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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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17/22

01-17 水ポンプ ー 後の日は前の日の弟子である



 ルーベンは俺たちにハンドルを押しつけた。俺が根を上げて泣きだすにちがいないと決めつけてる態度である。ルーベンも新米時代は、やらされたのだろう。この水汲みハンドルは、新人いびりの定番ツールだ。


『ルーベン!』


 甲板から声がした。副長の呼び出しだ。


『エルホメ・トォラ! ―― カネ・ト!』


 彼は声を張り上げて答えてから、俺たちにやっておけと念を押す。上機嫌で階段をあがっていった。


『シャクニ触ルヤツ 発明 アイツ チガウノニ』

『ヤロウゼ』


 仕組みそのものは単純だ。長いスクリュー管の中の水をくみあげる。汲み漏れが多かったり、高さがあるほど、あがってくる水量は減る。


 簡単な仕組みだが、ハンドルは鉄製。管の内部に相当な摩擦がかかるから廻すのに力がいる。ベアリングは発明されてない。とにかく重い。


 バケツリレーよりはマシとはいえ、顔の高さのハンドルをぐるぐるやるのは相当きつい。底一杯の腐り水を空にするなんて、無理な話しだ。


 田舎のがちゃぽんポンプは愉快にみえるが、湯舟を一杯にするのは気が遠くなる。

 この、回転力に依存するスクリューポンプのしんどさはそれ以上と推測できるし、ルーベンの態度からもわかる。

 古来、水汲みは重労働なのだ。なんでも電気で片付いた現代が懐かしい。

 

『バ、バリース』


 アリアナが、歯が折れそうなくらい食いしばってハンドルを回す。数回回したが、水はぽとりとも出ない。それなりの速度で回さないと水は上がらない。ルーベンが軽そうに回していたな。船乗りとして筋肉が鍛えあげられていたのだ。


 ハンドルの高さは目のあたり。ちびの俺に力がはいらない位置だ。


 なにか載れるものは……木箱を見つけた。運んできて、よっこらせと上がった。ベストな高さになった。アリアナをハンドルを交代。一ミリも回らない。ルーベンが憎らしい。新人教育マニュアルの改定を要求する。


『タ アクソ イロニエス……嫌味 イワレル』

「そうだな」


 たかが子どものいやがらせ。嫌味だって可愛いものだ。俺は聞き流してもいいのだが、アリアナはカンに触るご様子だ。


 俺は水を操れる。この能力でなにがやれるか、いろいろ試してみたい。


 周りをみた。コックは料理造りで忙しそうだ。ハンモックからはイビキの合唱。

 さっき鐘が3回聞こえた。音は鳴るたびに増えてる。時を告げてる。腕時計で計ったが30分間隔。おそらく交代の合図にもなってて、何回目かでハンモック連中が起床する。少なくともあと30分は時がある。


「誰もみてないが。アリアナ見張っててくれ」


 俺は排水溝から海水を呼び込むと、弾力と粘着を与えて、ハンドルに絡ませた。水のカバー。トラックのハンドルカバーみたいになった。カーショップに陳列したらひとつくらい売れるかも。


『マギア……!』


 アリアナが察して俺を隠すように立った。


 水に「回れ」と命じる。

 最初はまったく動かなかったが、気合を込めると、ゆっくりと廻りだした。赤い水がちょろちょろ出てくる。回転があげると水量が増えた。勢いよく流れていった。


『スゴイ シロウ』

「おお! さすがは俺」


 ほめられてうれしい。自画自賛もする。ガンガン回すぞ。

 気合というが、それはおそらく魔力にあたる。エネルギーの行使には、なんからの資源消費が必須だ。RPGでいうところのMPだ。


 漂流で魔法を使ったときは何度かだるくなって寝てしまった。あれはきっと魔力の枯渇だ。いまはあれより多くを消費してる自覚があるが、眠くない。だるさにも襲われない。


 魔力量が増えたのか、少ない魔力で行使できるよう最適化されたか。

 片方、もしくは両方かもしれない。指標がないのでわからないが。


「使えば使うほど総量が増える。預貯金もそうあってほしかった」


 金あれば。父親が会社を傾けることはなかった。

 俺は社長なんて面倒事を引き継ぐことなく、大学に進学して、楽しく就職できたろうに。


 まあ振り返ってもしょうがない。とっくに人生は終わってるのだ。

 目の前に人生を、いかに楽しく歩いていくか考えるとしよう。


「まあ前途多難なんだが」


 中世の海で遭難。救助されて帆船商船の下っ端だ。

 江戸時代の丁稚奉公でも、ここまで過酷じゃないだろうよ。


『出ナク ナッタワ』


 うん? 赤水の出が悪くなった。


 ポンプが壊れたのか。ハンドル回しをやめて暗い船倉へ降りる。樽底には泥だけが残ってる。さらりとした液体はすべてかきだしたようだ。すくえる水はない。時間がたてばまた溜まるだろうが。


