第二十七話 自分の中だけの誓い
頼みの内容は至ってシンプル。
「花火大会の日、さやかがあいつと一緒に居てやってほしい」
言ってから再び、先ほどの東山の反応が思い出される。俺がさやかとの仲を質問したときにした照れ隠しの発言。
東山は図星の時、クールな表情が崩れるのだ。
そして東山もさやかの気立てのよく明るい性格に心を許しつつある。
「……これを頼めるのはさやかしかいない」
俺があいつと一緒に居てやれないとなると誰か別の人に頼むしかない。
そして、東山と俺の共通の知り合いで俺が信頼できる人物、それでいて東山も心を許している人物となるとさやかしかいないのだ。
「ゆうくんがその日ちゃんと可憐ちゃんとデートするなら、いいよ」
俺の頼みを聞いたさやかは胡乱げな表情でそれに答えた。
「ちゃんと恋愛してさ、可憐ちゃんと好き同士ならゆうくんの頼み事、聞いてあげる」
続けざまにさやかは、はっきりとした声音で俺の目を見ながら話してきた。
その眼差しはひたむきに自分が言ったことだけを望んでいるのだと語っていた。
「……さやかがそう言うなら、ちゃんとする」
「私じゃない!! 可憐ちゃんのため」
「ああ……そうだな」
俺の手を掴んで、俯きながら彼女はそう言った。
「ゆうくんは本当の本当に、可憐ちゃんの事好きなんだよね?」
「ああ。可憐と一緒に居たら楽しいし、癒される。あと元気がもらえる」
紛れもなく俺の本心だ。俺は可憐と一緒に居ると幸せだ。自信をもってそう言える。
「……分かった。私がその日、七瀬ちゃんと一緒にいるから」
さやかは天使のように優しげな微笑みを浮かべながら答えた。
「助かる。可憐にもちゃんと言っておくから」
「ダメだよ! このことは可憐ちゃんには言わない方がいい」
「なんでだよ?」
「なんでって………… そんなの自分で考えなよ」
さやかの言葉の意味が、この時の俺には理解できていなかった。
その時の笑顔が作り笑いだったことにも気付かずに。
そのさやかの一言を境に二人の間には再び沈黙が生まれ、鈴虫の鳴き声だけがやけに大きく聞こえた。
何とも言えない空気感がこれまでのものと取って代わる。
「さやか――」
「ゆうくんは可憐ちゃんとどこまでいったの?」
俺の声を遮ってさやかは突然、そんなことを聞いてきた。
「は……………………?」
みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく俺。
「ちょ、ちょ!! いきなり何聞いてんだよ!!!」
「手をつなぐ、見つめ合う、キスをする、ハグをする、え――」
「あああ、もう!! その先は言わなくていい!!!!」
俺があっけに取られていると、なんてことないような顔をしてさやかは淡々としていた。
「その反応なら、信じられる」
ホッとしたような表情であっさりとさやかは俺に言い放った。
「……どういう意味だ?」
聞いてみるとさやかはこう答えた。
「幼馴染の恋愛が気になるのってそんなに変?」
「変じゃないけど…… 恥ずかしいからやめてくれ」
現に、顔から火を噴いている俺である。
さやかとこんな話をしたことは無いから、照れくさいし恥ずかしいしで勘弁してほしい。
「もう子供じゃないんだから、そんなこといちいち恥ずかしがることじゃないじゃん」
「……そうだけど! さやかもそういうこと聞かれると恥ずかしいだろ」
「べっつに~。ぜんぜん恥ずかしくなんてないけど?! 大体、ゆうくんのことだから手すら繋いでないと思うけどさ?!」
「いや、手は繋いだけど……」
「へ?」
俺が素直に白状すると、虚を突かれたような顔をするさやか。
「へ、へーーそうなんだ。やるじゃん……?」
ベンチから立ち上がって俺から顔を背けるさやか。いや、期待してたより遅いんじゃないかと言いたげだったようだが……
「じゃあ、俺からも聞くぞ? 不公平だからな」
「いいよ? 別に何聞かれても恥ずかしくないし」
「そうか、分かった。なら、さやかの初恋の人の話をしてくれ」
「…………………………絶対、教えない」
俺の質問に十数秒考えた挙句、さやかは決意するような声音で呟いた。
「なんでだよ!!」
我慢するかのように俺の質問に答えることを拒んで、さやかは歩き出してしまった。
そして俺から逃げるように早足で公園の入り口まで歩いていき、入り口を出るとその場で立ち止まった。
それからこちらに振り返って、口元に手を当ててその場所から離れた俺に聞こえるようにさやかは叫んだ。
「とにかく!! 私との約束、守ってね!!」
俺もそれに答えるべく、口に手を当てて叫んだ。
「もちろんだ!!」
それを聞いたさやかは安心したような表情を浮かべてその場を去っていった。
夏祭りから数日後。
クマゼミの鳴き声が一年で一番うるさい時期になった。
可憐と会うため、待ち合わせ場所に向かっていた時だった。
俺はスーツを着た神藤儀隆がぴかぴかに光る黒塗りのセダンから降りてきたところを目撃してしまう。
奴も俺に気付いたようで、そのままとことことこちらにやってきてしまった。
神藤は馴れ馴れしく俺に話しかけてくる。
「やあ、こんなところで合うなんて奇遇だね」
「こんな暑いのによくスーツなんて着てられるな」
「スーツは男の戦闘服だよ」
俺がめんどくさそうに反応すると神藤はズボンのポケットに手を入れた。
悔しいけど背が高いから似合うなと思った。いけ好かないのには変わりはないけど。
