15 水魔法がつなぐ心の形
「つ……ついた……」
ファーは両脇の姉たちに肩を貸し、3人分の重みでへたり込む。
森から不意に開けた場所にでたら、ファーの前に村の入り口があった。
入り口と言っても、棒が一本立ってるだけ。
その棒に、イナシル(猪)の頭蓋骨が引っかけてある。
「ニュース姉、キリル姉、見て……着いた」
「う~ん」むにゃむにゃ
「も……歩けねえ」むにゃむにゃ
「もう、歩かなくていい」
ニュースとキリルの、ブーストされた魔法攻撃が効いたのか、アリジ・ゴート脱出から、ガーガーどもが恐れをなして襲ってこなかった。
それが幸いして、なんとかゴブリンの集落へたどり着くことができた。
だけどまだ。まだ村に入ってない。
やっと着いて、力が抜けてへたり込んだけれど、まだ入ってない。
「ニュース姉、キリル姉、立って」
「うう~ん」
「ある、きたくね……」
「いいから歩いて」
ファーが動こうとしない姉を立たせようとしていると、集落に建つ十数軒の小屋の中から、ひょっこり緑色のゴブリンたちが出てきた。
一匹、五匹、十匹と、ぞろぞろ出てくる。
「あ」
ファーはハッとして、姉たちを背中に庇う。
ここにたどり着くのに必死だったけれど、はたしてニュース姉の言っていたことは、本当だろうか?
本当に、友好関係なんて築けたのか?
ファー自身は一度たりとも、そのようなものを見たことがなかった。
姉の言ったことだから信じたい。
けれどいざゴブリンの集団と対峙して、「大丈夫なのか? ヤバいんじゃないのか?」と、心の警報が鳴り止まない。
胃がきりきりする。
魔力はまだ練れる。
体力の消耗に、魔力量はずいぶんと左右されるけれど、まだいける。
ゴブリン共を見据えて、呼吸を整えていると、首筋に生暖かい息がかかった。
振り向くと、そこに大型の魔獣アクセル・カメオがいた。
ファーは心臓が飛び出しそうになる。
気配は全く無かった。
座学で教わった通り、アクセル・カメオは音もたてずそっと忍び寄る、森のアサシンだ。
けれどそれよりも驚かされるのが、その水色と黄緑色の背に、ゴブリンが一匹ちょこんとまたがっていたこと。
「本当にのってる」
エサであるゴブリンを、背中に乗せて運ぶカメオなど、この世のどこに居るだろうか?
ここに居た!
「ニュース姉の言っていたことは、本当だった」
ゴブリンはカメオの背中からお尻で滑り降りると、ぺこりと頭を下げて、ニュースのそばに座り込む。
ゴブリンはファーよりも、二回りほど小さかった。
「ギャウ、ガガッ?」
何かニュースに話しかけていた。
ファーはそれを、まじまじと見つめてしまう。
ゴブリンから敵対心を感じない。
何を言っているかは分からないけれど、ニュースに話しかけ続けている。
その様子は、「おい大丈夫か!」って心配しているようだった。
ファーは、信じられぬものを見る思いだった。
「ニュース姉すごい。本当にゴブリンと仲良しになってる」
「ガウッ、ガガウッ」
言葉が通じると思えないけれど、姉を心配してくれるゴブリンを安心させてやりたい。
「大丈夫、魔力切れを起こしているだけだから。一日寝れば平気」
「ギャウ?」
ファーの言っている事が分からず、ゴブリンが大きな黒目をくりくりさせて、小首を傾げた。
ファーは初めて実物を見て思う。
「醜いと聞いていたけれど、ぶさくて、可愛い」
ゴブリンは、遠巻きに見ている他のゴブリンたちに手を振った。
「ガブ、ガブッ、ガブ!」
すると村のゴブリンたちが、恐る恐る近づいてくる。
腰がへっぴり腰だった。
ファーに向かって、一匹一匹、丁寧におじぎしていく。
「なんでおじぎ?」
