第二十六話 さやかの急変
「たくさん取れましたね!! やはりさやかさんは金魚すくいの達人です!」
「そんな、言い過ぎだよ~」
三匹程の金魚をいれたビニール袋を片手に可憐とさやかが戻ってきた。
それを見て俺たちはお互いに目を逸らす。
しかしこわばった表情はそんなに簡単には元には戻らなかったらしい。
「どうしたの? そんな怖い顔して」
「い、いえ。何でもありません」
さやかの質問に東山がすかさず答えた。
「そ、そっか。喧嘩はダメだよ! ゆうくん」
さやかにバチンと背中を叩かれたがそれ以上の追求は無い。
「ああ、悪い」
「ほら、せっかくの夏祭りを楽しみましょう」
おおよそ東山のセリフとは思えないようなセリフが聞こえたと思えば、彼女はそのまま可憐とさやかの手を引っ張って行ってしまった。
はぁ…… どうしたもんかねぇ。
結局、ずっと気になってることも分からずじまいだった。
俺はもやもやした気分のまま三人の後を付いて行くしかなかった。
その後は特に変わったことは無く、俺たち四人はこれまでと同じように屋台を回りながら過ごした。
だがその間、俺と東山の間に会話は無かった。
その後祭り最後の花火を四人で見た。
そのときの俺には子供の頃の記憶の様に空に開く色とりどりの花たちはどことなく視界が曇っていたせいで綺麗には見えなかった。
空を見上げる東山の横顔をちらと盗み見しても、彼女の真意は伝わっては来なかった。
「そろそろ帰ろっか」
時間も時間。花火が終わると縁日の屋台も閉店を始める。
さやかの一言に皆が納得し、今日のイベントは終わりだという空気感が四人を包み込んだ。
周りを見ればちらほらと駅の方に向けて歩き出した人たちが散見しだした。
「そうですわね。東山様はどうされますか?」
「わたくしは一人で帰りますわ」
多分可憐はどうやって帰るのか聞いたと思うのだが、東山はそう答えた。俺たち三人は東山の家だけ把握していない。
「そんな! 危ないよ、一人じゃ」
さやかが言う。
「ああ、さやかの言う通りだな」
「みんなで送るから」
「そうですわね」
さやかの提案に賛成する俺と可憐。
この時間帯に女子高生一人で帰らせるのは確かに危険だ。
控えめに言って彼女は美人だ。どこに変な奴がいるか分からない。
「いえ、付き添いは無用です。人もたくさんいますし」
作ったような笑顔で東山はさやかに答える。
「私たち気にしないから」
しかしさやかも引き下がらない。
「いえ、大丈夫ですから。さやかさんたちが気に病む必要はありませんわ」
一転し、一段階トーンを下げて東山は俺たち全員を咎めるように言い放った。
「…………」
東山の発言にさやかは委縮してしまい、俺に視線をよこしてきた。
「東山、ほんとに一人で大丈夫か?」
「はい、あなたたちの手を煩わせるわけにはいきませんから」
本音を隠したような物言いに俺は不快感を覚える。まただ。
「どうなっても知らないからな」
その不快感から零れてしまった俺の発言を背に、彼女は何も答えずに俺たち三人から遠ざかって行ってしまった。
いつもはきりっとした背筋でかつかつとローファーを鳴らして歩く高貴な印象が、その時の彼女には無かった。
「心配だね」
「ええ…… ですが東山様もずっと私たちと一緒にいるのは疲れたかもしれません」
確かに関係性は良好になったとはいえそこまで時間が経ったわけではない。
俺たちと東山では気を許した仲とは到底言えないのだ。
「そっか」
可憐の言い分にさやかが納得した。
それを機に俺たち三人は歩き始めた。
「東山様……楽しんでくれたでしょうか」
呟くような声で可憐が俺たち二人に語りかけた。
その発言は東山の満足を確認する前向きなニュアンスではなく、心配するようなニュアンスだ。
しかしそれと同時に可憐は東山のことをすでに友達だと認めているような印象を受ける。
可憐は良かれと思って東山のことを夏祭りに誘ったのだから、そういった気がかりもあったのだろう。
帰り際の東山の様子は可憐にそのように思わせてしまっても仕方がないものだった。
それだけでは無く、可憐とさやかの二人が屋台から帰ってきたときのこともある。
可憐が心配するのも無理はない。
「あいつの口から楽しかったなんて多分聞けないだろうけどな」
だから俺はその心配は不要だと言うように苦笑しながら言った。
言外に「彼女は楽しんでいた」という意味も含めて。
東山のあの反応だけはおそらく本心だったのだろうと、思い浮かべる。
「ま、七瀬ちゃん素直じゃないしね」
俺に呼応するかのようにさやかも苦笑した。
「きっと楽しかったって思ってるよ」
さやかは元気づけるように可憐の手を取った。
しかし、頭の中では去り際の東山のセリフが鳴り響いていた。
俺が余計なことを聞かなかったら良かったんだろうか。
そしたらさっきみたく変な感じにならずに済んだのかもしれない。
そんな後悔がじわっと胸の中に広範囲に広がる。
彼女が口をつぐむときの顔と俺に図星を言い当てられた時の顔が交互にちらついた。どちらの時も仏頂面になって機嫌悪そうにするのだが、前者の場合はそのあとに何も話さずに俺から目を逸らすのだ。
またそれと同時に可憐にそんな懸念をさせてしまったことにも申し訳なさを感じる。
