第十三話 テスト返し
週明けの月曜日。一時間目は現代文だ。
試験の答案用紙が順番に返却されていく。
と言っても俺の出席番号は一番だから一番初めに返却されるのだが。
この学校では入学試験の結果で出席番号が決まるようで、首席入学を果たした俺は一年一組出席番号一番というわけだ。
自分で言うのもなんだが、先生に返された答案用紙にはもちろん百点と書かれている。
当然のことだ。あれだけ勉強したのだから。
過度なリアクションはせずに受け取った答案用紙を持って自分の席に戻った。
俺の着席とともに一つ後ろの席の生徒が立ち上がった。
俺の隣を歩いて答案用紙を受け取りに行く七瀬の金髪がはらりと揺れる。
背筋を伸ばして胸を張って歩く彼女の立ち振る舞いには家柄通りの高潔さが現れていた。
答案用紙を受け取った彼女の表情は崩れない。
想定内なのかそうじゃないのか満足のいくものなのかそうじゃないのかはその様子からは判断できなかった。
もちろん授業中に私語は厳禁だから、俺も七瀬もお互いに結果を聞くことはしなかった。
一時間目の授業が終わる。
七瀬は俺の机の前に移動して、満足顔で答案用紙を掲げてきた。
「さあ、佐渡さん。わたくしの点数に勝てるかしら?」
その嗜虐的な笑顔を見ると、テスト返却直後の俺の感想は上書きされて彼女が自分の結果に満足していることが分かった。
しかし残念ながらその点数は俺の物に及ぶものではなかった。
用紙右上、「東山七瀬」と名前が書かれた横に九十八点と書かれている。
「俺は百点だ」
言いながら自分の答案用紙を七瀬に差し出す。
「ぬううう! ふん。まだ一科目です。認めましょう。現代文はあなたの勝ちです」
悔しがるようなそぶりを一瞬だけ見せたが、それを隠すように平静な声で負けを認めている。
「ですが! まだまだ勝負は始まったばかりです。次はわたくしが勝ちます」
そう残すと七瀬は俺の目の前から去っていった。
それから金曜日まで答案用紙の返却は続いた。
「九十六点!」
「百点だ」
「九十七点!!」
「百点だ」
「九十九点!!!!」
「百点だ」
七瀬は答案用紙が返却されるたびに俺に答案用紙を見せびらかしてくるが、俺は涼しい表情でそれをぶった切っていく。
主要五教科から副教科に至るまで返却されたすべての科目で俺は一点たりとも落とすことはなかった。
「ぬううううううう!!!! なんで全科目で満点なのよ!!! 意味わかんない!!!」
その結果に涙目で文句を言ってくる七瀬。
また、お嬢様言葉壊れちゃった……
その表情は駄々をこねる幼女の様でほんの少しだけ愛らしく見えてしまう。
けれど、俺のサディスティックな一面は隠れてはくれなかった。
「後がなくなったな」
「つつつつ、次こそは私がぜっっっっったいに勝ちます!!!!!」
次の時間で俺が受けた試験で最後の答案用紙が返されることになる。
最後の科目は物理。
確か俺がぶっ倒れる前日、最後に受けたものだ。
「まあ、せいぜいがんばれよ」
チャイムが鳴って返却が開始される。
例のごとく一番初めに俺のものが返却される。
「あれ?」
ちょっと待て。
俺の名前の隣の点数に注目する。
点数以外のところを探しても間違っているところが無い。
なのに俺の点数は九十九点と表記されている。
焦るな。
採点ミスの類かもしれない。
もう一度答案用紙を隅々までチェックしてみる。
「あったぁぁぁぁ」
ピンとはねられてしまったその問題に先週の俺は「ウ」と答えたようだ。
問題用紙で該当箇所を確認する。
その問題を改めて解いてみると、今日の俺は「ア」を選んだ。
もう一度答案用紙に目を移すとまぎれもなく、俺の筆跡で「ウ」と書かれいた。
「マジか……」
俺は最後に受けたこの物理で一問だけ落としてしまったのだ。
もう一度その問題を解いてみても「ア」が正解だった。
その結果に俺は落胆するというよりかは驚愕していた。
教科書の一言一句、問題集の問題隅から隅までを完璧に仕上げ、何度も反復を繰り返した。
