01-32 幽閉部屋から ー 人間の運命は車輪のようなもの。同じ者がいつまでも幸運であることを許さぬものです
バンッ。バンッ。
私は、部屋の内からドアを叩く。目の高さにある小窓が開いた。
「また便所か。さっきしたばかりだろ」
十字教騎士の兜の目が答える。イタリア語だ。こっちが女だとバカにしてる。私をいらだたせて楽しんでるのかな。いや、そもそも相手にされてない。いや、なんの力もない子どもと侮ってるんだ。
その通りだから腹がたつ。けども顔にはださない。平静なふりで尋ねる。
「まだなのか知りたいの。私はいつ呼ばれるのかしら」
「じきに呼ばれる」
「そう言って三日が経ったわ」
「大人しく待ってればいいのだ」
騎士はそういって小窓を閉じた。
板に布を敷いただけの硬いベッド。装飾が華美なわりに座り心地が悪い椅子。暇つぶしできる絵のひとつもいない石造りの建物の部屋に、私はいる。
カストに頼まれたんだ。船に居たければいうことを聞けと。脅しに怯んで、強制的にペトラ号を離れた。裁判所の隣だという建物の一室に軟禁され、いつになるかわからない呼び出しを、待ち続けてる。
「何が明日よ」
『あんたには、サロリオン商会の孫娘と証言してもらう。そんでダニーロスさんの船と荷が取り返して、明日には港を出れる。マルタとおさらばだ』
ダニーロスは船団の旗艦長。サロリオン商会の幹部にして、独自に船を所有するやり手だ。船は運悪く、パウロ騎士団に捉まり船と荷が奪われた。カストは、それを裁判で取り戻すために、派遣されたという。
十字教のなかでも狂信的なパウロ騎士団。彼らが狙うのはミカヅキ教徒なので、船が十字教徒の物とわかれば、返還されるという。ダニーロスは、祖父と同じく敬虔な十字教信徒。そこにはウソも偽りもない。問題なく積み荷は戻されると、ダニーロスもカストも信じてる。
「でも。これってどうかと思うわ」
サロリオン商会の船団のさ中、反乱を企て、レッテーリオから指揮権を奪って、目的地じゃないマルタ島に来たのだ。これが、背徳行為でなくてなんだって話。
手段が海賊のやり口だ。
現在地を見失って、元船長に泣きついたあげく、最後はガレー船に拿捕される形でマルタに入港だ。
船長としての能力がない代理人カストを、裁判所とやらは信用するのか。証言しろと言われた私自身が密航者だし。怪しさ疚しさを塗り重ねた面子で、ドロボウされた荷を、当該ドロボウが運営する司法所に訴える。茶番もいいとこだ。
「喉が乾いたわね」
小さなテーブルには一日分の飲み水の容器と、コップがひとつ。生暖かい水は飲み干してしまった。お代わりはない。
軟禁の食事は素朴だった。保存食でないものは久しぶりで美味しかったけど。魚ばかりでつまらない。
建物までの短い道中には、黄色い石灰岩でできた建物が並んだ。形はそれがローマ風なんだろう。どこからともなくする男たちの讃美歌。魚や野菜を買い求める客で、天幕の市場は混雑してる。でもそれは似てるようで故郷とちがう。
甲冑の騎士に囲まれて歩く港は初めてみるものばかりでちょっとだけ新鮮だったが、好奇心は萎んだ。
誰もが笑顔で真面目。キビキビ規律の行き届いてる。みんな堅苦しくないのかな。私の心を押しつぶしにきてるようで、息が詰まる。
故郷と同じく島の空だって広いのに。なにもかも、私の町とちがう。
アイワルクの建物はギリシャ風。花崗岩と木材で作られた家が多くて、時間も景色もゆったり流れた。何十年もオスマンが支配してるから、ミカヅキ教のモスクがあったり、ベネチア人の建てた異人館があったり。色々、交じり合って散歩するのも楽しかった。
オスマン人がコーランと呼ぶ|コラニオ<経典>も嫌いじゃなかった。|コラニオ<経典>は、ミカズキ教徒が自分たちの神との約束事を記した、彼らにとっての聖書。朗々語る声で朝日が昇って、夕日が沈んだ。お爺様は、うっとおしいと耳をふさいでたけど、アイワルクでは、町の空気をつくっていた。
―― ビスミッラーヒ・ラフマーニ・ラヒーム アル・ハムドゥ・リッラーヒ・ラッビ・ル・アーラミーン アル・ラフマーニ・アル・ラヒーム
意味はわからない。十字教の『天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。み国が来ますように』あたりと推量する。違ってたら罰があたりそう。
バンッ。バンッ。
ドアを叩く。いらだった騎士が「なんだっと」小窓を開けた。
「カストがどうしてるかわかる? 用事がないのなら、船に帰りたいんだけど」
「時期に呼ばれる。すめば解放される」
同じ答えを残し、小窓が閉じる。
腹立たしい。はしたなくもベッドに大の字になった。
外には讃美歌。今度のは子どもたちの合唱。ラテン語のキレイなハーモニーは揃いすぎて、私には窮屈。|コラニオ<経典>が懐かしい。
「シロウは、どうしてるかしら」
黒髪の漂流者のことを思う。どうしたことか、心がうずいた。
魔法がつかえ、妙な体術を会得し、コーヒーも淹れられる。見つかれば死は免れない魔法を披露しポンプを回した。当たり前が欠けてるくせに、仕事を楽にすることに手段を選ばない。思慮深いかと思えば、そうでもなく、小火で自分と船を危険に貶めたり、無鉄砲にも、十字教騎士に歯向かったりする。
通じなかった言葉を半日で話せるようになった。思えば不思議な少年だ。
