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第13話 鉄の規律と、屠竜の誓い

 「エルンスト様がお見えになりました」

 

 エルンスト――本日のリリアの面談相手だ。


 公爵家――つまり、王に次ぐ貴族がこの屋敷に来ている。

 

 使用人たちが入念に掃除してまわり、兵士達は常に警戒態勢だ。

 屋敷中では、ぴりぴりとした空気が漂っている。


 いつものように、先に応接室で待機しているものの、空気の違いが伝わってくる。

 

 しばらくすると、ドアの向こうから足音が聞こえ、数回ノックされる。

 

 「アイゼンロート公爵家ご嫡男、エルンスト様にございます」


 侍女の声が静かな……そして僅かに震えて、応接室に響く。


 「……お入りいただいて」

 リリアが深く呼吸し、緊張感のある声で応答する。

 

 重々しく扉が開く。


 入ってきた貴族と視線が合う。


 深紅の瞳だった。

 感情の温度を感じない静かな目に、背筋に冷たいものが走る。


 髪は煙色。光の加減で、紫がかすかに(にじ)んで見える。

 片側だけ耳にかけ、もう片方を長く流している。


 そして、その足運びに目がいく。


 音がほとんどしない。

 重心がまったく揺れない。


 細身の身体だが、あれは武人の動きだ。


 静かに歩みを進めるたび、暗い軍服の裾が揺れる。

 裏地の深紅がわずかに覗いた。


 

 続いて、その背後に控える護衛と――視線がぶつかった。

 

 だが、そいつは俺を一度だけ見たあと、興味を失ったかのように視線を外す。

 冷たいというより、何も乗っていない目だ。

 まるで仮面でもつけているように、表情はぴくりとも動かない。

 

 やがて、その護衛は壁際に立った。

 彼も俺と同じように壁を背に待機する。

 

 まるで、飾られた甲冑鎧のような無機質さと力だけがそこにあった。

 

 「……お初にお目にかかる。

 エルンスト・フォン・アイゼンロートだ」


 声は静かだ。

 だが、その一言で応接室の空気が変わる。

 

 「お目にかかれて光栄です。

 リリアーナ・フォン・フローレンスです。

 本日は未熟な身ではございますが、お話の機会を頂き光栄に存じます。


 お掛けくださいませ……公爵閣下」

 

 エルンストは椅子に腰を下ろす。

 

 「本日の話は理解しているな」


 「……はい。縁談のお話と伺っております」

 

 「そうだ」


 短く肯定し――


 「だが――これは婚姻ではない。

 契約だ」

 

 「貴殿の知識と、我が家の軍事力。

 それを交換する」


 公爵の一言で、室内の空気が変わった。

 まるで戦場に立たされた気分だ。

 

 「薬学に秀でていると聞く」


 「恐縮でございます」


 「では聞こう。竜を殺す毒は作れるか」


 竜……。

 話の大きさに思わず目を見開く。


 「竜……ですか? ……竜に毒は効かないのでは?」

 

 「効く。巨大な爬虫類(はちゅうるい)にすぎないからな。

 竜は神話生物ではない。

 竜を神話の怪物のように語る者が多いが、実際はただの大型の爬虫類だ」

 

 「竜を詳しくは知らぬようだな」


 「書物で学んだ程度です。

 稀に現れる巨獣。特にアイゼンロート領で出没すると」

 

 「その通りだ、実情を含めて改めて説明してやろう」


 「竜は空を駆ける巨獣だ。

 四足、翼一対、硬い鱗。

 そして――知恵がある。

 

 大群で攻め入れば、空に逃げる。

 兵を覚えているのか、少人数の際に報復に来る。

 何度か手傷は負わせたが、殺しきれていない。……小賢しいことだ」

 

 「そこで、毒だ。

 空に逃げたとて、毒からは逃げられない」


 「さぁ、貴殿ならどうする?」


 「大型なだけの爬虫類(はちゅうるい)………………いえ、そうだとしても、毒だけでは困難です」

 

 部屋全体に一瞬だけ沈黙が訪れる。


 「正確には作れても、実戦には使えません。

 竜ほどの巨体を毒だけで殺すには量が要ります。

 矢や短剣に塗る毒では致死量に届かないと思われます」


 エルンストの意に反しながらも、リリアは真っ直ぐと伝える。

 毅然としているが、声が僅かに震えている。


 「ほう……では、代替手段は?」


 怒りも失望も見せず、エルンストは淡々と質問する。

 

 「飛翔(ひしょう)を阻害する……という意味であれば、羽ばたきを阻害する麻痺毒。空中制御は繊細ですし、痙攣毒(けいれんどく)もありかと。空中で筋肉が暴れれば、それだけで落ちます」

 

 「他には?」


 「そうですね……竜の翼膜は薄い皮膚ですよね?

