幕間2
真っ黒な空間の中にポツンと一枚のドアが置いてあった。
ドアを開けて中に入ると、そこには年季の入った何処か寂れた雰囲気ののバーがあった。
カウンターの中にある棚には、様々な種類の酒瓶が置いてあり、内装は色褪せた木の壁と少し擦り減った床。黒光りする一枚板のカウンターには古びた木製の丸椅子、壁際には革製のソファが置かれており、火の灯った蝋燭が入ったガラス製のランタンが部屋をぼんやりと照らしている。
何処か懐かしい、ノスタルジックな雰囲気を持ったこの場所で、場違いなグダるような声を上げて、だらし無くカウンターの上で酒瓶片手に管を巻く際どい改造燕飛服姿の小さな女の姿があった。
「あ゛〜っ、もう、やってらんな〜い。せっかく、新しく来た落人の案内人になったのに、あんな期待ハズレのポンコツなんだもん」
女の名前は、ルッカダン。この世界にきた落人に【魂の選別】の仕組みや恩寵、黒曜石板の使い方、異世界パーガトリアムについての説明等、【魂の選別】にて落人をサポートする役目を与えられた存在である。
「ルッカダンさん、またですか……」
管を巻くルッカダンの後ろで宙に浮く、ルッカダンとは違い、可愛らしく改造した案内人の証である燕尾服を着るルッカダンより幾分か幼い容姿をした金髪碧眼きのアンティークドールの様な少女。
「自分の担当する落人さんを気に入らないから見捨てるなんて……、彼らは貴女の玩具じゃないんですよ」
「ア゛ァ〜、もう真面目ちゃんのシンシアは煩いなぁ。それに、もう“落人との繫がり”は切れてるもんね〜。何があろうと私は無関係で〜す」
ルッカダンにシンシアと呼ばれた少女は、嫌悪に塗れた視線をルッカダンに向けて彼女の行いを非難するが、当のルッカダンは鬱陶しそうに手を振るだけで、まるで堪えていなかった。
「い〜じゃん、別に。落人になるって事は、アイツら、どうせロクでもない事しかしてこなかったんだろうしさぁ〜。だったらさぁ、アタシが、アイツら玩具にしてたって、それは呵責って事になんじゃん」
「貴女はそうやって、何人の落人さん達を弄んできたんですか……! それに、彼らは死んだ訳ではありません! 【魂の選別】は彼らを……」
「あー、うっさい、うっさい。これだから、真面目ちゃんは……」
ルッカダンのあまりの言い様に、シンシアは憤慨するが、ルッカダンはどこ吹く風と言った様子で、まるで気にしていなかった。
「つ〜か、アンタこそ、こんな所で何やってんの?」
「私は、調律の申請に来たんです。私の担当する落人さんの器と恩寵が適合していなかったので」
調律。それは、極稀に起きる落人が自分の恩寵と適合しなかった時に、落人の器と恩寵のズレを整えて不具合を解消する作業の事である。
通常、恩寵は落人の魂の器に合わせて与えられる為、そのような不具合を起こす事はまず無いのだが、落人の魂と恩寵の相性が悪かったり、他人の恩寵と交換した場合、他の落人から恩寵を奪ったりした場合、天職のタスクが上手く機能さなかったり、恩寵が使えなくなったりと、不具合が起きる事がある。
「落人さんの器に対して恩寵が大きすぎたみたいで、恩寵の力に身体が耐えきれなくてかなり危険な状態だったんです」
「その割には、アンタ全然焦ってないじゃん」
「救済者を使用しました」
シンシアの放った言葉に、ポカンとして意味を理解するのに少し間が空くも、意味を理解した途端、ルッカダンは腹を抱えて笑い出した。
「ハァ? アンタの担当してる落人って確か、転生で今はまだ赤ん坊だったよね? じゃあ、何? 救済者を勝手に使った訳? アッハハハハハハ!!」
「使わなければ、あの子は死んでいました!!」
