第3話:無許可侵入の元Aランクを100円グッズで分からせる
翌日。アビス・ポート第5層。
暗く濡れた岩肌と無数の落石が続く浅層ダンジョンを、異様な三人組が歩いていた。
重装甲の鎧を着込むわけでもなく、高価な魔導具を携えるわけでもない。
蓮は100円ショップで買った黄色いポリエステル製のレインコートを羽織り、マルカは自身が改造した巨大なスチームドリルを担ぎ、エレナはスーツ姿のままテキパキとタブレットを操作している。
「……蓮、正面から怪しい反応あり」
エレナが立ち止まり、眼鏡の奥の目を険しくした。
「ギルドの捜索網をかいくぐって無許可で潜入している連中ね。前にあなたを見捨ててギルドを永久追放された、元Aランクパーティー『銀翼のライオン』の残党たち」
「あいつら……まだ懲りずにこんなところにいるんですの?」
マルカがドリルを構え直しながら不快そうに顔をしかめる。
「ええ。追放されて落ちぶれた彼らは、メガ・アビス社に拾われて裏の密漁・無許可開拓部隊として再起を図っているみたいなの。今回も成果を上げてギルドへ返り咲こうと、禁止されている浅層の強行突破を行っている最中ってとこかな」
「なるほど……裏で手を組んでいたわけか」
蓮たちが納得したその時だった。
「おいおいおい! 見ろよあれ! 噂の『追い出された社畜』と『落ちこぼれドワーフ』じゃねぇか!」
案の定正面の岩かげから、豪奢な銀の魔導甲冑を着込んだ一団がぬっと現れた。
メガ・アビス社から買い与えられた最新装備に身を包んだ、『銀翼のライオン』の面々だ。
かつて蓮を海底で置き去りにした元リーダー——ネッツァ・チャド・ネビュラが、蓮の着ている黄色いレインコートを指さして腹を抱えて爆笑する。
「ギャハハハ! なんだその黄色いカッパは! 園児の遠足かよ!? ここは水圧と凶暴な深海魚人が蠢く危険地帯だぞ! そんなゴミを着て歩いてたら、一瞬で魚人の餌だ!」
「これ、風を通さなくて結構温かいんだけどなあ」
蓮が至って真面目に答えると、ネッツァは蔑むように唾を吐き捨てた。
「フン! 負け犬どもが強がりを! 俺たちはメガ・アビス社から支給された最新鋭の『耐圧防壁バリア』を展開して攻略中なんだよ! 無能は大人しく浅層でゴミ拾いでもして——」
ルンッ……グルゥゥゥアアアアッ!!
その時、周囲の暗い岩壁の無数の穴から、血のように紅い眼光が浮かんでは消えた。
湿り気のある不気味な水音とともに這い出してきたのは、深海魚人の大群だ。その数、ゆうに3,000匹を超えている。
「ヒッ……!? な、なんだこの数は!? 密漁の音に反応して集まってきやがったのか!?」
ネッツァが引きつった顔で叫ぶ。
「動け! 撃て! バリアを最大出力にしろ!!」
元Aランクの威厳もなく慌てふためいた部隊が、急いで数千万円クラスの魔導装置を起動し、青い光のバリアを展開した。しかし——
バリィィィィンッ!!
「ぎゃああああっ!? 水圧と魚人の爪で、高価なバリアが……一瞬で粉々にーーーっ!?」
メガ・アビス社が誇る最新鋭バリアは、まるで薄い氷のように一瞬で引き裂かれた。
「なっ……バカな!? 数千万円の耐圧防壁だぞ!?」
兵士たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、銀色の甲冑を投げ打って蜘蛛の子を散らすように散っていく。
大群を成した魚人たちは、バリアを破るとすぐさま次のターゲット——逃げもせず無防備に立ち尽くす蓮たちへと、牙を剥き出して一斉に襲いかかった!
「ハハハ! 死ね! カッパを着たバカどもが——」
いち早く物陰へ逃げ出したネッツァが自分たちの失敗を棚に上げ、悪惨な結末を期待して歪んだ笑みを浮かべた。
「蓮様!」
「蓮、構えなさい!」
マルカとエレナが緊張に体を硬くする。だが蓮は慌てる様子もなく、作業着のポケットからいつもの『業務用ラップ』を取り出した。
「大丈夫! カッパの上から、これを巻いておいたから」
【固有スキル:刺身にたんぽぽを乗せる】
※対象:100均レインコート(完成品) + 添え物:業務用ラップ
【付与効果:秘技・真空防護衣(絶対衝撃吸収 + 万有水圧・熱量完全反射の膜)】
蓮の着ている黄色いポリエステルカッパの表面に、薄く透き通る極彩色の『膜』がフワリと張り巡らされる。
そして次の瞬間——ドギャァァァンッ!!
先頭の魚人たちが鋭い爪と銛を全力で振り下ろし、蓮の胸元へと突き立てた。
しかし。
カンッ……キンッ!
