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第2話:100円コロコロで霊体お掃除

「じゃあ、転がすよ~」


 蓮(レン)は至って気軽な調子でそう呟くと、右手に握った100均の『カーペット用粘着クリーナー』をすっと構えた。


Plaintext

【固有技能:刺身にたんぽぽを乗せる】 (Garnish Overrule)

[対象]:100円の粘着カーペットクリーナー (完成品)

[概念]:Mundatio Animae (絶対清浄・概念吸着の理)

─── 概念付与(オーバーライド)完了 ──────────

『実体を解け、波長を合わせよ。漂う不純物・霊体を全て吸着・清浄せよ』


 視界の端で透明なスキルウィンドウが青白く発光したかと思うと、その一瞬、蓮の手元から微かな——だが世界の法則そのものを強引に書き換えるような不可視の波動が放たれた。


 コロコロコロ……。


 蓮が足元から目の前の空間に向かって、部屋の掃除でもするかのような軽い手つきでコロコロを一度転がした。


 シュバババババッ……ポンッ!!


「ギギャッ!??!」


 次の瞬間、絶叫と衝撃音が同時に弾けた。


 あらゆる物理干渉を嘲笑うかのようにすり抜け、冒険者たちの精神を直接引き裂いてきたはずのポルターガイスト(光学幽霊)の大群が、まるでカーペットにこびりついたしつこいホコリや髪の毛のように、粘着テープの白い表面へペタペタと吸い寄せられて固定されたのだ。


「ギ……!? ギシャアアアッ!??(な、なにこれ動きが取れない!?)」


「ヒ、ヒエエエエッ!?(物理透過が効かない!? 助けてー!)」


 粘着面にべったりと貼り付いたポルターガイストたちは、必死に半透明の体をうねらせ、霊的波動を放って脱出しようと暴れ回る。しかし、どれほど霊力を振り絞ろうとも、100均の企業努力と蓮の固有技能によって仕立て上げられた『絶対清浄・概念吸着の理』からは一ミリたりとも離れることができない。


「よし。面がひとつ、いっぱいになった。きっちり使わないともったいない」


 蓮は手元を見つめ、青白く光る幽霊たちでぎっしりと埋め尽くされたローラーを確認すると、側面の斜めめくりカットの端を指先でつまんだ。


 ペリペリペリッ……。


 実に気持ちのいい、部屋掃除の時とお馴染みの剥離音が静かな階層に響く。

蓮がシートを1枚綺麗にめくって、クルクルと手の中で丸めると、高密度に圧縮された不気味な霊体たちは抵抗する術もなく「キュゥ……」と情けない悲鳴を上げ、可愛い小さなゴミくず——純度100%の超高純度・霊導魔石の塊となって、蓮がトートバッグから取り出した蓋付きゴミ箱(100均製・100円)へとカララと音を立てて消えていった。


「……は?」


 エレナは手に持っていた最新鋭の魔導タブレットを地面に落としそうになりながら絶句し、開いた口が塞がらない。


 彼女のメガ法人用タブレットの空間霊体モニターは、尋常ではない速度でエラー音を鳴らしながら数値を書き換え続けていた。


『警告:周辺霊体密度が急激に低下中』

『捕捉霊体数:142体……289体……全滅』

『空間状態:清浄・埃ゼロ(快適)』


「な……何が起きたわけ……!? 透過する幽霊が……コロコロで取れた……!? 粘着テープで幽霊を巻き取って、ペリペリ剥がしてゴミ箱に捨てた……!? 100円の掃除道具で除霊完了って、神聖魔導士の立場はどうなるのーーーーっ!!」


 エレナの理知的なキャラクターが完全に崩壊し、蒸気機関の排気音にも負けない絶叫が『機神の霊廟』に木霊する。


 大手探索企業『メガ・アビス社』が、この第21層を突破するために投入した予算は数十億円。1機あたり数億円もする大型の『神聖霊体除去砲』を何台も並べ、高位の神聖魔導士をズラリと護衛につけて、数か月がかりで少しずつ攻略ルートを押し広げているのが現在のダンジョン業界の常識だったのだ。


 それが、目の前の青年が取り出した100円ショップの粘着クリーナーひとつによって、わずか数十秒で「お掃除完了」してしまったのである。


「まあ素晴らしいですわ! ホコリのように霊体が取れていきましたの! 蓮様、わたくしにもそのコロコロをお貸しいただけますか? なんだか無性にお掃除したくなってしまいましたわ!」


 マルカが作業用ゴーグルを跳ね上げ、その可憐な大きな目を爛々と輝かせてパチパチと拍手を送る。

 背中に担いだ威圧的なスチームドリルの蒸気もどこか誇らしげにシューッと吹き出していた。


「あ、マルカもやってみる? コロコロするの、地味に楽しいんだこれが。予備テープも1本付いてるから、遠慮なく使って」


「ありがとうございますわ、蓮様! では、あちらの奥に溜まっている怪しい青光りもお掃除してまいりますわね!」


 マルカは蓮から『カーペット用粘着クリーナー』を受け取ると、ルンルンとした足取りで通路の奥へと向かって走っていった。


「キ、キシャアアアッ!?(悪魔が来たぞー!)」


「逃げろ! あれに触れたらペリペリされてゴミ箱行きだーっ!」


 かつて無数のベテラン冒険者を発狂させ、死に追いやったポルターガイストの大群が、巨大な歯車の陰から悲鳴を上げて散の子を散らすように逃げ惑う。

 しかし、目を輝かせたマルカの軽快なフットワークと、無駄のないコロコロ捌きからは逃れられない。


 ペタッ! ペタペタッ!


「キャッキャッ、本当にペタペタくっつきますわ! 蓮様、斜めカットのところから剥がすのがとても気持ちいいですの!」


「でしょ~? コロコロの醍醐味はあのペリペリ感だから」


「楽しんでんじゃないわよ二人とも!!」


 頭を抱えて崩れ落ちるエレナをよそに、21層の霊体危険地帯は、完全に「大掃除の会場」と化していた。


 数億円の除霊兵器と厳重な魔導陣を必要とした最難関・第21層『機神の霊廟』の霊体エリアは、たった100円のコロコロによって「ただの掃除エリア」へと早変わりしたのだった。

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