第二十八話 癒し効果
「お待たせしました。優様!」
「ぜんぜん」
待ち合わせ場所に着いてしばらく待つと、白色のワンピースに身を包んだ可憐が手を振りながらこちらへ向かってきた。
ワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織っていて、その隙間からちらと見える二の腕が眩しい。
可憐の女の子らしい姿を見ると、やはりとくんと胸が跳ねる。
その透明感に飲み込まれて先ほどのことも忘れてしまいそうになる。
気付けば彼女は小さめのストローハットからほんの少しだけ目を覗かせて、上目遣いで俺を見ていた。
「あ、えー。その、その帽子似合ってるよ」
「……ありがとうございます」
俺は頭の後ろに手を当てながら褒め、可憐は伏し目がちに答える。
お互い照れて、目を合わせられずだ。
さやかの指摘はあながち間違いじゃなかったんだなと今になって感じる。
夏祭りでは平気だったのになぜか妙に照れくさい。
俺はそれをごまかすように勢いで言った。
「その、行こっか」
「はい!」
ショッピングモールに入ると、外にいたときの熱気が嘘のように感じた。
冷房が効いた屋内は可憐に魅了されていた心を少しだけ落ち着かせてくれた。
辺りを見渡すと、普段より賑わっている印象がある。夏休み真っただ中だからだろうか。
「今日は何か買うものがあるのか?」
「ええ。来週の花火大会のためにいくつか…… 虫よけスプレーにレジャーシート、それから……」
「あー、そっか。なんかごめん。気を使えなくて」
全然頭に無かったことを言われて自分にふがいなさを感じる。
確かに屋外に長時間いることを考えるとそういう用意は必要だなと思った。
やっぱり俺は彼氏としてはまだまだだ。
「いえ。優様はそのようなことはお気になさらず。一緒にいてくれるだけで私は満足です」
言いながらにこっと微笑んだ。
「そういうわけにもいかないよ。必要なものなら俺も半分出すよ」
「簡単な買い物ですので、そこまでしていただかなくても……」
「可憐こそ、そういう気遣いはいらないからさ」
できるだけ爽やかに言って聞かせる。
「それに、虫よけスプレーとかレジャーシートとかは俺も使うだろうし……」
「……分かりました」
ゆっくりと可憐は頷いてくれた。
「あと当日そういう荷物は俺が持っていくからさ、良かったら俺に預けてくれないか?」
俺にできることってこれくらいしかないしな。
しかし俺の言葉にきょとんとした反応をする可憐。
「どした?」
どうやらなにか変なことを言ってしまったらしい。
「……なんだか、こういうの恋人っぽいと思いまして……」
「……あ、そうだな」
た、確かに、共用する物を預けたりするのってなんか付き合ってる感がすごくある。
普通の関係なら物を貸し借りすることってあまり無いしな……
可憐に同意しながら、顔が真っ赤になるのを必死に隠す。
否定できないのが何ともむずがゆくて恥ずかしさがグンと倍増する。
見れば、可憐も顔真っ赤だ。
自分で言って自滅しているあたり、可憐も俺と同じく恥ずかしくなっているのだと思う。
「そ、そうだ! 俺も買うものあるんだった。可憐の買い物終わったら付き合ってくれるか?」
初めの頃はガンガン引っ付いてきて積極的だったのに。
慣れてきたと思っていたのにそういう反応をされると、こちらもつられてそういう反応になってしまう。
「え? あ、もちろんです!!」
可憐は今気づいたかと言わんばかりの反応を見せてから、意気揚々と俺の目を直視した。
しかし直視された瞳がひどく綺麗で反射的に目をそらしてしまう。
「その、なんか暑いな」
「そ、そうですわね……」
お互いぎこちない雰囲気になってしまい、またもさやかの言葉が頭をよぎる。
内心で「付き合いたてのカップルか!」と突っ込んでしまいそうになるのを抑え込んで可憐の手を取った。
「ほら、行くぞ」
もう、付き合い始めてから三か月ほどは経っているんだけどな……
そして取り繕うように、可憐を少し引っ張って雑貨屋へと向かった。
これ以上はまだまだ先かもしれない、さやか。
モール内の冷房をあと数度落としてほしい……
可憐の買い物が済んで一休み。
ショッピングモール内のカフェで、俺の隣に座っている可憐はホットの紅茶の入ったカップを握っていた。
店内は空いている店を選んだつもりだったが、入ってみると空いていたのはカウンター席のみで二人並んで座れる場所は一か所しかなかった。
「そのネックレス……」
ふと可憐の胸元にあるブルーのガラス球のネックレスに気付く。
「ええ。優様からいただいたものです」
