01-19 ペトラ(岩)号は旗艦じゃない ー 魚は唇で焼かれる
イオニアスに投げられた俺だが、危ない空中にありながら、楽観的だった。
水魔法を使える俺にとって、海は味方。たとえ落ちても、どうかなる。
いつでも魔法を使える気構えだった、すぐに必要なくなった。
アリアナが受け止めてくれたのだ。
「シロウ!」
たぶん、体は12歳相当だ。小学5、6年生時分の健康診断の体重は、平均より重い45キロはあったか。飛んでく俺をキャッチ、プロ野球選手でもコケるだろう。案の定、アリアナは俺ごと、転落しかけた。
だが船乗りたちが支えた。あぶなくドボンするところだったが。事なきを得た。
「やあ。さっきぶりだなアリアナ」
「無茶をしないで」
「イオニアスに言ってくれ」
断じて俺に責任はない。
「あぶねぇお嬢! 船が転覆するとこだったぜ。そのガキは?」
「イオニアスが言ったじゃない。私の小間使いよ」
「小間使い? 男にしかみえねぇぞ」
小間使いの仕事は主人に仕えること。雑用全般。着替えを手伝ったり下の世話もする。なので女子には普通、女子をつける。
「頭が良くてコーヒーも淹れられる。全部任せてるわ。ベッドも一緒よ」
「あー。そいつが拾った小僧か。ずいぶんと入れ込んだもんだ」
全部って。俺に何をさせるきだ。船乗りたちが「ベッドも?」と妄想を始めてる。
「シロウ! お嬢を守れよ。死んでもだ」
築堤でイオニアスが声を張り上げてる。意見をきかず護衛役に任命しやがって。まぁ船はちがえど同じ船団だ。命をかける事態にはならないだろう。
~ ・ ・ ~ ・ ・ ~
今いるハニア港は大きな入江にあった。海面から底まで浅いようで、桟橋や築堤に接舷できるのは、漁船や小舟に限られた。船団の船はどれも大きく喫水が深い。無理に接舷すると底がついて座礁する。距離をとって停船していた。
俺やアリアナが乗っていたアルゴー号と、この船との距離は200mほど。近いようで遠い。衣服で泳いだら力尽きる自信がある。
小舟は船に近づいていく。接触した。
「この船って……」
アリアナが首をかしげる。俺たちは、荷物のように船に載せられた。困惑したままのアリアナは、甲板にあがるなり、カストに詰め寄った。
「旗艦のガタクタ号に乗るんじゃなかったの。これペトラ(岩)号よ」
違う船? 俺にはわからない。
「そうなのか」
「わからない?」
「違いがさっぱりだ」
「もう……これはキャラベル。ガタクタ号はあそこのキャラックよ」
そう言われてもな。
あ。マストの本数が違うな。形も違うか。
あっちのガタクタ号は4本。帆は四角と三角の混合だ。アルゴー号は、マストは3本で、帆は混合だった。この船はマスト3本で、帆は全部3角。横棒がない。へえ。
「注意してみると、けっこう違うんだな」
「そうでしょうそうでしょう。船っていいわよね」
船オタクだったか。わかれば面白いんだろうな。似ているようでいて、一隻として同じ船はないって点だけは理解した。
「話いいか」
副長が咳払いした。
すまん。アリアナと盛りあがってしまった。
「ええ。どうぞ」
「事情がかわってな。姫にはこっちでくつろいでいただく」
「くつろぐ? ダニーロス船長はどこ」
「ダニーロスさんはガラクタ号だ。旗艦長だから。あたりまえだろう」
「それならガラクタ号へ移して。話だけして降りるわ」
「このたび俺は、ペトラ号の船長に任命された。船では俺に従ってもらいますぜ」
カストがペトラ号の船長? ガラクタ号の副長と名乗っていたのに、ありなのか。
会社に例える。本店の次長が、支店長を兼務するようなものだ。
ないこともないな。命令系統が複雑になるが。
「騙したのね。パパを見たって話もウソ」
「そいつは本当だ。マルタでみかけたってヤツがいる」
「マルタ……マルタって。マルタ島のこと? 聖パウロ騎士団のいる?」
マルタ島は俺でも知ってる。
イタリアの南にあるシチリア島の、その南の沖にある島……だったな。
歴史的建造物が多数ある共和国で、島全部が世界遺産のような超有名観光スポットだ。
ヨーロッパに行くなら一度は行くべき国。旅行が趣味の専務がそう言ってた。
