01-29 海賊パウロ騎士団 ー 人生は人間に、大いなる苦労なしには、何も与えぬ。
海賊が攻めてきたと怒声がする。顔の近かったアリアナはその声で我にかえり、俺を突き飛ばして立ちあがった。
「か、海賊よ!」
「それはわかるが……あーいて」
「ま、いろいろあるのよ。いろいろ」
彼女は胸を抑えて深呼吸、体の至る部分を点検。身支度を整えるというより、心を鎮めてる感じだ。じっとみていた俺と目が合う。
「なに見てるの。後ろ向いてて!」
「……ええ?」
理不尽である。とはいえ、女性の気紛れにいちいち反応しては、いけない。かといって無頓着なのもダメだ。妻と娘から嫌われたののは、舵取りが下手だったせいと、今は思う。
背中でする絹ずれ――絹ではないが、衣服の直す音が生々しい。
「シロウなにをぼさっと座ってるのよ。急ぐわよ」
「え? なにを急ぐって」
頭を叩かれた。思春期の乙女は感情の起伏が激しい。
「見物よ。海賊なんて初めてだわ」
扉をけ破る勢いで外へと飛び出していったアリアナ。やれやれと俺は、立ちあがり、後を追った。階段の上っていく彼女。ゆったりしたグレーのズボンにお尻のライン。少女から女性へ成長していく今のナイスオブジェ。こんなときだが、いい眺めである。こういうのを投降でバズる画像と言うのだろう。
「帆はバタついてるわ。回頭を終えたばかりで風をとらえきってないのね」
「へぇ」
帆船は、どうやってその場で回るんだろ。スクリュー船ならわかるが。見たかったな。太陽は後尾。泥棒髭船長のレッテーリオが言った通り、進路を北へとったようだ。
「あれだわ。見て。6時の方向」
アリアナが叫び、喧噪をまき散らす船乗りの間を縫って、船尾へと駆ける。船は3隻。帆船なんだがこっちと形状が違う。どいつも帆が三角だ。
「ガレー船だわ!」
「ガレー船?」
小さいくせに、とんでもなく速い。ぐんぐんと距離を縮めてくる。
「ヤード立て直せ。風は右ほぼ真横だ。絶対に逃げ切る」
レッテーリオが檄を飛ばす。船乗りは力を合わせて索を引いてすべての帆が膨らんでいくにつれて、甲板が傾いていく。風をとらえた船が安定したのだ。
「オールで漕ぐ船よ」
船からたくさんのオールが突き出してる。池の貸切りボートに乗ったことがある。30分で腕と足の筋肉がパンパンだった。
「かなり速いな。このままだと追いつかれる」
「最高速度は遅いのよ。けどもオールがあるから風がなくても進めるわ」
いまは風は理想的に強い。推進力には申し分ないが、旋回を終えたばかりで速度が出るまで時間がかるらしい。船は大きくなるほど、風を強く受られるがその分、加速に時間がかかる。大型トラックと自家用車の差。大きいゆえの弊害だな。
「あの旗は?」
ガレー船には立派な旗が掲げられてた。十字の紋章。ステレオタイプのドクロではない。
「……パウロ騎士団。マルタ島にいる十字教の騎士団よ」
つまり海賊でながレッテーリオが言ってた。パウロ騎士団は海賊行為をすると。
アリアナが蒼白になった。これは見物どころではないな。
「あれが」
旗ならこちらのペトラ号も二枚揚げてる。それぞれ所属ギルドと、ギリシャを表してる。
誇らしく掲揚されているんだが、船乗りが見合ってない。恰好がひどい。俺に与えられたボロ着も元より、船員の服はてんでばらばら。揃ってみすぼらしいので、よっぽど海賊チックだ。
ドン ドン ドン ドン……
「太鼓の音がする。幻聴か」
規則正しい音が聞こえるんだが。こんな場所で祭り囃子。ないよな。
「そのとおり太鼓よ。音でオールのリズムを合わせるのよ」
一糸乱れぬオールさばき。遠目でも、総員の装備が均等化され、いかにも正規兵だ。数えると1段あたり20本で2段ある。それが左右だから。
「最低でも80人か。水と食料だけで相当な重量になる。船縁も低いのに沈没しないのが不思議だ」
「変なところに感心するのね。漕いでるのは奴隷よ。たぶん。ベネチアなら労働者を雇うんだけど」
昔にそんな映画を観たな。奴隷を下層に詰め込んで漕がせる。食事もろくにあたえず、働きが悪いと容赦ない鞭がとぶ。くたばっても気にしない。そりゃ食料は少なく済むわな。生きる動力源。鬼畜すぎる。
