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ギルドを追放されたサブマスター、最強の冒険者に引き抜かれて溺愛される  作者: 野塩いぜ


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第4話 初仕事

 サブマスターとして本格的に動き始めて数日。依頼の査定基準を整え、冒険者の適性記録を一人ずつ聞き取りで埋めていく日々の中に、それは来た。


「ジュリエッタ、依頼書を見てほしい」


 レオナルドが持ってきたのは、街の北に広がるリーヴェの森での討伐依頼だった。大型の魔獣が出没して街道沿いの村が被害を受けている。依頼主は近隣の領主。報酬は相場よりやや高い。


 依頼書を受け取って、目を通す。


 ——引っかかった。


「レオナルド。この依頼、受けますか?」

「報酬は悪くない。うちの実力なら対応できると思うが、君の判断を聞きたい」


 依頼書を机の上に広げた。


「討伐対象はグラナ・ベスティア。大型の獣種で、単体なら難易度はB級の上位。うちの冒険者なら処理できます」

「なら問題ないか」

「依頼書にはそう見えます。でも、気になる点が三つ」


 指で依頼書の記述を辿る。


「一つ目。被害報告の時期です。通常、領地内の魔獣被害はまず騎士団が対処します。騎士団は統率が取れていて練度も高い。定常的な脅威の管理は彼らの領分です。それがギルドに回ってきたということは、騎士団が動けない事情があるか——あるいは、突発的すぎて動員手続きが間に合わなかったか。どちらにしても、この依頼は急を要している」


 レオナルドの目が真剣になった。


「二つ目。被害を受けた村の位置です。ここ、ここ、ここ」


 地図を引っ張り出して、三つの村を指で示す。


「三つの村が被害を報告していますが、この配置を見てください。東西に直線で並んでいます。グラナ・ベスティアは縄張りを中心に円状に活動する習性がある。被害が直線上に並ぶのは、単独の個体の行動としては不自然です」


「……複数いる、ということか」

「その可能性があります。少なくとも二体。最悪の場合、つがいと子で三体以上」


 レオナルドの顔が引き締まった。


「三つ目。季節です。今は晩秋で、グラナ・ベスティアの子育ての時期にあたります。巣を守る意識が極めて高い。攻撃的で、巣に近づく者を執拗に追います。報酬が相場より高いのは、依頼主もその危険を感じ取っているからでしょう」


 依頼書を閉じる。


「結論として、この依頼はB級ではなくA級相当です。報酬の再交渉が必要です。それと、掲示板には出さないでください」

「掲示板に出さない?」

「B級のまま掲示板に張り出したら、実力の足りない冒険者がそのつもりで受けてしまう可能性があります。これはギルド指名に切り替えるべき案件です。私が編成を組んで、適任の冒険者を指名します」

 

 このギルドでは、日常的な依頼は掲示板に張り出して冒険者が自分で選んで受注する。冒険者の自主性を尊重するやり方で、大半の仕事はそれで回る。

 

 だが、難易度が高い案件や隠れたリスクがある案件は別だ。サブマスターが冒険者の実力と適性を見極めて編成を組み、ギルドの指示として送り出す。掲示板に出すか、指名に切り替えるか。その判断がサブマスターの仕事であり、責任だった。

 

 レオナルドはしばらく黙っていた。それから、小さく息を吐いた。


「……依頼書をそのまま掲示板に出していたら、大変なことになっていたかもしれない」

「依頼主が意図的に情報を隠しているわけではないと思います。ただ、現地の状況を正確に把握しきれていない。よくあることです」

「よくあることだからこそ、見抜ける人間がいなければ死人が出る」

 

 その通りだった。依頼書は事実の全てを書いてはくれない。行間を読み、裏を取り、見えないリスクを想定する。そして必要であれば、冒険者の自由な受注に制限をかける。嫌がられることもある判断だが、命には代えられない。

 

「編成を組んでくれ。君の判断に任せる」

「はい」


***


 冒険者の適性記録を広げた。まだ聞き取りの途中だが、この数日で把握した情報だけでも編成を組む材料はある。


 リーヴェの森は密林寄りの地形で視界が悪い。大型の魔獣が複数いるなら、正面からぶつかるのではなく、索敵を徹底して各個撃破が基本方針になる。


 四人編成。前衛二人、索敵一人、後方支援一人。

 

 前衛の一人目。三十代半ばの剣士。密林地形での任務経験あり。防御寄りの戦い方で、前線を崩さずに持ちこたえるタイプ。今回の軸はこの男だ。

 

 前衛のもう一人には、槍使いを選んだ。密林で槍は取り回しが悪い——普通なら。だが、聞き取りの時に確認した。この冒険者は槍を短く持ち替える技術を持っている。狭い空間でも戦えるし、いざという時の間合い管理もできる。マルコが盾になり、横から突く。この二人の相性はいい。

 

 索敵には耳の良い斥候を入れた。聞き取りの時、ギルドの酒場で隣の部屋の会話を拾っていた男だ。音で索敵できるなら、密林の視界の悪さは問題にならない。

 

 そして後方支援。三十代の治癒術師。経験豊富で、前衛が無理をしていると感じたら自分の判断で撤退の合図を出せるタイプだ。この手の冒険者は貴重だが、紅蓮の剣では軽視されていた。ロレンツォは「撤退を判断する」ことを臆病と見なしていたから。

 

 四人の編成表を作る。隊列、想定される戦闘パターン、撤退手順。


 そして——指示書の最後に一行書き加えた。


『巣の位置を特定した場合、即座に報告。単独での突入を禁止する』


 複数体がいる場合、巣を見つけた瞬間に突っ込みたくなるのが冒険者の性だ。でも、つがいの片方を仕留めている間にもう片方が背後に回れば挟撃される。必ず全体の状況を把握してから動く。


