第14話:法廷闘争(レスバトル)と無慈悲な論破
バロア都市法廷。
冷たい石造りの壁に囲まれた、重苦しい静寂が支配する空間。高い天井からは一筋の光が差し込み、中央に設けられた被告人席を無慈悲に照らし出している。
そこには、手足に重い鉄の鎖をつけられた冴木誠――ゼノンが立たされていた。
爆発で焼け焦げたスウェットはボロボロで、煤と血と泥にまみれた姿は惨めという言葉すら生ぬるい。しかし、彼の目は未だに異様な光を放っていた。
(ふん、裁判だと? 上等じゃねえか。俺を誰だと思ってる。ネットの政治スレや宗教スレで、何百人という相手を論破してきた『最強のキーボードウォリアー』だぞ)
ゼノンは鎖の音を鳴らしながら、口角を歪めた。
(現実の裁判なんて、要は言葉の殴り合いだ。相手の揚げ足を取り、論点をずらし、責任を分散させれば絶対に勝てる。この程度の遅れた異世界の裁判官なんて、俺の高度な詭弁で煙に巻いてやる!)
やがて、法廷の奥から漆黒の法服に身を包んだ白髪の裁判官が現れ、中央の席に重々しく腰を下ろした。そして、静まり返った法廷に、冷徹な声が響き渡る。
「これより、商人ギルド本部爆破事件の審理を開始する。被告人ゼノン。罪状は、都市に対する重度器物損壊、業務妨害、ならびに六名に対する殺人未遂。被害総額は金貨二万枚(日本円にして数億円規模)に上る。……被告人、罪状について申し開きはあるか?」
裁判官の言葉に、原告席に座るギルド長ゴルドが憎悪の視線を突き刺してくる。
だが、ゼノンは堂々と胸を張り、ニヤリと笑った。
「裁判長。まず、その『殺人未遂』という罪状は不当ですね。私には殺意が一切なかった。あれはあくまで実験中の予期せぬ『事故』です。殺意の証明ができない以上、殺人未遂は成立しません。ファクトに基づいて議論しましょうよ」
法廷が少しざわついた。ゼノンは内心でガッツポーズを決める。(よし、まずは専門用語でマウントを取り、相手に立証責任を押し付ける。レスバの基本だ!)
しかし、裁判官の表情は一ミリも動かなかった。
「殺意の有無は問題ではない。都市法第三十二条に基づき、『専門知識を騙り、著しく危険な行為を周囲に秘匿して実行し、重大な被害をもたらした結果』は、未必の故意による殺人未遂と同等に扱われる。貴様は自らを『火薬の専門家』と名乗ったな?」
「えっ……あ、いや、専門家というか……」
「専門家を名乗りながら、安全管理を怠り爆発を引き起こしたのなら『重過失』。専門家でないのに嘘をついて危険物を扱ったのなら『詐欺および悪質なテロ行為』だ。どちらに転んでも極刑は免れん。どちらで裁かれたい?」
ゼノンは言葉に詰まった。ネットの掲示板なら「法律の解釈が間違っている」とWikipediaのリンクを貼って逃げられるが、ここは異世界の法廷であり、目の前の男が法律そのものだ。
「ま、待ってください! 百歩譲って私の過失だとしても、私一人に責任を押し付けるのはおかしい!」
ゼノンは咄嗟に「責任転嫁」のカードを切った。原告席のゴルドを指差す。
「彼です! ギルド長ゴルドが私に『威力を証明しろ』と強要し、材料と場所を提供したんです! つまり彼がこの実験の『共同正犯』であり、管理者としての安全配慮義務違反がある! 私だけを裁くのはダブルスタンダードだ!」
「ほう」
裁判官はゴルドに視線を向けた。ゴルドは静かに立ち上がり、一枚の羊皮紙を提出した。
「裁判長。私は彼に場所と材料を提供しましたが、事前に『制御された力を見せること』を厳命しております。さらに、これをお読みください」
ゴルドが提出したのは、ゼノンがギルドを訪れた際に交わした契約書だった。
「そこには『実験における一切の事故および損害は、技術提供者であるゼノンが全責任を負う』と明記され、彼自身のサインがあります」
裁判官が羊皮紙を読み上げると、ゼノンは目を見開いた。
「は……? サイン? そんなの、中身も読まずに適当に書いただけで……!」
「契約書に署名した事実がある以上、読んでいなかったという言い訳は法的に通用しない」
裁判官は氷のように冷たい声で一蹴した。
(クソッ、なんだこのジジイ! 俺のロジックが全然通じねえ! ……なら、論点をずらすしかない!)
