迷宮胎動13
――La〜La〜LaLaLa〜♪ LaLa〜♪ La〜LaLa〜LaLa♪ La〜La〜LaLa〜La〜♪ LaLa〜♪ La〜La〜LaLa〜La♪ LaLa〜LaLa〜♪ La〜LaLa〜La〜La♪――
優しく頭を撫でられる心地よい感触と綺麗な歌声に意識がゆっくりと目覚めていく。
薄く開けた、起き抜けの寝ぼけ眼に映ったのは、目を閉じて気持ち良さそうに歌っているティファニアの顔だった。
目の前にあるティファニアの上半身と後頭部に感じる柔らかな感触から、どうやらティファニアに膝枕してもらってるみたいだ。
ティファニアの心地よい体温と頭を撫でられる感触、子守歌のような歌声にうとうとと微睡んでいると、頭の中に何かが引っ掛かった。
そういえば、ぼくは、何してたんだっけ……?
えっと、確か……そうだ、新しい眷獣にクララって名前を付けて、クララが外に飛び出して、それから、急に不安な気持ちが湧き出る様になって、ティファニアに寝かしつけられて……。なんで、寝かしつけられたんだっけ? ………そうだ、クララの“深き水の狂気”に充てられて、ずっと起きてダンジョンの開発をしていたから―――
「そうだ、ダンジョン!! どれくらい寝てた!? 残り時間は!?」
「わっ……」
ハッと現状を思い出し、寝ている場合じゃないと、勢い良く飛び起きる。
ダンジョン解放まで、後どれくらい時間は残ってる? マズイ、新しい眷獣を生み出したら、ダンジョンの開発の進捗状況を見て、これから先の事を考えるつもりだったのに……!
「……イキ…」
どうする、ダンジョンの進捗状況を確認した方が良い? それなら、ノエルとシルヴァディに連絡した方が良いのか? いやそれよりも先に時間の確認か? そういえば、クララはどうしたんだろう?
いや、そうじゃない。えっと、何から手を付ければ……
「タイキ」
「むぎゅ」
ティファニアに両手で頬を挟み込まれて、思考を中断させられた。
「焦りすぎだよ。そんなに慌てなくても大丈夫」
ぐにぐにと、緊張をほぐす様に頬を揉み込んでくるティファニア。
「今ここで、色々考えたって全部がその通りになるわけじゃない。必ず想定外の事は起きるよ? 悪い事に備えるのは大事だけど、もう少し気楽に考えても良いんだよ。悪い事ばかり考えてたら、心が駄目になる」
「でも………」
ティファニアにそう言われても、やっぱり、不安な気持ちは消えない。
悪い考えを止める事が出来なかった。
そんなぼくに何か思ったのかティファニアは、ぼくの顔を見つめ、
「タイキ、一緒に外に行こ」
「………え?」
一頻り揉みしだいていた手を頬をから離して、ぼくの手を取って歩きだした。
突然の彼女の行動に戸惑い、されるがままにティファニアの後を手を引かれながら歩いて行く。
ぼくの手を引きながらティファニアは、コアルームの一画で、蟲モンスターの生産をしていたノエルの元へと向かった。
「ノエル。外に行くから案内して」
ノエルの元へと着くなり、ティファニアは彼女に外への案内を命じる。
「……よろしいのですか、お母様?」
「ん、大丈夫。それよりも今はタイキの事」
「そうですね……、分かりましたわ」
ぼくの方を見て、ノエルは理由は分からないけれど、何かに納得した様子で頷いていた。
「でも、ティファニア。ノエルのあの足だと外への案内なんて難しいんじゃ」
ノエルの下半身はその殆どが肥大化した蟲の腹部で、その腹部と人の上半身の付け根に蟲の脚が付いているのだけれど、移動する時は、ゆっくりとお腹を引きずって動く事しか出来ないから、ぼくやティファニアの歩く速度じゃ、ノエルの事をすぐに追い抜いてしまう。
「その事でしたら心配ありませんわ、お父様。来なさい!!」
ノエルの掛け声と共に、ズゴゴゴゴという音を立てて地面が盛り上がり、そこから2匹の大きなムカデが出てきた。
2匹のムカデはノエルの下に潜り込み、ノエルの大きな腹部を背中に乗せた。
「この子達は、センチピードラックと言いまして、どの様な悪路でも構わず進む踏破力と長い身体を使って沢山の物を運ぶ事のできる運搬力を併せ持つ、高い戦闘力が自慢の私の移動補助用の蟲モンスターですわ。さあ、行きましょう」
ノエルがそう言うと、センチピードラックは器用にノエルが乗っている場所の脚を使って彼女の大きな腹部を支え、他の脚を滑らかに動かして地面を滑る様に動きだした。
ティファニアはぼくの手を掴んだまま、その後を付いて歩き出した。
洞窟の中は真っ暗で、壁や天井にほんのりと光る緑の苔の様なものが生えて誘導灯のような光を放ってはいるけれど、辺りを照らす程の光ではなく、ぼくの周りは何も見えず、繋いだ手の温もりだけが、今ひとりじゃないと感じさせてくれていた。
「………………………………」
「………………………………」
そんな洞窟の中を無言でぼくの手を引いて前を行くティファニア。
どうして、彼女はいきなり外に行こうなんて言い出したんだろう?
