第11話 森に寄り添うふたつの影
小さめだが立派な馬車が、馬に乗った兵士と共に草原を進んでいく。
緻密に作られた機構が振動を軽減するも、馬車の車内を軽く揺らす。
中には俺と、向かいにリリアが乗っている。
「なんか最近避け気味だと思ったから、今回の遠出では護衛してくれないかと思ったよー」
「…………訓練に力を入れただけさ」
リリアに失恋していたから、がむしゃらに訓練していたなんて、口が裂けても言えない。
馬車の中で二人きり。
手を伸ばせば届くような距離なのに、俺とリリアには大きな身分差がある。
本当は、一緒にいるだけでも胸が締め付けられるようだ。
それでも、リリアの護衛を降りる気はない。
手が届かないとしても、この恋が叶わないとしても……。
「リリアを守るためだからな。
ついていくよ」
「な、何それ、何なの急に~」
リリアが平静を装った顔をするも、頬が少し赤くなっているから分かりやすい。
ただ、この話を続けるのは俺もボロが出そうなので、話題転換することにする。
リリアも、妙に心情に敏感なときがあるからな。
「久しぶりの外出だな。最近、研究が忙しいのか?」
「そうだね~。あと、縁談とかで結構中断してたからね。今回はグロッサの森ってところで足りない材料……キノコを採取するの」
「森? ……魔物がいるかもしれないな。狩人とかに依頼するわけにはいかないのか?」
「うん、難しいかな。村民に頼むにはそこそこ危険な森だし、似てるキノコが多くて兵士とかには採取を頼みにくいんだよね」
「薬効のあるキノコなんだよな? 触れても平気なやつか?」
「基本的には触らない方がいいやつ。触り方にもコツがいるの。私は手袋つけてるからいいけど、ガルドも気を付けてね」
「ああ」
◇ ◇ ◇
私、リリアーナ・フォン・フローレンスは、職務として花畑や森林に行くことがある。
フローレンス伯爵家は貴族として領地を治める必要があるが、ただ治めるだけでは、相対的に衰退扱いになってしまう。
だからこそ、私たち貴族は領地の特性を研究し、作物や産業の価値を高め、需要を生み出していく必要がある。
私は学んできた錬金術を使って領地を活性化させたい。
そのために、創薬研究はかかせない。
薬の需要が高まれば、薬草の需要も上がる。
新種の薬草を見つければ、新たな産業基盤になりうる。
今回、行くのはグロッサの森。
肥沃な土地の影響で、大きな葉が特徴の森だ。
その土地で育った太い幹と、巨大な葉っぱで暗くなったじめっとした空間が地面に広がる。
採取対象のソウシダケにとっては、この環境が適していたのかも。
ソウシダケはグロッサの森でしか見つからないキノコで、必ず2つの子実体が出来るのが特徴だ。
寄り添った2つのキノコがかわいらしいと思っているけど、皆は同意してくれない。
ソウシダケは造血や血流増進、心拍数の上昇、治癒の促進に作用する成分を含んでいて、医薬品の素材として利用される。
ただし、生の状態で触れたり、胞子を摂取した場合、作用が過剰に発現し、急激な循環促進によって身体に深刻な負荷を与えるため危険とされている。
グロッサの森の近辺には村が無くて、あまり魔物の情報はない。
とは言え、強力な魔物が出たという話も聞いたことはない。
少し危険な場所だけど、ガルドたちがいるから問題ないって確信している。
ガルドと話したり、今後の実験内容について考察していると、いつの間にかグロッサの森に到着していた。
書物で読んだ通り。グロッサの森の葉っぱは一枚一枚が大きい。そして、厚い。
葉っぱや樹木など全体的に大きくて、日光を大幅に遮り、地面はとても暗く感じる。
ガルドは護衛達に指示を出し、私を取り囲むように散開させ、周囲を警戒させる。
ガルドは私の近くで周りに注意を払ってくれる。
私は意気込み、採取のため森へ進んでいった。
グロッサの森はやはり鬱蒼としている。
大きな葉っぱによる日光の遮断と、高めの湿度がそんな気分にさせる。
ぬかるみや大きな木の根による段差があって、足を取られやすい。
私はフィールドワークを何度もしてきたから、こんなのでは疲れないけどね。
そんな暗い森を歩く中、特徴的な形が視界に映り、かがんで観察する。
……うん、これはアクィアの花だ。
細長い水を多分に含んだ実をつける花だ。
これが近くにあるということは、水分が豊富ってこと。
――だから、目的のソウシダケも近いはず。
周りを見渡す。
背丈ほどもある茂み、赤い実をつけた植物、苔むした岩、倒木した樹木。
――その樹木に、白い何かが生えている。
思わず駆け寄り、近くでみると目的のソウシダケが生えていた。
興奮してしまうが、触ってしまうなんてミスはしない。
