01-23 魔女の治療 ー 水差しをひっくり返せば、少女は母のようになる
昼だけど。無理でも寝ておこう。
目をつむると、むちの音が止んでることに気づいた。
「やれることはある。寝てる場合じゃない」
私は目をひらくと、体を起こして甲板にとびだした。
「ん? お嬢、昼寝はおしまいすか」
マストの下には、血を流した男たちが倒れていた。
「カスト! 傷がひどいわ。この人たちはどうするの」
「持ち場にもどすぜ。半日くらいか。動けるまで、ほっとく」
「ひどい。治療は? 船医に診せないの」
「船医? そのうち治るのに、いちいち肉切り屋に診せねぇ。やるなら勝手に連れていきなせえ。あ。小僧のいる船倉におりねぇようにな」
「わかったわ……みんな立って。痛いけどがまんして歩いて」
「物好きな嬢ちゃんだ。おっと。風が変わってるじゃねぇか。タッキングし直せ。能なしどもが、とっととかかれ、鞭がそんなに好きか」
カストの罵声に背をむける。船乗りに手を貸して、下層への階段をゆっくり降りる。甲板下は、アルゴー号よりもごったがえしてた。雑然と積まれてる樽をよけて、診療室に着く。
肉切り屋の意味がわかった。部屋にいる男は医者にみえない。
「あんたが会長の孫娘の魔女か。牢屋のガキが色だって? 船内じゅうの噂さだぜ」
船乗りって暇よね。シロウと私がどうだろうと、あなたたちに関係ない。
「本当よ。酒の肴にするといいわ」
「やるねー」
「そんなことより、口を閉じて治療して。傷がひどいの」
「鞭の客か。ヒマつーから引き受けたのによ。テキトーに横になっとけ。そのうち治る」
カストと同じことをいう。そういうレベルなのか。
「……あなた、本当に船医なの」
「カスト言わなかったか。肉切り屋だ」
「本当の船医はどこなの」
「港じゃねぇのか。泳ぎが得意ならな」
「海に突き落としたの?」
「カストがな。で俺が抜擢された。包丁あつかいにゃ自信がある」
「信じられない」
ベッドはちょうど三つある。連れてきたけが人たちを座らせた。
「ぐ。ハァハァ……嬢ちゃん。多かれ少なかれ、船医ってのは肉切り屋で、葬儀屋だ」
「言いやがるな副長。つまりは誰でもなれる」
「あなた、副長だったの?」
航海の要となる重要ポストだ。そんな人を鞭打つなんて。
「……元だ。いまは一般船乗り。カストに降格された」
「そりゃよかった。カストのご機嫌取りよりゃ、なんぼかマシだ」
この船医もたいがいだ。あからさまに船長の悪口をたたく。
「だな。ゴホン……ああ、主よ、神の子よ、罪人たる我を憐れみ給え」
元副長は手を合わせた。神へ祈る定型の文言を唱える。
「我は仲間たる船長を助けらず、また、新しく船長を、心の中で散々でクソミソに侮辱しました。その罪を悔いますので、この身に受けた傷を癒し給え」
そして、犯した過ちを反省し、許しを乞うた。
心の中でくそめたに侮辱したらしい。
ほかの二人も手を合わせる。各々が、似たような過ちを懺悔した。
笑ってはいけない。神への冒涜になる。
神をたたえる言葉で、お祈りを締めた。
病気でもなんでも、治療のまえには懺悔する。神に許しを乞うて、傷を治してもらう儀式だ。神に祈って、心を浄化することで、傷や病気が、早くよくなる。
そう信じられてる。
「神と神の子は、そなたたちの声を聞き届けるであろう。……これでよくなる」
医者は、教会で医術を学んだ神父がなることが多い。ただの町医者の場合は、空におわす神に祈る。
「休んだら戻れ、カストにどやされる前にな」
この人は肉屋ね。神父修行に挫折した肉屋。
「……ありがとう。楽になったぜ」
「いいってことよ。ふぅ」
ニセ神父は、棚からジョッキを取り出して、酒を飲みはじめた。ひとりだけで。
え。終わり?
これで?
ウソでしょう。
「ちょっと待って。治療は終わりなの? ワインくらいかけないの」
「傷の治療ならたまーに、薬草を張り付ける。あとワインは飲むものだぜ」
3人とも、肉がえぐれてひどい傷だ。こういうのは真っ先にワインをかけて癒す。ワインは神の賜物。飲んでよしかけて良し。内から外から浄化してくれる。そんなことも知らないこいつは、やっぱり薮だ。
「軟膏はないのかしら? どこかにあるでしょ」
「な ん こ う ?」
なぜ首をかしげる?
軟膏は、スパイスと油を調整した傷薬。田舎なアイワルクじゃ怪我人に塗っていたし、アルゴー号でも鞭打たれたパロスに処方された。私でさえ知ってる。ないの?