「船長! 風がとらえきれねぇ。これじゃ追いつかれちまう」
「手の空いた者は武器を取れ、戦闘準備」
迎え撃つ気のか。教会騎士団に歯向かうことになるが。宗派的に問題ないのかね。いやどんな大義名分を掲げても海賊は海賊。やられる前にやっていけない理由はない。
ガレー船の横や前にトゲトゲがついてる。体当たりでトゲトゲで突きさし固定。その後、板を渡して舷を乗り移ったり、ロープでマストに飛び移ったり、帆にナイフで帆を切り裂きながら降下したりするのだろう。
ちょっとわくわくする。海賊映画をリアルで観ることになるとはな。
生き返ってみるもんだな。
この世界に大砲はあるんだろうか。甲板のどこにも見えないけど。
まだ大砲は発明されてないのかな。
「アリアナ。この船に大砲は載せてるのか?」
「さあ。積む商船は少ないの。積み荷が減って儲けが少なくなるもの。だから護衛する船と船団を組むのよ」
アルゴー号と、このペトラ号は護衛船も兼ねてるなら大砲があっていい。あれは無骨な鉄塊だから、搭載されれば見てるはずだが。隠してるのかな。
「銃は?」
時代的には先込め式だ。マスケット銃ってやつ。日本だと種子島に流れ着いてやがて量産されたタイプ。
「じゅう?」
聞き返された。銃はないらしい。アリアナが知らないだけかもしれないが。
船乗りたちは、剣、槍、弓などと武器をとる。一応の戦闘準備は完了したが、なぜだろう。戸惑ってるようにみえた。
「なんだか。やる気なさそうだが。海賊の襲撃は珍しいことなのか」
「よくあるわよ」
「それにしては慣れてない。対応が散漫だ」
扱えるのか。船乗りが剣の訓練を姿など、一度もみたことないのだが。そもそも、闘おうと意欲が伺えない。敵はもうそこだというのに。
「こういうときは投降するのよ」
「投降? 殺されるかもしれないのに」
「地域を治める海賊に荷物を渡して逃がしてもらうのよ」
「へー」
なわばり通行税みたいなものか。戦国時代以前の豪族の関所を思い浮かべた。信長が蹴散らしたヤツだ。
「わかるが。交渉できるものなのか」
「海賊だって怪我をしたくないもの。無傷で奪えるなら楽だわ。だけどパウロ騎士団は十字教に命を捧げてる例外。いつもと勝手が違うから、闘っていいのか迷ってるの」
なわばり通行税を払って安全に通るのが通例だがパウロ騎士団には通じない。レッテーリオそれがわかってるが、船乗りたちは慣例が通じると思ってる。温度差があるな。これでは戦闘にならないな。
いきなりだった。耳をつんざく轟音がして、前方に大きな水柱がたった。一隻のガレー船から黒煙が噴き出し、それが風になびいていた。あの船が大砲を撃ったのだ。キーンと耳鳴りが発生した。
水柱の波が船を揺らす、立っていられなくなった。アリアナがしゃがみながら俺の腕を捉んだ。船の帆先が水柱にツッコんだ。甲板に潮が流れ込んだ。飛沫が跳ねあがり、頭からかぶった。
「きゃっ!!」
「うっは。冷たい」
別の敵船が大砲を発射。砲弾は金属の塊。破裂しないのは幸いだが、当たれば船は傷むし、当たりどころによっては沈没だ。いまはまだ威嚇射撃だが、しびれを切らせば、直撃を狙ってくるのは明らかだ。
戦力が違いすぎる。敵は大砲。こっちは弓と剣。数は3対1。笑えるくらい話にならない。そうこうするうち、ガレー船が追いついてきた。
髭が叫んだ。
「弓を番えろ。だがまだ射つな」
射手たちは、本気かよ? って顔をしながら、それでも弓を構えた。
敵。左舷方向のガレー船の甲板から、リーダーらしい男が叫んだ。
『Te aconsejo en nombre de Dios. Oh, barco de tierra lejana.Detente en silencio. La resistencia es inutil.』
投降を呼びかけてるんだろうが知らない言葉だ。ラテン系っぽい。ポルトガル語とかかな。
「アリアナ。わかるか」
「ラテン語じゃなくて助かった。スペイン語ね。それくらいはわかるわ」
「わかるのか?」
すごいな。
