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ギルドを追放されたサブマスター、最強の冒険者に引き抜かれて溺愛される  作者: 野塩いぜ


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第5話 折衝

 リーヴェの森の討伐成功から数日後、星の道標に来客があった。


 受付に現れたのは、仕立ての良い外套を纏った中年の男だった。後ろに護衛が二人。ギルドの質素な受付を一瞥して、露骨に眉をひそめている。


 大商人のベルナルディだった。この街で三本の指に入る商会を束ねる男で、街道の安全確保や商品の護衛依頼をギルドに発注する大口の顧客候補だ。


 受付近くの椅子に座った彼は、堂々とした態度で職員を呼ぶ。レオナルドが応対に出ると、ベルナルディは形ばかりの挨拶を済ませて切り出した。


「レオナルド・ヴァレンティーニ。腕は確かだと聞いている。だが、ギルドとしてはどうかな。まだ小さい。実績も少ない」

「だからこそ、一つ一つ積み上げていくつもりです」

「積み上げる、ね」


 ベルナルディの視線がギルドの内装を舐めた。がたつくテーブル、木の丸椅子、年季の入った掲示板。中古で揃えた品ばかり。それを値踏みする目つきを隠そうともしていない。


「うちは毎月、東の街道を通って隣の都市まで大口の荷を出す。護衛にはそれなりの信頼が要る。正直に言えば、もっと大きなギルドに頼むつもりだった」

「では、なぜうちに?」

「リーヴェの森の件が耳に入ったからだ。B級の依頼をA級と見抜いて、全員無傷で帰還させたと聞いた。それが本当なら、話くらいは聞いてやろうと思ってな」


 ——話くらいは聞いてやろう、か。


 上から見下ろしている。この程度のギルドに任せられるかどうか試しに来たのだ。新興ギルドへの態度としては珍しくない。


 レオナルドの顔がわずかに硬くなったのが見えた。彼は冒険者としては超一流だが、商人相手の駆け引きには慣れていない。正面からぶつかろうとする気配がある。


 ——ここは私の仕事だ。


「ベルナルディ様」


 レオナルドの隣から一歩前に出た。


「星の道標のサブマスター、ジュリエッタです。お話をお聞かせいただけますか」


 ベルナルディの目がこちらに向いた。


「サブマスター? ……まあいい、話してみろ」

「まず確認ですが、東の街道の護衛ということは、先日の嵐で崩落した峠道を避けて、南回りのルートをお使いですか?」


 ベルナルディの目が初めて真剣になった。


「……よく知っているな」

「街道の状況は冒険者ギルドにとっても重要な情報ですので。南回りの場合、通常の東ルートに比べて行程が一日半長くなります。その分、護衛の拘束時間が増え、費用もかさむ。今お使いのギルドに不満があるとすれば、費用ではありませんか?」


 沈黙が一拍あった。


「……続けろ」


 当たりだ。ベルナルディが来た本当の理由は、新興ギルドの品定めではない。今使っている大手ギルドの護衛費用が嵩んでいて、より安く、しかし質は落とさない選択肢を探しているのだ。


「南回りの街道を調べたところ、危険区間は二箇所に集中しています。全行程に同じ人数の護衛をつけるのではなく、危険区間だけ増員して、安全な区間は最低限にする変動編成であれば、費用を三割は落とせます。護衛の質は変わりません」

「変動編成だと? そんな面倒な組み方をしてくれるギルドがあるのか」


「うちはやります。冒険者の適性と街道の状況を突き合わせて、最適な配置を出すのがサブマスターの仕事ですから」


 ベルナルディが腕を組む。値踏みの目ではなかった。初めて、こちらの話を本気で検討する目になってる。


「……だが、小さいギルドだ。うちの荷を守れるだけの頭数が揃うのか」

「現時点での在籍冒険者の数と実力は把握しています。東街道の南回りルートであれば、危険区間用に四名、通常区間用に二名の編成で対応できます。具体的な人選と配置は、ご契約いただければ書面でお出しします」