「あー。武器軟膏のことか? ありゃ外法だぜ」
「それとは違うわよ」
武器軟膏は、傷つけた武器のほうに薬を塗る方法。効果が飛んで傷が治るって考えだ。たしかに悪魔の御業だけど。信じる医者がいる。治ったらびっくりだ。
「もう。後ろの薬棚をみせて?」
「いかん。薬棚は神聖なものなのだ。こらっ」
肉切の薮医者が、どの顔で神聖いうのよ。
私は、医者の脇をこじ開けて、薬棚を調べた。
「あるじゃない。いろいろ揃ってるわ。クローブは傷薬、麻の実は痛み止め。これを擦って粉にしてと。このタールはなにかしら。油だから効くわよね」
「おい。おいおいっ。素人がわけわからんもん、混ぜてんじゃねぇ」
「自家製よ。お爺様が旅商人から教えてもらってたのを、横で見ていた」
「作るのは?」
「初めてよ!」
「大丈夫なのか……俺たち、死なねーよな」
「神に祈りを捧げたでしょう? 大丈夫よ……たぶん」
「……神よ。この哀れな子羊を救い給え」
3人は追加の祈りを捧げた。私はジョッキを取り上げた。
「そりゃ俺のっ」
倒れたせいか、背中の傷は、木くずと埃で汚れてる。
布に含ませてふき取ればよさそう。だけど、吊るしてる布は黒くて汚らしい。傷が悪化しそうなのでやめた。
「染みるわよ。じっとして歯を食いしばって」
ワインを直接ぶっかけた。肉屋は「俺の酒が……」と涙を流す。
「んっがーーー!」
液体は床に垂れ流し。
ふーふー。
傷に息を吹きかけてあげた。気分だ。たいして乾かないけど。
作りたての軟膏を塗った。
「はい。副長はおしまい」
「……う……ぐ」
「ほら次よ」
「え。俺?……いやだ」
逃げようとしたけど、痛みでろくに動けない。床に手をついて固まった。おあつらえ向きに、背中を丸出し。
「ちょうどいいわ」
「があああ……いてぇ。鞭よりいてぇ」
「鞭に怯まなかった勇者どもが悲鳴を……魔女じゃなく悪魔だったか」
(治療をしてあげてるのよ。失礼だわ)
いったん部屋に戻った。眠気がとんでしまい、やることもない。引き出しを漁ったら紙をみつけたので、さっきの軟膏レシピを書きなぐった。
船内に鐘がなった。交代と食事の時間のようだ。船長がカストのようなゲスでも、その点は真面目やってる。反乱は怖いからね。
「飯食え。持ち場を代われー」
寝ていた船員がハンモックから起きて食事。食べ終えたら持ち場を代わるのだ。甲板に上がる音。下の厨房へと降りる足音。どちらの音も疲れきっていた。
ノックがした。扉を開けた。
「あの、これ……」
食事を載せたトレイを見習いの子が持ってる。受け取って、礼を言って、扉を閉める。メニューはアルゴー号と似てる。堅パン、干し肉、豆、水。どの船も変わらないのだろう。
「こんなものね」
彫があるぶんトレイの造りがよかった。一応は、お客あつかいしてる。
食べた私は、傷の具合を確かめに診療室に降りた。船医は椅子でグースカ寝ていた。
「お嬢、みてくれ! あんたすげえな。血が止まって傷があらかたふさがったぜ」
「ああ。痛みが、なくなった」
けが人たちは、驚異的な回復を、賞賛した。
いうほどに治ってない。気のもちようかな。
「本当に? 喜ばそうとウソをついてない」
「ウソいってどうする……。つーか、なんであんたが驚いてんだ」
軟膏に効果があったと思っておこう。
「不安だったのよ」
「気遣ってくれたんだな。ありがとう」
もう一度傷をみる。そこそこ治ってる気がしないでもない。
お世辞じゃないならよかった。……高値で売れるかも。
「こちらこそよ。ありがとう」
「なんの礼だ? 借りができたな。困ったときは言ってくれ。なんだって手伝うぜ」
信頼もゲットできた。一石二鳥になったわ。
それなら、さっそく、お願いしよう。
「シロウに……小間使いに会わないといけないの」
「愛は盲目というが、カストの目を盗んで逢引きか。やるものだ」
元副長が目を輝かせた。
いちいち説明するのも疲れた。
「……それでいいわ」
「一計を案じるか……お嬢は部屋にいてくれ。ノックに生返事し、外に出るな。引きこもりをカストに印象づけろ。それなら少しくらいいなくてもバレにくい」
かなり具体的な戦略。ほかの二人もうんうん、うなづいてる。積極的でありがたいけど、こいつら楽しんでるよね。
「夜中の八点鍾にどさくさにまぎれて、連れ出す。仲間たちには見ないふりさせよう。一刻もあればコトは……なんか、焦げくさくないか」
コトはの次が気にかかるけど、たしかに臭いがしてきた。
これは……その直後、叫び声があがった。
「船倉で火事だっーーー」




