第十一話 勉強って結構体力使うみたい
五日間にわたる中間テスト最終日。
朝起きると喉に痛みを感じた。体温を測ると微熱だった。
「最近夜更かししてたからな」
軽い風邪だろう。
そう判断し、いつも通り制服に着替えて支度をした。
体調万全というわけではないが、全く動けないというほどのだるさでもなかった。
毎朝母さんは俺が起きるより早く仕事に出かけるので起きて一人なのは俺にとって当たり前だ。
俺よりも早く起きて俺が寝た後に帰ってきている母さんに比べればどうってことない。
昨日までの試験はすべての科目で手ごたえがあった。おそらく一点も落としていないだろう。
このままいけば七瀬との勝負にも勝てるはずだ。
懸念すべきは可憐とさやかだ。
一週間みっちり俺がついていたからさやかの方はまだ大丈夫だろうとは思うけど、可憐はどうだろうか。
試験が終わってもにこにことした顔に変化が無かった。かといって喜ぶような素振りは見られなかったから可憐の出来の判断ができないでいた。
「ま、結果待ちだな」
食欲が無かったので一杯水だけ飲んで家を出た。
唾を飲み込むたびにつんとするのどの痛みに耐えて学校へ向かう。
もうすでに五月の中盤というのに通学中はずっと肌寒かった。
ママチャリを停めようとすると高圧的な声が聞こえた。この体調で聞きたくない声だ。
「あら、佐渡さん。ごきげんよう。調子はどう?」
振り向くと七瀬が背筋を伸ばして立っていた。
「なんでこんなとこに居るんだよ」
俺がいつもママチャリを停めている旧校舎裏のこのスペースはこの学校の生徒に自転車通学の生徒が俺だけである事を受けてあてがわれた実質専用の駐輪場だ。
普通に正門から校舎に向かうのならこの場所は通らないはずだ。
「わ、わたくしがどこに居ようとわたくしの勝手でしょう。それはそうと、試験の出来はどうなのかしら?」
こいつの高く芯がある声が脳を突き刺してきてずんずんと頭の痛みが増してきた。
「ああ、ちょっと今俺調子悪いからその話は試験の後にしよう」
七瀬のナルシスズムに満ち溢れた顔がどんどん俺の体調を悪くしていく。
「もしかして出来が悪いからわたくしに知られたくないんじゃないですか? あれだけ自信満々に宣言しておいてみっともないですわね。降参して土下座するなら今のうちですのよ? ちょうど周りには人もいませんしね」
こいつわざわざそんなことを言うために俺を待ち伏せしてたのか……?
「ああ、もう分かったから……」
「後で泣き言を言うことになっても知りませんわよ。ってねえ? 聞いていますの?」
俺は自転車の鍵を閉めようとして、それを地面に落としてしまう。
「聞いてるか――」
それを拾おうとしたその時、視界がふわっと浮いて全身から力が抜ける。
目の前が真っ白になってさっきまで聞こえていた七瀬の声がどんどん消えていく。
力が抜けてから意識がなくなるまでは数秒もなかった。
目が覚めると見覚えのない天井が見えた。
「ここは……」
「病室ですわ」
声のする方を向いてみると穏やかな笑みをたたえた可憐が座っていた。それこそ白衣の天使みたいな笑顔。
「今何時だ?」
「十三時ごろでしょうか」
「十三時?!!」
ベッドから飛び起きる。
「試験はとっくのとうに終わっていますわ」
「そうか……」
「優様が試験を受けられなかったのは気の毒ですが、元気そうで何よりです」
「可憐は試験どうだったんだ?」
「優様に教えていただいたところはばっちりです!」
少し得意げになって答える可憐の声は俺の懸念を安心させてくれた。
「それは良かったよ」
「良くはないですのよ。試験が終わった後、優様が倒れたと聞いて私、心配で心配で……」
「俺、倒れたのか?」
「ええ。今朝、自転車を停めようとして突然倒れたと……」
「可憐が助けてくれたのか?」
「いえ、東山様が先生方に知らせてくれて救急車で運ばれたようです」
確か、今朝は七瀬と話していて……
チャリキーを落としたあたりから記憶が無かった。
「あいつが……」
七瀬が俺を助けてくれたのか……
「お医者様の先生によると風邪と疲れが原因だとおっしゃっていました」
「風邪と疲れ、か」
「優様、何か無理をなされていたのではありませんか?」
自分としては無理をしていたという感覚は無かった。
いつもより少し夜更かしをして勉強をしていただけ。
洗濯物や風呂掃除なんかのちょっとした家事はいつものことだからなぁ……
部活を引退してから一度も体を動かしていなかったから体力が落ちているのだろうか。
