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第3話:「秘技・100円カッパ」で潜る地底海

「おい佐藤! さっさと次の潜水艇にラップ巻けよ! 手を動かせ手を!」


 アビス・ポートの中央ドック。

 以前の活気は失われ、蓮の周りには不機嫌そうな冒険者たちが群がっていた。


 あの『ポセイドン号』の奇跡から二週間。

 蓮の『真空パック能力』は世界中に知れ渡ったが、その扱いは蓮が思い描いていたものとは程遠かった。


(また……こうなっちゃったな……)


 蓮はため息をつきながら、業務用ラップを持って作業を続けていた。


「スーパーの配送係のくせに調子乗ってんじゃねぇぞ。お前のやってることなんて、誰でもできる単純作業だろ?」

「そうそう。魔法陣を描くわけでもねぇ、ただラップ巻いてるだけじゃねぇか。時給払ってもらえるだけ感謝しろよなww」


 冒険者やギルドの現場監督たちは、蓮の能力を「単なる便利で安い裏方技術」としてしか評価しなかった。『ロコスト』課長代理の肩書きで入ってきた蓮に対する偏見もあり、現場では「潜水艇のラップ貼り担当」として低賃金で酷使されていたのだ。


「今日も刺身にたんぽぽを乗せる……じゃなくて、潜水艇をラップで包む仕事が始まるお……」


 自嘲気味に呟く蓮。

 どんなに凄い結果を出しても、周囲の見る目が変わらなければ、自分はいつまでも「都合の良い作業員」のままだった。


 そんな蓮に声をかけたのは、Aランクパーティー『銀翼のライオン』のリーダー……例のネッツァ・チャド・ネビュラだった。


「おい、佐藤蓮。朗報だぞ。今日の第30層『海底火山ゾーン』の遠征に、お前を連れて行ってやる」


「え……僕を、ですか?」


 ネッツァは嫌らしい笑みを浮かべ、蓮の肩を強く叩いた。


「ああ。深層は水圧と熱がヤバいからな。現地で艇の外壁が痛んだ時の『応急補修要員(荷物持ち)』だ。光栄に思えよ?」


 ネッツァたちの狙いは明確だった。

 前人未到の第30層へ一番乗りし、巨万の富と名声を得るため、蓮の「絶対に潰れないラップ」を保険としてタダ同然で利用しようというのだ。


◇


——地底世界・第30層『灼熱の地底海』。


 深海調査艇『ライオン・ハート号』の窓の外には、どろどろと赤く光る海底マグマと、超高圧の漆黒の海水が広がっていた。


「くっ……! 水圧計が狂い始めてるぞ! 水温も400度を超えている!」

「大丈夫だ! この佐藤のラップがあるんだろ!?」


 艇内には緊張が走っていた。

 蓮は出発前に艇全体を『真空パック』で補強していたため、本来なら一瞬で蒸発するような環境でも艇は持ちこたえていた。


 だが、地底の深層を舐めてはならなかったのだ。


 ゴォォォォォォォン……!!!

 

 突如、海底の闇から巨大な影が躍り出た。

 第30層の階層主——体長50メートルを超える巨大モンスター『深海大魚人(スカベンジャー・キング)』とその軍勢(千匹の魚人兵)だった。


「ギギャアァァァァッ!!」


「ひっ……!? な、なんだあの化け物はぁぁぁっ!?」

「銀翼のライオン」メンバーが悲鳴をあげる。


 大魚人が放った超高圧の水流ブレスが、ライオン・ハート号の推進スクリューを直撃した。

 ドォン! という激しい衝撃とともに、艇が激しく傾く。


『警告! 推進機関破損! 操舵不能!』


「だ、ダメだ! 船が動かねぇ! 魚人の群れに取り囲まれたぞ!!」

「おい佐藤! なんとかしろ! お前のラップで攻撃を防げ!!」


 ネッツァが蓮の胸ぐらを掴んで叫ぶ。蓮は静かに首を振った。


「無理です! ラップは外壁の水圧を防いでいますが、推進力が壊れたらここは脱出できません! 今すぐ全員で非常用脱出ポッドに——」


「ハッ……脱出ポッドだと?」


 ネッツァの目が、冷酷な色に染まった。

 ライオン・ハート号に搭載された小型脱出ポッドは、最大でも4人乗り。

『銀翼のライオン』のメンバーは4人。そして、蓮を入れて5人。


「……おい、野郎ども。ポッドへ乗るぞ」


「え……ネッツァさん!? 僕は!?」


「お前はここに残れよ、ただの『作業員』」


 ネッツァは蓮を冷たく突き放すと、脱出ポッドのハッチへと駆け込んだ。


「待ってください! ここに一人で残されたら死んじゃいます!」


「知るかよ! お前みたいな無能な裏方が一人死んだところで、世間は誰も困らねぇんだよ! 魚人どもの囮になって時間を稼げ!!」


 バタンッ!!


