第4話:エレナの素顔と、深層への誓い
その日の夜、11層『常夜の森林』の危険区域を抜けた先にある安全地帯。
そこに設営されたのは、蓮のスキルによって『極上の高級ホテル仕様』へと昇華された『100均防カビシート施工済み・ノアの快適テント』だった。
テント内はダンジョン特有の湿気や重金属の油臭さが完全に遮断され、澄んだ温かい空気が満ちている。
先ほどまで元気にドリルを振り回していたマルカは、捕獲した宝石スライムの成分分析とお上品な研究を一通り終え、ふわふわのベッドの上で「ふにゃ……」と可憐な寝息を立てて熟睡していた。
テントの小さな小窓から差し込む、青白く澄んだ『偽りの月』の光。
静まり返った夜の空間で、蓮とエレナの二人だけが、折りたたみテーブルを挟んで温かい紅茶のカップを傾けていた。
「……ふぅ。今日も大儲けね。メガ・アビス社の株価、私たちが1万円ライトのレンタルを始めた直後からストップ安で暴落してる」
エレナはすらりと伸びた脚を組み、いつものスマートな口調でタブレットを操作していた。
だが、画面を見つめるその横顔は、昼間の冷徹なキャリアウーマンの顔つきとはどこか違う。柔らかく、肩の力が抜けた穏やかな表情だった。
「エレナ、いつも財務や交渉を引き受けてくれてありがとう。君がいなかったら、僕たちただの『100均グッズを持った不気味な三人組』で終わってたよ」
蓮がカップを置いて素直に感謝を伝えると、エレナはピクッと肩を揺らし、慌てて眼鏡のブリッジをクイッと指で直した。
「な、何言ってるのよ急にバカね! 別に感謝されるようなことなんてしてないってば。私はただ……自分が正当に評価されなかった腹いせに、あの腐れ組織どもに煮え湯を飲ませてるだけなんだから!」
素直になれずにぷいっと横を向くエレナ。だが、長い髪の隙間から覗くその耳元は、ほんのりと朱色に染まっていた。
「……それにね」
エレナはカップを両手で包み込むように持ち、ぽつりと呟いた。
「私の方こそ、助けられたんだから」
「え?」
「私、正義漢ぶって組織の不正を告発しようとして、結局うまくいかずに左遷されて……誰も自分のことなんて信じてくれないって、諦めかけてたの。でも……あんたは私の言ったことを何一つ疑わずに受け入れてくれたでしょう?」
エレナは静かに目を伏せ、温かい紅茶の湯気を見つめた。
「あんたのあの『+αを乗せる力』……ただの攻撃や、バカげた無双チートなんかじゃないわよね」
「僕のスキルが……?」
「ええ。傷ついた人や、冷遇されて壊れかけた存在を優しく包み込んで……元通りどころか、一番良い形に輝かせて直してしまう。マルカちゃんも、左遷された私も、あんたのその力と『優しさ』に救われた」
「……優しい、か」
蓮は自分の手元を見つめた。
アルバイト時代、ただ黙々と刺身の上にたんぽぽ(食用菊)を乗せ続けていた日々。誰からも評価されず、ただ捨てられるためだけに存在していたかのような自分。
だが、その力で誰かを救い、誰かの笑顔を作れているのだとしたら——。
「いや……」
本当に?
ただ気弱だっただけ、この異能もただの運じゃないのか?
「違う。あなたのそれは謙遜じゃない。自分に対して『不当な評価』を下してる」
エレナは眼鏡を外し、少し照れくさそうに、けれどまっすぐな澄んだ瞳で蓮を見つめた。いつもの鎧を脱ぎ捨てた、彼女の本当の素顔だった。
「私、あんたの秘書兼マネージャーになって、心から良かったと思ってる。……絶対に最後まで付き合ってあげるから、覚悟しなさい」
「こちらこそよろしく、エレナ」
二人は微笑み合い、静かに温かいカップをカチンと合わせ、杯を交わした。
11層の悪徳利権を打ち破り、着実に絆を深めた『不遇の三銃士』。
不遇と虐げられた者たちの誇りを取り戻す彼らの旅は、まだまだ始まったばかりだ。
「さて……明日からも忙しくなるわよ。次の目標は第21層ね」
「第21層、か」
「ええ。古代の機械文明と失われた霊体が蠢く難所——『機神の霊廟』よ」
「機神の霊廟……100均のドライバーや乾電池で何とかなるといいんだけど」
「……もう、あんたなら本気で何とかしそうで怖いわよ」
ふふっと二人で小さく笑い合い、夜は静かに更けていくのだった。
次なる舞台は、古代機械と霊体が蠢く第21層『機神の霊廟』——!
(第3章・完 / 第4章へ続く)




