20 忍び寄る黒き霧
ニュースは大股で歩き去る。
止まらない。
止まると、不満が体から煙のように噴き出て、まとわりつく気がして嫌だった。
歩き続けて、後ろへたなびかせる。
自分の不満に、包み込まれるのを拒む。
「なんなのファーっ。無理ならいいって何なのよ。
いいなら初めから、言わなきゃ良いでしょうっ」
ニュースは思う。
今回のことに、私がどれだけ熱を込めているか、ファーは分かっているのかと。
「分かってて言ったんだわ、ファーはっ」
同時に、そう言う自分は分かっているのかと自問した。
足が重くなる。止まってしまう。
そこはもう村の出口だった。
村と森の境界線として、木の棒が一本立っている。
その先端には、イナシル(猪)の頭蓋骨が引っ掛けてあり、虚ろな眼窩が「どこへ行く?」と問いかけているようだった。
「くう」
「どうしたニュース姉、うつむいて」
顔を上げるとアクセル・カメオにまたがるキリルと目が合った。
いつも行っている、小川から戻って来たのだろう。
ニュースはそっぽを向く。
「あんたまで、魔獣と仲良しなのね」
「ん?」
アクセル・カメオが、村の入り口でうずくまる。
2人でその脇腹に座り、寄りかかった。
「なんだよニュース姉、なにか言えよ」
「何も話すことなんて無いわ」
「いいから言っちまえよ、ほらほら」
「私は別に……」
ニュースは別にと言いながら、ファーとのやり取りをキリルに話してしまう。
一人で抱え込むには重すぎた。
キリルが膝を叩いて笑った。
「あーそれ、ファーの得意技じゃねえか。
無理ならとか、出来ないならいいとか言うやつ。
すっと引かれると、逆に考えちゃうんだよなあ」
「考えたって、どうしようもないじゃない。
ゴブリン村のことを報告書にまとめないと、バベルの学園に入学できないわ」
「まあなあ」
「そうでしょう?」
「ニュース姉さ。アリジ・ゴートで、『紫電』のエンチャントレベルが、爆上がりしたのどうよ?」
「どうって……」
いきなり話を変えられて、ニュースは戸惑う。
どうと聞かれれば、雷魔法の強度が、爆上がりしたのは嬉しい。
けれど今は、報告書の方が大事だった。
「私もさ、『火炎』爆上がりしただろ?」
「……そうね」
「中庭で剣をいくら振り回したって上がらねえものが、森でのマジな実戦一発で、こうも違うなんてな。
すげえよ闇の森って」
今キリルは、どうすれば魔力切れでぶっ倒れずに、遠くの敵をぶっ倒すか、あれこれ考えていると言う。
それがまあ、なんと楽しそうに話すこと。
ニュースは姉なので、相談していたつもりが、思わず聞き役に回ってしまう。
「でさアクセル・カメオのやつが――あれ?
ごめんニュース姉、さっきの話なんだっけ」
「別にいいわ、話しても仕方ないし。キリルが楽しそうで何よりよ」
「あ、そうだ。報告書の話だった。ニュース姉ってさ、最近難しそうな顔ばっかしてるよな」
「構成をどうするか考えているだけ」
「違う違う。最初はさ、目をキラキラさせて楽しそうにメモってたのにさ。
途中から目のキラキラが消えて、こう……苦しそうにしてただろ。
あれってさ、ニュース姉も前々から、ファーみてえなこと感じてたんだろ?」
「え?」
「ニュース姉は、ファーに怒ってるんじゃなくて、ファーに思ってたことを見抜かれて怒ってんだよ。
あ、結局ファーに怒ってっかこれ。
とにかくファーは、ニュース姉大好きっ子だからさ、ニュース姉のことずっと見てんだよ。
私が気づいたんだから、ファーはもっとニュース姉の気持ちに、気づいたはずだぜ?」
「キリル……」
ニュースはそれ以上、何も言えなくなった。
押し黙るニュースに、キリルが勝利宣言をする。
「よし、ニュース姉を凹ませてやった。私の勝ち」
「また、そんなことを言って……じゃあキリルはどうすれば良いと思うわけ?」
「そんなこと知るかよ。私はマジでどっちでも良いし。
でも、このアクセル・カメオはどうすっかな。こいつ良いヤツなんだよ」
キリルは楽しそうに、カメオの脇腹を肘で小突いた。
私の妹は、どこに行ってもやってけそうだな。
ニュースはそう思い、キリルに呆れた。
ファーに見抜かれて肩に力が入り、キリルに呆れて肩の力が抜ける。
なんて妹たちなんだろうと、ニュースはつくづく思った。
「キリル、私……」
ニュースが何か言いかけたとき。
村中のゴブリンが小屋から飛び出し、あるいは広場で、編み物の手を止めて騒ぎ始めた。
「ギャギャギャッ」「ギャウ、ガガウッ」
「ガガウッ、ガサチン!」「ガサチン、ギャイ!」
ニュースとキリルの寄りかかるカメオも立ち上がり、GUROROと唸った。
2人は何事が起きたのかと身構える。
「ニュース姉。ゴブリンの奴ら、ガサチンとか言ってるぜっ」
「村中がパニックを起こしているわ、一体何が!?」
ゴブリンが「ガサチン」と叫ぶとき、それは必ず恐慌状態であることを示す。
村中が一斉にガサチンと叫ぶ、「何か」が起きていた。
ファーが、パルとググーを両脇に抱えてこっち走ってくる。
「ファー!」
「ニュース姉っ」
ゴブリン50数匹が村の広場で一塊になり、その周りを、8匹の巨獣アクセル・カメオが取り囲む。
その中に、ニュースたち3姉妹もいた。
ゴブリンたちが一斉に西を向き、その名を叫ぶ。
「ガサチン!」「ガサチン!」「ガサチン!」
「ガサチン!」「ガサチン!」「ガサチン!」
キリルが腰の剣に手をかけた。
「おいおいおい、ニュース姉これって!」
ファーが両脇に抱えていた、パルとググーを抱き寄せる。
2匹はばたばた暴れて、ギャワギャワ言っていた。
「ニュース姉、パルとググーが『来る』って」
「なにが!」
ニュースは自分で問い返しておいて、間抜けだなと思った。
聞かなくても分かる。
全身に鳥肌が立っていた。
「ニュース姉、ガサチンが来る!」
ファーの声を背に受けて、ニュースは西に生い茂る森の奥を見据えた。
森の奥に、いつの間にか黒い霧が立ち込めている。
それがじりじりと広がって、ゴブリン村にまで闇が漂ってきた。
足元に暗い冷気が漂う。
村を浸食する闇の中で、何かが粘つき這いずる音が聞こえた。
じゅるり、じゅるり、じゅるり……
森のどこかで、何十羽ものラピス・スワローが、高らかに鳴き上げている。
それはガサチンとの邂逅を、讃えているようでもあり、死が近づくと警告しているようでもあった。
ニュースは腰の剣に手をかけ、呼吸を整える。
「ふう、ふう、ふう、ふう、ふうっ」
じゅるり、じゅるり……




