい。
「でも裁判は、マルタ騎士側が優勢ね」
カストは反乱を起こした。裏切り者なんかの発言は、海賊だって信じはしない。
騎士側に軍配が挙がってカストが負ければ、ダニーロスの船と荷は、もどってこなくなる。それを知ったとき祖父の激怒する顔が目に見えるようだ。
でも。それがどうしたって気分だ。
私が知ったことじゃない。
コンコン。
ノックがした。はいと返事をするまでもなく、扉がキィと音をたてて開いた。
「夕食かしら。そこに置いておいて」
もう外はすっかり暗い。お腹も空いてる。とっとと食べて寝ることにしよう。けれど、騎士は手ぶらだった。食事どころか、飲み水さえもってきてない。
「アリアナ・サロリオン出ろ。裁判だ」
「あら? いつもの人じゃないのね。判決は明日じゃないのかしら」
「異端審問だ」
「いたん、しんもん?」
一番聞きたくない言葉が耳に飛び込んだ。背筋が凍りつくのがわかる。
「知らないか? 魔女かどうかを問う裁判だ。いまから執り行う」
震えそうになる手を気持ちで抑え込み、強がってみせた。
「こんな時間から始めるのね。いったい誰を審問するのかしら」
騎士は返事をしない。眉ひとつ動かさず腰の剣を抜いた。反抗は無駄ね。逃げたり抵抗する様子でもみせれば、裁判を待たずに断罪される。
「いいわ。私は魔女じゃないし。身に覚えもないもの。査問でもなんでもすればいい」
両手をあげて降参した私に騎士は、扉へと顎をしゃくった。
通路を裁判所へと歩かされる。
夕方に往復した道は暗くて、潮風が肌に粘りついた。




