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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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01-03 海水と遊ぼう ― 急ぐ者はつまずく




 物体には浮力がある。液体の比重をくらべ、相対的に軽ければ浮くし重ければ沈む。水の比重は1。基本的に人は水に浮くが、個人によって差がある。筋肉のつきかたによるらしく、0.9だったり、1.1だったりで、微妙に前後してる。


 筋肉をつくるタンパク質は水よりやや重く、脂肪は油で軽い。その違いで浮く人と沈む人がいる。マッチョよりもデブが浮きやすい。


 水泳選手は練習で引き締まってるが比重的に沈みやすい。速度を気にしないのなら、アスリートは食って寝てるほうお得だ。どうでもいいことだが。


 海水は真水より比重が高いから、物が真水よりも浮きやすい。イスラエルとヨルダンの間にある「死海」は、海水濃度が高くカナヅチでも浮く。イスラエルで戦争が起こる前は人気の観光スポットだった。


 これもどうでもいい。重要なのは海水という点だ。


 目を覚ましたとき、俺の身体の大部分が水上にあった。仰向けから上半身を起こしても沈みもしなかった。浮き方が非常識だ。水が反発してるか、沈まないシートに乗ってるような感じだった。比重で言うなら、発泡スチロール並みに軽くないとああはならない。


 板に乗り移った今は海に沈む。発泡スチロールにならずに、再現できないだろうか。


「不思議シート……」


 どこをみてもシートはない。背中に手をまわしてさぐっても、ビニルもサランラップ一枚くっついてない。痛い。爪でひっかいて傷つけた。

 そんな特殊素材があれば、海難救助に使われていそうだ。船や飛行機に張るだけで、沈没しないのだから。


「とすれば。水が反発したのか?」


 じつは俺は水に嫌われてるとか。俺を嫌った水が「金輪際、海中の敷居はまたがせぬ」と、世界中の海から追放した。


「ははは。妄想にもほどがあるか」


 妄想がすぎるものの、事実として、海に弾かれていたのだ。死んだ俺が若くなって生き返った。特殊な状況の世界であればこそ、特別な能力の顕現はありうるのでは。万が一。万に一つだが、異世界的などこかとすれば。仕事人間の俺でも日本人。息を吸うだけでファンタジー染まる。


 可能性は無限だ。わからないからこそ、検証は大事である。山本五十六や松下幸之助も言ってる。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」 人とは、俺しかいないけどな。


「やってみるか。ほめてくれる上司はいないが」


 手をパーにして、そろりと水につける。板がひっくり返らないよう、慎重に。海面が極度にうねっていないタイミングで、手のひらを海面におしつける。素直に水中に沈んだ。


「だよな。こうなるのが当たり前だ」


 親が傾けた会社は、得意先からも銀行から見放されていた。どうすれば、融資を受けられるか、仕事がもらえるか。現状を把握して想定。常識ではありえないことも妄想し、検証を重ねたものだ。成功より失敗が多かったが、リスクを減らして一歩づつ、積み上げていった。社員と家族の生活、将来がかかった重いものだった。


 それに比べれば大したことはない。検証に失敗しても割りを食うのは俺ひとり。気が楽というもの。基本的に、そういうトライエンドエラーは好物だ。趣味のプログラミングでは、数日かけてバグを潰したものだ。


「あれかもな。右足をつくまえに左足をあげ、左足がつくまえに右足をあげるやつ」


 右手に体重をかけ、着水するま前に左手に体重を移し、それが着水する先に、右に重心を変える。実行不可能な現象なのだが、言語化すると、なんだかイケそうな気がしてくる。

 海面に両手をかざした。最初は右手……。


 ざぶん。水中に堕ちた。


「うっぷっぷ…………ぐばぁっ。ごぼっごぼっ……」


 板に這い上がって空気を吸う。やはりか。この方法ではなかった。バグをひとつ潰した。次だ。

 あらゆる生物は帯電してる。電気が流れてるのだ。身体の電流を操作できれば、水の分子を動かし反発させることができる、かも。


「よし。どうだ」


 片手を海面にかざす。何事もおこらない。そもそも電流というのを俺はあまり、理解してなかった。プラスからマイナスか。いや、その逆だっけ電気の流れは。その程度である。理科をもっと一生懸命勉強しておけばよかった。そうすれば海を歩けた。


「電気でないとすれば。呪文?」


 家は貧乏だったし、会社を引きついてからは時間がなかったが、昔はゲームで遊んだものだ。たしか呪文を唱えて、魔法を発動していた。呪文はゲームのオリジナルだとしても、共通する部分もあろう。それを試す。


 検証方法が、科学から逸脱してる気がするが、やらないよりもマシだ。ほかに何かを試そうにも物がない。俺の体と板と、海水しかないのだ。身体を張った妄想のどこが悪い。


 水だから。「ウォーター」とか「アクア」だな。いやまずはそのまま日本語で。


「えーと……みず?」


 キー キー キー。


 なにも起こらない。


 上空で輪を描く鳥に笑われた気がする。しかし。あきらめてはいけない。あきらめたらそこで試合終了ですよ。そう、どこかの偉人が言っていたらしい。夜中にシステムダウン対処をしていた社員が言っていた。至言だ。


「アクア! ウォーター!  H2O! 液体! 個体! 流速! 水道! 下水! 浴槽! 再生センター! ムイ! ワッシャー オー! シュイ! ホーイ! アーい! モロ! げろげーろ!」


 思いつく限り、水と関係がありそうな呪文を怒鳴るが、言ってて、なんだか無意味な気がしてくる。これは検証といえるのか。言葉だけでは足りないのか。手に意識を込めてみよう。


「ふんぬっ」


 キー キー キー。

 キー キー キー。

 キー キー キー。

 キー キー キー。


 鳥が増えて10羽くらいになった。

 

 死ねーと聞こえる。そのうち、空を全体を覆ってしまうのではなかろうか。そういう勢いで、死期を告げてる気がする。いや。弱気になるな。気持ちで折れたら負けだ。


「うるさいぞ鳥! 寝てろ! ねろ!」


 ぶくん……

 そのとき、水が反応した。


「ヒットした言葉があったのか。「うるさい」、「鳥」、「寝てろ」」


 シーン…………。


 ちがうみたいだ。反応したのは偶然か。うねった波の動きを、都合よく「反応」なんて解釈したようだ。残念だ。


「ま。分かってはいたな」


 異世界。そんなことは起こりえないのだ。ファンタジー作品のごとく、特別な能力が身についていたりもしない。これは漂流。俺は下水に乗って、日本の近海に流された。それだけのことだ。


 運よく漁船にでも拾わるのを待とう。喉がカラカラだ。小雨でいい。降ってこいないものか。


「水もない。食える物もない。体力を温存しないとな。でも、これだけ言ってみるか」


 ごろりとなるまえに、一個。だけ言葉にしてみた。


「……ネロ」


 ぶくん……


「まさか? マジで?  「ネロ」「ネロ」」


 ぶくん……ぶくん……


 ネロという言葉で海水が反応してる。錯覚ではない。俺は呪文をみつけることに成功したのだ。


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