迷宮胎動12
ダンジョン解放まで残り6時間を切った。
クララは、感情の高ぶりが落ち着いて笑い終えた後すぐに、「水の匂いがする!」と言って、話も聞かずに洞窟を飛び出していってしまった。
外に出たクララは、高原エリアの水場を気に入り、そこに居着いていた。
感情の制御が効かない、良くも悪くも自分の欲望に正直に行動するクララは、人の話をあまり聞いてくれない。
念話を使って、今の状況を説明したけれど、ぼくの言葉は右の耳から左の耳で、「ふ〜ん」や「へぇ〜」等、気の抜けた相槌を返すだった。
自分の興味のあるものに一直線で、あれをしてくれ、これをしてくれと言っても寧ろ、自分のやりたい事を邪魔されたと思って不機嫌になりそうだ。
そうなると、癇癪を起こして大暴れする未来しか見えない。
でも、自分がやりたい事を楽しんでいる時に、あれこれ言われるのが嫌って気持ちもよく分かる。けど、クララの“分御卵”の能力は、これから先絶対に使う事になるから、ある程度こっちの言う事を聞いてもらえないと困るのも事実。
ノエルやシルヴァディと違って、気性に難があるクララの扱いは難しい。成長して精神が落ち着いてくれれば、マシになるんだろうけど。
なるべく、機嫌が良い時にお願いする様にして、癇癪を起こさせない様にしないと。ああでも、興奮しすぎて変に暴走する事もあり得るからそこら辺はどうしよう。
本当はあまりあれこれ注文をつける様な事はしたくない。誰かに強制されて乗り気じゃない事をやらされても、良いパフォーマンスは発揮出来ない。無理矢理やらされる事程、苦痛で嫌なモノは無いとぼくは思ってる。
ティファニアも、ノエルも、シルヴァディも、ぼくの言う事や頼み事をよく聞いて助けてくれる。
それだけじゃなくて、知識不足で容量の悪いぼくのやりたい事を、皆の持つ知識を上手く使って、実現したりと、知識面でも実務面でもフォローしてくれていた。
―――――ズキッ
「痛ッ……」
……あれ? そういえば、こんなにも尽くしてくれている皆に対して、今更だとは思うし、失礼だとも思うのだけど、どうしてこんなにも協力的なんだろう?
ティファニアは、契約を結ぶ時にぼくの思いの丈をぶつけて、彼女はそれに応えてくれた。でも、ノエルとシルヴァディは? 二人はぼくの事を父親と言って慕ってくれている。けど父親だからってそんなに協力的になるものなのかな? ぼくがダンジョンマスターだから? それとも契約主だから? DPで召喚されたモンスターですら、場合によっては、創造主であるダンジョンマスターに逆って、ダンジョンマスターを殺す事もあるらしいのに、DPで召喚されていない二人が、これから先ぼくに牙を向かないと言いきれるの? それにもし、ティファニアが心変わりしたら? 戦う力の無いぼくじゃ、きっと碌な抵抗も出来ずに殺される。
ああ、駄目だ。何だか思考がぐるぐる回って嫌な事ばっかり浮かんでくる。
もう少しでダンジョンが解放されて、生き残りを賭けた戦いが始まるからなのかな? 緊張、不安、恐怖、色んなものが押し寄せてきて、どんどん心が沈んで行く。向こうにいた時と同じだ。不安と恐怖で未来に希望が持てなかったあの日々と……。
不意に目の前が暗くなり、温かくて柔らかな何かに包まれる。
顔が何かに包まれていると気づいて、上を見上げるとティファニアの顔がすぐ目の前にあった。
「……怖い?」
「………………えっ?」
「タイキ。さっきからずっと何かに怖がってる」
「…………っ」
こちらを覗き込むティファニアの緋い瞳と目が合う。
「私達がいつか、タイキの事を裏切って襲うかも知れないって、考えてる?」
「――――っ! なん……で…」
その緋い瞳に射抜かれ、心の内を見透した様な彼女の言葉を聞いて、思わず体が固まった。
「私とタイキは、魂で繋がっているの。だから、タイキの考えてる事、ある程度だけど分かるの」
ティファニアの“魂で繋がっている”と言う言葉。そこから連想したのは“命の鎖”の能力。ダンジョンマスターとダンジョンコアの関係だけではなく、ぼくとティファニアは“命の鎖”という能力も介して命が繋がっている。
ティファニアは、その二つの繋がりから、強く結ばれたぼくの考えていた事を感じ取ったという事なんだろう。
「大丈夫だよ」
「………ティファニア?」
「心配しなくても、私達はずっとタイキの味方だよ。それに、忘れちゃった?ダンジョンマスターのタイキとダンジョンコアの私は運命共同体。タイキが死んでしまったら、私も死ぬ。私が死んだら、タイキも死んでしまう。そうやって、私とタイキの命が繋がってる事」
憶えている。ダンジョンマスターの項目と迷宮典範の第2項に書かれていた事だ。
あれ? じゃあ、何でぼくは、ティファニア達に裏切られて殺されるかもしれないって思ったんだろう。そんな事をしたらティファニアも死ぬし、ノエル達も唯では済まない筈なのに。……そうだ、確かクララの暴走の事を考えて、そこから、ぼくは皆に助けられてばかりだなって思って……
――――――ズキッ
「痛ッ……」
まただ。さっきも突然、頭痛がして、そうしたら、不安や恐怖が急に湧いてきたんだ。ぞわぞわと背中を這い上がってくる悪寒にさっきよりも、強い不安と恐怖が心に湧いてくる。
「ハァッ……ハァ……ハァッ……ハァッ……」
「タイキ、大丈夫だよ。落ち着いて」
不安と恐怖で息苦しくなり、呼吸が乱れたぼくをティファニアが、優しく抱き締めながら、子供をあやす様に頭を撫でて、安心させる様に宥めてくれる。
「大丈夫、大丈夫だから。タイキは、クララの狂気に充てられて、悪い考えが浮かびやすくなっているだけ。狂気に呑み込まれないで。大丈夫、傍に居るから」
「……狂気に……、充て……られ…た?」
クララの特性にあった“深き水の狂気”。でも、あれって敵対した相手にだけ影響するものじゃないの?