俺と可憐が初めて二人きりで出かけたとき、古着屋で見つけて買ってあげたネックレスだ。そのときは可憐が「綺麗」と呟いたため思い付きで買ってあげたのだけど。
可憐はそのネックレスに手を当てて、目を瞑った。
「両親以外からプレゼントを貰ったのははじめてで……」
「……大切にしてくれてるんだな」
六百円ぽっちのネックレスも可憐がつけていると価値が上がったような気がした。
「ええ…… すごく、すっごく大切です。なのでつけないときもいつも持ち歩いています」
「……そ、そうなのか。そんなに大切にしてくれるなら、もう少しいいものを買えばよかったな」
「そんなことありません。わたくしにとってはすごく価値のあるものです。もうこれ以上に無いくらい」
いつもの子供の様なキラキラした表情で囁く可憐。
その表情を追いかけるかの様に胸元の蒼いガラス球がきらりと輝いた。
「……嬉しいよ」
確かな嬉しさが胸に広がるのを受け止めて、その言葉をひねり出すので精一杯。
「はい!」
やっぱり、俺は可憐のことが好きだ。
さやかに確認されたときもそうだけど、今、確信している。
「私も、なにか優様にプレゼントを……」
そのネックレスは偶然買ったものだし、プレゼントとも言えないようなものだ。
そのためにわざわざお返しをしてもらうようなものでもない。
「……じゃあ、誕生日の時にお願い」
「分かりました」
俺が少しだけ逡巡してから答えると、可憐は正面に向き直って微笑を浮かべながらカップに口をつけた。
それを見て俺も同じようにストローからキンキンに冷えたコーヒーを吸った。
「そういえば、優様は何を買うつもりなのですか?」
「下駄だよ。浴衣は家にあったんだけど下駄が無くてさ」
「そうでしたのね」
「うん。夏祭りの時は着れなかったから」
花火大会では浴衣を着るって可憐に伝えていたはずだし。
それに夏祭りでは女子三人は浴衣着ていて俺だけただの私服だったためちょっと羨ましくなったのだ。
「いいものがあるといいですね」
「ああ」
「私もこの間とは違う浴衣を着ていきますので楽しみにしていてくださいね」
優しく微笑む可憐を見ているとやっぱり花火大会に行くのをすごく楽しみにしているのが伝わってくる。
その期待に応えたいという自分は確かに存在していてる。
けれど、東山七瀬のことが気がかりではないというのは嘘になる。
「どうかされました?」
だから俺もちゃんと楽しみにしていると自分に言い聞かせて笑った。
「いや、なんでもない。俺も楽しみにしてるよ」
下駄の購入も済んでショッピングモールを出た。
帰り道、二人が別れる場所でお互いに向かい合う。
夕暮れ時の日差しは昼間のものとは違った熱さがあった。
「……あの……」
言い出しづらそうにする可憐に優しい声をかける。
「どうした?」
俺が聞き返すと恥ずかしそうに可憐は小さな声で話し始めた。
「父が……優様と会いたいと言っていて」
「可憐のお父さんが?」
「……ええ。なんでもわたくしの試験勉強を手伝ってくれたお礼がしたいと……」
可憐の勉強を見ることになったのは可憐の父からの頼みだった。
確か中間試験の前に電話がかかってきて赤点を取らないようにすれば報酬を渡すとかなんとか言っていた気がする。
自分で言うのもなんだが、期末試験でも試験勉強を手伝ったおかげで可憐は無事、赤点を取らずに済んでいるのだ。
「わたくしからも、優様に父に会ってほしいのです。その……今後のこともありますし……」
今後のこと。
さすがの俺もその言葉の意味は分かる。
さやかと三人で登校中に話した、結婚に関する話題。俺もまだそれを考えられる歳でもないし、まだ可憐と出会ってからも日が浅い。
そのときは俺も可憐もまだ考えないということで納得していたはず。
「無理にとは言いませんが…… その……すぐにってわけでもないですし」
だが、もじもじしている可憐を見ると行かないとは流石に言えなかった。
「……うん。分かった」
行ったからといってすぐそういう話になるわけでもない。俺は首を縦に振った。
「本当ですか?!」
それを聞いた可憐はまた子供の様な表情で喜んでいた。
それでいて言葉遣いは丁寧で礼儀正しい振舞であるから、無邪気な子供のような表情が俺の心を癒してくれる。
俺は頷いてから「じゃあ」と一言添えて手を挙げた。
「花火大会、よろしくお願いします」
柔らかくお辞儀をする可憐。
「こちらこそ」
俺が答えると同時に可憐がこちらに走ってきたかと思えば、とっさに頬に口づけをされた。
「では!」
そのまま可憐は全速力で走って行ってしまった。
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