「これ。終了でいいんだよな。ええと。おーい?」


 木造加工のオヤジに声をかける。

 仕事を邪魔されていやな顔をしたが、立ちあがって見に来てくれた。


『ティ エネ アフト ト ペディ?』

「迷惑だよな。わかる。俺もそう思うがルーベンがいないんだよ。あんたが代わりに評価してくれ」


 船底を指さした。オヤジは怪訝そう首を伸ばし、船底をにらんだ。そして、目をこすってからもう一度見た。


『おお! テリオセ ト ネロ。アディオ イネ!』

「そうか。空になくなるのは珍しいか。魔法でやったんだよ。楽でいいな」


 魔法と言ってしまい、焦ったが。どうせ日本語は分からないのだ。


『デン・イーサイ・カコス、ミクれ! わっはっは!』

「いたいいたいっ」


 大喜びされた。笑いながら頭を叩かれた。階上にもどる。アリアナは複雑な表情をしていた。


『魔法 スゴイ デモ……』


 ああ。使うなって話だったからな。でもアリアナの前ならいい思ったんだ。ついでに言っておこう。


『アリアナ コトバ 普通ニシテ』

『普通? サビール コトバ? ナンデ?』


 いつも使ってるのはザビール語っていうのか。不便な片言英語のやるりとりは、かえって弊害になってる。言語は覚えなきゃいけないのだ。すでにコツはつかんだ。普段語でしゃべってもらったほうが早く覚える。


 生きていくためには、アリアナたちの世界をもっと知る必要があるのだ。


『オレ アリアナ モット 知リタイ』

『OH!』


 アリアナの白い頬がみるみる紅く染まっていく。


『アンタポクリノメ スト イプソス トン ペリスタセオン』


 それから俺を抱きしめると、愛でるように頭を撫でてくる。スキンシップが多い娘だが、目の時より熱量が高い。言葉を言い間違えたか。

 俺はザビール語を習得できるのだろうか。不安になってきた。


 地獄に女神は嬉しい。女性に抱きしめらたのはいつぶりだろう。俺も短い腕で抱き返す。アリアナはなかなか放してくれない。数分間そうしたアリアナは照れながら離れた。


 労働につかった粘着水が残った。どうしよう。せっかく作った物体。海水に戻すにしても魔力を込める手間が余分だ。捨てたところで、写メ晒して文句いう世間はいないのだが。


「海にゴミはなあ」


 SDGs(持続可能な開発目標)を意識する現代人としては、海を汚すことに抵抗がある。数百年後かにおこるであろう温暖化の一助となるのも、気分が悪い。


 回収して再利用できないものか。たとえば、デジタルデータのように圧縮保存しておき、使うときに復元できたら便利だ。ゲームのアイテムはそんな風だった。猫型ロボットのポケットは四次元空間につながってる。


 ゲームやアニメに興じれたのは高校までだが。昔のことほど覚えてるものだ。


「物は試しやってみるか。試験費用は無料だしな」


 ゼリー状の液体をハンドルから切り離す。縮めるイメージで気合(魔力)を込めた。

 込めた。

 込めた。

 ……ぐぬぬ。


 気のせいだろうか。残像をのこして、一回り小さくなった。


「マジか。イケるのか」


 もっと込める。

 込める。

 込める。

 ……ぐぐぐぐ。


 また少し縮んだ。

 体がだるくなってきた。これ以上込めたら、気絶の予感がある。

 あと一息という気がしてしょうがないのだが。惜しいが別の機会にしよう。ルーベンがもどってくるまえにゼリーを海に捨てた。


『ティ セリス ナ カニス?』

「何をしたかったって? べつに」

 

 心は傷まない。海から得たものを返しただけだ。酸いも甘いも乗り越えた年寄りは、分別を手放すのも早いのだ。





『シロウ、アリアナ! ミン・テンベリャーゼイス』


 ちょうどルーベンがやってきた。階段を降りるなり、ハンドルを持ってない俺の額を小突く。ニヤけ笑いを隠そうとしない。出来の悪い下っ端をからかって楽しむつもりだろうが。


「サボってない。終わったんだ」

『テリオセ? レス プセマタ!』

「お前には残念だろうがウソではない。船倉をみてくればわかるぞ」


 ルーベンは肩を怒らせ降りていった。俺とアリアナはハイタッチ。

 1分とたたずもどってきた。


『テリオセ ト ネロ。アディオ イネ!』


 船倉のオヤジと同じことをいってる。そんなに空になるのが珍しいのか。


『ポス ト エカネス?』

「どうやって? 企業秘密だ」


 それからもルーベンは、船のあちこちを連れまわした。これも船の新人教育カリキュラムかな。あらゆる作業を、とりあえず体験させるようだ。


 船内の案内が一通り終わるまでの間、何度も鐘がなった。

 時を告げる鐘の音は、4時間ごと。それは交代を告げる合図だった。


 サブ作業、メイン作業、休みのローテ。それを3つの班でまわす。班のリーダーは、二人の副長と航海士が務める。俺たちの班の長はティツィアーノって副長だ。


 やっと交代になった。


 こんなに体をつかったのはいつぶりか。さすがにへとへとだ。子どもになったせいか、時間を長く感じる。魔法を使い切らなくてよかったと、心から思った。アリアナは俺を見てほほ笑んでる。まだ余力を残してるのか。さすが現地人だ。


 食事は焼いた肉と野菜。厨房に並んでトレーに貰う。たいして美味くもないそれを、不味い薄酒で流し込む。


『シメーラ エネ エナ グレンディ!』

『アフト デン トロゲテ スタ ステリャ!』


 これが、ごちそうだって? しかも陸じゃ食べられないレベルの?

