01-27 遭難じゃない。船長は言い張る ー 「絶望と共に生きることはできない。」(アラビアのことわざ)
ドロボウ髭の元船長に揺り起こされた体は12歳こころは65歳の俺は、睡眠不足の目をこすって甲板へ上がった。
久しぶりの外。眩しさに目が眩む。雲の少ない青空で風は安定。絶好の航海日和。
なのに、船はむちゃくちゃ揺れていた。
「2点取り舵……いや、1点面舵だ! なにをやっとる! 取り舵といっとろうが! むち打ち10回!」
船長のカストが怒鳴りまくってる。その指示は、素人目にも二転三転。
コロコロかわる命令に船乗りたちは困惑だ。索を緩めてはすぐに絞るで、帆がばたついてる。舵も回りっぱなしで、同じような位置を旋回。甲板はもはや恐慌状態だ。
航路が定まらない。進路が安定しない。これでは揺れて当然だ。乗り酔いは数えるほどしかないが、胸がむかむかする。
カストは髭をみつけると、ガニ股で突進。首を絞めるばかりの勢いで、つばを飛ばしながらつっかかった。
「レッテーリオ!!! てめぇ、いなくなったと思えば、ガキなんか連れてきやがってなんのつもりだ」
「役に立ちそうなんでな。で、なんだって?」
髭改め、レッテーリオが顔についたしぶきを拭く。カストは俺をねめつけた。俺こそ連れて来られた理由を知りたい。
「こいつが? まあいい。進路はめちゃめちゃだ。なにもかも火事のせいだ」
すまん。正確には|小火<ぼや>だ。
誰も船倉の始末を確認にこなかった。一大事である船火災なのに、そこが不思議だった。進路が混乱して、それどころではなかったんだな。納得。そのおかげで、不始末が水に流された。水魔法だけに。
「火事だろうと、進路を保つのが船長だろう。全員を火消しとは、資質が足りない」
鎮火するまで、操船の手もつぎ込んだらしい。でも時間は短かったぞ。体感で30分もなかったと思う。そこまで深刻な事態になるものなのか……なるな。運転に置き換えると、ハンドルを放して30分も走行だ。時速がノロノロな10㎞としても、事故無しで5㎞も走ったことなる。さすが海原。日本の道路ではありえない。
「るせぇ! るせぇ! ペトラ号は元はおめぇの船。なんとかしろ!」
「ったく……確認しておきたい。カスト。位置はどこだ。ペトラ号はいまどこにいる」
レッテーリオが深刻な顔。カンタンだろそんなの。ごーぐるマップアプリを開けば、地図で現在地がわかる。目的地をタップし、ナビを開始すれば、およその到着時間もわかるぞ。
「いち? 位置は、クレタ島とマルタ島の間で、どっちかといえばマルタ島寄りだ。もっと北でシチリア側かもしれんがな」
どうだとカストは胸を張った。
「……ずいぶんおおらかな位置情報だな。これが船の標準なのか」
軌道衛星もびっくりだ。
「そんなわけあるか」
ドロボウ髭の表情がより渋くなる。お縄になった盗賊だと、笑いたくなったが、冗談を言ってる場合ではないな。
ごーぐるマップも、GPSもない。自分の家からスマホで、イタリアの三ツ星レストランが検索できる現代とはわけがちがう。
帆船航行は大変だ。彼らの絶望が伝わってくる。俺も認識を改めないとな。
「まぁいい。カスト。緯度経度を教えろ」
「いど。けいど。太陽はあそこ。島はみえん」
「そうじゃなくて……はあ……六分儀で確かめてないのか」
六分儀。たしか緯度や経度をみる機械だった。インテリアショップで模型が売られていた。使い方は知らない。
「はっ六分儀? あんなのに頼るなんざ船乗りの名折れよ。ベテランは島影と太陽と星を読むもんだ。恥を知れ」
陸の影も形もない。俺は上を見上げた。一番高いマストの船乗りが身を乗り出し、四方を見ましわてる。あの様子では、視界に陸はなさそうだ。
「その島影がみあたらねえようだな。ベテランさんはこんなとき、どうやってた」
「きまってる……気合いだ」
