14 目覚める魔力と砂地獄
河原から森の中へと分け入った途端、再び激しい戦闘が始まった。
ニュースたちは、お互いの背中を守りながら、ガーガーの波状攻撃をしのいでいく。
感電させ、燃やし、相手の気道を水で塞ぐ、
コードウェル家の姉妹は、三者三様のエンチャントで、攻守ともに並々ならぬ強度を誇った。
しかし――
「ニュース姉、なんか道それてねえか?」
「それてるっ、けどっ」
アリゲーター・ガーガーの猛攻をしのぎ、ニュースはまた一匹、紫電の針で内側を焼き焦がした。
森の地形は平坦じゃない。
斜面があり、くぼみがあり、木の根に足をとられてしまう。
その隙に回り込まれて、襲われて、どうしても最短のルート取りができない。
「見ろよファー、あいつら仲間の死体食ってるぜっ」
「キリル姉がこんがり焼くから、いい匂いがする」
「ニュース姉だって、焼いてるだろ」
「皮目が焦げて香ばしい」
「キリル、ファー、口じゃなく手を動かすっ」
「やってるって、あ!」
「私もやって、あ!」
「キリル、ファー、手を伸ばしてっ。ああ!」
それは一瞬の気の緩みだった。
ここまで、波状攻撃をしのいできた自信。
囲まれてはいるけれど、エンチャントを操る自分たちの敵ではない。
その傲慢さに足元を掬われる。
突然、足場が消えた。
木々の合間をぬうように移動して、茂みを抜けたところで、不意に崖となっていた。
まるで落とし穴のように、綺麗に整えられた崖のフチ。
初見殺しである。
キリルとファーが足を踏み外し、ニュースが引き上げようとして、一緒に落ちる。
そこは崖というよりも、巨大なすり鉢状のくぼみだった。
さらさらとした砂の側面を、一気に10m以上転げ落ちる。
踏ん張ろうとしても、砂がぼろぼろと崩れて、踏ん張ることができない。
ニュースは座学で叩き込まれた、その知識で、ここが何かを悟る。
「アリジ・ゴートだわ!」
あつまれ闇の森・どうぶつ図鑑。
『アリジ・ゴート』
めちゃくちゃ大きなアリジゴク。
そのすり鉢状の巣の中央に、巨大な2本の角を持つ、肉食の「森羊」が隠れ潜んでいる。
体長9m。
アリゲーター・ガーガーは、たまに仲間を突き落として、捕食される姿を見物する習性がある。
どうぶつだって遊び心があるのだ。
「キリル、ファー、じっとして! もがく振動でアリジ・ゴートが目を覚ますわっ」
「まじか! あいつら私たちをここへ誘い込んだのか!?」
「鳥のくせに」
それ以上ずり落ちないよう、四つん這いでじっとする。
その様子が不満らしく、すり鉢のフチに立つ何十匹もの魔鳥が、怒りのブーイングを吐いた。
「ガガガガガガッ!」
「グワアッ、グワアッ!」
「こいつら!」
「あいつら、ぜってえ皆殺しにしてやる!」
「キリル姉、じっとしてっ」
アリゲーター・ガーガーの一匹が、興奮のあまり、足を踏み外してしまった。
転げ落ちたガーガーは、退化した翼を必死にバタつかせて、登ろうとする。
「ガッ、ガー!?」
アホな仲間に、ガーガーたちは機嫌を直し盛り上がった。
登っては転がり、転がってはまた登ろうとする。
そのバタつく羽音に、砂中のアリジ・ゴートが反応したようだ。
いつも聞く音なのだろう。
すり鉢の中央の砂が盛り上がり、その零れる砂の中から、大きな角を持つアリジ・ゴートが頭を覗かせた。
その顔は、まさに黒い羊そのもの。
ただ少し違うのは、その頭だけで優に2mはあり、丸まった角は蛇腹状の関節を持ち、自由自在に動かせることだった。
円を描き丸まっていた角が解けて、もがくガーガーの腹を突き刺す。
ガノイン質の腹をいとも簡単に突き刺す、その角もまたガノイン質だった。
アリジ・ゴートは突き刺したガーガーを、器用に口元に運び、ぼりぼりと噛み砕いていく。
「ゥメエエエエッ」
「まずい、まずい!」
「すっごく、まずいっ」
「キリル、ファーじっとして! あいつは目が見えないっ。
振動に反応するの!」
ニュース、キリル、ファーは動かない。
アリジ・ゴートが砂の中へ戻るのを待ってから、なんとか少しずつ登るつもりだった。
しかしそれを、魔鳥たちは許さない。
じっとしている姉妹たちのそばに、ぼとりと何かが落ちてくる。
それはリンゴほどもある、大きな木の実だった。
見上げればガーガーたちが、その細長いクチバシに木の実を咥えていた。
首を振り、ニュースたちへ放り投げる。
木の実は緩い放物線を描いて、砂地へ深く沈み、鈍い音を立てた。
ボスンッ、ボスンッ、ボススンッ。
その音に反応して、アリジ・ゴートが蛇腹の角をしならせた。
ズズンッ!
