第十二話 幼馴染の馴染みのない顔
「七瀬?!!!」
もじもじしていていつもの七瀬らしくない様子だ。
「……」
「知り合い?」
隣に並んでいた母さんが聞いてきたので頷く。
「あんた、以外にモテるわね」
「いいから!」
「じゃ、母さんあっちの方で時間つぶしてるから終わったら言って」
そう残すと母さんは向かいの喫茶店に向かっていった。
「どうしたんだよこんなところで」
「べ、別に。友人のお見舞いです」
俺が聞くと七瀬は腕を組んで俺の顔から目をそらす。
「でも、入り口で待ってただろ」
「なっ! そ、それはわたくしの勝手です」
「またそれかよ……」
俺が呆れていると、突然七瀬は制服のネクタイを掴んできた。
「あなた、体調の方は大丈夫でしたの?」
そして先ほどとは対照的に、しっかりと俺の目を見つめてくる。
「お、おう。先生が言うには風邪と疲れだから、今週末しっかり休めば週明けから学校にも通えるって」
「そ、そうですのね。安心しました」
いきなりネクタイから手を離されて再び目をそらされる。
「俺のこと心配してたのか?」
「はぁ! なんでわたくしがあなたのことなど心配しなければならないのですか? そもそもわたくしはあなたのことは『嫌い』と言ったはずです。思い上がりも程々にしなさい」
再び俺の方に向き直りマシンガンのごとく言葉を浴びせられる。
いや、安心したって言ったから軽く聞いただけなのになんでそこまで言われなきゃならないんだよ……
という反論はぐっと心の中に押しとどめた。
こいつには言わなければならないことがある。
「七瀬」
居ずまいを正して彼女の名前を呼ぶ。
その声に反応した彼女は不審な目線をよこしてくるがそれも気にしない。
「今朝俺を助けてくれたのは七瀬だって聞いたから。礼を言う。助かった」
俺は彼女に向かって深く頭を下げて感謝の意を示す。
「当然のことをしただけです。目の前で突然人が倒れたらあなただって同じことをするでしょう?」
「まあ、そうだけど。実際に七瀬のおかげで助かったんだし。感謝してる」
「あ、あなたがわたくしに感謝しようがしまいがそれはどうでもいいですわ」
腕を組みながら偉そうに宣言する。
素直じゃないやつというかなんというか。
いや、もしかしたら本当にそう思ってるのかもしれない。
「じゃあ、言ったからな!」
そう念押ししてその場から去ろうとする。
しかし、ブレザーの裾に引っかかりを覚えた。
「ちょ、待ちなさいよ」
「なんだ? 何か用があるのか?」
振り返って尋ねる。
さっき友人のお見舞いとか言ってたな。
俺を引き留める理由なんてないはずだけど。
「例の勝負の件です」
その一言に俺の意識は七瀬の方に戻った。
その勝負の件なら俺の負けだと素直に認めるしかない。
体調管理を怠った俺の不戦敗であると。
「その件なら――」
言いかけるが七瀬の言葉が重なる。
「勝った方が負けた方になんでも命令できる、そういうルールでしたわね」
「ああ、そういう約束だったはずだけど」
今回の中間試験の点数で高かった方が勝ちのいたってシンプルな勝負。
ただし七瀬へのハンデとしてどれでもいいので一科目でも俺の点数を上回れば彼女の勝ちでいいという特別ルールを設けた。
「あなた、今日の分の試験を受けていないですのよね?」
「え? ああそうだけど」
目覚めたときにはすでに試験が終了している時間だったのだ。
「わたくしは、しっかり今日、数学Ⅰ、化学、日本史の試験を受けました。出来には自信があります」
そうだった。今日、俺が受けるはずだった試験三科目。
昨日寝る前に必死で勉強した分がパーになってしまった。
「これでは正しい勝敗の判断ができません」
「え?」
七瀬は俺の頭には無かったことを言い出した。
てっきり「不戦勝でわたくしの勝ちです」とドヤ顔をしてくるのだと思って覚悟していたが、彼女はぶっきらぼうに呟く。
「おそらく、来週の一週間で今回の試験の答案用紙が返却されると思います」
確かに試験の答案用紙が大体翌週に帰ってくるというのは中学でもそうだった。金持ち学園でもそれに関しては同じということだろうか。
「とりあえずは、あなたが受けられなかった三科目を除いて、それで勝負をしましょう」
「……それでもいいけど、それでいいのか?」
「どういう意味ですか?」
「この前、俺に勝つためなら手段を選んでいられないとか言ってたから。てっきり不戦勝でわたくしの勝ちとか言い出すと思って」
それを聞いた七瀬は俺の予想に反してこんなことを言ってくる。
「そんなことでわたくしが納得すると思っているのですか?!」
「え」
「不戦勝で勝負に勝ってもわたくしのプライドは元に戻りません。潰すときは徹底的に潰す。それが東山家のやり方です」
いや、相当有利なハンデをもらっておいてプライドもくそもないと思うが、決められたルールの中で勝ってこそ意味のあるものだという主張であることはなんとなく想像できる。
「ですから! あなたには死んでもわたくしと勝負してもらいます!」
「そ、そこまで言うなら分かった。七瀬の言う通りでいい」
「では、そういうことで。ごきげんよう。来週が楽しみですわね」
俺が合意すると、用は済んだようで嗜虐的な笑みをたたえながら帰っていった。
あれ? 友人のお見舞いじゃなかったのか?
