第四十六話 もうそんな時期か。
学園祭編スタートです。
九月末。もはや残暑と言っていいのか分からないほどの時間が過ぎたが、まだ暑い。今年の夏は東山とは違いスタミナがあるようだった。それでも朝夕だけは少しだけ過ごしやすくなったと思う。
気が付けば通学路の総合公園に植わっている木々はほんの少しずつ色づき始めていた。
「優様のクラスは何をやるんですか?」
可憐は学園指定のスクールバッグを両手で持ちながらてくてくと俺の隣を歩いている。
「何って?」
まるで観光客の外国人に外国語で道を聞かれたときのような表情になる俺。
「ほら、演劇とかオペラとかミュージカルとか」
「え?」
演劇? ミュージカル? その発言に俺は全く要領を得ない。はて。いったい何の話をしているのか。
「私のクラスはミュージカルをやることになったんです」
構わず可憐は続ける。
「それで、そのミュージカルで私、ピアノ演奏をすることになりました」
「え、可憐ってピアノ弾けたの?」
「もちろんですわ。私、学業は点でダメですが音楽だけは少し自信がありましてよ」
可憐の得意げな表情は少し珍しかった。
そういえば、確か。
可憐の試験勉強を手伝うにあたって過去の成績表を見させてもらった時の事。音楽の成績だけは満点だったという記憶が頭の片隅にあった。
その記憶から連想して、花澤邸にグランドピアノがあったことも思い出した。
「そうなのか? 可憐、そんな話全然してくれなかったから」
「いえ、別に隠していたわけじゃありませんの。できることなら優様の目の前で演奏してさしあげてあげたかったのですが……」
可憐の顔にほんの少しだけ陰が差す。同時に冷たい風が首元をかすめていった。
思っていたよりも秋へと季節は変わっていたようだ。
「母が、ピアニストだったんです」
可憐の歩みが一瞬止まったように見えたのは気のせいだろうか。
しかし可憐はすぐに明るい顔で取り繕ったように見せた。やがて可憐は話を始めた。俺は黙ってその続きを聞くことにした。
どうやら可憐の母親は故人の様だった。九年前、可憐が六歳の時に亡くなったらしい。
思い返せば、俺が花澤邸にお邪魔したときも可憐のお父さんにしか会ったことが無かった。
「私が演奏をするとお父様が悲しそうにしてしまいますから、しばらくは弾かないことにしたんです。レッスンも辞めてしまいました」
可憐のお母さんはかなり有名なプロの演奏者だったらしく、生前は可憐に演奏を教える暇もないくらいに世界中を飛び回っていたそうだ。その時までは可憐も、たまに帰ってくる母親に演奏を褒めてもらいたいためにレッスンも頑張っていたようだ。
「それで、なんで突然やる気になったんだ?」
「私自身ピアノ演奏は今でも好きなのです。今も父に隠れてたまにこっそり弾いています。それで。クラスで誰かピアノ演奏ができる人ってなったときに、つい手を挙げてしまいまして……」
ピアノが好きな気持ちはその時から変わってないということなのだろう。
ん? そもそも何の話をしていたんだっけ?
「あの可憐、こんなタイミングで変なこと聞くけどさ。最初、俺たちは何の話してたんだっけ」
「母の話ですか?」
「いや、そうじゃなくて、可憐がピアノを弾くことになったのってなんでなんだっけ?」
俺が聞くと、可憐は「は?」と気の抜けた変な顔を見せた。
「学園祭のミュージカルの音楽演奏のためですけど……」
可憐の言葉にようやく何の話をしているか掴めた俺であった。
もうそんな時期か。
学園祭か。
ちょうど可憐にピアノ演奏の話を聞いた日の放課後。
タイムリーというべきか、ホームルーム終盤で担任の先生の口から学園祭という単語を聞くことになった。
ホームルーム後の教室で話し合いをしていいから、今日から数日でクラスの出し物を決めてくれということだった。
受験の時のパンフレットで見ただけだが、この学校の学園祭は規模がものすごくでかい。流石金がかかっているといった感想がぼんやりとあるが、どうだっただろうか。
パンフレットには一昨年の学園祭の様子が映った写真が掲載されていたが、「すごかった」という記憶が先行して肝心の写真がどんなだったかはあまり覚えていない。
先生によるとコンセプトは毎年、日々の学業のストレスを発散すること、らしい。
クラス内のざわざわに耳を傾けてみると、校則が厳しい我が校もよほどのことをしない限り多少羽目を外しても問題ないらしいとのことだった。
先生はあまり興味ないらしく、「遊べるのは一年のうちだけだぞ」と捨て台詞を残して早々に教室を出て行った。
開口一番、神藤が椅子の上に立った。
「僕と七瀬ちゃんでロミオとジュリエットでどうだろうか?」