 アリアナも「まずまずね」って食べてるし。中世の食料事情怖いな。


 酒を配られた。水の件があるから断わったが、飲まんと死ぬぞと脅され。しかたなしに飲んだ。


「ぐへぁっ うっすい酒。ラム酒か?」


 案の定不味い。水は腐りやすい。冷蔵保存も濾過装置もない帆船時代は、水の代わりにワインを飲んでいた。それは知っていたが。ひどすぎる。


『イネ ディスコロ ヤ ペディア』


 子どもには早い? そういう問題じゃない


 せき込む背中を、船乗りたちが笑いながらバシバシく。痛いからやめろ。


 一通りバカ騒ぎしおえる。船乗り連中は甲板下へ下がっていった。ハンモックへもぐりこむのだろう。


 俺も、腹が膨れたせいでまぶたが重くなったきた。どこで寝ればいいんだ。アリアナは部屋に連れて行こうとする。立場は救助された遭難者ではない。同室はマズイと思うのだが。


 ルーベンが妬ましい目つきで、俺を下層に連れていく。お前はここだとばかりに、樽の上を指さす。横では髭男がすやすや寝てる。ほう。荷物上にハンモック吊るすとは。空間利用がすごいな。吊り方を教授する。ハンモック中に布を敷いて寝るらしい。


 ハンモックは始めての経験だ。落ちないよう慎重にぶら下がる? がくるりと回転して転落してしまった。受け身はとったのだが、樽に頭をぶつけた。危険極まりない寝具である。


 何度か挑戦し載りこんだ。寝苦しかったが、こつを覚えれば意外と楽とわかる。揺れる船上では、ベッドより快適かもしれない。いつのまにか眠っていた。





 どれだけ寝たかわかないが。揺り起こされて目を覚ます。

 ハンモックに


「ふぃー交代か」


 あくびをしながら甲板にあがる。


 船首で監視してる船員が声を張りあげた。


『シマトフォレス シメエス プロセギゾ』


 信号機があがったようだ。旗艦からの命令だ。内容はなんだ?

 副長が舌打ちしながら、アリアナを横目でみた。


『プロセギゾ スト リマニ ハニア イェニコー・エゲルティーリオ!』


 鐘がけたたましく鳴り響いた。なんだ? 


『イェニコー・エゲルティーリオ』

『イェニコー・エゲルティーリオ!!』

『イェニコー・エゲルティーリオ』


 副長の言葉を船員らがくり返すし、船の隅々まで、口伝えでいきわたる。下の船員たちが甲板にあがってきた。休んでいた連中である。彼らは、一瞬で人の少ない部署にかけつけ、配置についた。


『パーシ・ヘルケイン!』


 俺とアリアナも索引きに加勢。全員でとりかかる作業が始まった。全ての索が、引きに合わせて緩められる。ヤードが動いて帆の向きが変わる。舵が忙しく回転し、船は急旋回。船首が島へ向けられた。


 小島にみえていた島が近づくほど大きくなっていく。風が複雑にかわる。帆の角度調整が忙しい。島へ接近するにしたがい帆が畳まれていく。高速でつこむわけにいかないからな。


「まるで風使いだ。利用術がすごい」


 やはりエコな推進装置と実感した。船長と副長ふたりが阿吽の呼吸で指示を出す。制動につかったり推進使ったり自由自在。


 俺は縮帆を手伝いながら感嘆する。

 ようやく港にはいる。


 桟橋があるが、10隻ほどの船が独占しており、こちらの船団が寄ることはんできない。離れた場所にとてつもない重さの錨を降ろす。船員たちに安堵がひろがるのがわかる。熟練の船乗りが総出でとりかかるほどの作業だった。


『アリアナ ナヴァルヒダ メタトピス』

『エゴー?』


 副長がこんどはアリアナに話しかける。彼女はためらい、あとずさりしたが、俺の腕をとる。


『アア…… ネ マズィ メト ペディ』


 副長は頭をかくしぶしぶといった風に、うなづく。アリアナは喜び俺の頭を掻きむしった。


 甲板で陣取っていた小舟が降ろされた。上陸だ。漕ぎ役の船乗りたちが降りて副長が続く。食料や物資補給とか、交易だろうか。この世界にきて初めての陸。興味があるが、下っ端は、連れていってもらえないだろう。


 副長に続いてアリアナが乗った。ここで別れか。と思っていると、ルーベンに抱えられた。これは嬉しい。俺も上陸するようだ。



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