それにしてもこれくらいで倒れてしまう自分のひ弱さを残念に思った。
「無理をしていたわけじゃないんだけどな」
「私の試験勉強を見ていたせいで優様がこのようなことになってしまったのなら私はどうお詫びしたらよいか……」
「可憐のせいじゃないよ。可憐の勉強見るの俺も楽しかったから。俺がやったこと。だから、可憐やさやかのせいじゃない」
可憐やさやかと一緒に放課後過ごせたのは間違いなく俺にとっては楽しい時間だったとそう言える。
「優様がそうおっしゃるなら深くは追及しませんが、とにかくしばらくは安静にしていてください」
「うん。そうするよ」
ここで意地張っても仕方ないし可憐に言われたとおりにすることにした。
七瀬との対決は俺の負けかもしれないけど、仕方ない。体調管理を怠った俺の敗北だ。
母さんも体調管理もテスト勉強の内と言っていた。
それに、二人の勉強を見ることで自分の勉強とのバランスを取れなかったということだとしてもそのコントロールができなかった俺の力量不足が招いたことだろう。
どちらにせよ自業自得ということだ。
しばらくすると母さんがすごい勢いで病室に入ってきた。
「優!」
「母さん、慌てすぎ」
俺が言うと母さんの興奮はだいぶ収まったようだ。
「あんた倒れたってホントなの?」
「それより仕事は?」
「息子が倒れたのに仕事なんてやってる場合じゃないでしょ」
「はは。確かに……」
「その様子じゃ大丈夫そうね」
一通り会話すると母さんは可憐の存在に気付いたようだ。
「……とこちらの方は?」
「申し遅れました。私、花澤可憐と申します。優様の同級生で、今お付き合いさせていただいております」
「可憐!」
なんで弱ってるときにこんなに恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだよ……
「あら、優も隅に置けないわね。こんな美人さんの子」
からかうような笑みで母さんは小突いてくる。
「優の母の佐渡美里と言います。こんな息子ですがよろしくお願いしますね」
母さんが可憐にお辞儀をする。
もう、病室の外に出たい。
「いえ、こちらこそ。優様にはいつもお世話になっていますの」
「こんな行儀のいい子滅多にいないわよ。優」
「もう分かったから! 母さんはなんか飲み物買ってきて」
「恋人との時間をつぶして悪かったわね」
そう言って母さんは病室を出て行った。最後の一言が余計なんだよ……
「ふふふ。優様のお母様、面白い方ですね」
「面白くねーよ……」
そのあとは夕方まで三人で学校の話とか可憐の家の話をした。
母さんとこのようにゆっくり話したのは久々だった。
日が傾いてきて十六時を回った頃だろうか、病室にさやかが走って入ってきた。
「ゆうくん!! 生きてる!?」
「大丈夫だから落ち着け」
「あら、さやかちゃん久しぶりね。ありがとうね。来てくれて」
「ゆうくんママお久しぶりです!」
「じゃあ、退院の手続きしてくるから」
そう言って母さんはさやかと入れ替わるように病室を出て行った。
さっき先生が来たときに、今日のうちに退院できると話していたので予定通りいったみたいだ。
「さやかはテストどうだった?」
「可憐ちゃんはどうだった?」
「私ですか?」
「おい、話逸らすな」
「だってぇー! 難しかったんだもんん゛!!」
はあ…… 中学の時からさやかはこうだ。せっかく教えたのに俺の期待を裏切ってくるのだ。まあでもいつものことだから慣れている。
「ったく…… 可憐は結構できたみたいだぞ」
「もう~ 許してよ~!!」
聞けば可憐から大事ではないという連絡を送ってくれていたみたいで、さやかは学校が終わってから来たようだ。
まあでもお見舞いに来てくれているからそれはチャラにしておこう。
退院の手続きを終えた母さんが病室に戻ってきたところで可憐とさやかには先に帰ってもらった。
二人には心配をかけたからまた改めて謝ろうと思った。
七瀬にも助けてもらったお礼をしなければならない。気に食わないやつだけど礼儀は礼儀だ。
あ、でもあいつの電話番号知らないな……
そんなことを考えながら病院を出た。
そのタイミングで俺の目に飛び込んできたのは今考えていた七瀬の姿だった。
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昨日、短編の方を投稿しましたのでそちらの方もぜひよろしくお願いします。




