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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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20/20

01-20 懐かしき船倉にて ー あらゆる点で幸せなどというものは何一つありはせぬのだ



 船倉にひったてられた俺は、薄暗い牢屋とやらに閉じ込められた。この前ぶりの汚れ水の臭いに歓迎された。できれば近づきたくないじめっとした船底に、こんな早くやってくるとは。鼻が曲がりそうだ。


 カストは牢屋と言ったが、荷物部屋だな。価値のない古着やボロ靴や、汚れた本なんか、押し込められた樽が積まれてる。武器になりえそうな物や食い物はない。


 それにしても状況変化が目まぐるしい。ついていけてるのは、若返ったおかげかもしれない。


「よう」


 牢屋には先客がいた。


「誰だあんた」

「……エラそうな小僧だな。こっちのセリフだ」


 エラそうではない。偉かったのだ。息子に殺されて死ぬまでは。

 いやなことを思い出した。


「? 落ち込みやがった……元気出せ。生きていればいいこともあるさ」

「なぐさめるな。俺はシロウだ。遭難して小間使いに抜擢された老害だ」

「シロウ? 小間使いの老害? 意味がわからんが 随分やさぐれてやがるな」

「いろいろ起こりすぎた。自力ではどうすることもできないことばかりだ」


 くそーなんでこうなる。なにか悪いことしたか?


「お嬢様を守れなかった付き人か。落ち込むわな」

「なぜわかる。もしや。あんたはエスパーか」


 懐かしきSF能力が口から飛び出した。ホットな最新ニュースだぞ。船底に囚われててなぜわかる。


「えすぽあ? 船は音が筒抜けなんだ。そうでなくても、あれだけ騒げば聞こえもする 

『アリアナ、逃げろ 俺ならどうとでもなる。行け!』だってよ カッコイー ぷぷっ」

「く。好きに笑え」


 客観的に聞くと、安っぽいセリフだ。こっ恥ずかしい。俺は樽の上でそっぽをむいて体育座りした。


「大いに楽しませてもらったシロウ。お礼に、面白い話を聞かせてやる」

「……話など、聞く気分ではない」


 どう脱出するか考えなくては。

 脱出自体はかんたんだ。わかってる。俺一人なら、いつくも方法が思い浮かぶ。まだ島が近い。こっそり海に出ればすこしの漂流で生き残れる。


 問題はアリアナだ。イオニアスに言われるまでもない。俺は彼女を守りたい。二人ではこっそり逃亡とはいかない。助けて逃げてもすぐバレる。グミのベッドはいいアイデアだが推進力がない。たちまち追いつかれ捕らえられてしまう。