ティファニアに介抱されながら、ぼうっとしてきた頭で、クララのステータスの詳細に書かれていたことを思い出した。
「ん。クララも私達と同じ。能力を十全に使えきれていないの。ううん、反発の負荷で、感情がコントロール出来ていない分、力の制御の拙さは、私達より非道い。だから、抑えきれない狂気が漏れ出して、敵味方の区別無く蝕んでいるの。タイキに影響しちゃっているのもそのせい」
なら、どうしてティファニアは平気なんだろう?敵味方の区別無く狂気がばら撒かれているなら、ティファニアも影響を受けているはずなのに。
「クララの狂気は、クララより上か同じくらいの力を持った存在であれば抵抗できるの。タイキは魔力の量は多いけど、人間だから、私達と違って狂気に充てられやすいの。でも、私も、ノエルも、シルヴァディもクララの狂気に充てられる事はないから大丈夫。安心して」
そう…なんだ。それなら、三人が可怪しくなっちゃっう事は無いんだね。
……さっきからどうしたんだろう。頭がぼうっとして、頭が回らなくなってきた。駄目だ、瞼が重い。まだ、やらなくちゃいけない事があるのに、すごく眠い……。
「今は、眠って少し休んで。そうすれば、狂気の影響も抜けるはずだから」
「駄……目だ…よ。ダン……ジョン解……放まで、後少しし……か、無い…んだ。ま……だ、やらなくちゃ……いけ…ない事が…あるん……だ…から。」
落ちそうになる意識を何とか繋ぎ止めようと頑張ってはみるものの、眠気はどんどん強くなってくる。
「駄目だよ。タイキ、ずっとまともに眠ってない。眠ったとしても、あれは、意識が飛んで気絶したって言った方が正しい。普通に眠ってる所、見たこと無い」
だって、休んでいる時間が勿体ないと思ったから。確かにこの数日間、眠らずにダンジョンの開発の構想を練っていたけど、それだって皆が頑張ってくれているのに自分が休む訳にはいかないと思ったんだ。何日も寝ずに何かをする事には慣れているし、まだやれる……と思う。
それに、他の皆には定期的に休む様に言ってきた。
もう喋る事すら億劫になってきたけれど、途切れ途切れに何とかそう言い返す。
「駄目。タイキがちゃんと休まなくちゃ、ノエルもシルヴァディも心置きなく休めない。それに、どう見てももう限界だよ」
―――だから、ちゃんと休まなくちゃ駄目。
ティファニアのその言葉を最後に限界を迎えて、意識が遠のいていった。
―――――――――――――――――――
胸の中で、ぐったりとした様子で眠るタイキの頭を優しく撫でる。
タイキ……頑張らなくちゃ駄目って言うのも嘘じゃないけど。でも、眠らなかった……、ううん、眠れなかった本当の理由は、あなたの友達が目の前に降ってきたあの光景を夢に見てしまうからなんだよね。
眠る度に友達の死の瞬間を夢に見ては飛び起きて、それを何度も何度も繰り返して、段々と眠ること事態が怖くなっていって。限界まで起きて、気絶する様に眠れば何も夢に見ない事に気づいてからは、あなたはずっと倒れるまで、起き続けてた。でも、起きている時は後悔に苛まれて、ずっと自分を責め続ける。惰性で、逃げる様に机に齧りついて、無理矢理やらされていた勉強に縋りついて頭の中を知識で埋め尽くして、何も考え無いようにしてたね。
私の胸の中で眠るタイキの目元には、酷く濃い隈ができていて、顔色も土気色になっている。
タイキ自身は、慣れたみたいに言っていたけどそんな訳ない。ただ、自分の状態に気づけない程に感覚が鈍くなってるだけ。
そういえば、タイキはどうして私達があなたに協力的なのか、不思議がっていたね。
前に一度、話したことがあったよね。
私ね、ずっと、見ていたんだ。あなたに喚ばれるまで、あの暗い世界で微睡みながら、泡沫の夢のように何度もあなたの人生を。
時間も何も無いあの世界で、ふわふわと漂いながら、あなたの世界の映画でも見るみたいに色んな生き物の生きる一生を夢として見てきた。そんな最中、あなたを見つけたの。
沢山流れてくる映像の中に現れたあなた。そこに映った魂が、とても綺麗で、魅力的で、目が離せなかった。あなたの一生を見終わった後、すぐに新しい映像に流れていってしまったけれど、それから、夢の中に何度も、何度もあなたは出てきた。