私を守ってくれようとしてる。イオニアスが彼をつけてくれた。たまたま命を救われただけの彼。護衛の義務なんてないのに、性格は義理堅い。今は何をしてるのかな。船で大人しくしてる姿は想像できない。
キィと、重い扉が開いて、騎士が入ってきた。
「居るか?」
「そりゃ居るわよ。ようやく呼び出しかしら」
「食事だ」
水と載せたトレイをテーブルまで運んで、部屋を出ていく。魚をニンニク、タマネギ、ハーブ、トマトで煮込んだ料理だ。冷たい水にとびつく。
「便所は30分後だ」
「うるさい!」
トイレの時間まで決められるなんて。おまるが置かれるよりはましかと、ため息をついた。
「ああ。パパリーナが食べたい。メルメロジャムたっぷりのパンが食べたい」
それでも食べ物にありつける幸運を神に感謝し手を合わせる。美味しい食事を食べ終わり、トレイが下げられれば、後はすることもない。
暇すぎる。
この建物も石灰岩。凸凹してる壁のへこみを数えていく。
「…………1021、1022、1023、まぶしっ」
鉄格子付きの窓から差し込む夕光が、目にはいった。部屋を3周半した。今日も呼び出しはなさそう。
陽が落ちて暗くなったらどうやって暇をつぶそう。話相手もいない夜は長い。眠るまで、隙間から見える星でも数えようか。
その時、扉がキィと音をたてて開いた。
「アリアナ・サロリオン出ろ。お待ちかねの呼び出しだ」
3人の騎士に囲まれて建物から出る。隣にある似たような石造りの建造物に連行される。
前と後を挟まれて、広くもない通路を行く。30人も入れば埋まりそうな部屋に連行された。正面の高い席に十字教の司教が3人。左には、拿捕のときにいたガレー船の船長と騎士が二人。右には神父にカスト、それと取り巻きが二人いた。カストは汗びっしょりだ。
これが裁判する部屋。配置に意味があるのか、それとも全くないのか。いままで、どんなやり取りをしていたのか。何もわからないけど、背中をしゃんと伸ばさなきゃいけない気分にさせられる。全員が何かを待っていて、一言も発しない。
「証人は証言台へ」
正面に座るもっとも偉そうな司教が、いらだつように促した。
「しょうにん?」
「イタリア語が通じてないかね。キミのことだアリアナ・サロリオン」
時々、自分が何語を話してるかわからなくなる。
「わかるわ」
ベネチアとの商売するなら必然的にイタリア語を覚える。アイワルクにもコンスタンティノープルにも、ベネチア人はいるから、スペイン語より身近だ。イタリア人のほうも、彼らのほうも|共通語<サビール語>が自在だけど。
「では言われた通りにしなさい」
中央にある立ち机。注目を浴びる位置に置かれた机。証言台というらしい。騎士に背中を小突かれ、私は、見物人の中をおずおずと進んだ。座る椅子のない、部屋にいる人間すべての視点が集中した証言台。いけにえの子羊になったようで、落ちつかない。
「宜しい。アリアナ・サロリオン。キミは証人として呼ばれた。私のいうことを復唱しなさい。『宣誓、わたくしことアリアナ・サロリオンは』、どうぞ」
「え? え?」
「復唱しなさい、『宣誓、わたくしことアリアナ・サロリオンは』、はい」
復唱て。
あ。この人の言葉をくりかえせってことね。
「宣誓、わたくしことアリアナ・サロリオンは」
「うむ。『当法廷において、真実のみを話し、決してウソ偽りを言わないと誓います』」
「当法廷において、真実のみを話し、決してウソ偽りを言わないと誓います」
「『虚偽を述べたその時は、いかなる処罰も喜んで受けることを、神に宣言します』。はい」
「虚偽を述べたその時は、いかなる処罰も喜んで受けることを、ええ?!」
いかなる処罰も受ける。殴られようと殺されようと、文句が言えないってことよね。ダニーロスとカストの荷を取りもどす裁判で、得も義務もないこの私が、どうして命を懸けるのよ。
私は踵を返し証言台から、つまりは裁判所から出ていこうと、。騎士が背後を塞いで微動だにしない。室内にざわつきが起こる。なんだあの小娘は、と。物を知らない田舎者、と。さざなみのような嘲笑が、私の心をえぐる。なんだもなにも、こっちが知りたい。
カンカンッ
裁判長が木槌を叩いた。乾いた音が響き、ざわついた石造りの室内が鎮まる。
「静粛に。証人は席にもどるように」
逃げられないと悟り、回れ右して証言台にもどる。言葉がでない。誰が言うのよ。処罰を喜んで受けたい、だなんて。
口をつぐむ私。司教がほほ笑む。
「続けなさい。『いかなる処罰も喜んで受けることを、神に宣言します』。さあ」
「だけど、それは」
「真実を語ればいいことです。正しき行いには正しき報酬を。悪しき行いには相応の報いを。敬虔な十字教信者なら、何も怖れることはありません。神は貴方の味方ですよ」
そうなのかな。司教が言うならそんな気がする。ウソさえつかなければいいんだ。知ってることを知ってるがまま。真実のみを語ればいいんだ。汗かきカストと目が合う。あなたも宣言したのよね。真実からほど遠い男さえ宣言したなら。
「……いかなる処罰も喜んで受けることを、神に宣言します」
「宜しい。それではさっそく尋ねます。アリアナ・サロリオン。貴方はサロリオン商会の会長であるイリアス・サロリオンの孫娘に相違ありませんか」
「はい。私はイリアス・サロリオンの孫娘です」
私の証言がこうして始まった。




