第二十五話 不安と躊躇い
今、俺が可憐とさやかと、そしておまけに東山まで一緒に地元の夏祭りに来ているのはなぜかというとだ。
今からそれを説明しよう。
東山に神藤からの護衛役を頼まれてから夏休みに入るまで、学校でその役目は続いている。
と言ってもこの前の様に、俺がいないタイミングで東山が神藤に捕まってしまうことはたびたびあった。
そして、そのたびに彼女はあの顔をするのだ。
神藤の方はといえば、東山が予想していた通りわずか数日でクラスの人気者に登りつめ、いまや上級生にもファンがいるくらいだそうだ。甘いマスクは伊達じゃないみたいだ。
聞けば彼の家はメガバンク系の財閥の家系であり、「神藤」の名に逆らうと鶴の一声で退学になるとかならないとかの噂がある。
最も「神藤儀隆」に限ってはそのような横暴な人物ではないという印象があった。
また、東山への神藤の接近を防ぐため、昼休みを俺と可憐と東山の三人で昼食を食べるという何とも不本意な状態で過ごしている。
しかし初めのうちは神藤にすぐに発見されてしまったため、東山の希望で毎日昼食をとる場所を変えている。
三人で昼食をとるのが提案されたのは可憐の好意によるもので、東山は嫌々ながらも最初に決めた条件に従って行動している。
そのおかげか可憐と東山の関係性も少しは良くなっている。
まあ、もともと可憐は他人を蔑んだり馬鹿にしたりするタイプではないから東山の方に改善が見られたということだろう。
恋人とクラスメイトの関係性が良くなるのは俺もやぶさかではない。
その延長線上と言っていいか分からないが、可憐の提案で三人で約束していた夏祭りに東山も同行することになった。
これが今、数か月前には考えられなかった組み合わせで夏祭りを共に行動している理由だ。
可憐の提案を拒否するのではないかと思っていたのだけれど、案外すんなり首を縦に振った東山であった。
それだけ心境の変化があったのだろうか。
彼女たち三人の会話を聞いているとそんな想像がつく。
「って、ねぇ! 聞いているの? 察しが悪いのに加えて耳も遠いのかしら」
とはいえ、チクチクした言葉使いは治らないようだった。
「ああ、悪い悪い。なんだ?」
「飲み物は何がいいか聞いているの」
「え? 東山が買ってきてくれるのか?」
「なぜわたくしがあなたの使いっぱしりをしなければならないのです。立場は逆ですよ」
「はいはい。ケンカしない。私が飲み物買ってくるからついでに聞いたの」
「さやか、悪いな。じゃあラムネ頼むよ」
夏と言えばラムネといっても過言ではないだろう。
夏祭りに行く機会がなくなったと同時にラムネを飲む機会も減っていたので定番とはいえこの感覚は久しぶりだ。
「「ラムネ????」」
しかし、そんな日本の夏の定番の飲み物を知らない女子がここに二人もいた。
「可憐は縁日の屋台初めてだったよな、そういえば。ラムネっていうのは瓶詰めのサイダーのことだよ」
「……そうですのね? なぜサイダーと言わずにラムネと呼ぶのでしょうか?」
「うーん。それは俺も分からねえや。さやかは知ってる?」
「ゆうくんが知らないことを私が知ってるわけないじゃん」
「得意げに言うことじゃねーよ!」
「では、ためしに私も飲んでみることにしますわ。東山様はどうします?」
「わたくしもそれにします」
全員の注文を受けたさやかは東山の手を取った。
「ほーら、七瀬ちゃんも行くよ」
「ええ? わたくしが?!」
そのまま東山はさやかに手を引っ張られて屋台の方へと連れていかれた。
たぶん、さやかが気を使ってくれたんだろう。今日に関しては気にしなくていいのに。
その場に取り残される俺と可憐の二人。
可憐と目が合ってドキッとする。西洋風の服装が多い可憐が浴衣を着ていることのギャップを差し引いても、俺の目の前にいる女の子はこの上なく可愛いのだ。