 細い血管が網のように走っているので、血液凝固(ぎょうこ)毒でしょうか……。

 血を固める毒が回れば、血が詰まって硬くなります。

 

 ……それ以上は、実物を見なければ」


 エルンストが、その赤い瞳でリリアを見定めている。

 まるで値踏みするかのような視線だ。

 

 その数瞬の沈黙は、何秒にも引き延ばされたかのようだ。


 エルンストが、わずかに口を開く。

 

 「惜しいな」


 ――その一言で背中が冷える。

 

 「……だが発想は悪くない。

 翼の付け根を壊すやり方もある。

 あの巨体を持ち上げる筋肉が壊れれば、竜は地を這うしかない」


 「なるほど、噂は誇張ではないらしい」


 ……そうか。

 これは試験だ。


 ――リリアがアイゼンロート家にとって役立つかどうかの。


 「貴殿には毒を作って貰う」


 「……申し訳ございません。

 毒は専門外でして……作ったことがありません。

 先ほどの回答は、創薬のために調べた知識であり、いわば仮説です」

 

 「であれば、これから学ぶことだ。試すことだ。我が領地には水銀や鉛などの毒性のある鉱物が採れる」

 

 「鉱物……私の得意分野は植物の用いた錬金術なので、あまりお力になれないかもしれません」

 

 「もう一度言うぞ。――学ぶことだ。

 貴族とは知を持って、為すべきを為すものだ」

 

 ――なんだ、それは。


 リリアの意見やこれまでの積み上げを無視したエルンストの『決定』。


 リリアに選択権はなかった。

 

 思わず拳を握ってしまう。

 

 「さて、次の話だ。

 フローレンス家の子息はなく、リリアーナ殿だけと聞いている。

 つまり、我が領に嫁げば、領地を治めるのは現当主のルチアーノ殿のみとなる。

 とはいえ、こちらもリリアーナ殿を招き入れたい。


 ゆえに、アイゼンロート家から幾人か人を借りだそう。

 そうすれば、領地経営も出来る。

 

 友好の証として鉄製の農具も多数寄贈する。

 それだけでも、農村は盛り上がるだろう。

 リリアーナ殿が不在の間の穴はそれで埋めるとしよう。


 また、第2子が設けられた際には、その子にフローレンス領を継がせるとしよう。

 さすれば、フローレンス家も途絶(とだ)えることのないだろう」

 

 「はい、お気遣いいただきありがとうございます……」

 

 リリアの意思に関係なく、話を進めていくエルンストに怒りが募っていく。


 護衛が口を挟む場ではない。


 だが――


 リリアはただ頷いているだけだった。


 まるで、自分の人生の話ではないかのように。


 他の誰も気づいていない。

 だが、俺には分かった。


 ――リリアが、ほんのわずかに息を詰めたことに。

 

 「勝手に決めるな!!

 リリアは……お前の駒じゃねえ!!」

 

 「ガ、ガルド!?」

 

 リリアが立ち上がって間に入ろうとし――それをエルンストが「構わない」と制止する。

 

 エルンストは――何も言わない。


 ただ、ゆっくりとガルドを見る。


 怒りも、驚きもない。


 ただ値踏みするような視線だった。

 

 「騎士にしては立ち方が汚い。貴族出身ではないな」

 

 「意思か……必要ないな」

 

 「教えてやろう、――貴族とは集団を導くものの総称だ」


 「貴族とは領地、あるいは国単位で見るのだ。個人の感情のために民の平穏を疎かにするなどあってはならない。


 そして、我らの決定は同じように大衆へ影響する。

 成功も失敗も、それらは大きく波及する。

 我々に過ちは許されない。


 貴族が感情に従った過去を、我々は歴史として学んでいる。

 怠惰にふけり、飢饉(ききん)が発生した領。

 平和を(うた)い、武器を捨て、攻め滅ぼされた街。

 愛に溺れて政治を投げ出し、謀反で誅伐された王。

 

 我らは学んでいる。

 感情に揺れて、滅びへ進んだ事実を――。


 我ら貴族にとって感情とは――民を滅ぼしかねない要素なのだ。

 ゆえに、個人の感情よりも国を優先する。自身の感情を含めてな」

 

 「……っ!

 ……だとしても、大切な人の危機ならお前だって!」

 

 「少し過去の話をしてやろう。

 ……ある日、私が護衛と共に王都から領地へ帰城する時、竜に強襲されたことがあった。

 こちらの戦力は20名程度。竜に勝てるような戦力ではない。

 しかし、近くに森などはなく、その場を逃げたとしても隠れられない」


 「――ゆえに、幾度も共にした戦友たちに囮を命じた」


 言葉が止まる。

 思考も止まってしまう。


 エルンストの顔からわかる。

 これは本当の話だ。


 エルンストは――戦友だって切り捨てる。


 「私は撤退できたが、彼らは全滅した。

 だが、私は間違っていないと断言できる。

 犠牲の果てだとしても、私ならこの血と知をもって竜を絶滅させられる」

 

 「……絶滅? そんなこと、できるわけが……」


 「先々代から続く竜との因縁も終わりが近い。


 幼体の竜を狩り続けたことで、既に全体数は僅かだ。

 問題は成体だけが討伐に手を焼いている。


 ……そして今、その成体を殺す手段ができるのだ」

 

 「……だからといって……!!」

 「いい加減にしなさい」

 

 前に出ようとしたところを、リリアに制止される。

 

