第12話:無知なる調合と死のレシピ
ギルドの裏手にある、分厚い石壁に囲まれた薄暗い倉庫。
外部からの立ち入りが厳しく制限されたその空間で、ゼノンは腕組みをして、目の前に積まれた麻袋を見下ろしていた。
「硫黄、木炭、硝石……。ま、用意の良さだけは褒めてやるか」
麻袋の中には、ゴルドが手配した不純物混じりの原料が大量に詰まっている。
本来、火薬の製造において最も重要かつ困難なのは、これらの原料を限界まで精製し、不純物を取り除く工程である。しかし、ネットのまとめサイトで「火薬の材料」という見出ししか読んでいないゼノンにとって、目の前にある粉がどれだけ粗悪な状態であるかなど、知る由もなかった。
「さてと。さっさと作って、あのギルド長をビビらせてやるとするか」
ゼノンは面倒くさそうに腕まくりをし、用意されていた乳鉢に三つの材料を適当に放り込んだ。
割合など考えていない。「とりあえず全部同じくらい入れりゃいいだろ。1対1対1だ」という、料理すらしたことのない男の極めて雑な発想である。(ちなみに黒色火薬の歴史的な黄金比は、およそ硝石75%、木炭15%、硫黄10%である)
ゴリゴリ、ゴリゴリ……。
乳棒を使って力任せに粉をすり潰し、混ぜ合わせる。
本来、火薬の混合には静電気や摩擦熱による暴発を防ぐため、水分を含ませて慎重に行う(湿式法)などの安全対策が不可欠だ。だが、ゼノンは完全に乾燥した状態のまま、苛立ちをぶつけるようにガシガシと乱暴にすり潰していた。
「クソッ、なんで天才の俺がこんな肉体労働をしなきゃならないんだ。手が真っ黒じゃねえか。ギルドの奴隷にでもやらせりゃいいのに……」
ブツブツと文句を言いながら、ゼノンは適当に混ざった黒っぽい粉をスプーンですくい取り、石の床の上にパラパラとこぼした。
「よし、第一弾の完成だ。試しに火をつけてみるか」
ゼノンはギルドから借りた火打ち石を取り出し、カチカチと打ち鳴らした。
火花が粉に引火する。
シュボッ……シューーーッ……。
「……ん?」
ゼノンの期待に反して、爆発は起きなかった。
配合比率がデタラメな上に粉の粒度がバラバラなため、火薬はただ不気味な黄色い煙を上げながら、ゆっくりと燃焼しただけだった。強烈な硫黄の臭いが立ち込め、ゼノンはむせて咳き込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ! なんだこれ……爆発しないじゃないか!」
ゼノンは目を血走らせ、床に残った焦げ跡を睨みつけた。
ここで「自分の知識が間違っていたのではないか」「配合に意味があるのではないか」と立ち止まることができれば、まだ救いはあったかもしれない。しかし、他責思考の塊である彼の脳は、すぐさま別の結論を導き出した。
「わかったぞ……量が少なすぎるんだ! たったスプーン一杯で大爆発が起きるわけないもんな。それに、この材料の品質が悪いんだろ。だったら、質より量でカバーするしかない!」
極論から極論への見事な飛躍。
ゼノンは倉庫の隅にあった、人間がすっぽり入れるほどの巨大な木樽を引きずってきた。そして、麻袋に入っていた硫黄、木炭、硝石を、計量もせずに次々と樽の中へぶちまけ始めた。
「木炭が足りないな、もっと入れろ! 硫黄も全部だ! 硝石? よく分からんがこれも入れちまえ!」
ドサドサと粉塵を舞い上げながら、数十キログラムに及ぶ材料が樽の中に投下されていく。
ゼノンは柄の長い木の棒を持ち出すと、樽の中に突っ込み、力任せにかき混ぜ始めた。
「ふんぬっ! はぁっ……! クソ重い……だが、これで世界は俺のものだ……!」
ガコン! ガコン! と木の棒が樽の内側に激しくぶつかる。
乾燥した三つの粉末が空気中で混ざり合い、倉庫の中はあっという間に真っ黒な粉塵で満たされていった。ゼノンの顔も服も、可燃性の極めて高い微粒子で真っ黒にコーティングされていく。
(ふははは! 見ろ、この圧倒的な火薬の量を! これだけあれば、ギルドの裏山くらい軽く吹き飛ばせるぜ! あの偉そうなゴルドも、俺の足元にひれ伏して命乞いをするに決まってる!)
ゼノンは粗い息を吐きながら、ついに混ぜ合わせる手を止めた。
目の前の巨大な樽には、デタラメな比率とはいえ、数十キロに及ぶ「黒色火薬の原料の混合物」がなみなみと詰まっている。
そして何より恐ろしいのは、密閉された石造りの倉庫内に充満した、高濃度の粉塵だった。
「ぜぇ、ぜぇ……。よし、完成だ。PDCAの『D』は完璧だぜ」
ゼノンは満足げにうなずき、煤だらけの手で顔の汗を拭った。
「さて、この最強の火薬の威力を……少しだけ味見してみるか」
彼は狂気に満ちた笑みを浮かべながら、再び火打ち石を取り出した。
自分の服に大量の可燃性粉塵が付着していることも、倉庫の空気が爆発限界に達していることも、全く気づいていない。彼はただ、「樽の中の火薬をひとつまみだけ燃やして、威力を確かめる」という極めて無邪気な、そして致命的な思いつきを実行しようとしていた。
「さーて、どうなるかな……!」
カチッ。
火打ち石が打ち合わされ、小さな、本当に小さな火花が、粉塵の舞う暗い倉庫の空中に放たれた。
それは、三十五歳の愚かなニートが自らの手で引いた、地獄への引き金だった。