「ねぇ、タイキ……」
「ほあっ、えっ、何?」
ずっと無言だったティファニアからの突然の呼び掛けに、素っ頓狂な声を上げて返事をしてしまった。
「……タイキは、自分に自信が持てないんだよね」
「それ、は……」
ティファニアの言葉に、何か返そうと口を開こうとするも、言葉が出て来ない。
「タイキが、ずっと焦っているのも、クララの狂気に充てられて私達を怖がっていたのも、きっとそれが理由なんだろうなって思ってる」
ティファニアは、ただ歩きながら静かに喋り続ける。
「何かを成し遂げても、褒められる事も、認められる事も無くて、もっと努力しろ、まだ足りないって言われ続けてき
て。その所為であなたは、自分は何をやっても駄目なんだって思いがずっと募って、自分の力を信じる事が出来なくなった」
まるで見てきたかの様に、この世界に来るまでのぼくの事情をティファニアは的確に言い当てる。
「何かをしても、本当にこれで大丈夫なのかとか、もっと良いやり方があるんじゃないかって不安になって」
ティファニアの言う事に心当たりはあった。どれだけ勉強を頑張っても、父さんも母さんも、褒めてくれた事なんて無くて……。
『こんな出来て当たり前の事を、自慢気に言うんじゃない。全く情けない』
『この程度で満足してないで、もっと努力しなさい』
『いちいちそんな事で喜ぶな』
『そんな事をしている暇があるなら、もっと勉強しなさい』
褒められたくて、認められたくて、一生懸命二人の言いつけを守って、テストで良い点を取った時や、小さい時に二人の絵を描いて賞を取った時、何か良い事があれば二人に報告したけれど、返ってきたのは、もっと、まだ、この程度、そんな事はできて当然と言われて、褒められる事も認められる事もなかった。
それでも、いつかは褒めてもらえる、認めてもらえると信じて頑張ってきたけど、結局あんな事になっちゃって。
「でもね、それでも良いんだよ」
「……………………………え?」
続くティファニアの言葉に、呆気に取られる。
「自信を持てる事は、すごく良い事だけど、自信がない事が駄目って事にはならない」
「大切なのは、歩き続ける事」
「歩き続ける事……?」
「ん。心が折れて挫けても。時間が掛かっても良い。自分の足で立ち上がって、また歩き続けるの。そうやって、何があっても諦めないで、歩き続けて積み重ねていく事が、何よりも大切な事」
「不安でも、怖くても、タイキは自分の出来る事を精一杯やろうとしてきた。自信が無くても歩き続けようとしてた。当たり前の事だけど、きっとそれってとても大切で、すごい事なんだと思ってる」
「だから、きっと大丈夫。タイキは今まで、ずっと頑張ってきたんだから。自信なんて、これからそうやって、ちょっとずつ積み重ねていけば良い。不安になって焦ったり、慌てたりしても物事が上手くいく訳じゃない。ゆっくりとで良い。タイキのやりたい事、やるべき事は私達が叶える。あなたの足りないものは私達が補うから。安心して、ね」
そう言って振り向いたティファニアの顔は、慈愛に満ちたとても綺麗な笑顔だった。
その笑顔が眩しくて、その言葉が嬉しくて、涙が溢れてきた。俯いて、声を押し殺して泣くぼくに、ティファニアは何も言わず、ただ手を握る力を少し強くして、歩き続けた。
再び足音だけが洞窟内に響く、無言の時間が流れる。
ぼくには、真っ暗で何も見えないけれどノエルもティファニアも迷う事なく、迷路の様に枝分かれした洞窟の中を歩いて行く。
暫く歩き続けていると、薄っすらと水の匂いが漂ってきた。
「お父様、お母様。もう少しで、外に出ますわ」