 「控えなさい、ガルド」

 

 「なっ!? なにを……」

 

 リリアのためを思っての行動。

 ――なのに、リリアに止められる。

 

 「控えなさい……」

 

 静かに諭される。

 俺は無言で一歩下がった。

 

 リリアはエルンストに向き直り、頭を下げて謝罪する。

 

 「……ご無礼をお掛けしました。エルンスト公爵。どうか彼をお許しください」

 

 「構わない。この程度の些事はよくあることだ」

 

 エルンストは事もなげに、話を終わらせる。


 だが、その視点は俺に固定されたままだ。


 「それにしてもだ。

 そこの護衛、力量は見て取れるな。

 私の配下になれ」

 

 一瞬だけ、リリアを見る。

 それだけで十分だった。

 

 「……断る」


 「ほう」


 エルンストはしばらく俺を見ていた。

 まるで品定めでもするかのように。


 そして、初めて口元が歪んだ。


 「なお良い」


 エルンストは、ゆっくりとリリアに向き直る。


 「……なるほど。

 面白い護衛を連れているな。

 貴殿の力量も見えた。

 

 今回はここまでとしよう」


 「……本日は貴重なお話をありがとうございました」


 エルンストが立ち上がる。


 その瞬間、部屋にいた全員が無言で姿勢を正した。


 誰も指示を出していない。


 それでも、そうするのが当然のように。

 

 エルンストが扉に向かって退席する。

 (わずか)かに息苦しさがなくなったと思ったのも束の間、エルンストがこちらを振り返る。

 

 「リリアーナ嬢」

 

 冷たく鋭い瞳がリリアを射抜く。

 

 「貴族の務めをゆめ忘れぬことだ」

 「……はい」


 エルンストが部屋から出て、足音が遠くなっていく。

 

 ――それでも

 エルンストが去った後も、この部屋の空気は少しも軽くならなかった。


 

 ◇ ◇ ◇


 

 エルンストが離れてから少し経ち、リリアが力が抜けたように椅子に座る。

 

 「リリア? 大丈夫か?」

 

 「大丈夫だよ……それより、急に話に割って入るなんて……」

 

 じっと睨みつける。

 ……だけど、少しだけ覇気がない。

 

 「あ、ああ……ごめん」

 

 「……いいよ、私のために声を出してくれたのはわかってる。……でも、今度は絶対にしちゃだめだよ。

 まったく、気絶しそうだったよ……」


 ふぅ、とため息をつくリリア。

 ただ、今も体調が悪そうに見える。

 

 「大分無理してるだろ……」

 

 「……」と一瞬の間の後、リリアは作り物の笑顔を被りなおす。

 

 「そんなことないよ。公爵クラスと話す機会がなかったから緊張してただけ。

 ……大丈夫、大丈夫だよ、次はきっとちゃんとやれる」

 

 自分に言い聞かせるようにリリアは言う。


 「……やっぱり、エルンストと婚約するのか?」

 

 凍った表情が少しだけ割れる。


 「そうだろうね。アイゼンロート家と結ばれるのはフローレンス家的には恩恵が大きい。……間違いがない限り、お父様もそう進めるでしょうね」

 

 「……リリアは本当にそれでいいのか?」

 

 「……」

 

 その表情は笑っているのに、どこか泣き出してしまいそうだ。


 「だって、リリアは――」

 

 「ガルド」

 

 リリアが言葉を遮る。

 

 「ごめんね、ちょっと疲れちゃった……。今日はもう休むね」

 

 リリアがくしゃりと小さく笑うも、やはり陰りが見える。

 

 「……ああ……部屋まで送るよ」

 

 「……ううん、ちょっと一人になりたいから」

 

 「そうか……」


 リリアはゆっくりと立ち上がり、扉へと向かっていく。

 いつもは背筋がまっすぐとしていて凛として歩くリリアだったが、今の後ろ姿はどこか支えがないように頼りない。


 見送りながら思う。

 俺は何が出来るだろうか?

 リリアを守ると誓ったのに、何も出来ていてない。


 難しいことは分からない。

 だが、貴族のしきたりだとか、何だかんだで雁字搦(がんじがら)めになっていることは分かる。

 頭のいいリリアが他のいい案が浮かばないのだ。

 ……きっと俺では解決案は出せない。


 むしろ、頭のいいリリアだから、この状況を抜け出せないように思う。


 リリアが出来ない部分を埋めようと剣の腕を磨いてきた。

 ……だけど、相手は剣で斬れない。


 相手……いや、違うな。

 エルンストや縁談相手が問題なんじゃない。


 きっと、制度や世界がリリアを苦しめる問題なんだろう。


 ……どうすればリリアの幸せを守れる?


 ……。

 …………。

 ………………。


 ふと、ある出来事を思い出す。


 リリアの私室に置いてあった小説だ。

 リリアはすぐにその本を隠していたが、本のタイトルは読み取れた。

 気になって側付きのメイドに聞いたことがあるのだが、何でも身分差のある男女が逃避行する話だそうだ。


 逃避行か……。


 他の案は浮かばず、ただ『逃避行』という言葉が残り続ける。

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