行儀が悪いなおい、と思ったがしっかり上履きは脱いでいて意外に小心者であることがうかがえた。こいつなりにコンセプトに乗っかろうということなのだろうか。
「あなたがやったらせっかくの悲劇も喜劇になるからダメね」
東山の一言にクラス中が笑いに包まれた。
神藤にはあれ以来、なんでもできるイケメンハイスぺ男子という属性に加え、親しみのある芸人のような要素も加わってさらに人気が増していた。本人にそのつもりはないらしいが、俺から見ても結構変わったと思う。能力だけを追い求めるのではなく人間的な魅力を磨くのも一つの手だ。
あいつが自身のコンプレックスにどう向き合っていくのかという問いに対しての一つ答えなのかもしれない。
いや、それこそ喜劇か。俺は人知れず苦笑する。
クラスメイトにつっこんだりヤジを飛ばされたりしている神藤を観察しながら、その苦笑は自分の中だけにとどめた。
幸か不幸か、神藤に話しかけられる機会が増えたおかげであまり馴染めていなかったクラスにも最近では少しずつ馴染めてきた。
金持ち学校とはいえ、中には俺やさやかのような一般家庭のから通っている生徒も何人かいたことも分かった。
東山も同じようで、元から有していたそのカリスマ性と美貌に心酔していた層を除けば、元来の一匹狼的性格のせいで彼女もクラスには馴染めていなかった。
しかしあの一件以来、彼女もクラスメイトとの関係性が良くなったように思う。
それは神藤のおかげもさることながら彼女自身が変わったというのが大きいのだろう。
「じゃあ、シンデレラはどうだろう? シンデレラが七瀬ちゃんで、僕が王子」
神藤はサラッと別の提案をするが、俺はいやいやいやと全力で手を顔の前で振っていた。
東山にシンデレラのような綺麗なカタルシスを演出できるとは思えない。彼女がシンデレラなら、彼女をいじめていた継母や義理の姉を一人でやっつけてしまって話はおしまいだ。
「わたくし、シンデレラみたいな女が一番嫌いなの」
予想通り、神藤は撃沈。東山にシンデレラは似合わない。
「じゃあ、白雪姫は?」
魔女の方がハマり役だろう。これを言ったら怒られるか。
「小人と馴れ合う気はないわ」
彼女はバッサリと神藤の提案を切り捨てる。
神藤をああいうふうに料理できるのはクラスでは東山くらいだ。
その間、神藤に主役変われと仲良さげにつっこむ東山ファンの男子や「東山さんが相手だと敵わないや」と呟いている神藤ファンの女子で教室は盛り上がっていた。
誰も何も言わないのであえて言及する必要は無いのだが、ごく自然に主役は神藤と東山に決まっている。別に主役をやりたいわけではないのだが、謎の敗北感があった。
こういう学園祭での出し物とかを決めるのって案出しが停滞しがちだという印象があるが、神藤のおかげでクラスメイトからいろいろな案が出た。
不思議の国のアリスなどの童話や、レ・ミゼラブルやオペラ座の怪人などの本格的なもの、ハリーポッターなどの映画化ファンタジー、千と千尋の神隠しなどのジブリ作品、終いには吉本新喜劇なんて声も出た。
しかし色々な案が出過ぎて逆にどれがいいか決めるのにクラス中は煮詰まっていた。
教室の盛り上がりが落ち着いてきていたところで少し自信なさげな女子生徒が手を挙げた。確か、名前は足立さん。
司会進行をする委員長が彼女に発言の機会を与える。
「……あの、ラプンツェルってどうでしょうか?」
彼女の発言の後、しばしの沈黙が教室を満たした。足立さんはその空気が良からぬものと判断したようだったが、
「それいいじゃない!!!!」
「東山さん髪長いしぴったりじゃん!!」
それは彼女の予想を裏切るものだった。ほぼ全員が足立さんの案に肯定的な意見を発した。どうやら彼女の案はクラスメイトの腹にすとんと落ちるようだった。
当の東山は「ラプンツェル?」となっていた。原作はグリム童話だがアニメ映画化されている。それなのに知らないらしい。
「きまりだね」
委員長がチョークを取って「ラプンツェル」と書いて、続けざまに役名ラプンツェルの下に東山、フリンの下に神藤と書いた。
どちらもぴったりだと思った。
しかし、足立さんは「待って!」と声を上げる。
「フリン役は佐渡君がいいと思う!」
クラス中の視線が俺に集まる。
「俺?」
自らを指さすも、状況が呑み込めない俺であった。
本日も読んでくださりありがとうございました。定期的に呼んでくれている人、新しくブクマしてくれた人に感謝申し上げます。
「おもしろい!」「続きが読みたい!」「東山はいつデレるんだ?」と思われた方はぜひブクマをして見守っていただけると幸いです。
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