心待ちにしていた可憐には手放しで夏祭りを楽しんでもらいたかったという思いがあるからだ。
「ええ。だといいんですけれど」
可憐は浴衣の袖を掴みながらそっと呟いた。
俺たちが行った夏祭りは町内会の規模の小さなものだ。
少し会場から離れるとすっかりその雰囲気は無くなって、いつも通りの街並みが見られた。
しばらく歩くとすぐに可憐の家に到着した。
可憐は家の前まで来るとこちらに振り返った。
「今日はありがとうございました。初めての経験がたくさんできて本当に楽しかったです」
そう言って笑う可憐の表情を見ると俺が先ほど考えていたことも少しは杞憂だと思えた。
「ううん。こちらこそ。可憐ちゃんと遊べて楽しかったよ! 夏休みはまだまだあるしまた遊んでね」
さやかもそれに笑顔で答える。
「もちろんですわ。その時を楽しみに待っています。では優様も」
「ああ、おやすみ。可憐」
「おやすみなさい」
俺とさやかは門の前で手を振って可憐と別れた。
「可憐ちゃん、楽しんでたみたいで安心した」
二人になってからさやかは呟いた。
「さやかがそう言って俺も安心した」
さやかが言うなら先ほどの懸念も無用だ。
でもそれと同時にそういう「安心した」という気持ちも持つ必要が無いくらい、全員が子供の思考回路で「楽しかった」と言えるほうがもっといいだろうなと思った。
「さやかはどうだったんだよ」
「そりゃあ、もう。めっちゃ楽しかったよ」
「本当かよ」
苦笑しながらさやかと一緒に家路を進んだ。
俺とさやかの家は隣同士だから二人で行動するときは帰るまでずっと一緒に行動することになる。子供の頃からそれが普通だ。
しかし最近はそれほど一緒に帰る機会というのは子供の頃に比べてほとんど無くなった。
数分間、お互いに何を話すでもなく無言の時間が続いた。
その時間に東山がさっき俺に話したことを思い出す。
東山が抱えている何かが無くなれば、みんな子供の思考回路を取り戻せるのだろうか。
「七瀬ちゃんと何かあった?」
二人の間の静かさを破ったのはさやかだった。
さすが幼馴染といったところか、さやかはすべてお見通しのようだった。
「……まぁ。……そうだな」
こうなるとさやかはすべて話すまで帰してくれない。俺は事の発端から今の状況まですべて包み隠さず話すことにした。
「この前、東山の許嫁が同じクラスに転校してきたって話しただろ?」
可憐と三人でいるとき確かその話をしたはずだ。さやはか相槌をうって俺に続きを促す。
「東山はなぜかその男のことが嫌いらしくて、俺はその男を東山から遠ざけてくれないかって頼まれたんだよ」
「許嫁なのに嫌いなの?」
「ああ。なんか理由はよく分かんないんだけど、東山はあいつと話をするのすら嫌だってくらい嫌ってるっぽい。だけどその男は東山にアプローチをしに近づいてくるから護衛役をしてくれって」
ほんとに、理由は分からないんだよなぁ。
「で、ゆうくんはそれに協力してるの?」
「学校にいる間は、東山と一緒に行動してその男と東山を接触させないようにしてる」
「ちょ、ちょっと待って。ずっと七瀬ちゃんと一緒にいるってこと?」
「そうだけど」
俺が答えるとさやかの様子が少しおかしくなった。
「それ、可憐ちゃんが見たらどうするの?!! 約束したよね!! 『可憐ちゃんとちゃんと付き合う』って!」
「お、落ち着けって。急にどうしたんだよ!」」
どうやらさやかは怒っているらしかった。
「この前のこと忘れたの? 可憐ちゃん不安にさせたらダメって学んだはずじゃん!」
「さやか。可憐もこのことは知ってる。ちゃんと話したから」
興奮するさやかの肩を押さえて俺はゆっくり言った。
「もちろんさやかとの約束も忘れちゃいない。東山にも可憐を優先するっていうことも伝えてある」
それを聞いたさやかの興奮は少し収まってくれた。
「……それで可憐ちゃん納得したの? だって彼氏が他の女の子とずっと一緒にいるなんて……」
「東山が困ってるみたいだって言ったら納得してくれたよ」
「じゃあ、可憐ちゃんは大丈夫なんだね?」
「ああ、心配にさせるようなことはしてない」
ちゃんとさやかの目を見て伝えると、さやかは無言で歩き出してぼそっと一言。
「………………続き」
それから家の前の公園に移動して二人でベンチに座った。
そしてさやかに、今日東山が俺に話したことを説明した。このことはまだ可憐は知らない。
俺が話し終わると、さやかは俺に確認してきた。
「それで、ゆうくんは可憐ちゃんと花火大会行くんでしょ?」
「可憐と約束したし、そのつもりだ。だけど、東山もほっとけない」
「そんなの……! 彼女を優先して当然でしょ? 七瀬ちゃんにも言ってるんだったらゆうくんがそこまでする必要ないよ」
さやかの言うことは正しい。
俺が東山にそこまでする義理なんか無い。
だけど、心がざわつくのだ。
なぜかあいつを助けてやらないとって。
「あいつが承知の上で俺に話してきたってことは相当切羽詰まってる気がするんだ」
「だけど……!!」
俺を説得するさやかを遮って、俺はベンチから立ち上がった。
「だから、さやかに頼みがある」
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