だが、その一問だけ俺は間違ってしまったのだ。
なにより今できるはずの問題をなぜ先週出来なかったのか謎だった。
その時間が終わると、恒例行事かの様に七瀬は俺の机の前に立った。
「さあ、最後の勝負よ」
「ああ…… 最後は同時に出そうか」
これまで七瀬は九十点台後半を常にマークしていたが百点は取っていない。
「分かったわ」
「「せーのっ」」
「九十九点!」「九十九点だ」
俺と七瀬の声が重なると二人の間にはしばしの間が生まれた。
「同じ点数……」
七瀬は呟くと不思議そうな顔をした。
「一つだけミスったみたいだ」
俺が素直に白状するとますます七瀬は疑念の目を強める。
「そ、そうですか…… あなたにしては珍しいですわね」
「そうか? 俺だって人間なんだからミスることくらいあるだろ」
俺の口から出た言葉に嘘はない。
だけど未だに先ほどのミスには納得いっていない。
次からは絶対にこのようなミスはしない。
俺はそう心に決めて自分の答案用紙をしまった。
とはいえ七瀬との勝負は俺の勝ちだ。
七瀬には一科目でも点数を上回れば彼女の勝ちと言ったはず。
だから同点の場合だとそれには含まれない。
「今回の勝負、俺の勝ちってことでいいか?」
「……まだです」
「え?」
「まだ、勝負は決まっていません!!」
「なんでだよ。もう全部の答案用紙が返ってきただろ」
俺が受けられなかった科目も含めて試験後の初回の授業で答案用紙が返却されたはずだ。
「確かに、すべての答案用紙が返ってきましたが、あなたが受けていない試験があります」
「だから、その試験を除いて勝負するんじゃなかったのか?」
七瀬は俺の質問には答えずに脈絡もなくこんなことを聞いてくる。
「佐渡さん、もう体調は万全なのですか?」
「はぁ? なんだよいきなり?」
「体調は万全なのか聞いているのです! 早く答えなさい!」
「え、まあ。あの件ならもうすっかり大丈夫だけど」
質問の意図が分からなかったが、おそらく俺が倒れたことについて聞いているのだろう。
そうだとしたらそれに関してはもう大丈夫だ。
「でしたら、明日のご予定は?」
「だから、なんだよいきなり?!」
「明日のご予定を聞いているんです!」
先ほどより口調が強くなって、ばんと音を立てて机の上に右手を乗せる七瀬。
それと同時に顔を近づけられて回答を強要される。
「え、いや。特には無いけど」
その苛烈さに気後れして、なんかそう言わないといけない気がした。
まあ、実際予定は無かったのだけど。
「では、明日の朝十時に正門前に」
日時と場所だけを残して七瀬は教室を去っていった。
「何なんだよいったい……」
教室内にはその日時と場所の宣言が響いていたようでクラス全員の視線が俺に集まってしまう。
その視線にいたたまれなくなって俺もすぐに教室を出た。
帰っている途中で七瀬の最後の宣言について考察してみることにした。
日時と場所を言ったってことはおそらく俺にその時間にその場所に来るように命令したということだろう。それは分かる。
だが、何のために?
その理由が分からない。
それを考えるためにその宣言をされるまでどのような会話をしていたか思い出してみる。
確か試験の点数勝負の話をしていたはずだ。
そしたらいきなり体調のことを尋ねられた。
それに答えると土曜日の予定を聞かれた。
彼女は俺に予定が無いと分かると待ち合わせの宣言をした。
会話の因果関係が全くない。
もはや待ち合わせなのかも怪しい。なんか怖くなってきた。
問題は俺がそこに行くべきか否かだ。
大して仲良くもないただのクラスメイトが待ち合わせの宣言をしてきたのだ。
行くも地獄、行かぬも地獄。
俺はこういう時、こう決めている。
やらない後悔よりやる後悔。
だから、まあクラスメイトの言うことくらい聞いてやらないこともない。
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