「商会はベネチアとコンスタンティノープルで商売してるのよ。どちらにも各地から商人が来てる。スペイン人やポルトガル人、エジプト人、は常識だけど、とくにヴェネト語は必須。みんな話せるから、アイワルクにいても覚えてしまったの。キミが話せないのがわからない」
えへんと、胸を張った。本当にすごい。ヨーロッパ人はバイリンガルが多いっていうが、そんなレベルじゃない。Cカップだな。
「えーと。”神の名のもとに忠告する。異国の船よ。大人しく停船せよ。抵抗は無駄である” かな」
やはり投降の呼びかけだ。
3隻のガレー船のうち、2隻が左右を並走。1隻は斜め前に回り込んで、こちらの頭を抑えつつあった。取り囲まれつつある。
左右の船では3人が、鉤の付いた索を、カウボーイの縄みたいに振り回す。ひっかけて接船するつもりだ。捕まるのは時間の問題。包囲網が完成するにつれ、こっちの速度が落ちる一方。突破する勢いが足りない。
「!Somos la Orden de Pablo, la vanguardia de la santa fe cristiana! ……」
「”我らは神聖なる十字教の先兵パウロ騎士団! 第3船団長のヨハネスである! 所属と船籍を名乗るがいい”」
アリアナは続けて通訳してくれた。
堂々と名乗りをあげたヨハネスは壮年の人物だ。幾多の荒海を乗り越えた古強者然とした風貌だ。
「El barco es el *Petra*, perteneciente a la Compania Comercial Salorion.Soy el capitan Letterio. Por favor, disculpen mi falta de elocuencia, pues soy un hombre del pueblo. !Toda mi tripulacion profesa la fe ortodoxa oriental! 船員は東正教信者だ!」
「おお。なんとドロボウ髭のくせにインテリだ」
応じたのはお疲顔船長のレッテーリオ。衣服は船長用に仕立てられた高級服だが、さきほどまで船倉に閉じ込められてよれよれで、煤まみれ。哀れを通り越して滑稽である。
「笑わせないでよ ”船はサロリオン商会のペトラ号。俺は船長のレッテーリオだ。平民ゆえに言葉が足らんところは許してくれ。船員は東正教信者だ!”」
船員は東正教信者だ! の部分は訳さないでいいんだが。
「ふ。下賤な|共通語<サビール語>か。そちらが良いか」
「そうしてもらうと助かる。スペイン語に直して話すのは疲れるからな」
「神の慈悲と感謝するがいい。それで、お主が船長と申すか? そのような乞食のなりのお主が? 言葉の不敬は不問とするが、No tolerare falsedades. 虚偽は許さん」
「あー……なんつーか」
ヨハネスが言葉に詰まる。あまりにも貧相すぎて、船の長と映らないらしい。まったく同感である。髭くらい剃っておけといいたい。
「Es un incendio pequeno. 小火でこうなった。悪いな」
「船中に火をだしたのか。管理不足もはなはだしい。助かった命を神に感謝せるがいい」
「まったくだ」
横目で俺をにらんできたので、そっぽをむいた。それにしてもヨハネス。いちいち神が神がとうるさい。十字教信者てこうなのか。
「東正教。ギリシャ人であるな。所属はどこか。国とギルドを申せ」
レッテーリオは少しためらってから、国名とギルドを名乗った。
「本拠地はアテネで拠点はアイワルク。所属は地中海地域ギルドのエスナフだ」
「エスナフ……ほう。オスマン庇護下のギルドであるな。罰当たりにも異教徒か」
「地中海地域ギルドといったろ。コンスターチノーブルの荷を――」
アリアナが急いで、しかし強くつぶやいた。
「ジェノバって言いなさいレッテーリオ!」
その言葉はレッテーリオに届かない。
「――ベネチアに卸す」
ああ……と、うなだれるアリアナ。どういうことだ。
地理的に、イタリア半島を挟んで西がジェノバ、東がベネチアだ。俺には違いが判らない。なんでそんな悲観的な顔をする。
「ベネチアと申したか。なぜこんな西におる」
そうか。
