01-18 陸の船乗り ー 贈り物をもたらすダナイ人を恐れよ
「「「「ヒュッパッ! ヒュッパッ! ……」」」」
漕ぎ手たちが声を合わせ船をこぐ。
日本だと、えっさほいさ。いや船漕ぎだから、オーエス オーエス? あれ英語のオープンシャットで、日本語ちがうか。どうでもいいが。
男どもの掛け声はドへた。へたくそなカラオケより下手くそ。音程もなにもあってないんだが、不思議と耳にここちよかった。揃ったオールの上げ下げが、とても良い。
掛け声の合間に冗談を言い合ってる。しゃべっても息継ぎできる肺活量に驚く。
「お嬢は14だったな。妹が嫁にいったのがそれくれぇだ」
「おーおー、もう嫁げる体になっとるのけ」
たいした話はしてないがな。アリアナをからかうことばが多い。俺なら絶対いわない。個人情報をまるで無視した、あけっぴろげなおちゃらかしが、ガンガン飛びだす。
アリアナは14歳。
当船団の商会長の孫。
14歳か、日本なら、中2か中3の年代。恋愛と反抗期に目覚めるお年頃だ。俺はアニメとゲームにはまったお子様だった。この世界だと結婚を考える大人とみられるようだ。
樽に潜んで船に密航した。
目的は行方不明の父親を捜すため。
「女は親が決めた相手に嫁ぐもんだぜ」
「だからって死んだ父親を捜すたぁな。会長はなんて思うか」
「私の人生よ。ほっといて欲しいわ」
父親をさがしの旅にでるのは、この世界でも無鉄砲にあたるようだ。あきれるばかりだが。俺は息子に殺された男。親子の情をからかえる人格者ではない。
心優しきパパっ娘は、乗ったアルゴー号でも持ち前の行動力を発揮。荒くれたちに受け入られた。船長も黙認したので、他船には報せず、目的地ベネチアまで行けるつもりだった。
それが旗艦の船長にバレた。信号旗で呼び出される。島に上陸したら、そこで待ってる船長にあいさつする。
「どの世界にも、通す筋があるんだな」
「そうなのよ。ダニーロスは。あ、ダニーロスて、ガラクタ号の船長ね」
「ガラクタ号が、旗艦の名前なのか。張りぼてじゃないだろうな」
「まさか。4本マストの最新キャラックよ。主力のキャラック船はほかに、『さしおさえ号』に『大嵐号』」
「なんとも。不安のある船名だな」
誰が命名したんだ。怖いもの知らず、いや逆か。邪気を払う意味から悪い名をつける慣習が日本にもあった。秀頼が我が子の幼名に『拾』とつけた例もある。捨て子は元気に育つという縁起を担いだのだとか。たしかに成人し家督を継いだ。家康に滅ばされたけど。
廃船にならないよう願いを込めて『ガラクタ』。商売が失敗して船を取られる事態にならなように『さしおさえ』と。そう考えると、良い船名に思えてくる。
「みんな止めたんだけど。お爺様が押し切ったのよ。ネーミングセンスがないのにね」
あらま。祖父が独走したらしい。
「私は『沈没号』がいいって言ったの。ママの『イカルス号』よりも良い思うわ」
沈む。太陽に焼かれる。どっちにしても不運だな。センスの悪さは血筋らしい。
「それで、ダニーロスだけど。お爺様の友人だから顔は見せておかないと……って、キミ普通に話してない?」
「会話? あ? えーと? わかるようになった」
そうえいば。
いつの間にか。聞いてるうちに、だんだんと察せられるようになっていったのだ。子ども脳はすごい。吸収力の高さに、我ながらびっくらこいてる。
「なによ? ワカラナイふりをしてたってわけ?」
「いや、本当分からなかった」
「……ウソっぽいわね」
「誓ってウソは言ってない。アリアナ(の世界)を知りたいと強く願ったせいだと思う」
「へ? ……そうなの。バカ」
アリアナは、目をそらして赤くなった。なんでだ。
船乗りらが、「ひゅーひゅー」と下卑た口笛をならした。
「ガキが、色気づきやがってよぉ」
「会長の孫と恋の火遊びかよ。いやあ、あやかりたいねぇ」
「よし娼館いくぜ。副長、ハニアもあったよな娼館」
「おめぇそんな金あるのかよ」
「胡椒ひと包みもってきた。女が5人、一晩かえるぜ」
「いいな。俺にもわけてくれ。もどったら返す」
「おれもだ」
「誰がやるか。5人が一人になっちまう」
娼館の話しでが色めき立つ男たち。胡椒で娼婦が買えるのか。高いのか安いのかわからないが、この世界の商売は、物々交換が主体なのか。
俺たちの船団のほかにも数隻ほど停泊してる。交易地というより補給地なのか。あまり栄えた港にはみえない。
じっと話を聞いてるとアリアナに、そっと耳を塞がれた。子どもに聞かせられない話題らしい。聞こえるけどな。
「そんな時間ねぇよ。ハニア寄港は、ダニーロス船長がアリアナに会いたいと言ったからにすぎん。ついでに食料補給するが、積んですぐ出航だ」
「んな殺生な……」
「がはは。がめつい報いだ」
わっはっは。
笑ってるうちに船は、小型船用の築堤に接岸。一人を留守に残してあとは降りた。