ゴブリンたちはガブガブ話したのち、ぐったりしているニュースとキリルを、皆で担いで村へと運んだ。
「なにこれ」
ファーは胸の高鳴りを覚えた。
闇の森の小型魔獣たちが、人間を助けようとしている。
これは確かに大発見だった。
遠く、家で留守番をしている弟に、自慢したくなる。
ファーは、まだそばでじっとしている、アクセル・カメオの鼻先へ手を近づけてみる。
するとカメオが、ファーの指先をすんすん嗅いで、デカイ舌でぺろりと舐めた。
「またがっていい?」
カメオの背中を指差すと、それで通じたのか、わざわざ背を低くして、頭を差し出してきた。
ファーは頭に足をかけて、背中に飛び乗る。
カメオが四つん這いで立ち上がり、ファーを乗せたまま、のそりと村へ入っていく。
ファーは胸に手を当てて、この高鳴りにニンマリした。
「この村、気にいった」
*
ニュースは静かに目を覚ます。
隣にキリルがいた。
仰向けで幸せそうに眠っているから、一瞬ここは家とか思ったが、そんなわけない。
「ここは……」
ニュースは身を起こすと、こめかみ辺りがズキリと痛む。
こめかみを揉みながら、周りを見まわす。
そこは、どこかの小屋の中だった。
とても簡素な造りで、壁などは細い柴木を並べて、縄で括りつけただけ。
柴と柴のすき間から陽光が差し込み、窓が無くてもぼんやりと明るい。
「キリル……起きて」
「も、あるけねっ……」
「寝ぼけてないで起きて」
ニュースに起こされ、キリルも座り込み伸びをした。
跳ねっ毛の寝ぐせがひどい。
「やっべ、よく寝た。ニュース姉ここどこ?」
「しっ」
耳を澄ますと、薄い壁ごしに声が聞こえる。
「ガウッ、ギャギャウッ」
「ガウ、ガウッ」
ニュースとキリルは顔を見合わせた。
「ここ、ゴブリンの集落だわ」
「まじか、いつのまに私ら着いたんだ!? ん? なあ、ファーはどこだ?」
「えっ」
確かにファーがいない。まさかアリゲーター・ガーガーにやられた!?
2人の背筋、冷たいものが走ったその時、外からゴブリンの声に紛れて、ファーの声がする。
「ギャウッ」
「そうでもない」
「ガガウッ?」
「水があれば無敵」
「「ファー!」」
ニュースとキリルは妹の名を呼び、扉代わりのすだれをかき分け外に飛び出す。
すると目に飛び込んできたものは、どでかいアクセル・カメオにまたがる、ファーの姿だった。
ファーは釣竿を肩にかけ、背中に大きな藤のカゴを背負っていた。
ファーと一緒に、子供のゴブリンが2匹、カメオの背中にまたがっている。
「ファー、なっ、なっ!?」
「何やってんだよ、お前!?」
「やっと起きた? もう一日経って昼になってる」
驚愕する姉たちに小首を傾げ、ファーは子ゴブリンと一緒に、カメオの長い尻尾をすべり台代わりにして降りてくる。
背負っていたカゴを降ろすと、中には銀色に光る小魚がいっぱい入っていた。
ファーは人差し指をくるくると回し、水魔法で水球をだすと、それを魚の姿に変えた。
別の水玉で串を形づくり、魚を串に刺す。
そうしておいて、別の水球で炎の形を作ると、魚をその上で炙るように動かした。
その水マジックを子ゴブリンたちが、きらきらした黒目で見つめている。
「いっぱい獲れたから、みんなで食べて、ガウッ」
「ギャワワッ」
「ギャギャウッ」
子ゴブリンはそれで意味が通じたのか、2匹で嬉しそうにカゴを持ち上げ、別の小屋へ運んでいく。
「ファーお前、ゴブリンと話せんのかよ!?」
「話せない。ただ水で絵を見せて、最後にガウッて鳴くと、なんとなく通じる」
「はー!」
驚くキリルを放っておいて、ファーはニュースに憧れの目を向けた。
「ニュース姉はすごい。ニュース姉の言っていたことは、みんな本当だった」




