01-13 コーヒー ー 魚は唇で焼かれる
機嫌のよかったアリアナが急速冷凍。真っ青になって後ずさる。
俺は、何かの地雷を踏んだようだ。
『キミハ、魔女ナノ!?』
「は?」
魔女?
俺が?
小型化したとはいえ立派な男なのだが。見えないか。そうか。
どう言えば男が伝わる。英単語を組み立てて……いや、男の証拠をみせたほうが早いな。
などと逡巡。
服を脱ごうとしたが。うむ。
そういうのではないようだ。
これは尋常な変遷ではない。
海を真水にしたり、筏代わりにしたり。カンタンに魔法がつかえたものだから、誰もが使えるものと思っていた。水が作れるのに、何故に、マズイ水を飲んでるのか。不思議なほどだったが。
違ったようだ。急変したアリアナの表情には、不安と恐怖が浮いている。
魔女イコール危険な存在という意識の社会らしい。
魔法は希少か。使える俺は特別。
ならば。見方を変えれば選ばれし魔導士といえた。
なんだか頬がニヤケてしまった。いや喜んでる場合ではない。
魔法に対する第一声が”魔女”。魔女が恐怖の象徴。思いつくのは魔女狩りだ。
歴史に疎い俺でも知ってる。中世の西洋では、下落する教会の威信を守ろうとして、宗教裁判が頻発した。教会に異を唱えるものは異端として裁判にかけ断罪する。
最たるものが魔女裁判。
誰かに「あれは魔女だ」と通告されたら最期。苛烈な拷問にかけられ自白を強要される。「悪魔の宴会に出向き淫らな行為に更けたであろう」と、いわれない告白をさせられたあげく、殺されるのだ。魔”女”というが男も処刑対象。火あぶりに処せられる。
冗談ではない。
魔法に何ができるのかわからない。ほかの種類があるのか。あったとして覚えられるのか。俺に伸びしろがあるのか、頭打ちなのか。まったく分からない。
現状は水を出せる程度。屈強な船乗りに対抗できると思えない。つかまったら、そこで詰みだ。海に逃げることはできるが。漂流は好みでない。
救出される幸運カードは、使ってしまった。
「ノーノー。アイノット魔女。えーと、これはマジック、あいやマジックは魔法か。トリック。そうトリック――手品だ」
出ていこうとするアリアナをひきとめる。腰にぶら下がった。23歩、彼女は俺を引きずった。扉に手をかけたところで足をとめた。
『手品? street performanceノ?』
すとりーとばふぉーまんす?
なんだっけ。聞いたことある。あ、大道芸のことだ。
「い。いえすいえす。すとりーとばふぉーまんす。ほら。ほらほら」
俺は魔法の水をだした。種も仕掛けもありません。いやホント、何故に水が出る。そのうち解明しないといけないが。いまではない。
『大道芸。スゴイ。えみゅークラブ ノ仲間』
「えみゅークラブ? いえすいえす」
なんだか知らんが。そうだと頷いておく。
「飲んでみな。どりんく、ぷりーず」
怪しげな体液ではない。言いたいが、余計に不信感を募らせる気がして自制する。
彼女は、おっかなびっくりながら。口にする。
『……オイシイ』
ワンダフルと喜んでくれた。ふー。よかった。疑念は晴れたか。
話を戻して、これで紅茶を沸かしてもらう。予想通り味はぐんと向上。硬いパステリを浸して食べると、多少、美味くなった気がした。
ひとしきり時が過ぎた。彼女は、ふいに頭を撫でてくる。
うーむ。
孫のようなうら若き少女が、60歳の爺の頭ナデナデ。体は若くなってても精神的な照れ感がハンパない。
彼女はまっすぐに、俺の目をみてくる。
『……シロウ。手品。ウソ』
ごまかせなかった。頭のいい子だ。だが認めるわけにはいかない。魔女裁判がかかってる。いい子だとわかっても他人。ここは手品で押しきる一択。
