01-21 魔法の書(火) ー 遅れて学ぶは学ばぬに勝る
くさい臭いのする船倉の牢屋に閉じ込められた。灯りはランプ一個でほの暗い。煌々としたLEDが懐かしい。
牢屋という名の物置には元船長も収監されてた。饒舌で、唯一の話し相手だったが、マルタ島の話をしてからだんまりになった。
俺は、アリアナと連れて逃げる方法を考えるが、海の真っ只中では、どうしようもない。島につくまで脱出は保留だ。
そんなわけでヒマになった。気を晴らす何かがないか。物置を動き回る……といっても3歩も歩けば壁か物にあたるんだが。本が紐で縛ってあった。汚れてるが本は本だ。暇つぶしにはなる。紐をほどいてページを開いた。
「読めん……」
1冊目は、厚い紙で50ページほどある。表紙の図柄は火だろうか。絵があって、文字がある。そのくりかえしだ。幾何学模様とその説明のようだ。最初のほうは、模様が単純で文が短いが、ページが進むほど、複雑になっていく。教科書みたいだ。
「おーい。ドロボウ髭。この本」
「誰がどろぼう髭だ。魔法の本らしいぞそれ」
「魔法の本? ヤバいんじゃないのか。魔法使いは断罪されるって聞いたぞ」
アリアナ情報。俺に、水の魔法を人に見せるな危険っていった。
それなのに、こんな商船で運ばれるとは。売れるのだろうか。
「開くだけでも異端扱いだな」
「すでにがっつり読んだが読めなかったぞ。何語だ」
「俺も読めなかった」
試したのか。冒険者だな。
「ラテン語らしい。昔人づてに貰ったのさ。売れると思ったが、どの商人は怖れて手も触れない。焼却や廃棄は呪われそうだ。神父に託すことも考えたが、異端扱い危険があった。結局処分もできず、埃をかぶってるってわけだ。ははは。まるでいまの俺そのものだ」
笑いに自嘲がこもってる。
「魔女裁判ね。異端や異教徒を裁くっていうけど、どういうんだ?」
黒死病や貧困が蔓延した時代。腐敗する教会内部に、組織の改善を訴える人々が登場した。教会は自浄努力どころか弾圧をはじめる。そうしたひとつが異端裁判。魔女狩りはその最たるものだ。
それくらいは知識として知ってる。歴史の教科書でも触れるしサブカルが食いついた題材だ。食いつきが多くてとっくに食傷気味という。
「一度だけ立ち会ったな。一人住まいの中年女が裁かれてた。神父の決断は尊重するが。二度とごめんだ」
この世に魔女などいない。俺は、魔女裁判は、女嫌いの宗教家が企んだ嫌がらせと考えてる。だけど、俺は魔法がつかえるんだな。元いた世界と似てはいても、異世界ということだ。
ここの宗教はたぶんキリスト教だろうけど、ホントにそうか気になるところだ。
あ、聞けばいいか。
「そういえば、あんたの信じる神って」
「神は神だろ。……おまえ異教徒か。どこからきた?」
髭がすごい剣幕で立ちあがった。聞いちゃいけないヤツだ。宗教じゃなく国にすればよかったな。いや、エーゲ海やらマルタ島がある。ギリシャとかエジプトとか返される可能性が高い。
「まぁ落ち着け。子どもに怒ってどうする」
「お前がいうか……たしかに大人げなかった」
わりと話の通じる男で助かる。座りなおしてくれた。
「お前、ホントに子どもか」
「子どもだぞ。遭難者で、日本から流れてきた。おそらく遥かな東の島国だな」
地形が同じなら日本はある。戦国時代かな。
「東? インドか! どこを通った オスマン帝国いやミカヅキ教徒の支配するスエズをどう乗り越えた? 海路はわかるか? スパイス島がどこにあるか知ってるか」
立ちあがって首を掴まれた。すごい食いつき。神より熱烈だ。