「そもそもだ!」
ゼノンは声を荒らげた。
「その火薬の材料だって、ギルドが用意したものが粗悪品だったから想定外の爆発が起きたんだ! 不純物が混ざっていたから化学反応が暴走した! つまり、質の悪い材料を納品したギルド側の責任だ!」
「異議あり」
ゴルドが即座に反論する。
「材料の品質確認は技術者の基本のはずだ。もし粗悪品であったなら、なぜ貴様は調合する前に指摘しなかった? なぜそのまま使用した? 『専門家』である貴様が、材料の品質すら見抜けなかったと自白しているに等しいぞ」
「あ……」
ゼノンの顔から血の気が引いた。
自分で自分の首を絞める、完璧な論理の破綻。掲示板でレスバトルをしている時、自分が不利になると手当たり次第に言い訳を並べ立てて自滅する、あの最悪のパターンに陥っていた。
「……そ、それは……! だいたいお前ら、科学の『か』の字も知らない土人のくせに、俺の高度な理論を裁こうってのが間違ってんだよ! お前らの理解力が足りないから……!」
ついにゼノンは論理を捨て、ただの人格否定と罵倒に逃げた。
だが、そんなものが神聖な法廷で通用するはずもない。
ドンッ!!
裁判官が木槌を激しく叩き鳴らし、ゼノンの見苦しい叫びを物理的にかき消した。
「見苦しいぞ、被告人。貴様はさきほどから、都合が悪くなると他者のせいにし、証拠を提示されると論点をずらし、最後には侮辱に逃げている。それは『論理』ではない。己の無知と責任から目を背ける、ただの子供のわがままだ」
裁判官の言葉は、三十五年間、冴木誠という男がネットの陰に隠れて行ってきた所業の「本質」を、残酷なまでに正確に抉り出していた。
「高度な理論だの、科学だのと口にするがな。結果として貴様が残したのは、瓦礫の山と、血を流して倒れる無実の民だけだ。それが貴様の言う『知識』の価値か」
「う、あ……」
ゼノンは膝から崩れ落ちた。
モニター越しのテキストではなく、現実の人間から向けられる軽蔑と怒りのこもった眼差し。そして、反論の余地もない完全なる「事実」の前に、彼が張りぼてのプライドで築き上げてきた城は粉々に砕け散った。
誰も自分を擁護してくれない。
自分の詭弁は、現実世界ではただの滑稽な戯言でしかなかった。
「……結審する」
裁判官の冷厳な声が、法廷に響く。
「被告人ゼノン。貴様の行動は極めて身勝手かつ悪質であり、微塵も反省の色が見られない。よって、都市法に基づき判決を言い渡す」
ゼノンはガタガタと震えながら、絶望の目で見上げた。
「被告人に、多額の賠償金全額の支払いを命ずる。ただし、無一文である貴様に支払い能力はない。よって、その命尽きるまで、北方にある『嘆きの地下鉱山』にて強制労働に服すこととする。……連れて行け!」
「ひぃぃっ! い、嫌だ! 俺は天才なんだ! 賢者なんだ! こんなところで終わる人間じゃないぃぃぃっ!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、床を引きずられていくゼノン。
彼の泣き叫ぶ無様な声が法廷に虚しく響き渡ったが、誰一人として同情の目を向ける者はいなかった。
「レスバ最強」を自称したニートは、現実の法と論理の前に完膚なきまでに叩きのめされ、ついに太陽の光すら届かない絶望の底へと突き落とされたのだった。