『ウソチガウ、シカケ、アル』
『仕掛ケ?……見セル』
多少、好奇心の混じったジト目で睨んできた。
『ソレハ……しーくれっと』
まあ、事実シカケなんてない。「余興でウケます、覚えて損はないですよ」って、マジシャンに薦めれたことがあったが。断わるんじゃなかった。
『オーマイゴッド!』
首をつかまれ、ゆすられた。ぎ、ギブ……。
『見セル! シカケ、ウソジャナイナラ、見タイ』
疑がってる。半信半疑というよりも、ブラックに近いグレー。
ほぼ信じてない。
『ヤメトケ。 オシエルト、オモシロサ、ナクナル。HAHAHA』
タネは知らないほうがいいぞ。ははは……。そういうことで納得してくれ。
無理かな。
しみじみ思った。言葉がわかれば。これはで熟練の説得術も輝きようがない。アリアナも母国語ではないようだし。互いにじれったくてしょうがない。とくに俺だが。
『……手品、ウソダ』
はい。その通りだ。
どうする。
船に警察がいるかわからないが、このままではつき出されてしまう。
自慢できる戦闘力は、中高でやってた柔道くらい。黒帯だし国体まで勝ち進んだ。だが、勝ち進めた理由は自分がいまいちわからない。得意技はないのだ。
どうするもなにも、逃げ一択である。
窓のステンドグラスを破って海へ脱出だ。椅子とか壺とか。鈍器になるブツはそこらにある。
覚悟をきめたとき、またまた俺は抱き寄せられた。
『命キケン。ミセナイコト、約束』
アリアナが提案する。見逃してくれるらしい。企んでる瞳ではない。見ず知らずの漂流者を心配してくれてるのだ。取引相手の腹を読むのは経営者の最低限のスキル。本当に良い娘だなのだ。彼女の好意に甘えておこう。
『約束 ワカッタ』
スキンシップ文化らしい。了承したの意味でこちらも抱き返す。
思えばこのような純粋な申し出は久しぶり。ちょっと感激。早急に言語を取得しよう。
記念に乾杯したいとこだが。酒があるのかわからない。
「酒はないかな。えーとアルコール? ドリンク?」
『船長室 モノ サワルナ言ワレテル』
船長室。アリアナの部屋じゃなかったのか。この娘はどういう立場だ。男所帯の船で、ほかに女性は見当たらない。若いけど船長の妻か。あり得なくはない。
『アリアナ。客?』
『……Stowaway』
すとあえうぃ?
わからん。知らない言葉だ。居心地わるそうにしてるし、聞いちゃ不味かったな。
まあいい。未成年の体に酒は毒だし、水があれだ。不純物だらけのくそ不味い酒だろ。
アンティークな部屋を見まわす。紅茶セットと並んで、別の壺が手回しハンドルの容器があった。
「あれはなんだ」
『コーヒー』
やっぱりコーヒーだ。手回しハンドルは|手挽き機<コーヒーミル>。壺の蓋をあけると、芳醇な香りが鼻をくすぐった。炒った豆。モカだ。紅茶もいいが、コーヒーのほうが好きだ。
『飲ミ方、ワカラナイ』
その言い方だと、触ってもいいらしい。紅茶も入れてたし、飲み食い関連なら、触る許可がでてるようだ。
『マカセロ』
中世じゃコーヒーは煮だして、皿に移して飲んでたんだっけ。トルココーヒーが上蓋で粉を避けながら飲むのは、その名残りだ。
とはいえ、俺は自分でコーヒーを淹れたことがない。妻が生きてた時は彼女が、最近は部下におとさせていた。誰もいないときはインスタント。
紙フィルターで濾すのはわかる。そのフィルターがないか。知らず、直にツッコんだことがあったが、カスだらけで飲めたものではない。濾せればいい。紙の必要はない。布で代用すればいいか。やってみるか。
『オ湯。ツクッテ』
泥水は飲まん。薬缶に魔法で産んだ水を注ぐ。それをアリアナが火にかける。
