第2話:僕のラップは海底1万メートルの水圧すら防ぎきる 後編
水深300メートル地点、調整用ドック。
ガラス越しに見える潜水艇『ポセイドン号』はメキメキと悲鳴を上げ、金属の合わせ目からプシューッと高圧の水蒸気を噴き出していた。
周囲には、不気味な魚人の群れがニヤニヤと嘲笑いながら群がっている。
「た、助けてくれぇぇぇっ!」
艇内から乗組員の絶叫が聞こえる。
必死に緊急用エアロックにしがみついていた。
こじ開けて逃げたい。だがその先にあるのは深海と――凶暴な魚人の群れ。
なすすべもなく、ただただ叫ぶ男たちのその声に耳を塞ぎ、蓮は必死に頭を巡らした。
(刺身は、ラップで包めば鮮度が落ちない……!)
(じゃあ……潜水艇は……? 潜水艇は……!)
「頼む……! 守ってくれ! 船盛って言うんだからいけるはずだ!!」
無理無茶無謀を叫びつつ、蓮は備品の業務用ラップをポセイドン号へ向けて思い切り投げつけた。
視界に透き通るウィンドウが展開する。
【固有スキル:刺身にたんぽぽを乗せる】
※対象:小型潜水艇・ポセイドン号(完成品) + 添え物:業務用ラップ
【付与効果:秘技・真空パック(極限密閉 + 絶対水圧無効化の膜)】
(いけぇぇぇぇぇっ!!)
蓮が念じた瞬間、潜水艇の表面に薄く、しかし目に見えない極彩色の『透明な膜』がスーッと張り巡らされていった。
次の瞬間。
メキ……メキキキッ……ポンッ!!
「え……?」
耳をツンと突くような、軽やかな音が響いた。
先ほどまで押し潰されそうに歪んでいた潜水艇の金属フレームが、まるで元通りに押し戻されたかのように綺麗な丸みを取り戻したのだ。
「ギィ……!? ギギャア!?」
潜水艇に群がっていた魚人たちが困惑し、得物の切っ先を装甲へ突き立てる。
カンッ!!
鋭利な銛が、まるで透明なゴムに弾かれたかのように一瞬で真っ二つに折れ飛んだ。
「ギギャ……!?」
魚人たちがどれだけ爪で引っ掻こうが、魔法の水の刃を叩きつけようが、潜水艇を包む『真空パックの膜』には一筋の傷すらつかない。
数トンの水圧すら透明な膜の表面で完全に滑り落ち、水圧そのものが「存在しない」状態になっていた。
「な……なんだこれ……!? 水圧が……消えた……!?」
艇内の乗組員たちが呆然とメーターを見つめる。
圧力計の針は、水深300メートルにいるにもかかわらず『ゼロ(地上と同じ)』を指し示していた。
「よし! 今だ、浮上してください!」
蓮が外から手振りで示すと、正気に戻った乗組員たちが緊急浮上バルブを開く。
ポセイドン号は、攻撃を弾き返されて退却する魚人たちを尻目に——まるでスーパーの高級パック商品でもあるかのように、軽やかに海面へと浮上していった。
◇
アビス・ポート上部ドック。
「で、出たぞーっ! ポセイドン号が戻ってきた!!」
無傷で浮上してきた潜水艇を見て、ドックにいた数百人の技術者と冒険者たちが歓声をあげた。
ハッチが開かれ、無事だった乗組員5名が涙を流しながら出てくる。
「助かった……! 助かったぞ!!」
「一体どうやって!? 外壁の強度が急激に跳ね上がり、水圧が完全に遮断されたぞ!?」
技師長が叫ぶと、ポセイドン号の船長が蓮を指差した。
「あ、あのスーパーの青年だ! 彼が何かラップのようなものを投げつけて、それがペタッと貼りついた瞬間……すべての水圧と魚人の攻撃が無効化されたんだ!!」
「「「ええええええええええええっ!??!?」」」
ドック全体に、耳を疑うような大絶叫が響き渡った。
「ラ……ラップぅぅぅ!??!」
「バカな! 市販のポリラップで深海の高水圧を防げるわけがないだろ!!」
全員が目を丸くする中、蓮は作業着のポケットから業務用ラップの箱を取り出し、首をかしげた。
「え……? 刺身のパックって、ラップをちゃんと巻けば潰れないし生臭さも漏れないですよね? それと同じように『真空パック』にしただけなんですけど……」
「「「そんなわけあるかぁぁぁぁぁっ!!!」」」
全技術者がずっこけながらツッコミを入れ、周囲の冒険者たちは開いた口が塞がらない。
先ほど蓮を馬鹿にしていたAランク冒険者のネッツァは、ガタガタと膝を震わせていた。
「な……なんだあいつは……!? 水圧も、魚人の攻撃も……ラップ一枚で『なかったこと』にしやがった……!?」
こうして、佐藤蓮は地底世界への入り口を阻んでいた「絶対の水圧の壁」を、スーパーのラップ一枚で呆気なく粉砕してしまったのだった——。