「ん、分かった。タイキ、もう少しだから、頑張って」
そう言ってティファニアは、歩く速度を少し速める。
やがて、暗闇の中、遠くに微かに光る点が見えてくる。
歩いて行くにつれて、光はどんどん大きくなって、壁や天井が光に照らされて、外へと続く出口がハッキリと見えてきた。
洞窟の外のから差し込む光の眩しさに暗闇になれきった目を細めながら、洞窟の外へと抜け出す。
「……………凄い」
明るさに目が慣れて、視界に飛び込んできた光景は、視界いっぱいに広がる滾々と溢れる豊かな水場と、その中に聳え立つ沢山の大きな水樹だった。
「“ラビュリンスアドミニスト”の映像越しに見たものとは全然違うでしょ。これが、タイキが皆と作ってきた景色だよ」
「お母様、もう少し進みますか?」
「ん、そうだね。あそこまで、行こうか」
ノエルが進みだすと「これでもまだ、ほんの一部なんだよ」とティファニアは言い、再び歩き出す。
「ティファニア。この景色をぼくにみせる為に外に連れてきたの?」
「ううん、外に連れてきた理由はまた別。でも、この景色を見て欲しかったのも目的の一つ」
ティファニアに手を引かれ、辺りを見渡しながら歩く。
水溜まりの中に聳え立つ水樹の根元。そこからコポコポと水が湧き出ていて、地面に適度な潤いを与えている。地面には草が生い茂り、辺りを緑の絨毯のように覆っていて、所々にポッピンフラワーや、その他多種多様な植物が生えている。その植物をトドルッツ達が水をかけたり、剪定したりと手入れをしていた。
「あなたがしてきた事を映像越しじゃなく、実際に見て、聴いて、感じて欲しかった」
辺りから漂ってくる草木や水の匂い、湧き出る水や揺れる葉っぱの擦れるの音、地面を踏みしめる度に感じる草と土の触感。
コアルームで、“ラビュリンスアドミニスト”を使って見るだけでは感じられなかった生の感触が五感全てで感じられる。
「“十三の獣”は私一人じゃあ使う事は出来ない。あなたが居るからあの能力は使えるの。私一人だけじゃ、あの子達は生まれたてこれなかった。あなたが居たからあの子達は生まれてこれた。あなたと私、そして皆が居たからこの景色は生まれたの」
そして、水樹の泉から流れる水沿いに森の中を通り抜けて辿りついたのは、轟音を立てて断崖から流れ落ちる滝と、一面に広がる樹海とそこを流れる無数に枝分かれした川を一望できる高原の崖際だった。
「…………………………」
流れ落ちる滝の轟音、落ちる水が巻き起こす風と、その風に乗って飛んでくる草木と水の匂い。
さっきの水樹の泉も凄かったけど、ここから見える景色は、言葉も出なくなる程のそれ以上の絶景だった。
この場所は、“ラビュリンスアドミニスト”の映像越しに何度も見ていた。それでも、自分の目で実際に見るのと、映像越しに見るのとでは迫力がまるで違った。
「………フフッ」
横から軽く吹き出す声が聞こえて、そっちを向くとティファニアがクスクスと笑っていた。
「ど、どうしたの?」
「ごめんね。だってタイキ、ポカンと口を開けたまま固まってるんだもの」
そんな間抜けな顔して固まってたんだ。うわっ、恥ずかしい。
「そんなに気にしなくて良いよ。少し気分が晴れたみたいで良かった」
ティファニアに言われて、自分でも不安な気持ちが少し軽くなっている事に気づいた。
「今、シルヴァディもこっちに向かって来てるって。時間までまだあるから、それまで待っていて」
時間……。何の? とは言わなくても何となく分かった。ただ、分からないのが……。
「ねぇ、ティファニア。これからここで何が起こるの?」
