01-26 ちょっとした密約 ー 幸運は勇者に味方する
「シロウ!」
「大丈夫だ……げほっ。アリアナのおかげで助かった」
アリアナの手を貸りて体を起こしたす。いささか、喉に痛みはあるが、息は普通にできる。死んでないのは確かなようだ。
「こんなやつ魔法でとっちればよかったのに。キミならカンタンでしょう」
「寄せ付けないので精一杯だった」
水で窒息させる手もあったが、殺してしまう恐れがある。階上にアリアナがいるとわかってたので、誰かが呼んでくれるものと期待したのだ。当たってよかった。
「レッテーリオだ。サロリオン商会の孫娘なら、船長の名まえくらい覚えとけ」
元船長はレッテーリオか。ドロボウ髭のくせに、無駄にカッコいい。親はさぞかし期待したろう。船長って立場が世間的にどれほど高い地位か、知らんけど。
「失礼なことを考えてないか?」
「べつに。それはそうと俺をどうする。教会に突きだして魔女裁判とやらにかけるのか」
「無論そうする。異端の報告は十字教徒の義務だ」
「死ぬのはいやだな。船を破壊して逃げるか。アリアナいいか?」
行動の表明は、髭へのけん制にすぎない。
最優先はアリアナの意見。どうなんだろう。彼女にとっては身内の船。海に沈める悪行を了解するはずない。マルタ島にいるかもしれない父親の件もある。
「いいわよ」
アリアナはうなずいた。
「小僧もお嬢もバカなのか。破壊して逃げる? こんな海原だ。共に死ぬぜ」
髭はせせら笑うが、笑顔が引きつってる。俺のほうが驚いてるが、顔には出してないぞ。多分。こいつ、交渉事には向いてないな。
「俺には魔法がある。死なないさ」
指先に炎を灯してみせた。魔法の書を読んでほやほや。覚えたての火魔法だ。小火をだしたのは失策だった。おかげで加減は覚えた。炎の壁は実験して、増援を寄せ付けないレベルの壁を維持できた。
「ははっ。強がりはやめとけ、な」
「ふ。造作もないぞ。さっきは小火で済ませた。やってみせようか」
じつは魔力がほとんどない。なぜわかるのか。水魔法のときもこんな風に眠くなったので、エネルギーの枯渇現象とみている。火の海なんてとんでもない。海に出たりしたら、アリアナを道連れに沈むだろう。
いずれは、炎矢や、最大火力も試してみたい。魔法最高。夢が広がるが、それは今じゃない。
「ま、まてまて、やめろ! 俺の船を焼くな!」
髭は、思いのほかカンタンに動じた。張り合いがないなー。正直はいいことだが、船乗りは商人って自分でいってたろうが。1ペアをフルハウスと偽るふてぶてしさがないと大損こくぞ。
「聞く耳はあるか」
「ちっ。聞くしかねえだろうが」
ほっ。よかった。心の底から安堵。余裕ぶって片眉をあげてみせる。
「良いこころがけだ。商人はこうでなくちゃ」
「悪魔が。なにを要求する気だ」
悪魔ね。債務不良の企業を買収したときにも言われた。むしろ人助けと感謝して欲しかった。
「船を取り返したいんだったな。手助けしてやる」
気色で目を見開いたが、すぐに暗く沈んだ。すぐ顔に出るなこいつ。部下からは慕われそうだ。
「今まさに焼こうとしてた船を取り返す? 何を考えてる」
「漂流するよりマシなんだよ。何人か信頼できる部下もいるんだろ。カンタンだ」
「カンタンなわけあるか。できるならとっくにやってる」
言い換えれば。できそうもないからやってない――ってことか。
「アリアナはマルタ島に行かない。あんたは本来のベネチア航海。悪い話じゃない」
とっととうなづけ。もう、まぶたがくっつきそうだ。
「カストは粗暴だがダニーロスが後押ししてる。あの人は船団の長を務めるだけあって、用心深く周到だ。取り戻せば万事が済むって話ではない」
「その気がないならいい。こっちのタイミングで船を焼いて逃げる」
「なんだと!」
「突きだすなんていうなよ?」
俺は、指先の炎を強く燃やした。
