13 姉たちの冒険、弟の警護
日の出と共に、窓辺から光が差し室内をほのかに照らす。
既に仕度を終えたニュースら3姉妹が、窓辺に寄って、とある紙切れを広げて覗き込んでいた。
紙には、炭をニカワで練り固めたペンで、稚拙な絵が描かれている。
キリルが、あくびを噛み殺しながら尋ねた。
「ニュース姉、なんだよこれ?」
「ゴブリンに描いてもらった、集落までの地図よ。
身振り手振りで伝えて、何とか描いてもらったの」
「これが地図? 足で描かせたのか?」
「すごいへた」
キリルとファーが素直な意見を述べると、ニュースも大いに頷いた。
「そうね、けれどほら。こっちの地図と照らし合わせるとどう?」
ニュースはリュックから別の地図を取り出し、広げて見せる。
こちらは随分と古く、黄ばみが激しかった。
「これは30年前に描かれた、砦周辺の地形図。
ほら見て、ここが今いる砦。ここが近くの川」
「おっ、見比べると何となく分かるな。ゴブリン結構、正確に描いてるじゃねえか」
「それでも、すごいへた」
「この地図だと集落は、ここから西に7、8ギール(㎞)ぐらいだと思う。
とりあえずこの川をさかのぼれば、途中までは行けるから」
「よっしニュース姉、ファー、こっから気合い入れろよ!
闇の森の奥へ踏み込むぜっ。へたすりゃ死ぬぜ!」
「分かってる。隊列はタテに、前衛は私。
真ん中はファー、後衛はキリルで。
各自抜刀しつつ、いつでも魔法が発動できるようにしておいて」
「やべえ、楽しくなってきた!」
「キリル姉が、一番うかれて危ない」
「さあキリル、ファー、行くよ!」
*
俺は姉たちが砦を出たのを確認すると、融合を解き、石壁の中からゾロリと抜け出る。
「う、朝日が眩しいっ」
俺はよろけて壁に手をついた。
「ぜ……全然寝れなかった!」
途中からファー姉も起きて、3人でお喋りが始まった。
壁に融合していると、聞きたくなくても全部入ってくる。
「くっそ、姉の恋ばなとか、弟に聞かせんなっ。
すっげえ、気になるじゃねえか!」
俺はポケットに入れていた、ドングリを割ってカジり、カロリー摂取で気持ちを落ち着かせる。
ドングリの中には、アク抜きしなくても食えるのがあって、特にスダッジドングリは旨い。
俺は砦のガレキに座って、去って行く姉たちの背中を見つめた。
俺の背後に、アクセル・カメオが音もなく忍び寄り、喉を鳴らす。
「GURORO」
「分かってる。警護はするよ、そのまま。けどさ、う~ん」
このまま俺とカメオで警護すりゃあ、ゴブリン村までの道のりには、魔獣とエンカウントせず無事にたどり着けるだろう。
「けどさ、そんなんで楽しい?
なあニュース姉、キリル姉、ファー姉。
せっかくの闇の森だぜ?
サクサク進んじまうのも、またクソゲーの内だよな。
歯ごたえがないんじゃ、つまんねえだろ?
