迷宮胎動4
見ると、ティファニアの髪の毛が毛布みたいに体を包み込んでいる。どうやら気絶していた間、こうしてぼくのことを労ってくれていたらしい。
ただ、お腹を愛おしそうに撫でる彼女を見て、自分がどれだけの時間、気絶していたのだろうかと焦ってしまう。
時間を確認しようにも、“ラビュリンスアドミニスト”を使用するにはティファニアの協力が必要だし、黒曜石板に時計の機能なんて付いてないし、どうしよう。
「おはよう、タイキ。ほら、見て。こんなに大きくなったんだよ。これなら、すぐにでも産まれるよ」
「あ、うん。おはよう、ティファニア。
あのさ、ぼく、どれくらいの間、気絶してた?」
「んっ、1日ぐらいかな。疲れてたんだね。すごく気持ち良さそうに寝てたよ」
「できれば、起こしてほしかった………、えっ、待って、もう産まれる!?」
「うん、後はタイキが思い描く心象でこの子に命と貌を与えるだけ」
時間のことに意識がいって、スルーしてしまっていたが、ティファニアのお腹が、1日しか経っていないのに臨月くらいにまで膨らんでいるという事実に気づく。
いくら彼女が、モンスターとはいえ、さらには能力を使っているとはいえ、これほどまでに早く成長するのだろうか?
「今、私のお腹に在るのは、命の源。タイキから貰った魔力を私のお胎の中で錬生したもの。“十三の獣”は、私の中に宿ったこの命の源にタイキの心象で、貌を与えて新しい生命を産み出す。そういう能力なんだよ」
彼女から語られる“十三の獣”の能力。
彼女の大きくなったお腹は、実際に赤ん坊がいる訳ではなく、眷属となる生物の元があり、後はぼくが最後のひと仕上げをする事で、眷獣が産み出されるという事らしい。
「ここまでおっきなお腹になったのは、タイキの魔力がいっぱい貰えたから。その分、安定させるのに時間が掛かっちゃったけど。だから、はい……!」
そう言って、両手を広げて臨月のお腹をさらけ出し、ぼくを招くティファニア。
彼女に招かれるままに、彼女に近づく。
「ティファニア、ぼくはどうすれば良い?」
「お腹に触って」
彼女の言うとおり、ティファニアのお腹に、両手でそっと触れる。
「そのまま、額を寄せて。そう。そして、あなたの心象をここに贈って。そうすれば、あなたの想いを受けてこの子は産まれてくるの」
お腹に額を押し当てる。すると、頭の中にゆらゆらと揺れ動く白い靄の様なものが浮かんできた。
頭の中に浮かぶ靄に、自分のイメージを贈リ込む。
イメージするのは、蟲の女王。繁殖力が高く、多種多様な能力を持つ虫という生き物。
虫の中でも、蟻や蜂といった女王を頂点とした高い社会性を持ち、その中で最も長い寿命と産卵数を誇るシロアリをモデルに、様々な昆虫の因子を付与し、知能とコミュニケーション能力を持たせたアラクネのような半人半虫型のモンスター。
「んっ……、伝わってくるよ。タイキのイメージ……。タイキの想いを受けて、お腹の中でどんどんこの子の貌が決まっていくのが分かるよ」
―――――ドクンッ!!