「みんな居たときは照れくさくて言えなかったけど、浴衣姿似合ってる」
あらわになったうなじから童顔の可憐の大人びた一面が垣間見える。
初めて可憐の家に行ったときにドレス姿を見たときのように俺の心臓はふわっと跳ねていた。
「……ありがとうございます」
言いながらもじもじとして俯いている可憐。
いつもは積極的だけど、今日は少し照れているようだ。
「浴衣、着てみてどうだ?」
花火大会も、縁日の屋台も経験したことのない可憐は浴衣を着るのも初めてなのだ。
「ええ。少し動きにくいですけれど、やはり、日本の伝統という感じがして楽しいです」
「そっか。慣れない服装だろうから何かあったらすぐに言うこと」
「分かりましたわ。優様の言う通りにします」
そう言いながら可憐はほんのり紅潮した顔ではにかんだ。
そんなやり取りもつかの間、すぐに二人は帰ってきた。
「はい、買ってきたよ~」
「さんきゅ」
「ありがとうございます」
それぞれ一本ずつ受け取る。
「これ、どうやって飲むのですか?」
東山が不思議がって尋ねてくる。
じゃあここで俺が、ラムネの開け方を伝授してやろう。いや、そんなたいそうなものでもないけれど。
「まず、先端の包装を取ったら、このキャップがあるだろ?」
実演しながら東山と可憐に手本を見せる。
「このキャップを飲み口に当てて、グッと押す」
シュポッっと音を立てて瓶の中にビー玉が落ちる。
「ほら、やってみな?」
さやかも俺に続いてビー玉を押し込む。
それを見て可憐のビンもシュポッと音を立てる。
しかし、東山はなぜか苦戦しているようだった。
「全然びくともしないのだけれど、これは不良品なのかしら?」
「え? ちょっと貸してみ」
東山からビンを受け取って同じようにグッと押し込む。
あれ? 簡単に開くじゃん。
「………………」
無言で俺からビンを奪い取る東山。
その様子に口を開けて固まってしまうさやかと可憐。
「――飲まないのか?」
「……うん、飲も、飲も!!」
四人が一斉にビンに口をつける。
「……ぷはっー。久々に飲んだけどやっぱうまいな」
「ええ、さわやかでおいしいですわ」
「別に。普通ね」
笑顔で答える可憐と対照的に仏頂面な東山。
「味は普通でも、なんか涼しい感じはするだろ?」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
ラムネのビンを片手に縁日の屋台を見て回る。
射的に金魚すくい、輪投げや、型抜きなんかの屋台もある。
食べ物の方は焼きそばやたこ焼きといった定番どころに加えてベビーカステラや焼きトウモロコシなんかもなんでもござれだ。
「優様、これを一緒にやりませんか?」
腕を引っ張られて連れてこられたのはスマートボールの屋台。
懐かしいなぁ。まだあったんだコレ。
「よし、じゃあ、やろっか」
「はい!!」
筐体右にあるレバーを引っ張ってボールをはじく様子を可憐に見せてプレイの仕方を教える。
「数字の書いてある穴にボールが落ちれば得点だ」
「やってみます」
見様見真似でプレイする可憐。レバーを引っ張ってボールをはじくだけだからそんな気合入れなくてもいいけど。
苦笑しながら可憐のプレイを見守る。
「可憐はゲームとかするのか?」
「テレビゲームなどはたまにやったりしますけど、こういうアナログなものは初めてです」
「テレビゲームはするんだ?」
意外にテレビゲームなんかはするんだなと少し珍しく思う。俺は逆にゲーム機で遊んだ経験は少ない。友達の家でやらせてもらった程度だ。
「ええ。子供の頃から家に同年代の子たちがいなかったので」
「じゃあ今度、そういうのもやってみようよ。今は遊べる人がいるんだし?」
「はい! 楽しみにしています」
結局、景品がもらえるまで点数が伸びずにゲームは終わった。
それでも、可憐は十分に満足したようだった。