早く決断しろよ。限界なんだよ。
「くそ……わかった。やってやる。船は取り戻したいからな。だが、あとのことは」
「商会内のことよね。そっちは任せて。元はといえばダニーロスが画策した反乱だもの。悪いのはダニーロスとカスト。しっかりとお爺様に話をつけるわ」
アリアナが、自信たっぷりに髪をかき上げる。濡れそぼってゴワゴワの髪。ちょっとカッコつかないが、意気は感じた。
「ふむ。会長の孫は伊達じゃねぇってか」
「そうよ!」
いやお嬢さん。あんた。自信は眩しいが、危ういところにいる自覚が足りないんじゃないですかね。いくら商会の孫だからって、海に落とされたり、剣でつかれたら、命はないんだから。
「あとはやるだけか。ふむ……なんだか、やれそうな気がしてきたな」
ほんとかよ。おだてておく。
「たのむぞ。あんたが主体なんだから」
なんか頼りないんだよな。この髭。
「ああ。まかせろ」
味方船乗りの掌握。敵の抑制。作戦、決行タイミング。俺みたいな素人が思いつくだけでも、企みの内容は盛りだくさんなんだが。大丈夫か。
まぁ、これでひと段落。
俺にやれることはない。
やっと寝れる。
「シロウ、部屋に来て。お話したい」
アリアナから嬉しい提案がきた。一緒ってわけにはいかないが、ベッドなら、こんな船倉より上等。疲れもとれるだろう。ただし部屋に行ければ。
「行きたいけど。むち打ちがな」
カストにみつかれば、むち打ち確定。あいつは容赦しないだろう。もう音だけでも背中に激痛が走る。
「お。船で色恋か。若いっていいねぇ」
髭がにんまり鼻の下を膨らませる。
アリアナは「そんなんじゃないわ」と、頬を染めた。
「俺もアリアナも子供だぞ」
「ガキなりにヤレる。ご教授してやろう」
おい。
「よけいなお世話だ。ここには、エロい大人しかいないのか」
「知らんのか。敬虔な船乗りは、色話と賭事で、生きている」
「神に罰せられるぞ。アリアナもいまのうちに休め。忙しくなるぞ」
アリアナがむすっとする。なんでそんなに膨れる。
「子どもじゃないわのに。ふん。わかったわよ」
俺は彼女の背を押す。ふてくされるアリアナは長い髪をゆすって階段を上がっていった。
「ふー。髭、いまさらだが、ハンモックは?」
「囚人にそんなものはない」
「しかたないな。どこで寝よう」
小火の中心だった場所だ。仕切り材は黒炭となり、もはや牢にみえない。本の類は全滅。非常に残念だ。火魔法のほかにも、魔法書があったかもしれない。自分のしでかしが悔やまれる。天井からの水滴は止まったが水たまりのように濡れてる。焼けたニオイも酷い。とてもじゃないが寝れる環境ではない。
アリアナの誘いを断わったのは早計だったと後悔し、船尾側へ移動する。ろくな場所ではないが少しはマシだ。樽に敷物を敷いてごろ寝を決めこんだ。樽の淵が背中に当たって邪魔だが、さほど痛くはない。子どもの体はしなやかだな。
「ほう。良い場所をみつけたな」
髭もやってきて寝ころんだ。
「あんたは、寝てる場合か。船を取り戻す案を考えろよ」
「もちろんだ。反乱計画は練る。寝ながらな」
適当だな。いいのか。
「良き案を浮かぶといいな。成功するとは思えないが」
「なんで上から目線なんだ」
目をつぶる。睡魔はすぐに襲ってきた。
「船長……じゃねぇ、レッテーリオさん! カスト……じゃねぇ、船長が呼んでる」
デカい声がして目が覚めた。どれだけ眠ったろうか。まだ寝足りない。
「あ? 囚人に何の用だ」
同意する。まったくうるさい。
「いいから来てくれ! 船が大変なことになってんだ」
「船が? しゃあねぇな。よっこらしょ」
招集されて髭が出ていった。やれやれと寝なおす。だが静かになったと思ったのも束の間。髭はすぐ帰ってきた。
「シロウ。お前、頭が回るほうだろう。ちょっと手伝え」
「あ?」
囚人が囚人に何の用だ。




