第四十五話 あらぬ疑い
「あなた、よくもそう簡単に人の部屋に入ろうとできるわね」
「優様は人に見られたくないものなど部屋に無いのですか?」
さやかのストップコールがかかっている間、俺は二人にどうやら説教らしいものを受けていた。東山は呆れて、可憐はなぜか心配そうな顔をしている。
呆れられるようなことも、心配されるようなこともしてなかったはずなのに。
「いやぁ……自分の部屋って無いしなぁ……」
シングルマザーと息子の二人暮らしのアパートにそんなものはない。対して大橋家は一戸建て、二人に至ってはそういう尺度の話ではない。
「そんなもの関係ないわよ。つまりあなたは他人の気持ちを推し量ることのできない『馬鹿』だということよ」
「バカって、そこまで言わなくてもいいだろう」
東山の言葉に少し憤りを感じながらも、腑に落ちない何か。俺は東山がそこまで言うくらいのことをやったということらしい。
「いいえ。あの神藤でさえもそれくらいの気遣いはできていたわ」
「え、神藤を部屋に入れたのか?!」
反射的に聞き返していた。自分の中の何かが引っ張られるような感じがしたのだ。
神藤がこいつの部屋に入るということを、俺は「不穏」な事としてとらえていたらしい。
「い! 入れるわけ無いでしょ! 馬鹿ッ!」
頬を赤く染めて否定する東山。
「突然あいつの話が出てくるから……」
「とにかく! そういうことよ!!」
いや、どういうことだよ……
「……馬鹿とまでは言うつもりはありませんが……。誰しも自分の部屋が散らかっていたり、見られたくないものもある、というお話です」
「まぁ、それは分かるけど。俺とさやかの間だぞ? 小さいときは良くあの部屋で遊んでたし、中学の時は勉強教えてたりしたんだからさ。あんな鬼のような顔で怒鳴るほどのことかよ?」
『何か言った??!!!!』
「い、いや。なんも」
何もないです。ごめんなさい。
二階から再びさやかの声。怒ったさやかは怖い。声だけなのに赤い怒りマークがついている顔が想像できる。
「では、米粒ほどの脳みそしかないあなたに分かるようにこのわたくしが説明して差し上げますわ。例えばあなたが学園の試験で満点を取り損ねた科目の答案用紙が部屋に置いてあったとしましょう。そこで全科目満点のわたくしがあなたの部屋を訪ねることになりました。さて佐渡さん、あなたは自分の部屋にわたくしをほいほいとあがらせる気になりますか?」
「ちょ! ちょっと待ってください。なぜ東山様が優様の部屋を訪ねることになるのですか?!」
隣で聞いていた可憐が割って入る。
「あぁ!!もう。物の例えよ! なぜわたくしが、何をしてくるかも分からない性欲の権化のような男の部屋に一人で足を踏み入れなきゃいけないのよ。話がややこしくなるのであなたは少し黙ってなさい!」
おいおい。ちょっと待て。それは少しお口が過ぎるな。
「なんで俺がそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!! 大体東山が全科目満点なんて絶対ありえん」
ぷっちん。
東山の額から、伸びた弦が切れてはじけるような音が鳴った。
信じられないかもしれないが、それは完全に「音」だった。
やがて東山は鼻の穴をゴリラの様に大きくして早口言葉を始めた。
「物の例えって言っているでしょう。馬鹿病に罹患しているだけでなく、人の話も聞けない幼稚園児にでも退行したというの? わたくしをがっかりさせないで頂戴。少しは見直したと思っていたのですがわたくしの勘違いの様ですわね。あなただけ時間が過去に進んでいるのかしら、どうも人類の『言語』が理解できなくなってしまったとしか考えられません。そんなあなたにはうちの運営している動物園にでもお迎えしてあげようかしら。野生に返さないだけ感謝してくれてもいいのよ」
もやはそれは例えるなら「心地の良い嵐」とでも言おうか。
久々に味わうこの感覚。
この前までは聞いたらすごくイラついて言い返していたのだが、今の俺は言い返そうなどとはつゆも思わない。
そう。なぜか俺はそれを受け入れて心地よく感じているのだ。
「東山が百点なんて見たことねえし。太陽が西から昇って東に沈むくらいありえん。何だったら可憐たちと一緒に俺が勉強教えてやってもいいんだぜ」
そして華麗に受け流すのだ。
「う、うるさいわね!! 誰があなたの手なんて借りますかっ!! いずれ私一人の実力であなたに勝ちます」
興奮する東山。額の血管が浮き出てくる。
しかしかろうじて表情は冷静さを装っている。
ほう。まだか。今日は結構耐えるじゃないか。
「その『いずれ』が俺が生きている間に来ることを心の底から願ってるよ」
「っ!! ええ。今にその日が来るわ。首を洗って待ってることね。そうしたら私の前に膝まづかせてあげますわよ」
息が漏れたがすんでのところで持ち直したか。
分かった。じゃぁ……。
「あーそうそう。体育も頑張らないとな」
「う、うるさああああい!!!!! ばぁかあああああああああ」
はい、陥落。
ふぅ……。
涙目で憤激している東山を横目に心の中で手をパンパンとはたき、一仕事した気分になっていると、ブレザーの裾を掴んでいる白い手に気付いた。
もちろんそれは東山のものでは無く、可憐の手なのだが。
なぜか可憐のほっぺたはどんぐりを頬張ったリスのように膨らんでいた。
「優様と東山様って、少し仲が良すぎませんか」
「「どこが?!」」
図らずも俺と東山の声が重なってしまう。
直後に目が合ったが、あちらの方から逸らされてしまう。
「……だって、二人とも楽しそうですもの」
「「……………………」」
確かにその節はある。
「あ、ああ。東山を言い負かすのは楽しいからな。別に仲がいいって訳ではないって」
