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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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01-14 船長と副長 ー 蟹をまっすぐに歩かせることなどできぬ



「船長よ。アリアナを旗艦に渡すのか」


 副長のイオニアスが、くってかかりそうな勢いで睨む。こいつは、幼いアリアナの教育役を務めていた。狼のなかに放り込むとまでは言わないまでも、馴染んだ顔のない旗艦連中のもとへ、可愛い子弟を送ったことが腹立たしいのだ。


「あちらは旗艦。お嬢がいると知れば当然、呼ぶだろ。しかたないことだ」


 旗艦のガラクタ号から、『姫と会いたい』の信号旗があがったのは先ほどだ。姫に該当するのは会長の孫アリアナ・サロリオンしかいない。本音では送りたくないが。船団リーダーの命令だ。従うほかはない。


「存在が漏れたのは、エミューの連中から?」

「そうだろうな。口止めをしておけばよかった」


 口止めをしても効果があると思えない。木戸銭さえ貰えれば、どんなことでもおかしく話すのが、あいつらの商売だ。啼くな命じて従うカモメはいない。


 背後をふり返る。ミロス島が見えなくなりつつある。この風なら今夜までにクレタ島を通過できる。旗艦は、姫を送れと信号をあげたきり停船する様子がない。


「イオニアス。旗艦はアリアナのために寄港するかな」


 アテネはとっくの遠方だ。次に近い商会の息がかかった港は、アテネ裏にあたるレパンド。あそこは深い内海だ。浅瀬の群島を通る気の抜けない航路は、寄り道というには日数がかかりすぎる。補給やちょっと用事で気軽に寄れる港じゃない。


 それ以前に、アテネもレパンドも母港から遠い。子どものようなアリアナが無事、アイワルクまで帰れるか。大きな疑問符がつく。身柄を預けるて安心。信じるに足る人物がいるか。疑問だ。

 彼女の行動自体、不安要素だ。何か月かかるかわからない帰りの船をじっと待つ性格ではない。


「どちらともいえない。船長は会長のダチだ。会長は孫娘を溺愛してる。みつけた者へ礼金を惜しまんだろう。悪くない臨時収入収益だが、船荷は儲けの桁が違う」


 オスマンで積んだ香辛料や絹、布は、ベネチアで莫大な利益を産む。ベネチアからは、オスマン垂涎のガラス製品を積む。


 それはたとえ、船員の半分が死んでも、たどり着いた船がたった一隻でも、余りある富をもたらす。もちろん全船が着けば丸儲けだ。寄り道は、儲けの機会を得ることもあるが、危険との遭遇を増やすだけほうが多い。


 そしてそれを誰よりも心得てる人が、商会長だ。


「風は待ってくれない。寄港でフイしては、目も当てられん。いうまでもないが」

「たしかにな」


 風を孕んだ帆を見上げる。地中海では夏と冬で、風向きが代わる。時期を逃すと、ベネチアへの航海は困難極まりなくなる。


「イオニアス。旗艦はアリアナを|アルゴー号<こっち>に戻すかな」

「そりゃ俺がいるんだ。お嬢と話して、返す気がなきゃ、こっちに寄越すさ。ガラクタの船長が面倒事を背負うとは思えない」

「単純な船乗りだからな。怒りっぽいが決断は早い」


 ガラクタ号はキャラック船だ。多くの荷が積めて、広い海路には強いぶん、狭水路を苦手とする。アリアナを陸に降ろすにしても、足が速く小回りも利くアルゴー号に押しつけてくることは、十分に考えられる。こっちは船荷が少ない船だというのに。


「アリアナな。礼金と奴隷としての売値。どっちが高いかな」

「え、なんだって?」


 俺の戯言は、風にかき消された。


「なんでもない。拾った小僧はなんて名だ」

「ヒロシだ。共通語が話せんが、ゲルマン語が話せるようだ」

「ゲルマン語か。バカではなかろう。仕事を仕込め。使い物になればめっけものだ」

「了解。この船に客はいらない」


 あいつは、妙な淹れ方でコーヒーを飲んでいた。残りをなめてみたが、カスを取り除いたコーヒーは飲みやすく美味かった。あれは金になる。


 金が欲しい。商会の雇われ船長ではなく、自分の船を持つために。あと10回も航海をこなせば資金も溜まろうが、老いさらばえてる歳に達してる。


 斬新な淹れ方をどこで覚えたのか。小僧はなにかある。拾いものかもしれない。


「ヒロシが、妙なことをやってたら報せろ」



 ~ ・ ・ ~ ・ ・ ~



 船長は、ヒロシを戦力にする気か。さきの嵐で、熟練ひとりが足の骨を折った。代わりになると思えないが、人は多いほうがいい。なにせほかより人が少ない。


 船乗りは消耗品。怪我や落命で人員が欠ける可能性が高い。保険として余分に用意するのが普通だ。たとえばこの船は、最低30人を15人の班に分け、2交代で運営することになる。


 だが船長は、もうけを増やすために人数を減らし、不足をおぎなうために、3班ローテーションにした。昼夜かまわず、睡眠・補助・実働でまわるよう、3班を4時間で区切ったのだ。


 船乗りたちは休みが多いと喜んでるが、まったく逆。補助役は、実働班と大差なく働かされる。つまり8時間動いて4時間休む。


 たしかに3班制に良いところがある。何事もなければたっぷり休めるし、夜は8時間眠れる。しかし航海と不測は仲よし。なにごともない日など、十日に一度あれば奇跡だ。


 2班制ならば4時間ごと休める。


 なお最高責任者である船長は、火急のときは寝てられない分、ローテーションには組み込まない。火急は誰にとっても火急。この船で、あくびをしてないやつは、この男だけだ。

 他人に合理的すぎる男だ。


「了解した。そこのハナタレ。こっちこい」


 俺はルーベンを呼びつける。


「へい、イオニアス副長およびで」

「商会のお嬢と拾ったガキに仕事をおしえろ。アリアナは嫌がるだろうが、小僧の手本になれとでも言えば喜んでやるはずだ。上手くやれよ」


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