第2話:宝石スライムと100均ジップロック 〜3メートルのバケモノ、チャックを閉じたら手のひらサイズになりました〜
11層『常夜の森林』を抜けた先、さらに地下へと続くルートの途中。
不気味な暗闇が晴れ、一歩足を踏み入れた三人の前に、ぱっと視界が開けた。
「ここは……水晶の洞窟エリアですわね」
マルカが足元を照らしながら、感嘆の声を漏らす。
天井や壁のいたるところに無数の宝石や発光鉱石が埋め込まれており、洞窟全体が七色の光を放って幻想的に輝いていた。
しかし、その美しい空間の中央で——そいつは待ち構えていた。
「蓮様、お気をつけくださいませ! あのスライムは、高密度の希少鉱物を体内に取り込んだ変異種……『スライム・ジュエル』ですわ!」
マルカがスチームドリルをガチンと構えて身構える。
そこにいたのは、体長3メートルを超える巨大な宝石スライムだった。全身がサファイアやルビーのような硬質な結晶で覆われており、巨体がうごめくたびに重厚な地響きが起きている。
「通常の物理攻撃も、並の魔法攻撃も、あの硬度と弾力の前にはすべて完璧に跳ね返されてしまいますわ!」
「高密度のレアスライム……っ!」
エレナの瞳が、一瞬にして見事な「ドル箱の形」に変わった。
タブレットをスワイプしながら、財務・運営統括としての血が騒ぎ出す。
「あの体内のコアを傷つけずに丸ごと回収できれば、高級宝飾品や最高級魔導具の材料として、市場で数百万円……いや、オークションなら一千万円は下らない超・高級モンスターじゃない!」
「なるほど、数百万円の高級品かあ……」
「そ、そうよ! でも、迂闊に攻撃したら体が砕け散って価値が暴落するし、生半可な武器で触れようものならドロドロの強酸で溶かされ——」
「じゃあ、傷つけずに丸ごと回収すればいいってわけか」
エレナの忠告をサラリと受け流し、蓮はトコトコとスライムのほうへ歩み寄りながら、ポケットをごそごそと漁り始めた。
「ちょ、ちょっと蓮!? まさか素手で近づく気!?」
エレナが青ざめて止めようとしたその時、蓮が台所用品のコーナーで買ってきたお馴染みのアイテムを取り出した。
——『100円のフリーザーバッグ(ジップロック・Mサイズ)』――
パッケージには「ダブルジッパーでしっかり密封!」と威勢の良い文字が印刷されている。
「ちょっと蓮……まさか、それに入れるつもりじゃないでしょうね? 相手は3メートル超の超重量級バケモノよ! ジップロックに入るわけ——」
「大丈夫。少し大きめに包むから」
蓮は至って真面目な顔でジップロックの口をパカッと開き、固有技能を発動させた。
【固有技能:刺身にたんぽぽを乗せる】 (Garnish Overrule)
[対象]:100円のポリエチレン製ジップロック (完成品)
[概念]:Capsula Spatium (空間密封袋 / 質量・容積の完全無視)
─── 概念付与完了 ──────────
『容積を解け、質量を収めよ。内なる存在を傷つけず完全に密閉・保存せよ』
蓮がジップロックの口をファサッとスライムに向けてかざした瞬間。
ズズズズズッ……!!
「ジュ……!? ギャウッ!?」
それまで悠然と威圧感を放っていた3メートル超の巨大宝石スライムが、まるで強力な掃除機に吸い込まれるような異常な気圧差に巻き込まれた。
巨体がグニャリと歪み、スルスルと縮小しながら、小さな透明な袋の中へと吸い込まれていく。
スポンッ!!
最後に可愛らしい気の抜けた音が響き、蓮はパチッとジッパーの口を両指で閉めた。
——シャカシャカシャカ。
蓮が持ち上げたジップロックの中には、手のひらサイズにコンパクト化された、鮮やかな宝石を宿すぷにぷにの可愛らしいスライムがちょこんと収まっていた。ジッパーは隙間なく完全密閉されている。
「捕獲完了。ちゃんと鮮度も保たれてそう……だね、たぶんだけど」
「…………」
エレナは開いた口が塞がらず、手元のタブレットをポロッと地面に落とした。
「……はあぁぁぁぁっ……!? 3メートルの危険種バケモノが……ジップロック一発でパッキングされたぁぁぁっ!?」
あまりの理不尽さに、元・優秀な官僚の脳がショートを起こしかけている。
「ま、まあ素晴らしいですわ!」
マルカはキラキラと目を輝かせ、パチパチとお上品に小さな両手を叩いた。
「傷は一箇所もついておりませんの! 内部の高密度鉱石も最高の状態のまま保存されていますわ! 蓮様、これなら素材としての価値は落ちるどころか跳ね上がりますわね!」
「それは良かった」
「それは良かった、じゃないってば……! 一千万円クラスの高級素材を、お母さんがお肉を冷凍保存するみたいにジップロックへぶち込む男がどこにいる……!」
頭を抱えて崩れ落ちるエレナをよそに、マルカはおずおずと手を伸ばした。
「あの、蓮様……。よろしければ、この素晴らしい『密閉サンプル』、わたくしに分解と研究をさせていただけますか?」
「どうぞ、マルカ。好きに使って」
「ありがとうございますわ!」
マルカは手のひらサイズのジップロックを受け取ると、中にいるぷにぷにのスライムを愛おしそうに見つめながら、お上品にふふっと微笑んだ。
100円のフリーザーバッグによって、危険な巨大モンスターが一瞬で「お持ち帰り用の生鮮食品(高級)」へと変貌を遂げた瞬間だった。
不遇の三銃士の珍道中は、今日も今日とて常識を置き去りにしながら、地下深くへと進んでいくのだった——。