ベネチアに行くなら、もっと東から北上してなければいけない。マルタ近くを通るなんて目的とそぐわない。これはカストがマルタを目指したせいなのだが、秘匿を疑がわれるのは当然だ。ヨハネスの眼差しわずかに鋭くなった。髭は気づいてない。
「バカな船乗りがいてな。星を読み違えたんだ」
「たばかるな。貴船の目的は偵察であろう。マルタ島に連行する」
「違う。俺たちは東正教! 十字教と同胞だ。断じて異教徒の偵察などではない」
「その髭は。異教徒の慣習とみたが」
「髭……ファッションだ。年寄りには、わからないだろうが」
ファッション。あれが。全員が目を丸くしてるぞ。俺にもわからない。世代間ギャップが激しいのがファッションの常だが。奥が深いこと、この上ないな。
「神の目はウソを見抜く。こんな海域でベネチア行こうという、髭をはやした素人の乞食船長。異教徒以外のなにものでもなかろう」
「だーかーら。異教徒じゃないっていってるだろ」
「そこまでいうのなら裁判所に申し出ることを認めよう。神の前で潔白を証明すればよい。それも嫌だと申すなら異教徒として海に沈める。この場でな」
弓を構えた船乗りは全員、腕を下ろした。事実上の降参である。
「や、やめた。神に見放されるたくねぇ」
「俺も」
「オレもだ」
「お前ら……。わかった抵抗はしない」
1戦も交えず負けた。神は強しだ。
渋々ながら、レッテーリオは、パウロ騎士団に従うことにした。
「アリアナ。異教徒って決めつけられると、なにか不都合があるのか」
「本当にミカヅキ教ならばいいんだけれど。破門されれば東正教のミサに参加できなくなるわ。仕事を失って誰からも相手にされなくなる。死んでも埋葬されない。魂は地獄に落ちるわ」
当たり前じゃないと呆れられた。社会基盤が宗教とは恐ろしい。社会からはじかれる村八分。ある日から取引のあった企業が全部、相手にしてくれなくなる。待ってる未来は倒産だ。
裁判のほうもなかなか怪しそうだ。検事弁護士裁判官がいて証人に質問する真偽を確かめる。そんな俺の知る公正明大な裁判を期待して、いいのだろうか。完全にアウェーなんだが。
ヨハネスの顔には歪んだ笑みが浮かんでる。宗教家だって腹が減れば飯は食う。収益は多いに越したことはない。嫌な感じだ。
アリアナの手が震えてる。イオニアスからも彼女を守れと頼まれてる。島でどのような扱いになるか。詰むかもしれない。待遇を期待するのはバカだけだ。どうにか回避できないものか。
「ううむ」
こういうのはどうだ。
索につかまって左舷の縁から、敵船に乗り込む。
火魔法で帆を焼いてから、甲板下で、火事を起こす。
水魔法で脱出し敵にあばよする。
旗艦が混乱すれば、ほかの2船も手を引くだろう。
あの大将の口にねばつく水を口にぶち込んで黙らせてもいい。窒息しようとかまわない。一発あてて逃げることが最善手。小規模の戦いは指揮官が沈黙すれば終了する。
ざっとそんな計画をたてた。思い付き。穴だらけの突貫だが奇襲ならばこそ、上手くいきそうな気が、しないでもない。
「しゃーない」
俺はダッシュした!
――いやダッシュしようとしたのだが、2歩行ったところで味方の船乗りが立ちふさがった。
「そうはさせねぇ」
避けようとステップするも、後から羽交い絞め。こうなると子どもの力ではどうにもできない。
複数の手で甲板に引っ張りこまれ、顔を痛いほど床にこすりつけられた。
終わった。計画は実にあっけなく終焉した。
「むぐぐ……」
「無謀のバカが。どこの戦闘民族だ」
髭に呆れた顔をされた。
俺は平和主義。むしろ世界のどこよりも戦争に遠い国で生きていた。専守防衛を掲げた国は、そのために、莫大な予算を防衛につぎ込んでいた。
「イテテて。やめろ」
ナマスにされる。
「解放してあげて」
「お嬢、こいつぁ俺らを危険にさらしやがった」
そんなことはない。成功する可能性はあった。少しは。
「シロウのことだから、なにか考えがあったのよ。お願い」
「……ちっ」
ちって、こっちのセリフだ。邪魔しやがって。
もう無理だ。今切り込んでも奇襲にならない。
この世界にもいるんだな。戦闘民族。