|手挽き機<コーヒーミル>で豆を挽いていく。分量は、二杯分ならこんなものか。部屋の中が深い香りに満たされていく。
『オー。イイ香リ』
引き出しに洒落た模様のハンカチを発見。目が細かいからイケそうだ。カップの上に敷いて窪みをつくり、挽きたての粉をバサッといれる。そこに薬缶のお湯を、数滴づつまんべん垂らす。しばし蒸らしてから、本格的にゆっくりお湯を注いだ。
カップ八分目になった。ハンカチフィルターを別のカップに移し、二杯目を注ぐ。味は薄くなるがしかたない。琥珀色の飲み物の出来上がりだ。
「異世界お初、コーヒーの誕生だ」
異世界でいいよな。タイムスリップの可能性も否定てきないが。俺に魔法が使える時点で異世界だ。そう決めた。これからずっと、何をやっても「初」だ。
「うまいっていいたいが……微妙だ」
そこそこ味はいい。飲めなくはないが。時間が経って酸化が進んでるのだ。しかたない。常温で長い距離を運搬した豆だろう。現代物流ってすごかったと失ってわかる。いかに、新鮮に届ける技術に長けていたか。いまさら感謝しても遅いが。
アリアナもカップを取って飲んだ。
『bitter !?』
苦いか。その苦味がいいのだよ。ブラックの味は、子ども舌にわかるまい。
「ふふふ、お子様は砂糖を入れて飲め」
『バカニ、シテル?』
通じたらしい。からかいは万国共通だ。けど意思疎通が片言の英語だけというのは不便だ。今後、この世界の厄介になるようだし、きっちり言語を習得しておいたほうがよかろう。ちょうど、ベストな先生が目の前にいる。
その先生が、コーヒーに砂糖を投入した。
『オーイシイ!』
「だろ? ミルクがあるともっといんだが」
『ミルク?』
「そーそーミルク。えーと英語でなく、こっちの言葉ではなんていうんだ? 『ミルク、フツウ ノ コトバデ』」
身振り手振りで、牛乳の単語を訊くんだが、なかなか通じない。「牛乳 オレ」「ミルク アリアナ」と、指をさすという、よくわからないコミュニケーションをやってるうちに。
『ミルク ハ ガラ』
「ガラ? ガラがミルクか」
『イエース。夜 星 ガラクシア』
そういって上を指さした。
星、ガラクシア? あ。
「ギャラクシー?」
『ソウ。 ゲルマン ハ ギャラクシー エラダ ハ ガラクシア』
「エラダ? アリアナ エラダ?」
『ソウ エラダ!』
アリアナはエラダって国の人らしい。エラダ。エーゲ海のようだから、ギリシャかトルコと思ったんだがエラダ人か。やはり異世界のようだな。なおのこと、言葉を習得せねば。
『タノム コトバ オシエテ』
『コトバ エラダ?』
「そうそれ。エラダ語」
扉が乱暴に開かれた。男が二人はいってきた。鉤腕のリーダー格と部下だ。コーヒーを飲んでる俺たちにリーダーが憮然とする。勝手に飲んだことを怒ってるなこれは。リーダーが顎でしゃくると、部下は俺の首根っこをつかんだ。
抵抗してもよかったが、悪いのはこっちだ。拾われた負い目もある。魔法がバレるのも避けたい。
「悪かったすまん」
素直に頭を下げたが、怒りは収まらないご様子で、なにか言い続ける。怒鳴りはしないが、有無を言わせない口調だ。
アリアナは一生懸命に反論。俺をかばってるらしい。だが俺は、部屋から引きずり出されて、甲板へ放り投げられた。
痛くなかった。
驚いたことに、受け身を取ったのだ。歳をとって動きがにぶくなり、そこらで転んでも受け身などとれなかったのだが。嬉しい誤算だ。若返りは反射神経をよみがらせた。
鉤腕リーダー格は、船長だった。
俺は、下っ端の見習い船員身分として、扱われていく。放り出されるよりマシだが、この俺を投げ飛ばしたことは忘れない怪我こそしていないが、屈辱は別のはなしだ。




