第四十八話 やっぱり神藤がプリンス役
「どうだった?」
「どうだったって。なにが」
翌週の月曜日、本作のプリンス、フリン・ライダー役を決めるための多数決投票が行われることとなった。
正直な話、足立さんがああ言ってくれるのはありがたいことなのだけど俺に学園祭の主役なんてとてもじゃないが務まるとは思えないので、役は神藤に譲る気でいた。というかそもも投票なら神藤には負けてしまうだろう。
なのでその緊張感は全くなく、のんきに東山にラプンツェルの映画を見た感想を尋ねていた。
「見たんだろ? 映画」
「ああ。そのこと」
東山は頬杖をついているものの、視線はどことなくそわそわしている。
自分の相手役が今から決まるのだからそりゃあ多少はそわそわはするだろうと、俺はどこか他人事めいた心持だった。
「……素晴らしい映画だった。わたくし、この作品好きよ」
「東山にしては素直だな」
そわそわしながらも東山は柔和な笑みを浮かべた。
「わたくしにだって、好き嫌いはありましてよ」
「それもそうか」
そうこう言っている間に、委員長が教室内を仕切る。
「じゃあ、二人は一旦廊下に」
「うん」
「……」
多数決は挙手でとるようなので、委員長の配慮によってその間、俺と神藤は教室の外に出ることとなった。
神藤はまるで入学試験の合格発表を待っているかのような動揺の仕方だ。そんなに心配する必要は無いと思うが。
神藤より先に俺が教室から出たのに、他のことが手に付かないのかドアを閉めずに天に祈るような仕草をしていたから俺がドアを閉めた。
「そんなに祈らなくても、お前に決まるだろ」
「き、君に心配される筋合いはないよ」
「別に心配してるわけじゃねーよ。どっちにしろお前の方が人気だろってことだよ」
足立さんの推薦でこんなことになっているわけだが、それがなければすぐに神藤に決まっていた。だから俺は票が割れようとも多数は神藤の方だろうと予想していた。
「いや、足立さんの言うことも一理あるからね」
もちろん足立さんが俺を推薦する理由は説明されてクラスメイトもそれを承知の上で今日に至って
いるわけだが、それでも神藤の票数は超えられないと思う。
こういうのは適任とかそういうことではなくて、単純な人気者が選ばれることの方が多い。
「まぁ、それでもお前になると思うぞ」
「なんだい。僕と七瀬ちゃんを応援してくれるってのかい」
神藤の顔は急に気の抜けた顔になった。
「応援ってわけじゃねえけど、お前があいつの事好きなのは事実なんだろ。別にそれを否定する気なんてねぇよ」
「……それは素直に受け取っておくよ。ありがとう。けれど、君に言われるとなんかムカつくね……」
どうやら先ほどの緊張もほぐれたようだった。
中で「佐渡君がいいと思う人、挙手お願いします」と皆に呼びかける委員長の声が聞こえる。
「まぁ……なんだ。その……。学園祭なんだから少しは発展させろとは思ってる」
柄にもなくそんなことを言ってしまう自分に羞恥心で少しむせ返った。
「……一体君はどうしちゃったんだい。変なものでも食べたのか?」
神藤は目を丸くして俺を見る。
そしてそのまま数秒間俺を見つめた後、
「ふははははははは」
「なんだよ急に」
「……いや、だってッ……。君に恋のキューピットなんて務まらないよッ」
神藤は笑いをこらえながらそんなセリフを絞り出す。
「まだ主役をやったほうがマシだ……ふはははははは」
こらえきれなくなって神藤は腹を押さえる。
「そ、そんなに笑うことじゃねえだろ」
ぶっきらぼうに言ってみせると、突然神藤の声は一トーン下がる。
「それに、まだ僕って決まったわけじゃない。兆が一君に決まったなら、七瀬ちゃんが恥をかかないようにまともな演技をしてほしいものだね」
神藤が皮肉を言ってきたのだが、その意図は判然としなかった。
ドアが開き委員長が俺たちを手招く。多数決は取り終わったようだ。
結論から言うと俺の予想通り主役の座は神藤のものとなった。
神藤はクラスメイトにガッツポーズをして見せていた。
「予定調和って感じだな」
「とんだ予定調和よ」
東山は「やれやれ」と呆れた反応を見せていたが、彼女も俺と同じく主役は神藤になるだろうと予想していたのだろう。
「頑張れよ。プリンセス」
「あなたに言われなくたって大丈夫です。というかあなたもそんなにのんきにしている暇はないのでは?」
