21 深淵の託宣、焦土の追撃
森のどこかで、何十羽ものラピス・スワローが、高らかに鳴き上げている。
それはガサチンとの邂逅を、讃えているようでもあり、死が近づくと警告しているようでもあった。
ニュースは腰の剣に手をかけ、呼吸を整える。
「ふう、ふう、ふう、ふう、ふうっ」
じゅるり、じゅるり……
陽光を拒絶して、森に滲む黒い霧。
その奥からぬらりと現れたのは、吸盤がびっしりと並んだ深紅の触手だった。
「デス・テンタクルっ!?」
ニュースは頭に叩き込んだ座学により、特徴を見据えて、すぐさま魔獣の名を呼ぶ。
しかしその姿が現れるにつれ、デス・テンタクルとは少々趣が違うことに気づいた。
まず這いずる足は、太いのが8本。
何十本も生えている、テンタクルとは違った。
そして決定的に違うのは、その胴体。
デス・テンタクルの胴体は筒状だが、這い出た魔獣の胴体は、ぷくりと丸く脹れており、山羊の胃袋のようだった。
ニュースは再度叫ぶ。
「まさか、デス・オクトパスっ!?」
【あつまれ闇の森・どうぶつ図鑑】
デス・オクトパス。体長10m。
内陸性のイカである、デス・テンタクルの近縁種であり、希少な上位種。
ろうと状の吸気口から黒い煙幕を吐く、天然の水魔法使い。
誰に教わるでもなく、生まれながらに水魔法が使える。
ぱっと見、馬鹿でかいタコである。
ニュース、キリル、ファーの周りで、騒いでいたゴブリンたちが静まり返り、一斉に両膝をつき頭を下げる。
アクセル・カメオ8匹も、首を垂れていた。
その真ん中で、コードウェル家の3姉妹は棒立ちだ。
キリルが肘でニュースをつつく。
「ニュース姉、こいつがガサチンか!?」
「キリル、あれを見てっ」
デス・オクトパスの頭のような丸い胴体。
その胴体を丘のようにして、向こう側から登ってくるモノがあった。
それは体長1.5mほどの、デス・オクトパスの幼体。
成体のオクトパスとほぼ形状は変わらないが、ニュースは一目見て、その異様さに気づいた。
8本の触手とは別に、銀色の管が体表のあちこちから飛び出しており、力なく垂れ下がっていた。
まるで何かに寄生されているようだと、ニュースは眉をひそめる。
両脇に立つキリルとファーが、ニュースの脇腹をつついた。
「ニュース姉、あっちか!」
「ぜったい、あっち」
「あれがっ」
巨大なデス・オクトパスの親子。
その異形さに啞然としていると、親のオクトパスが突然明滅を始めた。
光っているのではない。
体色を深紅から白色へ。
また白色から深紅へと、高速で変化させている。
オクトパスの体表面には、無数の色素細胞があって、自在にその体色を変えることが出来た。
明滅を繰り返したあと、ぱっと全身を白色にさせ、赤の横じまが幾筋も下から上へと流れていく。
それが治まると、丸い胴体に、深紅の文字がじわりと浮かび上がる。
それは人の使う言葉だった。
『オ前タチハ、誰ダ?』
その一文を読んだとき、ニュースの背中に戦慄が走る。
観察しようとしていたニュースもまた、ガサチンから観察される側だと知ったからだ。
深遠を覗く者は、また深淵に覗かれる。
座学で覚えた、古の戒めが頭に浮かんだ。
それは巨大な知性だった。
それは決して侮ってはならない存在。
ニュースは、血の気の引いた白い指先を握りしめる。
「私の名は、ニュース・コード・コードウェル。
あなたが、ガサチンか!」
デス・オクトパスの胴体の文字が消え、新たなる血文字が浮かび上がる。
『イカニモ、我ガ名ハ「ガサチン」。闇ノ森デ生マレタ、光デアル』
「光? 光とは神ということですかっ」
『光ハ、闇ヲ照ラス者ナリ。
昏キ呪イニ、侵サレタ者ヨ、立チ上ガレ。
支度ヲ整エ、西ヘ向カウノダ』
その言葉に呼応して、ゴブリンたちが一斉に立ち上がり、ギャブギャブ喚き始める。
皆が駆け足で、各々の掘っ立て小屋に戻っていった。
ニュースはゴブリンたちを見て、再び銀色の管だらけの幼体へ目を向ける。
「何が始まるのですか!」
『東ノ砦ニ、多クノ人間がイル。
滅ビガ、ソコマデ来テイル』
「砦? おいニュース姉、追っ手だっ。
私らの家出捜しで、ハンターがここまで来たんじゃないか!?」
キリルが興奮しながら、3歩前へ出た。
「おい、そいつら何人だっ」
『多クダ。
銀ノ髪、赤イ目ノ者ガ、赤イ者タチヲ、引キ連レテイル』
「銀の髪、赤い目。それってニュース姉っ」
ファーが、ニュースの袖を強く引っ張る。
袖を引かれながら、ニュースは確信した。
銀の髪と赤い瞳は、代々コードウェル本家の血筋である証。
「お母さまだわっ、お母さまが直々にいらしている!」
「それだけじゃないぞ、ニュース姉!
赤い者たちって、ハンターじゃねえっ。
オヤジ直属の近衛だっ。
オフクロとオヤジは、森を焼き払う気だぜ!
おい、バカメオ!」
キリルが呼ぶと、首を垂れていたアクセル・カメオの一匹が、こちらへ振り向いた。
キリルはカメオに駆け寄りまたがると、ニュースとファーを呼ぶ。
「2人とも、乗れ!」
「なに?」
「いいから、乗れって!」
ニュースとファーがまたがると、キリルはカメオの眼球の前で、指を上に向ける。
「上だ上! 木に登れっ、分かるか上だ!」
それで通じたのか、カメオが3人を背にしがみ付かせたまま、するすると樹に登った。
器用に登り、森のてっぺんから顔を出す。
そこで姉妹は見た。
東の空が、立ち昇る火炎の煙で黒く染まっている様を。
「なんてことを!」
「くっそ、オフクロやり過ぎだぜ!」
「お母さま、手加減しない」
家出した娘を捜すのに、そこまでするのか!?
ニュースは啞然としながら、黒い空を見つめた。
自分の選んだ道が、最悪の凶事を呼びこむ。
そのことに、ニュースは無意識に奥歯を噛みしめていた。
「お母さま……っ」ギリッ