先端がかすみ、次の瞬間ニュースとキリルの間の砂地に、角が深々と突き刺さる。
二人とも砂を大量に被りながら、声も出せなかった。
ファーも息を飲んでいる。
ガーガーたちは盛り上がり、さらに木の実を落としてきた。
ボスボスボスボスボスッ。
しかしその音が、不意に止む。
見ればファーが、水の玉を空中に幾つも浮かせて、落ちてくる木の実を受け止めていた。
「ファー!」
「ファー、すげえっ」
「ガー?」
「ガガガガ!」
水の玉を操るのが、ファーだと気づいたのか。
アリゲーター・ガーガーたちは、集中してファーの上に、木の実を落とし始めた。
「くっ、ファー!」
「ふざけんな!」
ファーの真上に、木の実同士がコツコツと当たり、積み上がっていく。
木の実は水中で玉突きを繰り返し、水を通過して、ファーの背中に落ちた。
木の実が次々と、水を通過して落ちていく。
ファーの背中に落ち、零れて、砂地に音を立てる。
このままでは、ファーが串刺しになってしまうだろう。
それでもファーは、必死に姉たちの方へ落とさないよう、水の玉でキャッチし続ける。
「ああ、ファー!」
「くそが!」
唇を噛みしめ、目に涙を溜めて、恐怖に耐える妹を見たとき、ニュースとキリルが完全にキレた。
二人の体内に、これまで味わった事の無い魔力量が、練り上がっていく。
それは妹を守りたい思いと、心の底から相手を殺したい思いが混ざり合い、たどり着いたレベル。
それが稽古や座学では決して手に入らぬ、実戦に通じる魔力だった。
「おおおおおお!」
「コロヤロウ!」
普段は射程距離2mほどのエンチャントが、触媒無しで10m以上先の敵に届く。
キリルの炎が、アリゲーター・ガーガーたちを薙ぎ払い、ニュースの雷がすり鉢のフチを吹き飛ばして、その下にある粘土層をむき出しにした。
ニュースとキリルは同時に振り返り、今まさに角を突き立てようとするアリジ・ゴートに、炎と雷を食らわせた。
アリジ・ゴートはのたうち回り、たまらず砂の中へと引っ込んだ。
「キリル今!」
「ああ、ニュース姉!」
二人は左右からファーを抱きかかえて、粘土層がむき出しになった斜面を駆け上がる。
アリゲーター・ガーガーたちが、クチバシをあんぐりと開け、こちらを見ていた。
恐らくあれが驚愕の表情なのだろう。
一瞬の間が空き、ガーガーたちが一斉に背を向けて逃げ出した。
殺意の収まらないニュースとキリルは、その後を追おうとするが、急に眩暈がしてぐらりときた。
「なにこれっ」
「気持ち悪いっ」
ニュースとキリルに担がれていたファーが、逆に二人を支えて、ゆっくりと座らせた。
「二人とも魔力使い過ぎ。切れかけてる」
ファーは姉たちの背中をさすり、ちょっとだけ鼻息荒くつぶやいた。
「村まではもうちょっと。
今度は私が、ニュース姉とキリル姉を守る」
*
アリゲーター・ガーガーたちが逃げ、コードウェル家の姉妹も去った、すり鉢の闘技場。
その中央から再びアリジ・ゴートが頭をだした。
その後頭部にくっついていた俺は、アリジ・ゴートから融合管の束を引っこ抜き、荒い息を吐く。
「やっべ、あっつ、いってー! 死ぬかと思った!」
俺はアリジ・ゴートの上であぐらをかく。
自分が死なないために、必死でアリジ・ゴートを回復させたものだから、死ななかったけれど、死ぬほど腹が減っていた。
ドングリじゃ足りない。ぐぎゅるるる~。
そんな俺の背後に、アクセル・カメオが音もなく現れる。
「もういいや。
ガーガーたちが、まだニュース姉たちにつきまとっていたら、追い払ってくれる?
あとは村まで、エンカウントなくていいよ」
「GURORO」
「ごめん、俺ちょっと、ご飯食べてから行っていい?」
「GURA」
アクセル・カメオの気配も消えて、俺は深呼吸をする。
辺りには、キリル姉が焼き殺したガーガーの死体が、こんがり良い匂いを立てていた。
「あーこれ、完全に焼鳥屋の匂いだあ」
俺は手を合わせ、労働の報酬として、あの跳ねっかえりの姉たちへ感謝する。
ぐぎゅるるる~。
「いただきますっ」