「最低の性格ね」
ぼそっと東山の声が聞こえた気がするが、それへのアンサーはまた今度にしよう。
「ただの友達だって」
「……では、恋人である私にももっと構ってください」
「別に可憐をないがしろにしていたわけじゃないって」
そう改まって言われるとどうしていいか困る。二人でいる時間は明らかに東山よりも長いはずなんだけど。
「……」
「明日からは一緒に登校しよ? な?」
頭をポンポンと優しく叩いてやると無言でこくっと頷く可憐だった。
「……なんでそんなに意地悪……のよ……」
その間東山はずっと俯いて震えていた。
「あのー。人の家で惚気るのやめていただけます???」
知らぬ間にさやかが階段を下りてきていた。どうやら部屋の片づけが終わったようだ。
「うおっ。って! 終わったなら早く言えよ。待ってる間におばさんの料理完成しちまうぞ」
「はぁ? そんな長い時間待たせてないし!」
「はいはい。お片付けご苦労様」
「散らかってたわけじゃないし!」
「分かったから。お邪魔するよ」
言って、みんなで階段を上がってさやかの部屋へ入った。
中は至って普通。物が多いわけでも少ないわけでもなく、中学の時の様子とそう変わらない。
奥にベッドがあって、その向かい、入り口の隣に備え付けのクローゼット。西側に小学生の頃からずっとある勉強机。
変わったのはたんすの上に化粧品の類が置いてあるくらい。
さやかは可憐と東山に座布団を出していたが俺には出してくれなかった。せめてもの抵抗らしい。
四人で小さなテーブルの周りに腰を下ろした。
「ずいぶん長かったわね。待たせすぎよ」
東山のとばっちりがさやかに行く。なんかかわいそうだったので俺が間に入る。
「さやかは俺に見られたくないものなんかそんなにないだろ」
「お洋服とか、そういうのは片づけてないことくらいありますわよね」
「可憐でもそういうことあるのか?」
可憐に身だしなみや整理整頓は得意な印象を持っていた俺。
「もちろんですよ。見えないところは誰だって手を抜きます」
可憐は微苦笑を浮かべ俺とさやか両方に笑いかけた。
しかしそれに対してはさやかですら少し驚いていた。
そういう側面があるのが可憐の親しみやすさの遠因なのかもしれない。
「まぁそうか。そりゃそうか」
「東山様はそうではなさそうですけれどね」
妙に納得していたが、最後に可憐は付け足した。
「私からしたら二人ともなんでも完璧って感じだよ」
確かに。さやかの言い分も最もだ。二人とも細かい所作などは洗練されていて、可憐の言う「見えないところ」だとしてもそういう姿を想像できない。
「あら、一緒にしないでいただけます? わたくしはいつだって完璧な人間よ」
ただ、可憐のそれは生活を営む上で身に着いた性質であるのに対し、東山の場合、生まれたときからそうだったかのような印象がある。実際にそうなのかどうか定かではない。
「もう少し『完璧』っていう言葉の意味を国語辞典で学びなおしたほうが良いかもな」
ぽかん。
ついに手が出た東山だった。
「優様は裏表のない感じです。いつでもそのまま」
「そうか?」
「いや~。分からないよ? 私たちに隠れて変なものを隠し持ってるかもしれないよ?」
ひそひそと手で覆って内緒話のジェスチャーをするが丸聞こえである。
「変なもの?」
なぜか聞き返していたのは可憐ではなく東山。湿り気のある視線をこちらに向けてくる。そのせいで疑念が強まったのか可憐の目線も同様のものに変わった。
「例えば~。……えっちな本とか、さ!」
二人の顔が一瞬で赤くなったのは同じだったが、東山は先ほどのような憤慨の表情を見せ、可憐は羞恥の表情を浮かべていた。
「いや、ちょっと待て。さやか、お前いきなり何言い出すんだ」
「え~? 何その反応。やましいってことなのかなぁ?」
明らかにさやかはさっきの仕返しを仕掛けてきていた。ニヤニヤと小悪魔のような笑みで突っついてくる。
「……最ッ低」
「わ、わ、私は、えっちな本くらいは許容してあげるくらいの度量はありますわ!! そうネットに書いてありましたし……」
「二人とも誤解だ!! 俺の家にえっちな本は無い!!」
「一回も見たことないの?」
さやかが打って変わって純粋な表情で問いかけてきた。
「そんなことは無いけどさ」
可憐と東山の表情が氷のように固まる。
――しまった。
「ほらね? 男なんてそういうことばっかり考えてるからね」
くそ。はめられた。
そんな表情で聞いてくるのはずりるいよ。
そりゃ男なら一度や二度エロ本くらい見たことはある。それくらい友達付き合いの一環だ。しかし、断じて、俺の家にはエロ本はない!!
「さやか~~!! ちょっと手伝って!!」
このタイミングで下の階からおばさんの声。嫌な予感しかしない。
「男の子なんですから、それくらい仕方ありませんわ……」
「ダメよ! そんなのを許容してはダメよ!!」
「しかし……。私たち、まだそういう関係ではないですし……」
「はぁッ?!! そ、それもダメよ!!」
風船に穴が開いたかのようにその部屋は主に二人の声が飛び交うようになった。
「――何見てるのよ。あなたほんと最低ね。最低よ。気持ちが悪いので近づかないでいただけます?」
さやかは知らん顔でそのまま立ち上がり、部屋を出ていく直前にあっかんべーをして見せた。
「はーい。今行くー」
――さやかのやつ、やってくれたな。
本日も読んでくださりありがとうございました。
「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマの方よろしくお願いします。
その他、評価や感想もお待ちしております。
次回から学園祭が始まります。