気合い。会社経営も航海みたいなもの。後悔と難局の連続だ。世の中を読んで方針を立てて、事業を動かす。運任せになる曲面もあるが、最初から気合いだけで到着するなら苦労はしない。
またもや漂流を思いだす。今度は一人じゃない大勢だ。だがまぁ、責任がかかってる肩は俺のではない。高みの見物は気楽でいい。
「カストさんよ。あんたは年季のはいった船乗りだ。副長の経験は豊富だが、船をまかされだことはあるか。沿海じゃなく、こういう地中海のど真ん中で」
「海は海だ。いづれ、どこかにたどりつく」
「ねぇんだな?」
カストは、やたらと額をぬぐってる。服も汗でびっしょりだ。強い日差しのせいだけではない。
「……そこまでいうなら、てめぇがなんとかしやがれ元船長。俺ぁ降りた」
「六分儀、羅針盤、海図は? 返せあれは俺のだ」
「副船長室だ。勝手にもってけ」
カストは「酒をもってこい! 飲まんとやってられん」と怒鳴り、船長室に引きこもってしまった。
うるさいはずの風音が鎮まりかえる。
やりとりを黙って聞いてた船乗りたち。その視線は、船長室に逃げ込んだカスト。それからレッテーリオと移った。
「船長……」
あるものは困惑、あるものは恐怖。だが、全体にあるのは安堵だろうか。バカなカストではなく、頼りにできる船長が返り咲いた安堵。他人まかせで責任がない。そんな安堵だ。
気分はわかる。トップを降りた俺も同じ。同情はするがかかってるのは自分だぞ。おっと、他人事ではないな。
「副船、航海士、いるか」
「おうさ。背中がいてぇがよ」
ほかにも数人が飛び出し、レッテーリオの周りに集結した。船倉でみかけた人もいる。元部下たちか。
「航海士が半殺しで動けねぇ。カストに逆らった罰で……」
「しっかり養生させとけ。微速で進路そのままだ。まず船を安定させろ」
「了解。おめえら配置そのまま! 索の緩みを直せ。いいか」
元、いや新船長のてきぱきとした命令を受け、副長たちが指示をだす。しぼんだ甲板が明るさを取り戻す。止んでいた風音が呻る。
「たのんだ。時計係いるか。時間は? 何点鍾だ?」
「……わかり、ません。す、砂時計、ほっとけって、船長が」
「カストは時間係も駆り出したのか。しかたねぇな。太陽が真上まできたら計れ、目を放すなよ」
「はいっ」
時計係は持ち場に走り、日時計と太陽とを食い入るように見つめた。目、焼くぞ。それにしてもでっかい砂時計。あれで時間を計るのか。何分計だよ。誤差がすごそうだが大丈夫なのか。
自分の腕時計をみつめた。タフなことで有名なG時計。世界時計標準だから時間がわかる。ここがどこかわかればだが。この星のサイズが、地球と同じでない可能性は低い。
「|チップ・ログ<測程儀>。いや、|ハンド・ログ<手用測程儀>は距離は」
「……はい、俺たちでしたが……クレタの西で、マルタ島寄りとしか……申しわけありません」
「カストのヤツ。自殺するつもりか」
時間の次は距離。チップにハンド? どうやって計ってるんだ。まさか、コンベックスや巻き尺じゃないだろうな。
「おーい船長! カスト一味はどうしやす?」
「後で閉じ込めるが、いまは人手がいる。手伝わせろ」
何人かがほっとしてる。あいつらがカストの一味か。
「位置を割り出す時間をくれ。副長室にいく。シロウも来い」
「あ? ああ」
俺は役立たずなんだが。美味い水でも配ればいいのか。
「とにかくよかったな髭。労せずして船が戻った」
「労せず? 何を言う。全部計画通りだ」
よくいうわ。
俺はレッテーリオの背中を追って甲板下へ。奥にあるドアを開けて中へ入った。
「何よあなた! シロウも! レディの寝室にぞろぞろと失礼ではないかしら」
「おっと。たしかに失礼だ」
ほとんどの空間をベッドと机が占める8畳くらい部屋。そこには、手を腰にして怒るアリアナがいた。副長室は、彼女あてがわれていた部屋というのを忘れていた。