弾けたのは、魚人たちの爪と金属の銛の方だった。
100円のカッパに触れた瞬間、あらゆる威力が物理法則を無視して『ゼロ』に相殺され、衝撃波すら残らず弾き返されたのだ。
「ギギャ……!?」
「グギャアアッ!?」
何が起きたのか理解できない魚人たちが、次々と蓮へと飛びかかっていく。だが、爪を立てようが、高圧の水流ブレスを吐き出そうが、黄色いカッパに包まれた蓮には傷一つつかない。それどころか、反動で魚人たちの爪がボキボキと折れ、自分たちの放ったブレスで跳ね返されて自滅していく。
「本当に風も通さないし、衝撃も全然来ないんだ。すごく快適だよ」
蓮が黄色いカッパの袖を確かめるようにパパッと払うと、その余波だけで周囲の魚人たちが風圧で吹っ飛んでいく。
「「「そんなわけあるかぁぁぁぁぁっ!!!」」」
陰で隠れて見ていたネッツァたち残党から、魂のツッコミが響き渡った。
「な……なんだあれはぁぁぁっ!? 数千万円の耐圧バリアを一瞬で砕く魚人の群れが……100円のカッパとラップ一枚で無効化されてるだと!?」
「バカな……バカなバカな!! あんな黄色いゴミで深海の暴走を防げるわけがねぇぇぇっ!!」
「マルカ、エレナ、反撃しよう。光の準備を」
「は、はいですわ! 蓮様!」
「え、ええ……! 正直もうツッコむのも疲れたわ……!」
蓮がポケットから昨日の『100均極光懐中電灯』を取り出し、スイッチを入れる。
カチッ。
瞬時——!!
ドゴォォォォォンッ!!!!
100円の懐中電灯から放たれたのは、暗闇のダンジョン全体を真白に染め上げる【太陽光級の絶対極光】だった。
「「「ギギャアアアアアアアアッ!??!」」」
光を嫌う3,000匹の深海魚人たちは、太陽の直射を浴びたかのように一瞬で目が眩み、その場に転がって悶絶し始めた。命に別状はないものの、極光の熱で完膚なきまでに戦意を喪失し、悲鳴を上げながらダンジョンの奥深くへと一斉に逃走していく。
ほんの数十秒前まで絶望の戦場だった浅層ダンジョンに、静寂が戻った。
「ふぅ……何とか追い払えましたね」
懐中電灯のスイッチを切り、蓮がほっと息を吐く。
「……す、すごいですわ蓮様! 3,000匹の魚人をたった二人(と100均グッズ)で一掃してしまうなんて……!」
「凄まじい手際ね……。これなら11層の常夜の森林も、ただの散歩コースになりそう」
圧倒的な光景に呆然としていたエレナとマルカだったが、すぐに気を取り直して不敵に笑い合った。
「ヒッ……ヒエッ……! な、なんだあいつらは……化物か……!?」
魚人の逃げ去った後で腰を抜かしていたのは、ネッツァをはじめとする『銀翼のライオン』の残党たちだった。最新装備はズタズタ、バリアは粉々で、完全に戦意を喪失している。
蓮はてくてくと歩み寄ると、腰を抜かしてガタガタ震えるネッツァの前にかがみ込んだ。
「ネッツァさんさ、無許可で潜るのは危険だから。 ちゃんとギルドの手続きを踏まないと」
「ひぃっ……! す、すみませんでしたぁぁぁっ! 殺さないでくれ! 悪かった! 俺が間違ってた! 許してくれぇぇぇっ!」
プライドも何もかも投げ捨てて地べたに頭をこすりつけるネッツァ。
蓮は首をかしげ、胸ポケットに手を入れる。
「殺すなんてそんな。……ただ、密漁と無許可侵入は犯罪だから」
そう言って蓮が取り出したのは、これまた100均で買った文房具の『ビニールテープ』だった。
【固有スキル:刺身にたんぽぽを乗せる】
※対象:100均ビニールテープ(完成品) + 添え物:業務用ラップ
【付与効果:秘技・拘束真空パッキング(絶対解脱不可能の封印)】
ペタッとネッツァたちの手にテープを巻きつけると、まるで空間ごと固定されたかのように、彼らの身体がピタリと動かなくなった。傷一つ負わせていないが、指先一つ動かすことすら不可能な完全拘束状態だ。
「なっ……身体が動かねぇ!? なんだこのテープはぁぁぁっ!?」
「よし、全員動けなくなったね。エレナ、ギルドの保安部へ連絡願います」
「ええ、任せて。無許可侵入の証拠写真と一緒に、ギルドと警察へ通報しておいたから。密漁と不法侵入の罪で、彼らは二度と表舞台に出てこられないでしょ」
エレナが手元のタブレットを操作しながら冷酷に言い放つ。
「そんな……俺の再起が……俺のAランク復帰の夢がぁぁぁぁっ!!」
絶望の悲鳴を上げるネッツァたちをその場に残し、蓮たちは清々しい顔で歩き出した。
「さて、邪魔者も片付いたことだし、本番の11層『常夜の森林』へ向かいましょうか!」
「そうだねエレナ、ライトにドリル……そして二人がいる! 百人力だ!」
「ふふっ、不遇の三銃士、いよいよ快進撃の始まりですわね!」
こうして、元Aランクの卑劣な妨害を100円グッズとラップで呆気なく粉砕した『不遇の三銃士』は、さらなる深層を目指して足を進めるのだった——。




