01-16 船内案内 ー 技巧が自分の技巧によってすっかり隠されている
甲板の下に来た。ここはなんというか雑多。
おおざっぱに言うと、貫かれた3本マストが空間を分けてる。船尾側に4つの部屋があるが、あとは厨房、豚や鶏の飼育スペース、なにかが詰まった棚群などが、簡素な壁で区切られていた。
水と食料で満載の樽があるのは厨房で、コックは料理の最中だ。まな板で切った大量の肉と野菜を鍋に投入。美味そうな匂いだ。次の食事は期待できそうだ。
『フィゲ、ミクロクレフティ!』
コックがルーベンに気づき、えらい剣幕で包丁を構えた。
なんだいきなり。
『食料 泥棒メ トイッテル』
ルーベンは両手を上げ、降参のポーズ。
『サス クセナゴ……』
ルーベンが常習犯なのか。船乗り全員を疑ってるのか。どっちかわからんが、食い物ドロボウが頻繁に出現するらしい。あんなクッキーでも腹の足しになる。船内に売店はなく、食料が手に入るのここだけとくれば、腹を減らしたコソ泥も後をたたないかもな。
コックの目が本気だ。
俺たちも倣ってバンザイ。この世界にきて最大級の危険を感じた。
『シッシッ』
コックは、他所へ行け、近寄るなと包丁をふった。俺たちは降参スタイルを崩さず、厨房をすり抜けた。
「こ、怖かった」
この階にはほかにも多くの荷物や樽が並んでる。その上では10ほどのハンモックが吊るされて、おのおのの男たちが寝むっていた。一人だけ薄目を開け迷惑そうに寝返った。
『パーメ』
ああ行こう。
ルーベンの仕事探しは、ちょうど船の案内になってる。
寝台や薬のあるスペースは医務室だ。簡素なベッドがふたつあって、人が寝かされていた。骨を折って足を吊るされてる男。なにかに背中をえぐられて、うつぶせで伏せってる少年だ。
小学生くらいの少年がアリアナを睨みつけてののしった。
アリアナも言い返す。
『マギッサ!』
『デュロス!』
ルーベンが肩をすくませる。いつもの光景らしい。仲が悪そうだな。
帆布を縫ったり、木を切る男たちに睨まれながら、さらに下層へと下がる。
『ティ・ヴローマ!』
「くさっ!」
そこは臭気に満ちていた。甲板下も臭かったが、獣や食材の混じったもので、どこかで嗅いだことがある馴染みのものだ。
これは別次元だ。酢に硫黄、それに何かを燃やしたようなさまざまなニオイを、湿りきった錆が混じったなんともいえない悪臭が覆っていた。
『スニディゾ グリゴラ』
「慣れるって? いやルーベン。俺は慣れそうもない」
眩しい陽光もここまではとどかない。灯されたランプが光源だ。船員が木材加工している。こんなところにもハンモックで男たちが寝てる。
船が揺れる。軋み音がダイレクトに響く。船の底だ。喫水線より低いだろう。壁のあっちはすぐ海。壁が敗れたら水圧で潰されそうだ。そんなところにみっちり樽が積んである。船倉だ。
通路は歩くのもやっとの狭さ。樽は組み木に寝かされ重ねてあるが、下に水紋が見え隠れしていた。
「浸水? 沈没が迫ってるのか」
驚いてルーベンを振り返ったが彼は落ち着いてる。浸水は常態化してるらしい。危急な事態はなさそうだ。現代の船もそうなのだろうか。常に水漏れが発生している状況は、いかがなものだろう。
とても臭い。ざまざまな異臭が漂ってるが、これが一番大きな原因だ。
ルーベンの指が汚水をさし、次に上層をさした。指さし確認か。さっきからこれだ。
『アン ドリース リー マタ?』
「汚水を汲め、と」
バケツで、どぶさらいしろってことだよな。ほかの方法がみあたらない。
アリアナは鼻をしかめた。俺だっていやだよ。そんな肉体労働。
だが、ルーペンは、階段を上がれと促した。
「ふー。明るい」
上層へ舞い戻った。陽の光は少ないが下層より明るい。文明に帰還した解放感だ。
ルーベンは舷側へと行き、取り付けられてる鉄のハンドルをぐるっと回した。何回となくまわすと、下向きの蛇口から赤い水が零れた。水は、舷から外へと垂れ流される。
「驚いた。回転式のポンプだ。アルキメデスのスクリューポンプだっけ」
スクリューポンプ。筒の中のスクリューをぐるぐる回して汲み上げるポンプだ。歴史が深く、紀元前に発明された。かの偉人アルキメデスが生まれる前に存在したのに、なぜか、アルキメデスポンプとも呼ばれる。
木製バケツで汲みだすより遥かに楽な文明の利器。こんな帆船に常備とは、意外と機械化が進んでる。古くからあるので”文明”は可笑しいか。
『イダテ ティ エカナ?』
やれといってる。いや違うな。
そういう意味も含まれてるが。鼻が伸びてる。
すげーだろって自慢か。
「はいはい。すげーね」
少しづつ言葉がわかってきた気が……しないでもない。