救済者とは、落人にひとつだけ配られるどんな危機も一度だけ覆す奇跡を起こす救済機能である。しかも、一度行使してしまえば、取り消しは不可能であり、使用するタイミングを間違えれば、取り返しのつかない事になる。
しかも、救済者を使用する為には、救済者のコインを黒曜石板に投入、落人の情報の確認、承認と言う手順が必要になってくるので、本来ならば赤ん坊であるシンシアの担当する落人にはまだ使用する事などできる筈がない。
だから、シンシアは赤ん坊の落人の変わりに、案内人の力を使い、救済者を行使した。そうしなければ、赤ん坊は強すぎる恩寵に魂の器が耐えきれずに壊れて、死んでしまうと判断して。
そう声を荒げて反論するも、シンシアは自分のした行為が、マズイ事だと分かってはいるので、バツの悪そうな顔をしていた。
「自分のした事が良くない事だと言う事は分かっています。ですので、この件に関しては調律申請と一緒に報告します。そこで、しっかりと沙汰を受けます」
自分のした事が、マズイ事だと理解しながらも、決して間違った行為だとはシンシアは思っていなかった。
たとえ、これが自分の自己満足なのだとしても、落人の手助けをする事は案内人である自分の役目だと信じているから。
「ハッ。これだから、いい子ちゃんは」
だからこそ、ルッカダンはそんなシンシアを鼻で嗤う。
「落人なんて、世界から廃棄された塵じゃない。そんな奴の為にそこまで、健気に頑張っちゃってさぁ。アイツら、いつ、死ぬかも分からないっていうのに」
シンシアの落人への献身を、いつ無駄なるとも分からないものと断じて嘲笑った。
「――――ッ! ………ふぅ、私はもう行きます。ルッカダンさんも、身の振り方を考えておいた方が良いんじゃないですか?」
「ハイハイ、分かった、分かった。さっさと行けば〜」
ルッカダンの言い様に、頭に血が昇り怒鳴りそうになるも、彼女に何を言ったとしても、分厚い壁に向かって話掛けるようなものだと思い、シンシアはひと息つくと、そう言い残してバーの奥にある扉へと歩いて行った。
ルッカダンは、楽しそうに酒瓶を呷りながら、にやけ顔でその背中を見送った。
「あぁ〜、ほんっと面倒臭い奴。まっ、ああいう奴ほど入れ込み過ぎて、目に掛けてた奴が死んだ時、ショックがデカくてすぐ駄目になるんだけどさ」
ケラケラと嗤いながら、シンシアが担当する落人が死んだ時、シンシアがどんな反応をするのかを想像して歪んだ笑みを浮かべる。
「そう言う貴女は放任が過ぎます。何の説明も無しに落人の担当から外れるとは……救済者を渡すという本当に最低限の仕事はした様ですが」
「ん? げっ……」
ルッカダンが聞こえてきた声の方に振り向くと、そこには無改造の燕尾服をキッチリと着こなし、ロークラウン・シルクハットを被った背の高い黒い靄を纏った人型が居た。
「ふむ……、げっ、という言葉が出てくると言う事は、自分のした事の重さを理解はしているようですね」
「……ドクトル様」
統括案内人ドクトル。その名の通りに【魂の選別】にて、落人に派遣される案内人を纏め、【魂の選別】を円滑に進める為の指示を出すルッカダン達、案内人の最高責任者である。
「貴女が、自分の担当する落人を補助しつつ機会を見て蹴落とすのは、いつもの事ですが、何の説明もサポートもせずに見捨てたのは初めてですね」
やれやれと言った具合に首を横に振り、これ見よがしに溜息をつくドクトルに、ルッカダンは苦虫を噛み潰した様な顔をする。流石に最高責任者相手では、シンシアの時の様に、のらりくらりとやり過ごし事は出来ないらしい。
「黒曜石板と救済者を渡すと言う、最低限の仕事はした様ですが、それにしても、貴女の今回の行為は目に余る」