「主計長、食料の買い付けを頼んだ。あとで俺も合流する」
「あい了解。腹減らしどもを満たすのにゃたくさん買わんとな。値切っておくよ」
恰幅のいい主計長はあのコックだ。料理だけでなく金勘定の責任者だった。
「まかせた。お前たちはあっちだ。ついてこい」
アリアナと俺は、副長について行く。荷揚げに賑わう港を少しいくと、別の小舟から上陸した船員たちに迎えられる。ガタクタ号の男たちか。旗印の船というので上品な連中を予想したが、顔つきはアルゴー号とどっこいどっこい。体格のデカいやつが船長かな。
「よう連れてきてやったぞ。ダニーロスさんはどこだ」
「イオニアス、ご足労だな。船長は船にいる。お嬢をお連れしろといわれた」
会合は港と聞いたんだが、アリアナが船に行くのか。船を乗り移るのは大変なのわかる。乗ったらそれきりってことはないよな。
「ガタクタ号に? せっかくの港になんで来ない。ダニーロスさんはなにを考えてる」
「さあな。……アリアナ嬢。私は副長のカスト。お目にかかれて光栄だ」
「こんにちわ副長。ダニーロスは船から降りられないのかしら」
「旗艦は手が離せないくらい責任が重いってな。それにお姫さまは旗艦こそ似合うぜ。船は大きく新しい。船員は紳士ぞろい。ごろつきだらけのアルゴー号より安全ですぜ」
「よくいうぜカスト。なに企んでやがる。アリアナ帰るぞ」
うーむ。商会がどれほどの組織か不明だが。俺もそんな気がした。トップの孫に手を出すバカはいないにしても、腹の底が透ける。それを隠そうとしてない。
悪企みのニオイだ。
ケチな契約詐欺師がこんな顔をしてた。
このWI-FIルーターは電話代が安くなるといって契約させる。業者は、不必要な増設をくりかえし毎月の電気代がかさんでいく。話が違うと解約を申し出でも遅い、契約書を縦に、法外な金を違約金を要求する手口。みごとにひっかった俺は高い授業料を払った。
いやなことを思い出してしまった。
「イオニアスがいうなら帰るわ。旗艦の船長に謝っておいて」
「そうですかい。そりゃ残念。晩餐の準備が不意になりましたな」
「ごめんなさいね」
「お嬢がいやならしかたない。船長に叱られにもどります」
「悪いわね。晩餐は船員みんなで食べるといいわ」
「そうするとしよう。お前ら、引き上げるぞ」
カストは踵をかえしてボートに乗った。WI-FIを薦めてこない。あっさりしてるな。悪事の企みはなかったか。
「そうそう忘れてた。ったく、物忘れがひどくていけねぇ。いいかいお嬢」
「ええ。なにを忘れたの」
「船長は、ニコラスを見たヤツを話をしたそうだ」
「パパを見たの!? 詳しく聞かせて」
きた。Wi-Fi契約だ。
イオニアスがかばうように、アリアナの前に出る。
小舟で笑うカスト副長を忌々しげにみおろす。
「カストッ……話にのるなよアリアナ。ニコラスは海に落ちた」
「それは何度も聞かされたわ。でも、誰ひとりとして遺体はみてない。そうでしょう」
「……それはそうだが」
「いつもいつも、みんな、パパは死んだって。そればかり。誰ひとり生きてるって言ってくれない。探しにもいかないし、探したって話も聞かない。パパに死んでほしかったの? ねえ。そうなの? 答えてよ」
「いやしかし」
「シロウだって助かったのよ。パパが助かっていてもいい」
そうか。俺に希望をみていたのか。だからあんなに優しかった。
アリアナの剣幕に、副長がだまる。
「どうするねお嬢。噂程度らしいが、船長が話にくわしい」
「噂でもいい。行くわ。ボートに乗せて」
二つ返事で決めた。我らがアリアナに迷いはない。この勢いで密航したんだろうな。
「行くなアリ。口から出まかせだ」
「うるさいのよ」
アリアナは、差し伸べられたカストの手を掴んで、船へと移った。船はたちまち築堤を離れていく。まるで獲得した獲物を逃がさないように。
「心配無用だイオニアス。お嬢は優雅に接待するからよ。がっはっは」
アリアナは陸に背中を向けた。こちらを振り返らない姿は、心を閉じたようにみえた。決心が鈍らないように。
なんとなく保護者の地位にあったアリアナがいなくなった。
で。
俺はどうなる。これからどうしよう。
陸に降りてしまうか。船に戻るのか。
どちらにしても当てがない。
ならば、何人か知り合いもできたし。船乗り修行を続けて、一人前の商人になるか。
スローライフもいいな。
異世界の海で現代知識を駆使。立派な、商業国でも築くものいい。
「さらばアリアナ」
船にむかって合掌する。
観念して気持ちを切り替えた。
しかしそこでいきなり、襟首をつかまれ、そのまま放り投げられた。
「え。なにがおこった?」
宙に舞った俺の目に築堤が映った。そこには、スリーポイントシュートを決めたイオニアスの姿があった。あいつ、俺を投げたのか。
「連れてけ。お嬢の小間使いだ」