このキノコの採取は特殊なので、持ってきた器具をいくつか取り出す。
ソウシダケの採取に集中していると、背後でガサリと大きな音がする。
――思わず振り返ると、茂みの中から巨大な狼が飛び出し、一直線に私へ駆けてきていた。
護衛が反応し、割り込もうとするも、狼はするりと走り抜ける。
その赤い目は、兵士ではなく私を捉え続けている。
背筋がヒヤリと冷え、狼という死が急速に近づいているようだった。
恐怖で思考が止まりそうになる中、ガルドが悠然と前に出る。
素早い動き、でも、焦ってはいない。
剣が鞘を滑る音にも一切の恐怖や動揺はなかった。
ガルドの背が、私の視界を覆った。
気づけば、私はガルドのマントをぎゅっと掴んでいた。
それだけで、胸の奥の緊張がふっとほどける。自分でも戸惑うほどに。
……こんなこと、子供の頃以来かもしれない。
次の瞬間には、もう決着がついていた。
狼は地面に崩れ落ちている。
ガルドが振り返る。
その動きに合わせて、マントが静かに揺れた。
「大丈夫か?」
私はまだ、ガルドのマントを掴んだままだった。
……慌てて手を離す。
「う、うん」
見慣れたガルドの顔。
……でも、何だかいつもよりかっこよく見えて直視できない。
「あっ、あっちの方にもキノコありそう!」
適当な方向に小走りして距離をとる。
後ろから、ゆっくりと追いかける足音が聞こえる。
なんでもない木の根を調べるようにしゃがんでいると、少し離れて足音も止まる。
――子供の頃からそうだった、外出中の距離感。
私が走り回ってもぶつからない距離。
でも、何かあったら助けに入れる距離。
何だか顔が熱い。
心臓が早鐘を打つように脈打つ。
ソウシダケの胞子がついちゃったのかな?
◇ ◇ ◇
日が傾き始め、草木を茜色に染める頃、私たちはグロッサの森から帰宅していた。
行きと同じようにガルドと一緒に馬車に乗るも、何だか落ち着かない。
対面に座るガルドの顔を見られなくて、図鑑を拡げて時間が過ぎ去るのを待っていた。
幸い、ガルドも最近は口数が少ない。
とくに言及されることもなかった。
帰宅後は、すぐに研究室に逃げるように向かった。
手に持ったガラス瓶にはソウシダケが何個か入っている。
蓋がちゃんと閉まっていることを確認し、冷暗所に保管する。
困ったな……まだドキドキしてる。
こんなに長いなんて、ソウシダケの効果じゃない……よね?
厚手の手袋もつけていたし、採取も気を付けてた。
症状が出るとしてもこんなに長引くことはない。
ガルドの後ろ姿を思い浮かべる。
あんな簡単そうに倒すなんて、かっこよかったなー……。
お父様も剣の才能を褒めていたっけ。
令嬢の皆とのお茶会の時に、また自慢したいなー。
……でも、一度ガルドを呼んだ時は、理由をつけて逃げられたっけ。
隣を歩くときの横顔を、正面からの眼差しを思い浮かべる。
胸に手を当てると、またしても、心臓が早鐘を打つように脈打っている。
鹿を狩ったフィリップ様なんかより、よほどかっこいい。
「もしかして、これは……」
いつの日か見た恋愛小説のような……。
ガルドと結ばれるなんて、とてもむずがゆい。
でも、絶対に守ってくれるという安心感がある。
もし、結ばれたらどうなるんだろう?
もしもの未来を想像して――
――ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
心臓が速くなる。
先ほどとは違った不快な心拍。
危険を告げる信号。
これ以上は考えてはいけない。
――私は貴族で、ガルドは平民だ。
何度か深呼吸する。
目を閉じ、ガルドの姿を頭から追い出し、お父様の姿を浮かべる。
貴族について教えてくれるときの真剣な。……そして重々しい空気を。
お父様が教えてくれた、冷たい貴族の教え。
「貴族にとって『繋がり』は生命線だ。
大貴族の覚えによって昇進することもあれば、怒りを買って没落もすることもある。
外交は友好によって覆り、領地に恵み、あるいは危機を引き起こす。
自身の理論や経済力で解決できるものであれば、そもそもとして中流階級には収まらないものだ。
力を磨くのは貴族として当然であり、差を縮めるのは困難だ。
ゆえに『繋がり』が命綱となる」
だからこそ、空気を注視する。
そのために、空気を演出する。
派閥の同意を得るために根回しする。
印象を良くするために体裁を気にする。
貴族の義務は信用を生み、信用は人を引き寄せる手綱となる。
……たとえ、身を縛る鎖だったとしても、それ以外の手段はない。
そして、貴族社会で有効なのが婚約。
繋がりを強制する楔。
周囲に示す、消えない刻印。
希少性のある契約。
契約破棄を咎める罪状。
有効な外交手段。
貴族は心を掴むために、心を手放す。




