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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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19/20

01-19 ペトラ(岩)号は旗艦じゃない ー 魚は唇で焼かれる



 イオニアスに投げられた俺だが、危ない空中にありながら、楽観的だった。


 水魔法を使える俺にとって、海は味方。たとえ落ちても、どうかなる。

 いつでも魔法を使える気構えだった、すぐに必要なくなった。

 アリアナが受け止めてくれたのだ。


「シロウ!」


 たぶん、体は12歳相当だ。小学5、6年生時分の健康診断の体重は、平均より重い45キロはあったか。飛んでく俺をキャッチ、プロ野球選手でもコケるだろう。案の定、アリアナは俺ごと、転落しかけた。


 だが船乗りたちが支えた。あぶなくドボンするところだったが。事なきを得た。


「やあ。さっきぶりだなアリアナ」

「無茶をしないで」

「イオニアスに言ってくれ」


 断じて俺に責任はない。


「あぶねぇお嬢! 船が転覆するとこだったぜ。そのガキは?」

「イオニアスが言ったじゃない。私の小間使いよ」

「小間使い? 男にしかみえねぇぞ」


 小間使いの仕事は主人に仕えること。雑用全般。着替えを手伝ったり下の世話もする。なので女子には普通、女子をつける。


「頭が良くてコーヒーも淹れられる。全部任せてるわ。ベッドも一緒よ」

「あー。そいつが拾った小僧か。ずいぶんと入れ込んだもんだ」


 全部って。俺に何をさせるきだ。船乗りたちが「ベッドも?」と妄想を始めてる。


「シロウ! お嬢を守れよ。死んでもだ」


 築堤でイオニアスが声を張り上げてる。意見をきかず護衛役に任命しやがって。まぁ船はちがえど同じ船団だ。命をかける事態にはならないだろう。



~ ・ ・ ~ ・ ・ ~



 今いるハニア港は大きな入江にあった。海面から底まで浅いようで、桟橋や築堤に接舷できるのは、漁船や小舟に限られた。船団の船はどれも大きく喫水が深い。無理に接舷すると底がついて座礁する。距離をとって停船していた。