見る度にあなたの人生は変わっていたけれど、始まりと結末はいつも一緒だった。
小さな時からあなたは、困っている人がいたら助けずにはいられない人だったね。転んでいる子がいたら、手を差し伸べて、迷子になって泣いている子がいたら、一緒になって親を探してあげる、そんな優しい子供だったね。
……そして、そんなあなたの優しさが、あなた自身を苦しめる様になった。
身を削って誰かを助けても、優しさを利用されて恩を仇で返される。誰かを好きになって結ばれても、裏切られて捨てられる。それでも、あなたは誰かの為に動かずにはいられなかった。何も出来ずに友達を死なせてしまった後悔が、あなたを突き動かした。
あなたの所為じゃないのに、助けたくても怖くて動けなくて、ぼろぼろの心と体で、傷ついていく友達を見ている事しか出来なくて。その事で、後悔していた中で、目の前で、友達が地面に打ち付けられて潰れる瞬間を見て、あなたの心は一度、完全に折れてしまった。
暗い部屋の中で、あなたは悩んで悩んで悩み抜いて、友達が死んだのは、怖くて動く事ができなかった自分の所為だと思うようになった。
そんな訳がないと、あなたは自分でも分かっているはずなのに。
友達が何かを囁かれていた所を見ていたのに、それでもあなたは自分の所為だと言って、自分を責めた。
それからあなたは、どれだけ騙されても、裏切られても、人を助ける事をやめなくなった。でも、そんなあなたの事を他の人間は、カモだ、便利な駒だ、良い玩具だと言って、都合の良い道具として扱った。
そうやってあなたは、他人に騙されて、利用されて、裏切られて、捨てられて、ぼろぼろになるまで扱き使われて、身も心も擦り減らして、結局最後は、誰にも看取られずにひとりぼっちで死んでいった。
私はそんなあなたを見ている事しかできなかった。それが、私にはどうしょうもなく苦しくて、あなたの魂が燻んで、穢れて、壊れていくのが辛かった。
あなたの元に行きたかった。
頑張ったねって、お疲れ様って、言って抱き締めて、慰めてあげたかった。
そんな思いが積もっていったある時、運命交路であなたに呼び掛けられた。嬉しかった。何で? どうして? なんて思いよりも、あなたの元に行ける歓びの方が遥かに強かった。
だから、なんの躊躇いもなく私はあなたの呼び掛けに応えた。
召喚されて、あなたの元に行く時に頭の中に流れ込んできた“魂の選別”や“あなたの今いる世界”の情報。あなたがとうとう、世界そのものから拒絶された事に、胸が締め付けられた。どうして、ぼろぼろになりながら一生懸命人を助けてきたあなたがこんな目に遭わなくちゃいけないの? 自分勝手な人間に振り回されて、利用されて、裏切られて、挙句、存在すら否定されて。
だから、私は決めた。
私は絶対にあなたを裏切らない。私があなたを支えると。
召喚されて、初めて直に見たあなたは、ぼろぼろの、心が折れていた時のあなたで、今にも消えてしまいそうな程、生気のない顔をして、それでも、あなたの目には生きようとする光があった。
話したい事は沢山あるのに、でも、言葉は上手く話せなくて、それでも、どうしてもこれだけは伝えたくて、必死にあなたに手を伸ばした。
あなたに触れて、抱き締めて、拙い言葉だったけれど、やっと言えた。
「大丈夫、頑張ったね」って。
あなたの体温、あなたの匂い、あなたの感触、あなたの声、あなたの命。
あの暗い何も無い世界でひとり、見ている事しか出来なかったあなたを今は、直接感じられる。
それが、何より嬉しかった。
私が見たのは、あなたの知ることの無い未来の話。時間という概念が機能していなかったあの世界だからこそ見れたあなたの辿る筈だった幾つもの人生。
でも、あなたには絶対にあんな人生を送らせたりはしない。私が、私達があなたを、タイキを支えるよ。
だから、今は安心して眠って。
「おやすみなさい、タイキ」
――ダンジョン開放まで残り06:00:12――
どうも、黒染です。
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