目も口も鼻も無い真っ黒な相貌からは感情を伺い知る事は出来ないが、その低く静かな声は、焦げつくような熱を孕んでいた。
「………ッ」
それを感じ取ったルッカダンは顔を青褪める。
「ですが、私に貴女を罰する権限はありません。精々、今後貴女が落人の担当にならない様に手を回すくらいです」
高ぶる感情を落ち着けるように、眉間を指で揉み込むドクトル。
ドクトルは案内人の最高責任者ではあるが、その権限はあくまで案内人としてであり、【魂の選別】を円滑に進める為のものでしかない。
ルッカダンの徒に落人を脱落させる行為は、困ったものだったが、今までは調子に乗っていた落人がどん底に転落した時の顔を見る為というロクでもない理由ではあるが、ある程度落人が成長するまでは、きちんと案内人としての仕事は熟していた為、目をこぼしてきた。しかし、今回の場合、黒曜石板と救済者のメダルを渡す以外の【魂の選別】に関する一切の説明もサポートもしていない。
落人の死は、【魂の選別】という戦いに於いて必ず起きうるものなので、大した問題にはならない。だが、魂の研鑽という【魂の選別】における最重要項目を成せないまま、死にかねないこの行為は看過できないかった。その為、ドクトルは今後、ルッカダンに案内人として落人を担当させる事は無いと告げたのだった。
しかし、自分の愉しみである担当した落人をどん底に突き落として、その壊れゆく様を見る事が出来なくなる事は、ルッカダンとしても困るのか、頭の中で言い訳を必死で考える。
(どうする……、何を言えば良い? まずは謝罪か? でも、その後は? あぁっ、もうっ! 何でこうなるのよっ! あんな塵共、どうなったって別にいいじゃん! どうせ、アイツらいつか、燃料になるだけの存在じゃん。それが早いか、遅いかだけなのにさぁ。何が魂の研鑽だよ。ただ、質の良い燃料が欲しいだけだろうが。違う違う、今はどうやって案内人の役目を維持するか……)
「も、申し訳ござい「釈明は不要。これは決定事項です。」………!」
釈明しようとルッカダンが口を開くが、言葉を口にする前にドクトルは機先を制して話を遮る。
「貴女が反省していない事を分からないとお思いですか? 今までの貴女の行動が見逃されてきたのは、貴女の担当した落人が、最低限の基準に達していたからに過ぎません」
ドクトルは、ルッカダンに反論の隙を与えず、ただ淡々と理由と結論を告げていく。
「今回の事で、貴女が自分が気に入らなければ、何の説明も無しに落人を切り捨てるという事が分かりました。貴女の今までの行動から考えた結果、今後も似た様な状況になれば同じ行動を取ると判断しました。故に貴女を今後、落人の担当に充てる事はありません」
最後にふぅ、と息を吐いて一呼吸置くと、ドクトルはルッカダンに、これから訪れる彼女の未来を突きつけた。
「貴女と彼のパスは既に切れているので、今後彼が何を成そうとも貴女には、何の名誉も報酬も与えられる事はないでしょう」
「待っ……」
伝えるべき事を伝え終えたドクトルは、引き止めようと声を掛けるルッカダンを無視して、先ほどシンシアが向かって行った奥の扉へと向かい、そのまま通り抜けていってしまった。
ルッカダンは引き止めようとした体勢のまま、暫くの間、呆然とドクトルが通って行った扉を見つめていたが、やがてギリと骨が軋む程に奥歯を噛み締め、怒りで顔を歪ませて……。
「■■■■■■■■■ッ!!!」
声にならない叫び声を上げて、持っていた酒瓶を怒りのままに思いっきり床に叩きつけた。
どうも、黒染です。
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