始まりを告げる様に、ティファニアのお腹から大きく脈打った。
ティファニアに触れた手と額から伝わってくる、お腹の中に在る命が形作られていく感覚。とくん、とくんと心臓の鼓動を感じる。
ティファニアの鼓動なのか、それともお腹の中の子の鼓動なのか、どちらなのかは分からない。でも、確かに聞こえてくるこの鼓動は、ぼくにどうしようもない程に愛おしい気持ちを抱かせる。
「……すぅ―…はぁ……すぅ―…はぁ……」
子供がお腹の中でしっかりと形づき、蠢き始めると次第にティファニアが深呼吸をし始めた。
「すぅ…はぁ…すぅ…はぁ…、んくっ!」
深呼吸をしていたティファニアが突然、うめき声を上げた。同時にお腹の中の子が産まれようと暴れ始めた。
「んぐぅ!ふぅ…ふぅ…ふぅ…あ”ぁ”っ!」
「ティファニアっ!?」
陣痛なのか、ティファニアが叫び声を上げた。見上げると、苦痛に顔を歪める彼女が見えた。思わず、彼女の名前を叫んだ。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ、大っ…丈夫。
私は、平っ…気…!ふふっ、もう…ふぅ…すぐ産ま…れる…よ」
額どころか顔中から汗を滲ませながら、ティファニアは微笑みを浮かべると、そのまま、ゆっくりと岩に寄りかかり足を開いて出産の体勢をとった。
時折、眉を寄せ、苦痛に顔を歪めるのは、きっと、彼女をしてもそれだけ強い痛みが襲ってきているのだ。
「――――っ、あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
ティファニアが目を見開いて、一際大きな叫び声をあげた。そして、彼女のお腹が脈打ちながら、ひと回り大きくなる。
心配になり、ティファニアの横にしゃがみ込み、手を握りると彼女はぼくの手をしっかりと握り返してきた。ティファニアの握り返してくる強さにぼくの手が握り潰されて血が滴り落ちる。あまりの痛みに顔が歪むが、それでも彼女の手を離さずに彼女を応援する。
「頑…張れ、頑張れ!!ティファニア!!」
「ん゛、頑張るぅ゙゛。はぁ……あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
ティファニアが、また叫びながら、強く息んだ。今、ぼくにできることは、彼女の傍に寄り添って、見守ることだけだから。だから、こうして手を握り潰されようと、絶対に彼女の傍を離なれたりしない。
やがて、幾度となく苦痛の叫びを上げた後、
「はあ゛ーっ…はあ゛ーっ…う、産まれ…た…よ」
息を荒げながらもティファニアは、ぼくに微笑みかけ、そのまま、足の間に目を向ける。彼女の視線につられて同じ場所に目を向ける。すると、そこには膨らみの無くなった彼女のお腹、そして、その奥にあるぼくを見つめる二つの金色の瞳。シロアリの女王と同じ発達した大きな白い腹部から、二対の節足と少女の上半身が生えた半人半虫の異形。
人形のように端正な少女の風貌。白い肩口程の長さの絹のような髪の毛。幼い少女の体から伸びる細い腕の先には、甲殻に覆われていて手袋を着けているように見える。
可愛らしい人の容姿と不気味な蟲の形貌。
相反する二つの姿を持ったぼくの新たな仲間。いや、娘になるのかな?
黒曜石板で少女のステータスを確認する。
ーー
【幼姫蟲 テルレギナ】
主:タイキ
等級:幻想級
特性:女王のフェロモン
:無尽卵
:鎧甲殻
:蟲姫
:十三の眷獣Ⅰ
能力:蟲産み
:魔導銀絹
:活性液
詳細:蟲系統のモンスターを自身の発するフェロモンにより支配下に置く力を持つ半人半虫の第一眷獣。無尽卵により、種さえあれば、無限に自分の配下となる多種多様な蟲モンスターを産み出し続ける。硬い外甲殻の鎧により物理攻撃に高い耐性を持つ。今はまだ、幼く統率能力と産卵能力は十全に発揮できないが、それを差し引いても、その強力な増兵力は脅威的である。
ーー
【蟲産み】
全ての、蟲にカテゴライズされるモンスターを産み出す能力。
産み出されたモンスターは自身に従属する。
【魔導銀絹】
ミスリルの特性を持つ絹糸を生み出す能力。高い魔導性能と金属並みの強度を保ちながら、絹と同じしなやかな肌触りと美しい光沢を放つ。
【活性液】
細胞を活性化させる液体。産み出された卵は活性化の影響で短時間で孵化する。
ぼくのイメージした通りの能力だった。
立ち上がり、少女の前に跪く。
「はじめまして、ぼくはタイキ。そして、彼女はティファニア。君のお母さんになるのかな?」
「なら、タイキはお父さんだね」
そんな会話を、まだ疲れているのか、岩に寄りかかったままのティファニアとしながら、少女に手を伸ばす。
少女は不思議そうな顔をしながら、交互に、ぼくの手と顔を見つめている。
「?…どうしたの?」
「その子は、産まれたばかり。だから、知能が、まだそこまでしっかりしてないんだよ」
少女の様子に首を傾げていると、ティファニアが少女の行動の理由を教えてくれた。
でも、ティファニアは喋ることはあまり上手くなかったけど、初めから知能はしっかりとしていたと思う。
「ティファニアは会話は上手く出来なかったけど、受け答えは出来ていたよね?」
「ん、私は元々、こことは、違う場所で生まれたの。その場所のことをはっきりとは憶えて無いけど、真っ暗な何も無いところで、ふわふわと微睡みながら漂ってたような気がする。それで、そこにいた時に頭の中にいろんな事が流れ込んきたの。私じゃない沢山の誰かの記憶。タイキの世界の映画っていうのかな?そんな感じに、夢でそれを見せられてたからいろんな事を知ってはいたよ」
「でもね、この子は違うの。モンスターだから、体はちゃんとしてるけど、本当に何も知らない。生まれたばかりの赤ちゃん」
ティファニアが、少女を抱き寄せて、頭を撫ではじめた。少女は、気持ち良さそうに目を細めながら頭を撫でられてた。
「じゃあ、君の時と同じ様に名前を付けてあげれば、喋れるようになったりするのかな?」
「ん…、そうだよ。だから、素敵な名前つけてあげないとね」
名付ける事で、この子の知能を成長させる。何も知らない生まれたての子供に名前を付けるなんて本当に親になったみたいだ。
この子の名前は、どんな名前がいいかな?