「さすが利発で知られるお嬢よう知ってるな。野郎ども出航準備だ。もたもたすんな!」
船は出航にとりかかる。
多くの人員がそっちへ動くが、数人が残った。
それにしても。
地中海。エーゲ海。今度はマルタ島だ。
俺の知る世界にそっくりだ。
異世界ではなく、過去へタイムスリップしたのでは。
この勢いだと、バスコ・ダ・ガマとかマゼランも、登場しそうだ。
「……あり得ないわ。パパがそんなところにいるはずがない」
アリアナが不安げにしてる。聖パウロ騎士団がどういう組織がわからんが、ヤバい史実でもあるのかかもしれない。血なまぐさい歴史ってやつか。勉強しておくんだった。
「ペトラ号はちょうど野暮用でな。ついでに確かめに行こうじゃねぇか」
「私、アルゴー号に帰る。いくわよシロウ」
「おっと。いまさらナシだぜお嬢。逃がすな」
小舟に戻ろうとしたアリアナを、残っていた船乗りたちが取り囲む。
「お嬢、大人してくれ。取って食ったりしねぇ」
「どきなさい。降りるんだから……きゃっ」
「おっと、手がすべった。子どもなのにすげぇ」
頭ふたつは大きな囲みを強引に抜けようとしたが、左右から腕をつかまれる。
ついでに胸も。
俺の体がとっさに動いた。
隙間に割ってはいると、一人の肘をひねりあげ……ようとしたが背が低くてできない。手首を逆にとってひっぱる。「うぎゃ」っと悲鳴を挙げた足を払い倒した。
「このガキ」
次の男の腰に喰らいつき、内側からふくらはぎをひっかけた。小内刈りが見事にきまった。
「え? こ、この! 妙な技を」
驚いてるね。俺のほうがもっと驚きだ。練習以外ではじめて技がきまった。こうまでアホみたくひっかかるとは。くずしの概念がないと簡単なんだな。試合でもこうだったら楽に勝てたのに。
男ちたの注意が俺に集中した。とり囲まれた。アリアナ包囲が解けた。
ほんと単純な連中だ。
「アリアナ、逃げろ」
小舟は本船へ吊りあげられる。そのための作業準備してるところだ。索が緩く縛られてるだけで、人は乗ってない。自力でオールを漕ぎ出せる。
「シロウも」
「俺はどうとでもなる。行け!」
こくりとうなづいたアリアナは駆けだし、数歩で舷に足がかかった。飛び出せ。自由の海へいけ。
俺は男たちに甲板に抑えつけられ、いわゆるマウントポジションになっていた。やせ型の男がニタリと笑う。有利な位置。タコ殴りにしてやろうというのだろう。
けど甘いな。
この程度の抑え込み。柔道をやってれば中学生でも解ける。反則を注意する審判もいない。俺は体をひねって脱出すると、逆に相手をくみ伏した。
「あ……あれ?? ぬぐ……ぐ」
ひとりを落とした。締め技でも抑え込みでも、1対1なら勝利できると確信する。
だが多勢に無勢。勝てる自信はない。バトルロワイアル。試合にないシチュエーションは習ってないし、柔道はそういう形式ではない。どう突破しよう。
まあいいか。アリアナの逃げる時間は稼いだ。それで良しとする。俺も逃げようと、立ち上げりかけたが、世の中、そううまくは運ばない。
「そうはいかねぇんだな」
アリアナの往く手にカスト。ボートに先回りしていたのだ。
優位と劣勢は紙一重。ちょっとの躊躇いが事態を逆転させる。まったく船って狭いな。
俺は、白旗をあげた。
「シロウ……わかったわ乱暴しないで」
「ききわけのいい娘は好きですぜ。副長室にご案内しよう。沖にでたら自由にしていいがそれまで大人しくな」
なぜ自由にするのかと思ったが、洋上に逃げ場がないからにきまってる。どこに隠れても船の中だ。
小舟は吊り上げられ甲板の定位置に収まった。錨が引き上げられた。最大に展帆されたマストが風を孕んで、船を加速させていく。パンパンに膨らんだ三角帆の帆船が、海を往く情景は一見する価値がある。こんな状況でなければいつまでも見ていたかった。
この船団。他船はどうなってるのか。桟橋に目をやると、他船の小舟がヒマそうに繋がれていた。出航準備の気配すらない。アルゴー号の小舟で、イオニアスが憮然としてこっちを見ていた。
「狭いがトイレシャワー付きだ。ゆっくりできますぜ。小間使いのガキは牢屋だ」
同じ個室ながらホテルと牢屋。待遇改善を要求する。




