01-25 失火とポンプ ー ラクダは自分のこぶを見ない
「こっちに来い。一緒にきたガキが死にそうだ」
「シロウが?! 通して……」
火傷でもしたのかな。それとも……。いや、「死にそう」は死んでない。
なら、死にかけてるから最期を看取れってこと? 悪い考えばかりが浮かぶ。
階下への開口部に水が流れ落ちる。小さな滝みたいだ。下を覗いたら、うす暗かった。ランプも照らすような火元がない。つまり火事は収束してる。焦げくさい臭いが鼻を突いた。
私は、はやる気持ちをおさえて、梯子を降りた。
避けようもなく大量の水がかかったが、気にしている場合じゃない。
「ははは。お嬢。水で美女美女だな」
浅黒の副長がくだらない洒落で出迎える。美女とびしょびしょ。名誉のだめにスルーするー。
「彼はどこ……」
「ごほん。見えるか。あそこだ」
奥に向かって顎をしゃくる。
「……いた」
じっと見てるいうちに、目が暗さに慣れていく。倒れたシロウがいて、髭の男がまたがっていた。いわゆるマウントポジションになって、腕を押さえつけてる。
「わ、悪かったよ髭。もうどけ。消したんだから、いいだろ」
「消したな。たしかに消した。自分が出した火を自分でな……」
髭の男は怒っていた。シロウを下敷きにして有利なはずだけど、なぜか、そう見えない。
子どもをいじめてる大人。遠巻きにみる副長たち。なんの構図よ。止めればいいのに、ただ、ただ見てる。
行こうとしたが、肩を掴んで止められた。
「あれをやめさせろ。ガキが死んじまう」
だったらその手を放して。言葉と行動がおかしいわよ。
「どういうこと?」
「見ればわかる。おい」
指名された船乗りが、「オレか……」とシロウたちのほうへ歩く。
おっかなびっくり。じれったいくらいそろり近づいていった。
あと3歩となったとき。唐突にそれがおこった。
往く手に炎が現れ、服を焼いたのだ。船乗りは騒ぎ、大慌てで、後ろへと飛び跳ねた。
炎はすぐに消えた。まるで、なにもなかったかのように闇が戻った。
「不用意に寄ると、ああなる」
船乗りは、あち、あち、っと。火を消そうと水を浴びる。副長を非難する目だ。
「さらに不運だと、こうなる」
「こうなる?……わっ」
黒こげの樽が転がってる。中身は絹や布などの荷だろう。はるばる東から運ばれた高価な品がまる焼けだ。
「……大損だわね。お爺様の落胆が目に浮かぶわ」
「うーん。やっぱりな」
「やっぱり?」
「まったく驚いてない。ガキのあれを知ってる顔だ」
じつは、私は見過ごさなかった。火が現れる直前。シロウの唇が微妙に動いた。
火事の原因はシロウ。そして火を消したのもシロウ。
原因がわかってすっきりした。少なくとも、船が燃える心配はなくなった。
「驚いたわよ。少しは」
水の魔法は見たけど、火も出せたとは。それとも、出せるようになったのか。
「少し、か」
「あなたこそ怖くないの? 教会は不思議なことは全部悪魔の仕業と怖れてるわ」
「あれは、錬金術な感じの現象だ。俺は見たものしか信じない。ここに悪魔はいないゆえ、悪魔など存在しない。知らんけど」
「……知らないのね」
「とにかく止めろ。理由は知らんが火の原因はガキだ。お嬢以上の適任者はない」
「私に……止められるかしら」
「良い中なんだろ。なんとかしろ」
またそれ。まったくどいつもこいついも。既成事実みたいにでっちあげて。
まあいいんだけど。
「やってみるわ。誰も近づけないで」
「任せとけ……お前たち仕事だ。ガキのことは内緒。とくにカストには知られるな」
「いいぜ。グロック一樽で?」
「調子にのんな」