不思議に思ったが、俺も向かいの喫茶店に母さんを呼びに行った。
土日は医者の先生に言われた通り自宅で安静にすることにした。
母さんはやはり仕事の方が忙しいようでかろうじて土曜日だけ休みがとれたそうだが日曜日は普段の様に休日出勤するようだ。
母さんに体調崩されたらたまったもんじゃないな……
これからはせめて俺のことで心配をかけないようにしよう。
土曜の夜、母さんに言われてできるだけ早く眠りについた。
それにもかかわらず目を覚ますとすでに時刻は十一時を回っていた。
やはり自覚が無かっただけで体は疲れていたようだ。
「もうこんな時間か」
寝室から出てきて居間のテーブルを確認するといつも置いてあるはずの作り置きの昼食が無かった。
朝食は自分で用意することになっているが、夕食と休日の昼はいつも母さんが作り置きしてくれている。
「まいったなぁ」
時間が無くて作れなかったんだろうか。
十時間以上寝ていたこともあり俺のお腹はペコペコだった。
するとインターホンが鳴った。
急いでそれに対応すると、モニターに映っていたのはさやかだった。
「今開ける」
玄関まで行って扉を開ける。
「ゆうくん。おはよ」
「もう、お昼だけどな。どうしたんだ急に」
「ゆうくんママから連絡貰って」
「なんて?」
俺が聞くとさやかは遠足にでも行くかのようににこにこと答えてくれる。
「今日の昼ごはん用意できなかったから、何か作ってあげてって」
「そっか、悪いな。わざわざ」
「いいよ、隣なんだし」
俺はさやかを中へと招き入れる。
「わ~。ひさしぶり。ゆうくんの家」
「そうだな」
中学の頃はよくお互いの家を行き来していたけれど受験期になってからはそのようなことは無くなった。
「ゆうくん、なんか食べたいものある? まあ冷蔵庫の中身次第だけど」
さやか曰く、家の中にあるものなら何でも料理に使っていいと母さんから伝えられているようだ。
「まあ、なんでもいいけど腹減った」
「分かった。すぐ作るから待ってて」
「うん」
さやかはさっそくエプロンをつけると台所に食材を確認しに行った。
中学の夏休みとかはよくさやかの家でご飯を食べさせてもらっていた記憶がある。
さやかはよく彼女のお母さんの料理の手伝いをしていたが、さやかのワンマンの手料理というのは食べたことが無かった。
どういう料理を作るのだろうか少し楽しみだ。
さやかが料理している間、顔を洗って歯を磨いた。部屋着のままだけどさやかなら気にしないだろう。
それらが済んでテレビをつけてしばらく待っていると台所の方からいい匂いが漂ってくる。
これは結構期待できそうだ。
もうしばらく待つとさやかが声をかけてくれた。
「できたよ~」
満を持してテーブルの方に向かうとどんぶりの料理に湯気が立っている。
「さやかちゃん特製の中華丼だよ!」
「中華丼か」
母さんのレパートリー的にあまり食べたことが無いものだった。
向かい合って席に着く。
「大盛りにしといたから!」
「そか。ありがと」
とろとろのあんかけが輝いていてうまそうだ。
「じゃあ、いただきます」
一口すくって口に突っ込む。
「あつっ!!」
「ああ! ちゃんと冷まして食べて。できたてだから」
それは、もうちょっと早く言ってほしかったぜ。
口の中で冷まして、咀嚼した後飲み込む。これは……
「うめえ!!」
「……よかったぁ」
さやかは胸をなでおろすようにほっとしていた。
「さやか、いつの間にこんな料理できるようになってたんだよ!」
「中華丼くらい簡単だよ?」
そう言うとさやかは自分の分を食べ始めた。
レンゲにすくってふーふーと冷ましてから口に運んでいる。
「いや、このとろみ加減とかちょうどいいよ!」
確かにあまり手の込んだ料理という感じはしなかったがさやかが作ってくれた中華丼は本当においしくて口に持っていく手がどんどん早くなる。
いつも作り置きの料理をチンして食べていた反動なのか、できたてアツアツの料理に感動していた。
「他に得意料理とかあるのか?」
「特には無いけど最近はお母さんの代わりに私が作ることの方が多いかな」
「どおりで慣れた手つきだと思った」
「はは、照れるから褒めないでよ」
食事が終わるとさやかは食器すらも洗おうとする。
「いいよ、それくらいやるから」
「ゆうくんは安静って言われてるんでしょ? だから休んでて」
強く言われて言い返せなくなる。
「お、おう」
食器洗いが終わるとさやかはそそくさと帰る支度をしだす。
「じゃ、もう私帰るね」
「え、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
なぜか急いで俺の家から出ようとしている。
「いや、うん…… そうだけど。可憐ちゃんに悪いから」
「そ、そうか……」
さやかの言いずらそうな表情を見てしまって申し訳なくなる。
「なんか、ごめん」
「ううん。大丈夫だから。じゃ、また明日の朝ね」
さやかが飛び出していくと、ばたんと音を立てて玄関の扉は閉まった。
扉の前に立ち尽くして先ほどのさやかの表情を思い出す。
あんな顔、見たことなかった。
さやからしくない作ったような笑顔。
このままずっとさやかに気を遣わせるのは、嫌だ。
今日も読んでくださりありがとうございました。
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