第4話:地底の理不尽は100円磁石で叩き潰す
アビス・ポートの最下層——陽の光すら届かない湿った最下層エリア『ジャンク整備区』。
地上の巨大企業やギルドから棄てられた大量の産業廃棄物と、そこで這いつくばって生きる下請け労働者たちの吹き溜まりだ。
生身で水深1万メートルの深海から生還した佐藤 蓮は、あまりの有名税と周囲の狂熱から逃れるように、この最下層をぶらついていた。
「はぁ……どこに行っても、みんな怪物を見るような目で僕を見るんだよな……」
黄色い100円カッパを綺麗に折りたたみ、作業着のポケットに突っ込みながら蓮は小さく呟く。
彼が求めているのは名声でも大金でもない。自分の技術と固有技能【刺身にたんぽぽを乗せる】を、ありのまま正当に理解し合える静かな場所だった。
だがその静寂は、下層のトタン屋根を激しく揺らす怒声によって破られた。
「おい! 納期は今日だと言ったはずだぞ、ちびっ子ドワーフ!」
ネズミの集会所のような古い工房の前で、身なりの良いスーツを着た肥満体の男——メガ・アビス社の現場役人・萱場が、銃を構えた取り巻きの兵士を引き連れて怒鳴り散らしていた。
「ひっ……! お、待ちになってくださいませ、萱場様! 今日までに深層の最硬岩盤を撃ち抜く大型ドリルを納品するなど、物理的に不可能ですの! 地上から送られてくる魔導石は不純物だらけの粗悪品ばかりで、出力が0.01%も出ませんわ……!」
そう叫んで萱場の足元にしがみついたのは、ダボダボの作業着を着た小柄な少女だった。
ボサボサのショートヘアに、大きな作業用ゴーグル。顔や手に油汚れをつけながらも、立ち振る舞いにはどこか品格を感じさせる……そんな彼女こそ、地底ドワーフ王家の血を引く天才技師・マルカだった。
「やかましい! 理由なんぞ知るか!」
萱場は冷酷にマルカの手を靴で踏みつけた。
「契約書には『指定納期を守れなかった場合、ドワーフ族の技術権益および身柄は我が社の所有物とする』と書いてあるんだよ! 今日中にドリルが動かないなら、マルカちゃん……あんたのその可愛らしい身体で、違約金を払ってもらうとしようか……ぐへへ」
「くっ……汚い手で触らないでくださいますか! 貴方様方は最初からわたくしたちの技術を奪うおつもりで、粗悪な魔導石を押し付けていらしたのでしょう……!」
マルカが悔しさに唇を噛み締める。周囲のドワーフたちも拳を強く握りしめるが、兵士たちの黒光りする銃口を突きつけられ、手出しができない。
「だーれが味方してくれるってんだ? お前らはただの地底のちびっこ奴隷だ。ギルドの上層部だって我が社の味方なんだよ!」
下品に高笑いする萱場の前に、一人の女性が毅然とした足取りで割り込んだ。
「——そこまでよ、萱場主任!」
「あぁん? なんだお前は……」
ビシッとしたスーツに身を包んだ、知的な眼鏡の美女。
国際ギルド監査部の元キャリア幹部であり、上層部の不正を暴こうとして最下層へ左遷された敏腕秘書——エレナだった。
エレナは手元のタブレットと分厚い書類の束を、萱場の肥満体にバシッと叩きつけるように突きつけた。
「ドワーフ族に支給された魔導石の純度偽装、および不当な労働契約の強要……すべてギルド規約第14条、ならびに国際労働条約に対する明確な違法行為よ! 私はすでにこの件に関して、ギルド本部に告発文書を提出済みなんだから!」
「ハッ! エレナか! 左遷された元幹部様が威張ってんじゃないよ!」
萱場は鼻で笑うと、エレナの書類を力任せに奪い取り、その場でビリビリに破り捨てて撒き散らした。
「告発文書ぉ? そんなもん、上が受け取るわけねぇだろ! お前がどれだけ徹夜して証拠を集めようがな、力のない奴の正義なんて紙くずなんだよ! なんならお前もマルカと一緒に俺の愛人になるか? ん?」
「くっ……! 法律も規約も無視して、どこまで腐れ切ってるのよ……!」
エレナの唇が激しい怒りで打ち震える。
彼女は最下層に左遷されてなお折れず、力なき労働者たちの窮地を救うため、寝る間も惜しんで証拠を集め、法律の力で萱場たちと戦おうとしていた。
だが、圧倒的な『理不尽な暴力』の前に、エレナの正論は容易く踏みにじられようとしていた。
「ぐへへ、邪魔者はまとめて連れて行け! 今日からお前らは俺の——」
「あのー……すみません」
場の空気を根底から台無しにする、のんきな声が響いた。
人ごみを押し分けて出てきたのは、ワカメの匂いをほのかに漂わせた青年——佐藤 蓮だった。
「な、なんだお前は!? 邪魔するな!」萱場が怒鳴る。
蓮は萱場の怒声など完全にスルーすると、地面に転がされていたマルカの『未完成ドリル』の前で屈み込んだ。
武骨でありながら、細部まで信じられないほど精密に組み上げられた、職人の魂を感じさせる素晴らしい大型ドリルだった。
「……すごく丁寧な仕事ですね。……うん?何?……軸のブレもゼロ? 完成品?」
蓮にだけは見えていた。
いつものウインドウが激しく発光していることを。
「え……?」
油に汚れたマルカが、驚きに目を丸くして蓮を見上げる。
「あ、あの……お言葉は嬉しいですけれど、組み立ては完璧でも動かないのですわ……。地上の粗悪な魔導石では出力が足りず、ただの鉄くずになってしまって……」
(いや……何かが変わる。何かを変えることができる。そう言ってるんだな?)