「お前はお嬢様を守れなかったが、俺は船を守れなかった」


 こいつ。勝手にしゃべりだしたよ。


「あんたが船を? つかまったコソ泥が所有できるものサイズではないぞ」

「俺のどこがコソ泥だ?」

「ひとつ。鼻の髭だ。いかにも泥棒っぽい」

「髭で職を断定するな。船乗りや異教徒は、全員泥棒になるぜ」


 時代劇では、泥棒はほっかぶりに髭ときまってる。しかもこいつは、口を中心に真ん丸。昔コントによくある手下の面だ。

 あと異教徒は髭オヤジなんだな。いらない情報だが。


「ふたつ。服の物が良い。みっつ」


 一般の船乗りにしては質の高い服を着てる。盗んだ金で買ったにちがいない。


「まだあるのか」

「みっつめ。忍び込むのに楽な恰好。数え役満だ」

「かぞえ……? 服がダブってんじゃねーか」

「ちょっと楽しくなってきた。話につきあおう」

「お前。仲間から、性格が悪いって言われないか」

「面と向かってはないな」

「陰で言われたのか。……たくましく生きろ」


 ため息をつかれた。





「……船を守れなかったと言ったな」


 船は沈没したのか。そうでないなら。


「海賊に襲われたのか?」


 中世の海は海賊の時代。商船は宝の山。英国が、私掠船を運用して世界の覇者となったのは有名な史実。


 島々の多い内海なら隠れ家も豊富だろう。どこからでも出没しそうだ。遭遇しなかったのは、たまたまだ。運がよかっただけ。


「その最中だ」

「最中とは?」


 甲板で死闘を繰り広げてるのか? 天井を見上げ耳を澄ませるが変な音はしない。船の軋みと、男どもの作業の音のみだ。


「ちがう。ダニーロスとカストが乗取りやがった。俺はこの船の船長だ」

「乗取った? 自社の船をか。船団の船乗りはみんな、商会の社員ではないのか」

「しゃいんが何かはしらんが。船乗りは一回ごとの契約にきまってるだろうが」

「契約?」

「はあ。そんなことも知らんのか」

「知らん。漂流者だからな。教えてくれヒマだろ」


 泥棒髭はあきれ顔で、商船の仕組みを説明してくれた。


 船乗りは、積み荷に一定の権利をもった個別の商人の集りという。船を抱える大手商会はその都度人を雇う。衣食住は保証するが給料はない。それが商人船乗りだ。


 なら報酬はなにか。それぞれが持ち込んだ荷物を売った収益という。たったそれだけと考えるのは、俺が令和からきたからだ。


 中世には、トラックが走れるような交通網もないし、巨大なコンテナ船もない。流通が未発達だから、遠路の商品が高額になる。大量の荷を運べる商船は莫大な富を産む。たかが包袋の胡椒で数人の娼婦をはべらせるのだ。船員でも相当な稼げるのだろう。


 そこで重要なのは、持ち込める積荷の量。役職や経験で積載量が違う。たとえば船長は30トン、副長は10トンといった具合だ。積み荷の大半が船主の物だとしても、荷を運ぶ権利がもらえれば富になる。


「新人もか」

「下っ端には小遣いをわたす。商売や操船のイロハが覚えられるんだ。命をかける覚悟で数年がんばれば、陸じゃ想像もできない金が稼ぎだせる。十分すぎる」


 未経験者でも飯が食えて、技術をたたき込まれる。丁稚奉公と思えば悪くはない。

 海運は莫大な利益をもたらすのか。だけど遭難や病気、海賊に襲われる危険とも隣あわせ。ハイリスクハイリターンの極みだ。


「イオニアスもそうなのか。子どもアリアナの教育係だったらしいが」

「イオニアスは専属だ。ガキのころから商会に出入りして、可愛がられたクチだ。そういうのもいる」

「ならばダニーロスは? 旗艦の長。会長の友人と聞いた」

「会長の幼馴染だ。雇われの身ながら船を所有し、海を行き来させてる変わり種だ」


 社員なのに海運業を営んでるのか。副業。いやそんなチンケな規模ではない。頭が切れで度胸もある人物のようだ。


「そんな人がなぜ、船を奪った。そうか。あんた、よっぽど人望がなかったんだな」

「ちげぇよ。ダニーロスは、出航前から企んでやがったんだ。カストが乗り込むと、俺が集めた船乗りの半数が寝返った。ヤツは息のかかったヤツを潜り込ませてたのさ。くそ。副長たちが心配だぜ」


 会ってみたいなダニーロス。下準備は完璧。行動にあたって手際もいい。自分は動かず指示をだすだけ。できる男だ。こういう部下がいると事業はのびる。

 やりすぎて会社を傾ける諸刃の剣にもなりうるが。


「船は、マルタ島へ行く。カストが言ってた」


 アリアナ父をみたという話しが本当かどうか確かめにいく。他にも理由がありそうだったが見当もつかない。


「マルタ……聖パウロ騎士団か」

「その騎士団がなにか」


 騎士団ってことは、王家か貴族の所属になるのか。島だから船くらいはあるだろう。いざというときに出兵するわけだ。

 アリアナは怖がっていた。敵対してるのか。


「あいつらは海賊だ」

「海賊? 騎士団なのにか? カストはなんの用事でそんなところに行くんだ」

「船荷を取り返すんじゃないのか。法廷があるらしいし」

「海賊の島に裁判所があるのか。なんだそれは」


 海賊行為で奪った品々を法廷が認可する。正当な入手と認可するわけだ。法的に。


 『正当に入手した荷物です。海賊行為はありません』

 『当法廷は被告の主張を全面的に支持する』

 『(にやり)』


 稼ぎ放題だ。騎士団はカモフラージュ。大英帝国の私掠船よりたちが悪い。あやかりたいくらいだ。


「噂だ。末端にはそれ以上はわかんね」

「カストがマルタに向かってるのは事実だよな」

「ああ」


 ドロボウ髭は考え込むように黙りこんだ。


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