「まだ秘密。でも、タイキに害がある様なものじゃないから、安心して」
ずっとぼくに寄り添ってくれたティファニアの言葉を信じて、おとなしく待つことにして、崖際から少し離れた所に座る。
何となく空を見上げて見る。そこにあったのは、星も月も何も無い真っ黒な空。空は真っ黒なのに、地上は昼の様に明るくて、昼夜の感覚がおかしくなりそうな不思議な空だった。
「不思議だよね。太陽も、月も、星も無いのに昼みたいに明るいなんて」
「ここはまだ、外界と隔離された異空間だから、太陽や月みたいなものは存在しないんだよ」
ティファニアと二人並んで空を見上げていると、クイクイと服を引っ張られる感触がして、そちらを向くと水辺から上半身を乗り出して服を引っ張っているクララがいた。
「おとーさん……」
どこか不安そうに眉根をよせて、ぼくの事を呼ぶクララ。
「……スゥ、どうしたの? クララ」
「……あの、えっとね、おとーさん……、私その、ごめんなさい」
クララがいきなり謝ってきたけれど、一体何に対して謝ってるんだろう?
「えっと、クララは何に対して謝ってるのかな?」
「私、おとーさんのお話聞かないで、勝手に外に出て行って、ノエルおねーちゃんやシルおにーちゃんが、おとーさんのお手伝いしているのに、私は何もしてなかったから……」
ああ、その事か……。確かに話も聞かずに外に飛び出して、何をしていたのか確認もしてなかったっけ。
でも、クララの表情を見るに本当に反省しているのだろう。ハッキリと後悔の気持ちが見て取れた。
「ちゃんと反省してるみたいだし、もう良いんだよ。ぼくもクララに強制するつもりは無いし、ノエルも、シルヴァディも、勿論ティファニアだって自分から手伝ってくれてるんだ。クララも手伝う気持ちが湧いてきた時に手伝ってくれれば良いから」
そう言うと、クララはまだ不安そうな顔するも、ゆっくりと頷く。
「ほら、こっちにおいで。時間まで、まだ少しあるみたいだからら一緒に待とう」
「………うん!」
クララは水から上がって、そのまま空中に浮かび上がると、そのままぼくの膝の上に飛び込んできた。
クララが飛び込んできたけれど、彼女の頭にあったクラゲの傘は小さくなり、髪飾りの様になってクララの頭に身に付けられており、クララが膝の上に乗っかってきても、傘にぶつかるような事はなかった。
「えへへ〜、おとーさん、ありがとう」
だらしの無い顔で、膝の上でうつ伏せで寝転ぶクララの頭を、何となく撫でる。すると、クララはさらに顔を蕩けさせて、膝の上で気持ち良さそうに溶けていた。
「ふへぇ〜」
クララの頭を撫でているとティファニアとノエルが、スススと二人して両隣に移動してきて、それぞれ頭を差し出してくる。
クララを撫でている反対の手で、ノエルの頭を撫でる。
「フフフフッ」
ノエルの頭を撫でると、彼女もまた、嬉しそうに顔を綻ばせる。
クララを撫でている手を止めて、その手でティファニアの頭を撫でる。
「んっ………」
ティファニアは頭を撫でる手に、さらに頭を擦りつける様に強く押し付けて撫でて欲しい所、角の付け根に誘導してくる。角の付け根辺りを軽く爪で搔く様にして擦ると気持ち良さそうな声を上げる。そうして……。
『とうちゃん、何してんの〜?』
「あっ、シルヴァディ」
シルヴァディがやって来るまで、それぞれの頭を順番に撫で続けた。
――ダンジョン開放まで残り00:20:53――
どうも、黒染です。
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