「なんか、家の用事じゃなかったのか。俺と話してる暇なんてあるのか」
神藤の乗っていた車に視線を移して言うと彼はこう答えた。
「別に、君には関係ないことだ」
またそれか。東山もこいつも…… 同じようなセリフは聞き飽きた。
神藤は続けてもう一言。
「それに僕が君と話したかったんだからそんなことはどうでもいいだろう?」
「俺はお前と話すことなんてないけどな」
俺が皮肉めいた言葉とともに去ろうとすると、神藤はその一言で俺を静止させた。
「――夏祭りは楽しかったかい?」
「……なぜそれを知っている」
俺は背後から首元にナイフを突き立てられている気分になった。
「前にも言ったはずだよ? 僕は七瀬ちゃんの婚約者だって」
「東山のストーカーもほどほどにしとかないとそのうち豚箱行きだぜ」
俺が言うと神藤は不敵な笑い方をした。
「おいおい、人聞きの悪いことはよしてくれよ。ははは。まあとにかく、七瀬ちゃんの行動は把握してるんだよ。……いつも一緒にいる君の行動もね」
確かこの間もそんなことを言っていた。
その時はこいつがまだ転校してくる前の俺と東山の関係を言い当てられてしまったのだ。
俺たちの挙動はこいつにマークされているらしい。
「あー。そうそう。言い忘れてたんだけど、九日の花火大会は彼女と一緒に行くんだよ。羨ましいだろう」
話の流れをぶった切って、神藤は思い出したように、そして自慢げに言い放った。
神藤の言葉に動揺させられるも、あの夜東山が言っていたことを思い出す。
「……あいつはお前とはいっしょに行かないぞ」
「そんなことないさ。昨日、彼女は僕と約束してくれたから。いっしょに行くって」
「どうやって……」
「どうやってって。彼女自ら」
そんなはずはない。あんなに嫌がっていたのに。
あいつ自ら約束するなんて……
「嘘だ」
「嘘じゃないよ。そこまで言うのなら彼女に聞いてみればいいよ」
神藤の口調は嘘を言っているにしても、自信がありすぎた。
「あいつがそう言ったとしても、お前と行きたいとは思っていないはずだぞ」
「嫌がっていたけど、まあ彼女はツンデレさんだからね。きっと照れ隠しだよ。そこまで言うのなら彼女に電話して確認しようか?」
神藤は微笑を浮かべながらスマートフォンを取り出した。
その表情を見ても相変わらず何を考えているか読めない。
しかし、もしこいつが言っていることが本当だとしたら東山は何を考えているんだ……?
何もかもが理解できない事に加えて太陽の熱がイライラに拍車をかける。
「ああー七瀬ちゃん? いま佐渡君と一緒にいるんだけど――」
そのまま何往復か会話をしてから神藤は俺にスマホを手渡してきた。
「もしもし」
「はぁ…………なぜあなたが一緒にいるんですか」
なぜ神藤からの電話にすぐ出たりするのかとか聞きたいことがひとつ増えたが一旦それは置いておこう。
「偶然出会ったんだよ。それより花火大会の件、あいつと一緒に行くって本当なのかよ」
「……そ、それは……」
「俺にした話と違うじゃないか」
神藤は俺が電話する様子を見張っているようだ。というか俺の反応を見て楽しんでいるみたいだ。
「なぁ、どういうことだ」
「わたくしは……彼と花火大会に行く約束をしました」
「それってどうい――」
「まだ私がしゃべっています。相変わらずせっかちですね。……確かにわたくしは彼と約束しました。……というよりはそうせざるを得なかった」
詳しい事を聞こうにも神藤の目が光っている。
下手なことを聞けば神藤にスマホを取り上げられ東山との会話が中断されてしまう可能性があった。
なので俺は無言で東山の話に耳を傾けた。
すると東山は幾段階かの会話をすっ飛ばしてこんなことを言ってきた。
「……わたくしの依頼は受けていただけますか?」
彼女の声はどこか冷めていて、いつものような覇気が無かった。
しかし、電話口からでもその彼女の声が本音であり彼女の切実な願いであることは感じ取ることができた。
あの夜言っていたこと。
結局あの時は二人が帰ってきてしまったせいで最後まで話ができなかったが、一度引き受けたことは最後までやり通すのが俺の信条だ。もうさやかにも話をつけてしまったしな。
「もう、とっくのとおに引き受けてる」
「では、あなたを信じます」
東山はその一言を残して電話を切ってしまった。
だが、その一言で俺は確信めいたものを感じていた。
このままさやかには話を進めてもらっていいだろう。
あいつは、神藤と一緒に行く気はない。
「終わったかい? 彼女はなんて?」
「ああ、お前の言った通りだったよ」
俺はそう答えてスマホを神藤に返した。
「ま、そういうことだから君には諦めてもらうよ」
スマホをジャケットの内ポケットに戻しながら神藤は、俺に釘を刺した。
そのタイミングで神藤の乗っていた黒セダンから神藤を呼ぶ男性の声が聞こえた。
「僕はもう行くよ。お互い、良い夏休みを」
神藤は得意げに言い放ち、車の方へと戻っていった。
正直神藤がなぜそこまで東山に固執するのかまだ分からないし、固執するにしても花火大会にこだわる理由も判然としない。
けれど、東山七瀬が望まないというのなら俺は手を貸してやろうと。
なぜかこの時の俺はそういう思考になっていたのだ。
いや、いつの間にかという表現の方が正しかったかもしれない。
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