レッテーリオは俺をひとにらみしてから、相手に大げさすぎるほど大げさに謝った。
「はっはっはーーー。失礼失礼ヨハネス殿。見苦しいものをお見せした」
「ふん。見習いの暴走か。教育がなっておらぬな」
「面目ない。言うとおりご同道しよう。神に誓う。回頭する間、船を遠ざけてくれ」
「貴様の誓いなど信じぬ。我のほか武装兵を10名ほど乗船させる」
「ああ。かまわないぜ」
トップヤードに船乗りが駆けあがる。帆が縮んで推進力が減じる。速度が落ちた船に、敵のガレー船が接舷。両船の間に板が敷かれた。
強そうな騎士が10人以上乗り込できた。装備は軽量そうなプレートアーマー。重甲冑に見えていたが。船上では軽いほうが動きやすい。関節部が工夫されてて、剣も細身のサーベルだ。納得。
こんなときなのに武装に見惚れる俺。男の性ではなかろうか。
「キミね。なにを嬉しそうに笑ってるのよ。立場をわかってるのかな?」
「イテテ。つねるなって。あー」
厨二くさいと思われるが嫌で、とっさにごまかしてみた。
「そのー……臭うなって思って」
アリアナの顔が赤くなる。俺から離れた。
「失礼ね! キミも同じくらい臭いわよ。しょうがないじゃない着替えもないのよ」
「あーいやーそういう意味では。えーと。そうだ。洗濯ってどうやってるんだ」
さらにごまかす。
洗濯機があるわけないが、洗剤や、それにかわる何かで清浄してるよな。
「船乗りに聞きなさいよ。女子の口からは言えないわ」
さらに紅くなって目をそらす。俺を掴んでた船乗りたちがニタニタ笑ってる。
なんだ?
ガレー船が離れ、船は回頭する。帆船の方向転換は忙しい。ヤードの向きを変えたり、一時的に止まったり。忙しいのはわかるが、結局、自分も乗ってるせいで、どうなってるのかがわかりにくい。ドローン撮影の動画が見たい。
ばーんと、船長室の扉が開いた。
「へっへー ご苦労だレッテーリオ。こっからは俺が仕切る。行く手間が省けたな」
甲板に現われたのはカストだ。
操船を放り出して船長室に逃げ込んだヤツが、いまさら何用だ。
「パウロ騎士団団長殿! 俺、いや私はカスト。この船の本当の船長だ。所用で裁判所に伺うところだった。喜んでマルタ島へ同行するぜ!」
「本当の、船長であると。貴様がか」
「その通りだ! てめぇら! 船長が帰還したぜ。喜べ!」
カストが復帰した。カスト配下たちは、大人しく操船を手伝っていたが、この、いきなりのボスの復帰に戸惑ってようだ。
「なにぐずぐずしてやがる! 俺にしたがえ。そうすりゃ、パウロ騎士団は寛容に扱ってくれるぜ!」
「そ、そうだ。船長の言うとおりにしようぜ!」
どっちつかずだった船乗りたちが、カストの指揮下にはいる。カストはもともと、マルタ島を目指していた。この事態を打破する算段がなにかあるのかもしれない。カストに従えば、無事に帰還できる。そう考えたようだ。
非常に懐疑的だがな。
「あやつらは悪い反乱者でな。パウロ騎士団団長殿、敬虔な神の僕の俺に味方してくれ」
「反乱者とな……判断がつきにくいが。あの髭はいかにも盗人くさい。そちを信じることにする」
騎士団はカストを信じるようだ。政権は復活。船はカストの元で新た船出に乗り出した。
「よーしよし」
勢いを取り戻したカスト。こちら見て笑った。嫌な予感がすると思うまもなく、アリアナを手招き。
「アリアナ嬢。こっちへこい」
「なんと! 女を乗船させてるのか。迷信深い船乗りとは思えぬ所業よ」
騎士団長が目を剥いた。やはり女性の乗船は珍しいことなんだな。
「彼女は重要人物。俺にとっちゃ幸運の女神だ。がっはは」
俺は彼女の手を握った。行ってはならない。だが彼女は首をふって踏み出した。手がほどけていく。
「最高最高! ダニーロスさんも喜んでくれるってもんだ。がっはっは。んじゃ髭の囚人さんよ。代理船長ご苦労だった。元居た場所にお引き取り願おうか」
「……カスト」
レッテーリオは船倉へ戻されることになった。ガレー船の乗り込みを目論んだ俺も一緒だ。
ヨハネスと引き合わせられるアリアナが、俺を振り返った。あいつ騎士団の偉いさんだよな。宗教家は女子を丁寧に扱うんだよな。いまはそう思うしかなかった。