 ハッチが固く閉ざされ、脱出ポッドが切り離されていく。

 暗黒の海底に、崩壊寸前の潜水艇とともに一人置き去りにされた蓮。


 窓の外では、数千匹の魚人兵たちがニヤニヤと笑いながら、艇を解体しようと集まってきていた。


(……まただ)

(また僕は……『代わりがいるから』って捨てられるんだ……)


 静まり返った艇内で、蓮はぽつりと呟いた。


 どこへ行ってもお祈りメール、短期バイトの使い捨て。

 スーパーでのパワハラ。

 そして、このアビス・ポートでまで。


 暗闇の中で、蓮の瞳から「迷い」が消え、冷たい意思の火が灯った。


「……誰が、死んでやるかよ」


 蓮は足元の……搬入作業に使っていた、『100円の雨合羽(黄色いレインコート)』を拾い上げた。

 もうわかっている。


「刺身(潜水艇)がダメなら……自分(人間)に、直接たんぽぽを乗せればいいんだろ」


 蓮はレインコートを羽織り、自らの胸に手を当てた。


【固有スキル:刺身にたんぽぽを乗せる】

※対象:佐藤 蓮(完成品) + 添え物:100円のレインコート

【付与効果:絶対環境適応・神聖外套(全属性無効 + 水圧・高熱・酸完全カット)】


(頼む……僕の命を守り抜け!!)


 ブワッ……!!


 100円のペラペラなカッパが、一瞬だけ淡い黄金色の光を放ち、蓮の全身を包み込んだ。

 蓮は壊れたハッチを内側から蹴破り、生身のまま、水深1万メートルの灼熱の地底海へと飛び出した。


◇


「ギ……!? ギギャ!?」


 魚人兵たちは目を見開いた。

 潜水艇から出てきた人間が、水圧で潰れることも、400度の熱湯で茹で上がることもなく、フツーに海の底に立っているのだから。


「カンカンカンッ!」


 魚人たちが放つ槍や魔法の刃が、蓮の着ている100円カッパに当たっては、軽い音を立てて弾け飛んでいく。


「ふぅ……水圧も熱も、全然平気だ」


 蓮は落ちていた艇の破片(ただの鉄くず)を拾い上げた。


【固有スキル:刺身にたんぽぽを乗せる】

※対象:錆びた鉄くず(完成品) + 添え物:缶切りの刃

【付与効果:神殺しの概念大剣(絶対切断 + 空間斬撃)】


「さて……邪魔するなら、容赦しないぞ」


 蓮が鉄くずをひと振りした瞬間。


 ズバァァァァァン……!!!


 海底の空間そのものが真っ二つに裂けた。

 衝撃波が一瞬で伝播し、襲いかかってきていた千匹の魚人部隊、そして体長50メートルの大魚人までもが、一瞬にしてゴミくずのように全滅・雲散霧消した。


 静まり返る海底。


「……なんだ。僕、潜水船なんか最初からいらなかったんだ」


 蓮は100円カッパのフードをかぶり直し、討伐証明となる『魚人の魔石』を海底から拾い集め始めた。

 キラキラと輝く鱗状のそれが、なんだか凄い材料だとは聞いている。高値で取引されることも。


「だけど、こんなもんのために、僕は……いや、帰ろう」


 佐藤 蓮は、生身のまま地底海の海底を歩き、地上を目指して進み始めたのだった。


◇


 アビス・ポート、中央ギルド広場。


「大変なニュースだ! Aランクの『銀翼のライオン』が脱出ポッドで生還したぞ!」

「だが……同乗していたラップ担当の佐藤は、魚人の大軍勢の囮にされて死亡したそうだ……!」


 広場は騒然としていた。

 帰還した「銀翼のライオン」メンバーは、報道陣やギルド幹部の前で、泣き真似をしながら嘘を吐いていた。


「くっ……! 俺たちも助けたかった! だが、佐藤が『僕が囮になります! 皆さんは生きて帰ってください!』って……! 奴の犠牲を無駄にはできない……!」


「素晴らしい犠牲精神だ……」「佐藤くんは英雄だな……」と周囲が涙ぐんでいた、その時。


 ザッパーーーン……ッ!!


 ドックの海面が激しくうねり、一人の男が徒歩で海から上がってきた。


「え……?」


 全員の動きが止まった。


 濡れた100円のカッパを着て、黄色いフードを被った男——佐藤 蓮だ。

 その背中には、巨大な麻袋が担がれていた。


「さ……さささ、佐藤ぉぉぉぉっ!??!?」

 ネッツァが目玉が飛び出さんばかりに叫んだ。


「お前……なんで生きて……生身で水深1万メートルから上がってきてんだよ!??!」


 蓮はネッツァの方を見向きもせず、ギルドの受付カウンターへ歩み寄ると、背中の麻袋をドスンッ!と床に置いた。


 チャリンチャリンチャリン……!


 袋から溢れ出たのは、第30層の階層主と魚人部隊のコア——3,000個以上の『高級魚人の魔石』だった。


「す、凄まじい魔石の数……!? これ、第30層の軍勢を一人で全滅させたというのか……!?」

ギルド職員が泡を吹いて倒れそうになる。


 蓮は淡々と を冷たい目で見つめた。


「ネッツァさん。『囮になって時間を稼げ』って言ってポッドで逃げたのは、あなたですよね?」


「な……ッ!?」


「僕を捨てて逃げてくれて、ありがとうございました。おかげで目が覚めました。……もう二度と、あなたたちの道具にはなりません」


「ひ、ひぃぃぃっ……!」


 蓮の放つ圧倒的な「怪物」としての気圧に、ネッツァたちは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


 嘘が暴かれた『銀翼のライオン』は、その日のうちに契約違反と見殺しの罪でギルドライセンスを永久剥奪され、永久追放が決定した。


 こうして、ただの社畜作業員だった佐藤 蓮は、「100円カッパで深海から生身生還した伝説の冒険者」として、アビス・ポートの歴史にその名を刻んだのだった——。

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