蟲の女王様、女王様か……、イメージとしては高貴で、気高い、優雅って感じだけど。
高貴…、英語でノーブル、気高いも同じだっけ。優雅は、確かエレガントだから……。
ノーブル、エレガント……、ノー、エレ、ノエレ、いや、何か違うな。レじゃなくて、ルの方がいいかな。ならノエルか……。うん、良いかも知れない。うろ覚えだけどノエルは確か、フランス語でクリスマスって意味で、その語源が、誕生日って意味だったはず。
「君の名前は、ノエル。高貴で優雅って意味を込めて、君の誕生を祝福し、ノエル」
ティファニアの時よりは軽いけれど、再び感じた何かが抜き取られたかのような喪失感。
そうして名前を少女に告げた時、ティファニアに名前を付けた時と同じ様に、少女、ノエルの雰囲気が変わった。あどけなかった表情が引き締まり、凛とした空気を身に纏い、名前に込めた意味の通りの優雅で気高い、まるで、カッコいい貴族というのはこういう感じなのかなという印象を受ける。
「……ありがとうございます、お父様。とても素敵なお名前。私、大変嬉しく存じますわ」
喋り方まで、お嬢様言葉になってる。頭を撫でていたティファニアから、離れてぼくに向かって、カーテンシーって言えばいいのかな、何かを摘むように両手を広げて頭を下げる。下半身が蟲だから上半身だけでだけど。
「うん、喜んでくれたなら、嬉しいよ。これから、よろしくね」
「ん、一緒に頑張ろうね、ノエル」
「はい!よろしくお願いいたしますわ、お父様!お母様!」
ぼくとティファニアの言葉なノエルは満面の笑みを浮かべて応えた。
「そうですわ、お父様。御手をお出しくださいまし」
「?……はい」
ノエルに言われて手を差し出す。
「いえ、そちらではなく、怪我をしてらっしゃる方の手ですわ」
「えっ?……あぁ、はい」
怪我をしている方の手に差し出し直す。そうするとノエルが糸を紡いで包帯のように怪我した手を包み込んでくれた。
「応急処置です。ですが、活性液を染み込ませてありますので、ゆっくりとではありますが怪我も治っていくと思いますわ」
「わっ、ありがとう。ノエル」
怪我をした手を包み込む糸はとても肌触りがよく、なんだかほんのりと温かく痛みがやわらいでいくようだった。
そうだ、名前を付けたことで、ノエルに何か能力が追加されてないか、確認しなきゃ。
ーー
【幼姫蟲テルレギナ】
個体名:ノエル
主:タイキ
等級:幻想級
特性 :女王のフェロモン
:無尽卵
:鎧甲殻
:蟲姫
:十三の眷獣Ⅰ
能力:蟲産み
:魔導銀絹
:活性液
:音響支配
詳細:蟲系統のモンスターを自身の発するフェロモンにより支配下に置く力を持つ半人半虫の第一眷獣。無尽卵により、種さえあれば、無限に自分の配下となる多種多様な蟲モンスターを産み出し続ける。硬い外甲殻の鎧により物理攻撃に高い耐性を持つ。今はまだ、幼く統率能力と産卵能力は十全に発揮できないが、それを差し引いても、その強力な増兵力は脅威的である。
ーー
【音響支配】
特殊な音波によって、射程範囲にいる全ての蟲型モンスターを支配下に置き強制的に従属できる。この特殊な音波は障害物によって遮断されず、音の届く範囲にいる蟲型モンスターに遠距離から命令を下す事ができる。
凄い女王様らしい能力が、増えている。でも、途轍もないなこの能力。音の届く範囲にいるならどんな蟲型モンスターでも、コントロール可能って蟲型モンスターの天敵みたいな能力なんじゃないかな。
あれ、でもこれ、“女王のフェロモン”と効果が被ってないかな?もし、効果が重複するなら、仮に支配に耐性を持つ特性か、能力があったとしても貫通しそうだ。
能力の確認も終わったので、これから、ティファニアとノエルの力を借りてダンジョンの戦力を増やしていきたい。
ただ、ティファニアの消耗が激しいのか、ノエルを産んでから、ずっと岩に寄りかかったまま、座り込んでいるのが気になる。
「ティファニア、その、大丈夫?さっきからずっと座り込んだままだから……」
「ん……、今の私には、“十三の獣”の負担が思っていたよりも、大きかったみたい。しばらく、能力は使えそうになさそう。ごめんね、タイキ…」