 全員生きて帰すために、慎重に。慎重に。


***


 四人を集めて、ブリーフィングを行った。


 依頼書の内容。私が読み取ったリスク。想定される敵の数と行動パターン。編成の意図。撤退の基準。


 剣士のマルコが腕を組んで聞いていた。

 

「サブマスター。複数体を想定してるってことは、依頼書の難易度はあてにならないってことか」

「そうです。A級相当と見ています」

「はっきり言ってくれるな」

「嘘をついて送り出すよりは」

 

 マルコが口の端を上げた。不敵な笑みだったが、目は真剣だった。

 治癒術師のターニャだけが黙って聞いていた。全ての説明が終わった後、一つだけ聞いてきた。

 

「撤退の判断は、私に任せてもらえるんですか」

「はい。前衛が限界だと感じたら、遠慮なく合図を出してください。サブマスターの指示として、全員それに従うこと」

 

 ターニャの目がわずかに揺れた。それから、静かに頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 小さな声だった。

 ありがとう、と言われる意味が、私にはわかった。撤退を判断する役割を正式に認められることが、治癒術師にとってどれほど大きいか。命を預かる立場は、敵地から引く判断を許されて初めて成り立つのだ。


***


 任務の間、私はギルドで待っていた。


 サブマスターは現場には出ない。依頼を査定し、編成を組み、指示を出す。あとは冒険者を信じて待つ。それが仕事だ。


 待つ時間は、いつだって長い。


 リーヴェの森までの往復と任務にかかる時間を計算すると、早くても明日の昼。夜を越えれば翌朝。それを過ぎたら——考えないようにする。考えても仕方がない。


 日が暮れて、夜が来て、また朝が来た。


 翌日の昼前。酒場の扉が開いた。


 マルコが先頭だった。鎧に深い爪痕がついている。後に続く槍使いの穂先が欠けている。斥候は土だらけで、ターニャの顔には疲労がにじんでいた。

 それでも四人全員、揃っている。

 

「サブマスター」

 

 マルコが息を切らしたまま、報告した。

 

「予想通り、二体いた。つがいだった。巣にはまだ子がいたが、そっちは領地の騎士団に引き継いできた。継続的な管理は騎士団の方が向いているからな」

 

 正しい判断だった。単発の討伐はギルドの仕事だが、巣の子の管理は騎士団の領分だ。冒険者はその場の危機を取り除くことに長けている。だが、腰を据えて見張り続ける仕事は、組織的に動ける騎士団のほうが適している。

 

「依頼書通りなら全滅してたかもしれない。あんたの読みがなかったら、やばかった」

 

 槍使いが壁にもたれて首を回した。

 

「前衛の連携がうまくいったのは編成のおかげだ。正面から二体同時に相手してたら持たなかった」

 

 斥候が水を一杯飲んでから、少し誇らしげに言った。

 

「音で二体目の位置を掴めました。あれがなかったら不意打ちを食らってた」


 ターニャは何も言わなかった。ただ、私のほうを見て、小さく頭を下げた。


 ——撤退の合図は、出さずに済んだらしい。でも、出せる体制があったから、前衛は安心して前に出られた。そういうことだ。


「全員、怪我の手当ては終わっていますか」

「ターニャにやってもらった。大した傷はない」

「お疲れ様でした。報酬は再交渉済みなので、A級相当の額が出ます。明後日には届くはずです」


 マルコが目を丸くした。


「報酬の交渉までしてくれたのか」

「当然です。B級の報酬でA級の仕事をさせるわけにはいきません」


 四人が顔を見合わせ、誰からともなく笑った。


「なんだ、このギルド。サブマスターが当たりじゃないか」


***


 冒険者たちが酒場に消えてから、レオナルドが来た。


 依頼の経過は逐一報告していたから、結果も把握している。それでもわざわざ私の部屋に来て、机の前に立った。


「全員無事だったな」

「はい」

「前衛の選定、見事だった。あの二人は戦い方が噛み合う。でも、普通に見たら槍使いを密林に入れようとは思わない」

「あの人は槍を短く持ち替えられます。聞き取りの時に確認しました」

「そこまで見ていたのか」

「見るのが仕事ですから」


 レオナルドが感心したように頷いた。それから、何かを思い出したように一度部屋を出て、すぐに戻ってきた。


 手に湯気の立つカップを二つ持っている。


「……何ですか、それ」

「今日の君、朝から何も飲んでないだろう」


 言われてみれば、そうかもしれない。任務の間ずっと気が張っていて、自分のことまで気が回っていなかった。


「冒険者の心配はするのに、自分のことは後回しなんだな」


 レオナルドがカップを机に置いた。温かい香りが立ちのぼる。


「……ありがとうございます」


 カップを手に取ると、指先に温もりが伝わってきた。体が強張っていたことに今さら気付く。


 レオナルドはもう一つのカップを持って、窓際の壁にもたれた。


「いい仕事だった」

 

 少し間を置いて、彼が言葉を続ける。

 

「……あの依頼、僕には見抜けなかった。君のおかげだ」

 

 素朴な言葉だった。でも、仕事の中身を見た上での一言だと分かるから、嬉しかった。


 ——お世辞ではなく、何がどう良かったかを理解している人に褒められるのは、初めてかもしれない。


 カップの中身を一口飲んだ。味と香りが喉を通って、ゆっくりと体に広がっていく。


 全員、生きて帰ってきた。


 それだけのことが、こんなにも嬉しい。

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