という事でカメオ」
「GORA」
「本気でヤバい奴が近づいたら、排除しろ。
それ以外は放置だ」
*
あつまれ闇の森・どうぶつ図鑑。
『アリゲーター・ガーガー』
ワニのような牙とアゴを持つ鳥。体長1.5m。
翼は退化して飛べないが、2本脚ですばやく走る。
集団で獲物を追い詰め、骨も残さない。
「ガーガー!」
「ガーガーガーガー!」
鳴き声だけ聞けば、水辺をよちよち歩くアヒルのようで、微笑ましいかもしれない。
しかしその実態は、アヒルとは似ても似つかぬ、ワニ頭の魔鳥だった。
「く、囲まれた!」
川に沿って歩いていたため、前と後ろ、右側面を取られ、流水を背にして囲まれてしまう。
川を渡れなくもないが、流れ水に足をとられての戦闘なんてゾッとするし、それこそ川に何が潜んでいるか分かりはしない。
ニュース、キリル、ファーは、完全に逃げ道を塞がれた形となった。
ニュースの腕を食いちぎろうと、一匹のアリゲーター・ガーガーが襲い掛かる。
ニュースはそれをギリギリでかわし、その突き出された細長いガーガーの鼻先に、上段からの一太刀を裂ぱくの気合で合わせた。しかし――
ギイインッ。
鼻先に打ち下ろした瞬間、とても生物から出たとは思えぬ、金属音が響き渡る。
「なんて硬さなの!」
刃は鼻先に食い込まず、弾かれてしまう。
ちょっと鼻筋がへこんだだけだ。
アリゲーター・ガーガーは「ガー!」と一鳴きして後退し、首を激しく振った。
ワニのような嘴の鼻の穴から、鼻血が流れ出す。
ガーガーは黄色い眼を何度もパチクリさせ、「よくもやりやがったな」とガーガー吠える。
アリゲーター・ガーガーは嘴や羽が、多重構造の「ガノイン質」で出来ており、バカみたいに硬いのだった。
「キリル、ファー! こいつらには刃が入らない。エンチャントを!」
「分かってるって!」
「やってるっ」
再びニュースへ2匹同時の攻撃。
一匹は手に、もう一匹は足に食らいつこうとする。
ニュースは足を狙うガーガーに、下段からすくい上げるように一撃を食らわす。
「ヴォルト!」
ニュースが叫んだ瞬間、剣全体から針のように細い紫電が、クモの巣のように広がった。
一撃を食らったガーガーのみならず、剣に触れていないもう一匹にも、高電圧の針が幾筋も体を突き抜け、肉を内側から焼いた。
2匹が同時に、体を引きつらせて沈み込む。
ちらりと妹たちを見れば、キリルが炎をまとわせた剣で、ガーガーを丸焼きにしている。
「フレイム!」
ガーガーはたまらず川に飛び込むが、魔法で焚きつけた炎は、そう簡単には消えない。
ワニ頭の魔鳥は、川の中で溺れながら、その身を焼かれ続ける。
「ニュース姉、キリル姉、伏せて!」
ファーの叫びに、2人はさっとその場に伏せる。
「ワーラー!」
ファーが剣を横に薙ぐ。
すると背後の川から水の竜巻が伸びあがり、巨大なこん棒で薙ぎ払うように、ガーガーたちを吹き飛ばした。
ファーが、魔鳥どもの悲鳴を聞けてニンマリする。
「水があれば無敵」
「その調子よファー!」
「やっちまえファー!」
2撃目を振り回そうとすると、ガーガーたちが飛べない羽をばたつかせて、森の中へと逃げていった。
でかい図体を茂みや幹に隠して、こちらをうかがっている。
その様子に、「まだだっ、まだ諦めんぞ!」といった執念を感じた。
ニュースはガーガーを睨みつけたまま、川の上流へあごをしゃくる。
「キリル、ファー、このまま川沿いを移動するよっ」
「戻ってこいバカ鳥!」
「もっと、殴らせて」
川沿いを歩いている間は、背中に殺意を感じながらの、ピクニックのようだった。
森の端々から光、鳥類の目、目、目。とワニっ鼻。
一定の距離を保ち、執拗に追跡してくる。
キリルはじれったくなり、アリゲーター・ガーガーへ河原の石を投げつけた。
「コラア、バカ鳥! くるなら来いっ!」
意外なコントロールで、幹の陰から突きでた鼻先に、ばんばん石を当てていくキリル。
けれど石が鼻に当たっても、ガノイン質の鼻づらは、引っ込むわけでもなくビクともしない。
その落ち着きっぷりが「こいつら本当に鳥なのか」と、ニュースの眉をひそませ、背中をゾクリとさせる。
たった今、コードウェル家の3姉妹は、闇の森と呼ばれる異界。
その洗礼を受けているのだった。
川沿いは良い。
しかし途中からゴブリン村までの道のりは、淀んだ川の流れからそれて行くのだった。
背後でガーガー共の、愉快そうな鳴き声が聞こえてくる。
「キリル、ファー、ここからが本番よっ」
「さっさと来やがれ!」
「こなくていい」




