表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

第12話 眠れぬ夜と銀色の封蝋

 窓から、冷たい月明かりが差し込む。

 

 明かりをつけず、僅かな月明かりだけを頼りに私室でひとりたたずむ。

 全身鏡には、しかめっ面をした少女が映っている。


 鏡に映るリリアーナは表情が暗い。


 これではダメだ。

 これは貴族の姿ではない。


 深く息を吸って、吐く。

 鏡に映る自分を見つめる。


 笑顔を作る。


 もう一度。


 ……違う。


 今のは少し強すぎる。


 口角をほんの少しだけ上げる。

 目元の力は抜く。


 ――これなら、令嬢として通用する。

 

 感情ではなく、意志で笑みを作る。


 それが貴族の基本姿勢。


 落ち込んでいる時は、いつもこれを行う。

 

 表情を間違えないように。

 感情を出さないように。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 朝日が昇り、私の部屋を照らす。

 曇天のせいか、そこまで明るくはない。

 

 花瓶に指してある白いシルフィムの花は、今もなお枯れる様子はないのに、見ているとなぜか胸が苦しくなる。

 

 鏡に映る私は、どことなく暗い表情だ。

 原因は、眠りの浅さ以外にもあるんだろうな。

 

 午前の講義の時間でもあまり身が入らなかった。

 講義が終わっても、ずっと気が抜けたままだ。

 

 そんな調子で廊下を歩いていると、曲がり角でガルドに会う。

 

 「あ、ガルド……」

 

 「……おう」

 

 ガルドが手を挙げて、挨拶してくれる。

 私も軽く手を振り、挨拶する。


 昨日までは、それだけで嬉しかったのに。


 ガルドと一緒にいることが気まずい。

 でも、昨日のような温かさではない。

 ……心を削るような、そんなざわつき。


 いつものように笑えず、代わりの作り笑顔が出る。

 ……昨夜に練習をしておいてよかった。


 「リリア、どうした? 何かあったか?」

 

 「え? ……いや、何でもないよ……」

 

 あっさりとばれた。

 自然な笑みになるように注意していたのに。

 

 「……そうか? ……何かあったら言ってくれ」

 

 ガルドに言う?

 何を?

 この気持ちを?

 

 ――それはダメだ。

 この恋は伝えてはいけない。

 言ったら、何もかも壊れてしまう。


 「うん……ありがとう」

 

 自然と、作り物の笑顔で答えてしまう。


 ガルドが僅かに顔をしかめる。


 ごめんね。

 私がちゃんと貴族になりきれていないから、心配させちゃった。


 顔を背け、そそくさと歩き、逃げるようにその場を離れる。

 でも、ガルドはしっかりと後ろをついてきてくれる。

 ……何も聞かずについてきてくれる。


 今までは当たり前だった。

 温かみを忘れてしまうほどに。

 でも、今は逃れられない痛みとなる。

 

 無言のまま歩いていく。

 

 後ろから聞こえるガルドの足音。

 一歩遅れてついてくる、いつもの距離。


 ――子供の頃から変わらない距離。


 振り返れば、きっと目が合う。


 でも、それが怖くて振り返れない。

 

 …………。

 

 ……。

 

 長い沈黙の末、廊下の分かれ目に着いた。

 

 「……この後、お父様のところへ行かなければならないから、この辺で」

 

 「……ああ」


 ガルドと別れた後、なぜか安堵の息が出てしまう。


 ……こんなことで安心してしまう自分が、少し嫌だった。


 

 ◇ ◇ ◇

 


 扉の前に立ち、息を整えた後、ノックをする。

 

 「リリアーナです」

 

 「入れ」


 執務室には私とお父様だけで、使用人たちは下がらせていた。

 窓から日光が差し込むが、曇天のせいで部屋が暗い。

 

 気のせいか、張り詰めた空気が漂っている。


 「リリア。これを見てくれ」


 お父様が、一通の手紙を差し出した。


 折りたたまれた羊皮紙。

 封蝋(ふうろう)はすでに割られている。


 家に届く書状は、まず当主が目を通す。

 その規則に、今さら驚きはない。


 けれど――


 受け取った瞬間、私は息を呑んだ。


 視界に飛び込んできたのは、

 銀色の封蝋(ふうろう)


 割れてなお、紋章ははっきり残っている。


 8つの剣が交差する意匠(いたく)


 それは王に次ぐ大貴族のみが許される紋。


 ――アイゼンロート公爵家。


 「お父様、……これって」

 

 「アイゼンロート公爵家だ」


 爵位の順番は男爵、子爵、そして、フローレンス家も位置する伯爵。

 その上に辺境の領土などを治める侯爵。


 公爵はその上。

 王に次ぐ爵位だ。

 

 「そのアイゼンロート家の次期当主――エルンスト・フォン・アイゼンロートからの縁談の申し込みの手紙だ」

 

 「公爵家がなぜフローレンス家に……?」

 

 「手紙に書いてあったが、リリアの創薬技術が目当てらしい」


 また、『創薬』関連……?

 シルフィム軟膏を作ってから、どんどん日常が壊れていく気がする。

 私が頑張ったから、こうなったの……?

 

 …………いえ、違うわ。頑張ったからこそ、この話が来た。

 領民にとっても、フローレンス家にとっても利益になる。

 私の選択は間違っていない。

 

 ……ガルドの顔が、一瞬だけ頭をよぎる。


 私は小さく首を振った。


 「鉱山に囲まれた地であるため、社交会に出ることも少ないが、噂は聞いている。……威圧的で冷徹(れいてつ)な合理主義だとな。

 だが、正直、爵位の差を考えると私たちが断るのは難しい。

 

 さて……どうしたものか」

 

 「お父様」

 

 喉が少しだけ詰まる。


 ……でも。


 「答えは決まってます」

 

 「私がアイゼンロート家とフローレンス家を結びます」

 

 「リリア……いいのか……?」

 

 「何を言っているのですか。……これが貴族の令嬢に課せられた使命です。私は……貴族として勤めを果たします」

 

 ――最後の縁談が始まる予感がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