 俺やアリアナが乗っていたアルゴー号と、この船との距離は200mほど。近いようで遠い。衣服で泳いだら力尽きる自信がある。


 小舟は船に近づいていく。接触した。


「この船って……」


 アリアナが首をかしげる。俺たちは、荷物のように船に載せられた。困惑したままのアリアナは、甲板にあがるなり、カストに詰め寄った。


「旗艦のガタクタ号に乗るんじゃなかったの。これペトラ(岩)号よ」


 違う船? 俺にはわからない。


「そうなのか」

「わからない?」

「違いがさっぱりだ」

「もう……これはキャラベル。ガタクタ号はあそこのキャラックよ」


 そう言われてもな。

 あ。マストの本数が違うな。形も違うか。

 あっちのガタクタ号は4本。帆は四角と三角の混合だ。アルゴー号は、マストは3本で、帆は混合だった。この船はマスト3本で、帆は全部3角。横棒がない。へえ。


「注意してみると、けっこう違うんだな」

「そうでしょうそうでしょう。船っていいわよね」


 船オタクだったか。わかれば面白いんだろうな。似ているようでいて、一隻として同じ船はないって点だけは理解した。


「話いいか」


 副長が咳払いした。

 すまん。アリアナと盛りあがってしまった。


「ええ。どうぞ」

「事情がかわってな。姫にはこっちでくつろいでいただく」

「くつろぐ? ダニーロス船長はどこ」

「ダニーロスさんはガラクタ号だ。旗艦長だから。あたりまえだろう」

「それならガラクタ号へ移して。話だけして降りるわ」

「このたび俺は、ペトラ号の船長に任命された。船では俺に従ってもらいますぜ」


 カストがペトラ号の船長? ガラクタ号の副長と名乗っていたのに、ありなのか。

 会社に例える。本店の次長が、支店長を兼務するようなものだ。

 ないこともないな。命令系統が複雑になるが。


「騙したのね。パパを見たって話もウソ」

「そいつは本当だ。マルタでみかけたってヤツがいる」

「マルタ……マルタって。マルタ島のこと? 聖パウロ騎士団のいる?」


 マルタ島は俺でも知ってる。


 イタリアの南にあるシチリア島の、その南の沖にある島……だったな。

 歴史的建造物が多数ある共和国で、島全部が世界遺産のような超有名観光スポットだ。


 ヨーロッパに行くなら一度は行くべき国。旅行が趣味の専務がそう言ってた。


「さすが利発で知られるお嬢よう知ってるな。野郎ども出航準備だ。もたもたすんな!」


 船は出航にとりかかる。

 多くの人員がそっちへ動くが、数人が残った。


 それにしても。


 地中海。エーゲ海。今度はマルタ島だ。

 俺の知る世界にそっくりだ。

 異世界ではなく、過去へタイムスリップしたのでは。

 この勢いだと、バスコ・ダ・ガマとかマゼランも、登場しそうだ。


「……あり得ないわ。パパがそんなところにいるはずがない」


 アリアナが不安げにしてる。聖パウロ騎士団がどういう組織がわからんが、ヤバい史実でもあるのかかもしれない。血なまぐさい歴史ってやつか。勉強しておくんだった。


「ペトラ号はちょうど野暮用でな。ついでに確かめに行こうじゃねぇか」

「私、アルゴー号に帰る。いくわよシロウ」

「おっと。いまさらナシだぜお嬢。逃がすな」


 小舟に戻ろうとしたアリアナを、残っていた船乗りたちが取り囲む。


「お嬢、大人してくれ。取って食ったりしねぇ」

「どきなさい。降りるんだから……きゃっ」

「おっと、手がすべった。子どもなのにすげぇ」


 頭ふたつは大きな囲みを強引に抜けようとしたが、左右から腕をつかまれる。

 ついでに胸も。


 俺の体がとっさに動いた。


 隙間に割ってはいると、一人の肘をひねりあげ……ようとしたが背が低くてできない。手首を逆にとってひっぱる。「うぎゃ」っと悲鳴を挙げた足を払い倒した。


「このガキ」


 次の男の腰に喰らいつき、内側からふくらはぎをひっかけた。小内刈りが見事にきまった。


「え? こ、この! 妙な技を」


 驚いてるね。俺のほうがもっと驚きだ。練習以外ではじめて技がきまった。こうまでアホみたくひっかかるとは。くずしの概念がないと簡単なんだな。試合でもこうだったら楽に勝てたのに。


 男ちたの注意が俺に集中した。とり囲まれた。アリアナ包囲が解けた。

 ほんと単純な連中だ。


「アリアナ、逃げろ」


 小舟は本船へ吊りあげられる。そのための作業準備してるところだ。索が緩く縛られてるだけで、人は乗ってない。自力でオールを漕ぎ出せる。


「シロウも」

「俺はどうとでもなる。行け!」


 こくりとうなづいたアリアナは駆けだし、数歩で舷に足がかかった。飛び出せ。自由の海へいけ。


 俺は男たちに甲板に抑えつけられ、いわゆるマウントポジションになっていた。やせ型の男がニタリと笑う。有利な位置。タコ殴りにしてやろうというのだろう。


 けど甘いな。


 この程度の抑え込み。柔道をやってれば中学生でも解ける。反則を注意する審判もいない。俺は体をひねって脱出すると、逆に相手をくみ伏した。


「あ……あれ?? ぬぐ……ぐ」


 ひとりを落とした。締め技でも抑え込みでも、1対1なら勝利できると確信する。

 だが多勢に無勢。勝てる自信はない。バトルロワイアル。試合にないシチュエーションは習ってないし、柔道はそういう形式ではない。どう突破しよう。


 まあいいか。アリアナの逃げる時間は稼いだ。それで良しとする。俺も逃げようと、立ち上げりかけたが、世の中、そううまくは運ばない。


「そうはいかねぇんだな」


 アリアナの往く手にカスト。ボートに先回りしていたのだ。

 優位と劣勢は紙一重。ちょっとの躊躇いが事態を逆転させる。まったく船って狭いな。


 俺は、白旗をあげた。


「シロウ……わかったわ乱暴しないで」

「ききわけのいい娘は好きですぜ。副長室にご案内しよう。沖にでたら自由にしていいがそれまで大人しくな」


 なぜ自由にするのかと思ったが、洋上に逃げ場がないからにきまってる。どこに隠れても船の中だ。


 小舟は吊り上げられ甲板の定位置に収まった。錨が引き上げられた。最大に展帆されたマストが風を孕んで、船を加速させていく。パンパンに膨らんだ三角帆の帆船が、海を往く情景は一見する価値がある。こんな状況でなければいつまでも見ていたかった。


 この船団。他船はどうなってるのか。桟橋に目をやると、他船の小舟がヒマそうに繋がれていた。出航準備の気配すらない。アルゴー号の小舟で、イオニアスが憮然としてこっちを見ていた。


「狭いがトイレシャワー付きだ。ゆっくりできますぜ。小間使いのガキは牢屋だ」


 同じ個室ながらホテルと牢屋。待遇改善を要求する。



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