ウインドウが発光する、その意味。蓮にも分かり始めていた。
「そっか。魔導石がだめなら……これ、乗せたら動くかな」
蓮はポケットから、アビス・ポートの100円ショップで買った『強力ネオジム磁石(100円)』を取り出した。ドリルの最深部、魔導石をセットするはずの回路の上に、ペタッと無造作に貼り付ける。
「ちょっと貴方、何をしているのよ!?」
エレナが思わず叫ぶ。
「そんな子供のおもちゃみたいな100円磁石で、超大型ドリルが動くわけないでしょ——」
Plaintext
【固有技能:刺身にたんぽぽを乗せる】 (Garnish Overrule)
[対象]:マルカ作・超大型ドリル (完成品) + 添え物:100円の磁石
[概念]:Virga Moysis (モーセの杖 / 空間穿孔・神滅超振動)
─── 概念付与完了 ─────────────────
『空間を穿て、磁場を解け。立ち塞がる理不尽を全て爆破・消滅させよ』
(頼む……彼女たちの想いを乗せて、回れ!!)
次の瞬間。
ドゴォォォォォォォン……!!!
大気が激しく震動し、ドリルから透明な空間の歪み(重力波)が放射された。
「ひえっ……!?」
ドリルが音もなく回転を始めた瞬間、先端から放たれた真空の衝撃波が、萱場たちの構えていた最新鋭の防護盾や兵士たちの銃器を——分子レベルで一瞬にして消滅(蒸発)させた。
「ひ……ひいいいぃぃぃっ!?!?」
手持ちの兵器が一瞬で消え去り、目の前で空間そのものが削り取られていく光景に、萱場とその部下たちは股間を黄色く濡らして腰を抜かした。
「あ、納期に間に合いましたね」
蓮がニッコリと優しく微笑む。
「これ、マルカさんが作ったそうですよ。もう一回試射してみます?」
「ひ、ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめなさぁぁぁい! 契約は全面破棄しますぅぅぅっ!!」
股間を濡らした萱場たちは、悲鳴を上げながらクモの子を散らすように逃げ去っていった。
◇
静まり返る工房の前。
ドワーフたちが「おぉぉぉ……!」と歓声をあげる中、二人の女性だけが完全に停止していた。
「……は?」
マルカはゴーグルをズリ下げ、ドリルとそこに貼られた100円磁石を交互に見つめていた。
「……あの、信じられませんわ……! なぜ100円の磁石で空間が削れておりますの……!? 私の計算値の10万倍以上の出力が出ていますわ……意味がわかりませんけれど……凄すぎますわ……!」
感動のあまり、瞳を潤ませて蓮の手をぎゅっと握りしめるマルカ。
そして、もう一人。
「……私の……私の苦労は……」
プルプルと全身を激しく震わせていたのは、エレナだった。
「私の……3ヶ月間の徹夜調査……100ページに及ぶ告発文書……法律に基づく綿密な対抗策……私の努力は……何だったんだーーーーっ!!??」
エレナの絶叫がジャンク街に深くこだました。
「ちょっとそこの貴方!! 100円の磁石で空間穿孔して悪役を漏らさせるなんて、どんなチート使ってんのよ!? 法も道理も物理法則も、全部台無しじゃない!!」
「えぇ……だって、助けたかったから……」
困り顔で頭をかく蓮。
エレナはハァハァと息を荒げると、眼鏡の位置をクイッと直した。
その瞳には、先ほどまでの絶望や悔しさは欠片もなく、凄まじい「シゴデキ敏腕マネージャー」としての野心と鋭い光が宿っていた。
「……決めた」
「え?」
エレナは破り捨てられた書類の残骸を足元で踏みつけ、蓮の胸ぐらを掴む勢いで顔を近づけた。
「佐藤 蓮。私は今日限りで、こんな腐りきったギルドの監査部を辞める。そして……あなたの『専属ゼネラルマネージャー』になってあげる!」
「ええぇぇぇ!?」
「あなたのその規格外の『+α』の価値、そしてマルカちゃんの素晴らしいクラフト技術……これを私の手で正当な市場価値に換算すれば、世界だって動かせる! あなたたちを買い叩こうとするハイエナどもは、私が法律と経済で全員まとめて血祭りに上げてやる! 覚悟しろよあいつら!」
「ふふ、エレナ様、お口は少々乱暴ですけれど……とても頼もしいですわ」
マルカも胸を張り、蓮の隣へとお上品に並んだ。
「蓮様。わたくしも、貴方様となら見たこともない素晴らしいメカが作れる気がいたしますの。どうか、お供させてくださいませ」
「いや、二人ともちょっと待って……」
困惑する蓮を置き去りに、ここに最強のトリオが結成されたのだった。
【佐藤 蓮】(能力あるのに社畜扱い) ➔ 【概念付与の最強チート】
【エレナ】(正論を言って左遷扱い) ➔ 【世界を動かす最凶マネージャー】
【マルカ】(腕はあるのに不当搾取) ➔ 【控えめで上品な天才ドワーフ姫】
理不尽な世間に虐げられ、捨てられてきた「不遇の三銃士」による、地底世界と地上権力に対する怒涛の大逆襲劇が、今まさに幕を開けようとしていた——!