「……あはは。東山の言う通りだな」
プリンス役は見事神藤に決定したが、もしもの時――つまり神藤が怪我や病気で出演できなくなった時はその代役を俺が務めることとなった。つまり俺もセリフを覚えたり演技の練習をしておかなければならないということだ。
それを想像すると少し胃が痛くなる。セリフを覚えたり身振りを覚えたりそういうのは苦手だ。神藤が病気も怪我もしないことを祈る。
「ちなみに東山は演技ってやったことあるのか?」
「ないわ」
「なんだよ。自信満々だからてっきりお手のものかと思ってたぜ」
「私にできないことなど、無いわ」
東山らしい自身に満ち溢れた顔だった。
「それはそれは、大変ご優秀なことで」
「二週間後、その発言を後悔させてあげるわ」
なんかデジャヴだ。
「楽しみにしてるよ」
「ええ。今更自分がプリンス役になれなかったことを悔しがっても遅いわよ」
東山の得意げな顔を見ていると、少し安心した俺だった。
それからは学園祭に向けての準備期間だ。放課後は皆準備で忙しくなる。うちのクラスだけではなく学園中が賑わう。一年を通しての一大イベントなだけに皆前向きだ。
進学校ではあるが学園祭に対する情熱はどの生徒も持っているようだった。どうやらそういう伝統的な行事らしい。
開催期間は三日間。クラスメイトの普段見れない顔が見れる機会。
とはいっても俺が想像する一般的な学園祭とは少しばかり様相が違うらしい。
クラスごとの出し物で演劇などをやったり、学生の音楽演奏の公演があったりそういうのは普通の学園祭とあまり変わらない。加えて世界的に有名な演奏者なんかを招待してコンサートなども催されるというのもまだ理解できる範疇であるが驚くべき点はそこではない。
学園祭と言えば、模擬店だ。
生徒が模擬店を運営したりするのが我々の想像だと思うのだが、この学園祭はそうではない。
なんと高級レストランのシェフを呼びつけ、彼らが各教室でその料理を振る舞ってくれるというのだ。
そしてその高級レストランの名だたる面々たるや素晴らしいものだそうだ。俺は高級レストランの
名前は全然知らなかったから、クラスメイトに聞いた話だ。
そしてなんと、学園の生徒であればその料理を無料で食べられるというのだ。これはもうすごい。すごいなんてレベルじゃない。この学園には食堂があって、そこのシェフ(シェフと呼ばれているのももうアレだが)の腕もかなりのものだが、「今日は店じまいだ」と言って学園祭期間中食堂のメニューが無くなるのだそうだ。
ちなみに俺は前日から何も食べずに行くつもりだ。
それは冗談だが、それくらい俺も浮足立っているということなのだ。
だが、その前に俺にとっては一つ大きなイベントがある。
「優様が抜擢されていたら、私、嫉妬で何も手につかなくなっていましたわ」
「可憐にはちゃんと伴奏の役目があるんだからしっかりしないとな」
クラスでの出来事を可憐に説明した後、可憐は胸をなでおろしていた。
「あ、そうそう。忘れていました。クラスでのミュージカルとは別に、演奏会の方にもエントリーしましたの」
「そうなのか?! それじゃあ結構練習大変なんじゃないか?」
可憐も皆と同じく学園祭に対して前向きな姿勢だ。
演奏会というのは学園の生徒だけが出演する楽器演奏を披露する場だ。ピアノ、バイオリンなどのソロ演奏をはじめとしたクラシック音楽のオムニバスコンサートというわけだ。演奏会は日中ではなく夜に行われるので、それが特徴的で俺も覚えていた。
「ええ。もちろんそうですがせっかくですので」
「それ、絶対見に行くから」
「はい!」
準備期間中はそれぞれやるべきことができたので会う時間が減るのはお互い言わずもがなだった。
なので当日は一緒に回ろうということを約束する。
それともう一つ……。
「……その、例の件は大丈夫そうですか?」
可憐が子猫のような上目遣いで見つめてくる。俺はこの視線に本当に弱い。
「あ、ああ。もちろん。楽しみにしてるよ。ちょっと緊張するけど」
俺が答えると、ほっとしたように笑った可憐だった。
俺は最近、絶賛頭の中でシミュレーションをしているのだ。
花澤邸訪問のシミュレーションを。
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