申し訳なさそうに謝るティファニアに、ぼくも申し訳なさを感じてしまう。やはり、“十三の獣”で生み出す眷獣は強力な分、ティファニアに大きな負担を掛けてしまうという事なんだろう。
「気にしないで、ティファニア。君のおかげで、ノエルって言う強い味方ができたんだから。今はゆっくり休んでいて」
「その通りですわ、お母様。後は私に任せてくださいませ。お父様の仰る通り、今はゆっくりお休みくださいませ」
ぼくとノエルの言葉に、ティファニアはゆっくりと頷いて、
「ん。じゃあ、二人の言う通り、ちょっと眠らせて貰うね……」
瞼を閉じ、よほど消耗していたのか、すぐに寝息をたて始めた。
「ふふっ、お母様、よほどお疲れだったのでしょうね。こんなにすぐ眠りに入られるとは」
「はぁ……、大分無茶させちゃってたって事なのかな」
ティファニアに負担を強いる事になるとは分かっていたけど、実際に目の当たりにしてしまうと罪悪感が湧いてくる。
「仕方ありませんわ、お父様。強い力には、それなりの反動というものが、ありますから」
なら、ティファニアがここまで消耗してしまうくらいノエルは凄い力を持っている、という事になるのか。そんな存在を産み出す事ができるなんて、やっぱり、凄いんだな、ティファニアは……。
「さて、それではこれから、どう致しますか、お父様?」
ティファニアの凄さに改めて感心していると、ノエルにこれからの事を聞かれた。
「ノエル、一応聞くけど、自分の能力について、ちゃんと把握してるんだよね?」
「ええ、もちろん把握しております。私達の能力は、モンスターとしての本能が形となったものですので、頭では無く、体が使い方をしっているのですわ」
ティファニアも言っていたっけ、自分の能力はティアマットとしての本能が形になったものだって。
鳥や魚が、親に教わらなくても、飛び方や泳ぎ方を知っているのと同じ様なものなのかな。まぁ、とりあえず、彼女が自分の能力についてちゃんと把握してることは分かった。
「よっし、ノエル。君の能力を使って、これからこのダンジョンを整備して行こうと思ってるんだ」
「整備…ですか?それならば、お母様の能力を使うべきではありませんの?」
ダンジョンの改造にはティファニアの“ラビュリンスアドミニスト”が必要になってくる。ノエルの言う通りで、それは間違ってはいない。
「うん、きっと本来ならそれが正しいんだろうけど、ぼくには所持DPがないんだ。だから、このダンジョンを整備する為の人手を君や、ティファニアの力を借りて補っていこうと考えてるんだ」
DPを使わずにダンジョンの基本戦力である、モンスターを揃える。彼女達の能力ならば、それが可能になる。そして、今いるこのダンジョンは岩山に囲まれた窪地。整備の為に、どうしても穴を掘る必要が出てくる。
蟲という生き物は総じて、穴掘りが得意だ。蟲型モンスターの物量でダンジョンに穴を掘り、通路や部屋を作っていく。それにDPで喚び出したモンスターじゃないのでモンスター達からDPも回収出来るはずなんだ。
「なるほど、確かにそれならば、DPが無くとも、DPを稼いでいく事が可能ですわね」
誰かしら、思いつく事かも知れないけれど、彼女達の力があれば、例え、蟲型モンスターから回収できるDPが微々たるものだったとしても、物量で補える。ダンジョンの仕様とティファニアの能力を見た時に思い付いた、彼女達の様な生産能力の高いモンスターがいるからこそ、行える作戦だ。
「正直、一番最初に産み出したのが君でよかったと思うよ。おかげで、ティファニアの負担を減らせるし、二人体制で、時間をあまり無駄にしなくて済みそうだ」
「あら、それは光栄ですわ。では、早速、期待に応えさせていただきたいと思いますので、その為に、」
そして、ノエルは、能力を使う為に必要な事として、
「種をくださいまし♪」
笑顔で、そんな事を言ってきた……………
…………………え?
――ダンジョン開放まで残り112:48:20――
どうも、黒染です。
誤字脱字報告、アドバイス、感想お待ちしています。
面白かったら、高評価よろしくお願いします。