副長は部下を引き連れていった。「火は消えた。持ち場に戻れ」と言って、男たちを退散させた。階上から人の気配が消える。さすが副長ってところだ。元だけど。
あれだけ降った水は雫で、ほとんど落ちてこない。子どものとき遊び場にしていた倉庫が、よく雨漏りしてたっけ。あの古い倉庫は取り壊され、広場になった。
「魔女が。疫病神めが!」
「ふ……不幸な事故だと何度もいわすな。言葉をためしていたら、偶然、火魔法がヒットしたと言ってるだろう。髭だけいっちょ前の話をきかないガキが」
「ガキ…… 言え。サバトはどこだ? 仲間はいるのか? 言わねぇと殺す」
「……ぐ」
争いは続いてる。シロウが死んでしまう。
「船長と言ったわね。カストに解任された『元』かな。副長と同じだわ」
ゆっくり近づくと、シロウと目が合った。止まってうなづくと、うなづき返された。炎は現れなかった。安心して足を進めて、声をかける。
「元船長の方? 子どもをいじめるなんて、恥ずかしいと思わないの」
「元じゃねぇ……あ? 商会のお嬢様か」
「そうよ。シロウを、放してくれないかしら」
「ガキに見えても悪魔だぜ。生かしてロクなことにならん。どっちみち異端審問か魔女裁判で死刑だ。ここで殺しても同じだ」
「アリアナ……ぐ」
苦しそうだ。いつもの悪態をつく余裕もない。なぜ無抵抗にやられたままなの。あの不思議な技をかければよさそうだけど、腕をおさえられは動けないか。魔法で反撃したらいいのに。
「私の小間使いなの。お願い。うう……」
手で顔を覆った。泣き落とし作戦だ。
「泣き落としか」
あら。なぜわかるのかしら。
「あと3歳お姉さんで、色気があれば、落ちてたろうよ」
「……子どもで悪かったわね。シロウを放しなさい!」
「拾ったガキにそこまで入れ込むか。酔狂なことだ」
「なんでそれを知ってるの」
シロウ出自はカストも知っていた。なぜわかるの。船の交流はなかったのに。
「噂ってのは風が伝えるんだ。覚えておくといい。魔女は雇い主のあんたも同罪だぜ」
「同罪……私も火あぶりに?」
「そうだ」
「わかった。覚悟を決めるわ」
「そうだ。神妙に……何をする気だ」
私は、炭になった樽から、生焼けの板切れを持ち出した。
「言ったわよね。覚悟を決めたって。こうするのよっ!」
「や、やめ……」
振り上げた板切れを、元船長に、思い切りたたきつける。
はじめからこうすればよかった。板切れは見事にヒットした。
「い、いてーなっ」
手ごたえがない。船長は痛がってるがたいしたダメージを受けてない。
「死ぬか気絶するかすると思ったのに。せーのっ!」
「お嬢様程度が、船乗りを、殺せるわけ、いて、いてて」
私はそこらの女子より力が強いってのに。これが船乗りの底力。悔しいよりも恐れ入る。
力不足は認めよう。シロウに教えてもらうことが増えた。
「いくわよ。んしょっ! んしょっ!」
ともあれ敵は無防備。両手がふさがってるから、躱すことも逃げることもできない。私にとって都合がいい。なので攻撃再開。
「いてっ、いっそ気を失いたい。むち打ちのほうがマシだぜ。これじゃ生殺しだ」
「その手を放せば。楽になれるわよ」
「いていて、いて、いて……ったくめんどくせぇお嬢だ。ガキは放す。ほれ。これでいいか」
「手を挙げて。下がって。もっとよ」
元船長は両手を上げて、暗がりの奥へ遠ざかる。私は、一言もしゃべらなくなったシロウに駆け寄った。よかった。死んでない。息をしてる……というか寝息だ。この子、状況をわかってるのかな。かなり図太い。損した気分だわ。
「……あーイテ。首やら頭がボコボコだぜ。虫に刺されたみたいだ」