「まて、まて、くるし……知らん。遭難っていったろ」
まとまった情報がきた。息が苦しい、けど、分割してみた。
敵対する異教徒はミカヅキ教。これはイスラム教にあたる気がする。キリスト圏とイスラム圏の支配構造と考えると、腑に落ちる。オスマン帝国なんてモロだし。歴史的背景は類似する。
スエズは、スエズ運河のスエズか。地中海と紅海を繋いでるんだった。まだ運河はできてないだろうが、小川とか、何かしら運搬経路がありそうだ。
スパイスか。現代は安く輸入できる。スーパーの小瓶だと200円くらいか。わざわざ気にしたことがない。産地は、ベトナムとかインドネシアあたりだと思う。が、それをじゃべったら、どこか言えってなりそうなので黙秘。
「本当か? 神に誓って本当か」
信じる神などない。賽銭でも投げろというのか。海路なんて知らん。聞かれても知らないものは知らないのだ。
「そ、遭難だぞ。死にかけたんだ。海路なんて知ったことか」
興奮した髭はなかなか信じない、が、知らないを連発した。納得してないながらも、最期は肩をおとして座りこんだ。
「スパイスはいくらでも高く売れる。東のインドでは、そこら中で安く売ってるらしい。それをミカヅキ教徒がオスマン帝国が海を牛耳ってるのさ。そこにいければ、いまより何百倍も丸儲けだ。ベネチアに豪邸を建てるのも夢じゃない!」
つまり、もっと金もうけしたいってことな。わかる。会社を大きくするのは大変だよな。ベネチアは、シェークスピアのせいで悪徳商人のイメージがあるが、水の都としても有名な国だ。
「すまなかった……魔法の本ならくれてやる。全部もってけ」
「いまもらっても困るが。ありがたくいただいておく」
俺は、静かになったドロボウ髭に背中をむけた。
読めない魔法の本をペラペラとめくる。火の魔法か、使えたら便利だろうな。水魔法はある程度こなせる。火があれば完璧だ。自分でつけて自分で消火。マッチポンプやり放題だ。
「呪文は、ファイヤ―?」
なにもおこらない。だめか。やはり英語は呪文にならないらしい。ネロは何語かな。もういちいち詠唱してないが、水魔法の呪文だった。やはり|共通語<サビール語>だろうか。
「『火』はなんて発音するんだ?」
返事がない。ドロボウ髭は腕を組んで目をつむってる。船を取りかえす企みでも考えてるのだろう。
そういえば俺は、なんとなくこっちの言葉をしゃべれてる。不思議な現象だ。言語を意識しなくても、いつのまにか会話になっていた。
だとすれば。今の質問はなに? ってなる。何を聞いたんだ俺は?
日本語で「火」はなんていうと尋ねられたら、俺ならどう思う。「は? 火は火だ。アホめ」って返しそうだ。言葉を話せることが障害になるとはな。外国語塾もびっくりだ。
「うーむ。火火ひ……炎。燃え燃え、ファイア」
英語などのヨーロッパ言葉。その原点はゲルマン語。ラテン語の影響も受けてるんだっけ。ならば、ファイヤを変形させていくことで、呪文にたどりつける可能性がある。
我ながらヒマな挑戦である。ホントに暇だからしょうがない。船がマルタ島とやらに到着するまで、できることはなにもないのだ。やってみよう。
「ふぁいあ、ふぁーが、ふーが、もーが、しょーが……」
違うな。『が』を軸にしてどうするのだ。
せめてFから発音しないと。
「ふぃーあ、ふぇーが、ふぇーろ……」
ランタンの灯りがゆらりと揺れた。不毛は百も承知の助。細まっていくやる気に、発破をかけながら、俺は続けていった。先は長い。
うるさい、とドロボウ髭ににらまれた。
俺は、声を潜めて続けた。