さやかたちと合流して、再び屋台を見て回る。
適度に腹ごしらえをしながら四人で遊ぶ。
屋台の食べ物にも案外、素直な感想を見せた東山であった。
俺はこいつに少し偏見を持ち過ぎていたのかもしれない。
すると可憐が声を上げた。
「さやかさん、金魚すくいやりましょ?」
「え? わたしと?!」
「先日、優様がさやかさんは金魚すくいがお上手とお話しされていたではないですか。私に教えていただけませんか?」
「……えぇっと、ゆうくんも一緒に……」
「ほら、行きましょう?!!」
今度は俺ではなくさやかが可憐と一緒に屋台に入っていった。
残される俺と東山。その時の東山の表情は少しだけほっとしたように見えた。
「さやかとも仲良くなったみたいだな」
「彼女が強引なだけです」
「東山が怒ってないってことは、そこそこ楽しんでるんだろ?」
「っ!! 勝手に言ってなさい」
歯切れ悪く言い放った直後に、東山は思い出したかのようにもう一言付け足した。
「あの……来週の九日は空いていますか?」
「は?」
突然の予定確認に動揺する俺。この前にもこんなことあった気がする。
九日といえば可憐と約束している〇川の花火大会の日だ。
「な、なんでそんなこと聞くんだよ?」
「その日、あの男と一緒に過ごさなければならなくなったのです」
「はぁえ? どういうことだよそれ」
あの男というのは神藤のことだろう。俺が先月からこいつに頼まれている件に関してだったから、すかさず聞き返していた。
「先日あの男が家に来てわたくしにデートの申し込みをしてきました。一緒に花火大会に行かないかと」
深刻な顔をする東山。そこまでのあいつのことが嫌いなのかと疑問は増すばかりだ。
「それで、断ったんじゃないのかよ」
「ええ、もちろんそのつもりでしたが父が同席していて。彼は父とは良好な関係なのでその申し入れに父が快諾してしまったのです」
東山の父親が婚約を決めたんだからそりゃ仲は良いわな。
「それでも、行かなければいいじゃないか」
「そういうわけにもいかないのです。父から家令たちにその話がされてしまい、家じゅうそのような雰囲気で浮足立ってしまって……」
「いや、空気読むタイプでもないだろ」
「っ、うるさい! 家じゃ、いろいろあるのよ!!」
外ではわがままお嬢様って感じだけど家ではそうでもないらしい。
俺の東山に対する認識が根底からひっくり返るほどの衝撃の事実だ。
「今日も、彼と出かけると嘘をついて来ていますから」
可憐を優先するという条件を付けたとはいえ、引き受けた以上ないがしろにするわけにはいかない。
「それで? 俺はどうすればいいの」
「これまでと同様です。その日、一緒にいてわたくしを彼から遠ざけてほしいのです」
「それで、解決するのかよ」
「父含め家にいる者たちには彼と一緒にいると思い込ませる必要がありますが、それは大丈夫です。父は野暮なことはするタイプではありませんから」
「神藤の方から報告が行ったらどうするんだよ」
「あの男は父にわたくしと関係が悪いと思われるのは不都合なようですから、それは無いでしょう」
大体話は分かった。しかし……
「そこまでして、あいつと一緒に居たくないのか? 一日ぐらい我慢すればいい話じゃないのか?」
ずっと引っかかっていたこと。以前聞いた理由は確かに論理的で筋が通っているが、それに彼女の本心が現れていないような気がしていたのだ。
野良猫の件もそうだ。俺が核心に迫る質問をすると彼女は必ず口をつぐむのだ。
そして、それに加えて絶対に俺には足を踏み入れさせまいと表面の部分しか説明しない。
「っ、それは……」
東山が俺の問いに答える間もなく、屋台から可憐たちが帰ってきてしまった。
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