「書面、ね」

「はい。配置の根拠と、想定されるリスクへの対応方針も添えます。うちの仕事は掲示板に依頼を張って終わりではありません」


 最後の一言で、ベルナルディの口元が動く。笑ったのだ。


「大きなギルドほど、そこが雑なんだよな」

「存じております」


 ベルナルディが立ち上がり、護衛の二人が慌てて姿勢を正す。


「いいだろう。まずは来月の便で試させてもらう。詳細は後日詰めよう」

「承知しました」


 ベルナルディは帰り際、レオナルドに一言だけ言った。


「ギルドマスター。いい人材を持っているな」


 レオナルドが何か答える前に、ベルナルディは外套を翻して出ていった。


***


 客が去った受付で、レオナルドが大きく息を吐いた。


「……すごかった」

「何がですか」

「全部だ。峠の崩落のことも、南回りの危険区間のことも……君はいつ調べたんだ」

「街道の状況は毎日確認しています。依頼を査定するのに必要な情報ですから」

「毎日……」


 レオナルドが目を瞬かせた。


「それと、変動編成の提案。あれはその場で考えたのか?」

「いえ。東街道の護衛依頼はいずれ来ると思っていたので、いくつかパターンを準備していました。ベルナルディ様の規模なら、あの編成が最適だろうと」

「来ると思っていた依頼のために、先に編成を考えていた」

「備えるのが私の仕事です」


 レオナルドが黙って、それから小さく笑う。感心とも諦めともつかない笑みだ。


「敵わないな」

「何にですか」

「君に」


 返す言葉が見つからない。からかわれているのとは違う。彼は本気で言っている。それが分かってしまうから、少しだけ居心地悪かった。


***


 折衝の後始末を片づけて、仕事部屋に戻った。


 契約書のたたき台を書き始める。ベルナルディへの提案書、護衛編成の詳細、費用の見積もり。頭はまだ仕事の熱を引きずっていて、指が勝手に動く。


 どれくらい経っただろう。ペンを持つ手がわずかに震えていることに気づいた。


 ——緊張が、今になって来た。


 折衝の間は平気だった。相手の出方を読み、言葉を選び、提案を組み立てる。その最中は冷静でいられる。終わった後に反動が来るのは、昔からの癖だった。


 そこに、扉を叩く音がした。


「入っていいかな」


 レオナルドだった。片手にティーポットを持っている。もう片方の手には小さな缶。


「……お茶ですか」

「君の好きな茶葉があったから、買ってきた」


 レオナルドが机の端にカップを置いて、丁寧に茶を注いだ。湯気とともに、懐かしい香りが広がる。


 ——この香りは。


「これ……メリッサ・ドラータですか」

「そう。君、難しい仕事の後にこれを飲んでいただろう。紅蓮の剣にいた頃」


 指先が止まった。


 レオナルドが紅蓮の剣に在籍していたのは、ほんの短い間だ。その短い間に、私が折衝の後に飲む茶葉の銘柄を覚えていた。


「……よく覚えていますね」

「忘れるわけがない」


 さらりと、それが当たり前かのように言った。


「君が顧客との折衝を終えた後、仕事部屋で一人でこの茶を飲んでいるのを何度か見た。張り詰めた顔がふっと緩む瞬間があって——」


 そこでレオナルドが急に黙った。少し間があって、わずかに目を逸らした。


「……とにかく、疲れただろうと思って」


 照れている。


 国一番の冒険者が、茶葉を差し入れただけのことで照れている。


 ——何年も前の、そんな些細なことを覚えていて、今日のために買ってきた。


 胸の奥で何かがとくん、と跳ねる。


 誤魔化すようにカップを手に取った。親しんだ香りに、緊張の残滓が少しだけほどける。


「……おいしいです」

「よかった」


 レオナルドの声が柔らかい。


 それ以上考えないようにした。この人の優しさはいつもこうだ。さりげなくて、でもこちらが必要としている瞬間を正確に捉えてくる。仕事仲間として気を遣ってくれているのだ、きっと。


 きっと、そうだ。


 ——なのに、もう一口飲んだ時、さっきとは違う理由で指先が震えていることに気づいてしまう。


 それも、深く考えないことにした。

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