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ギルドを追放されたサブマスター、最強の冒険者に引き抜かれて溺愛される  作者: 野塩いぜ


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2/11

第2話 迎え

「探したよ、ジュリエッタ」


 二階の窓から見下ろすと、街灯の明かりの中にレオナルドが立っていた。金の髪に、琥珀色の目。数年ぶりに見る顔が、私を見上げている。


 鞄を掴んで部屋を出た。どうせ荷物はまとめ終えたところだ。


 古い木の階段を降りながら、息を整える。心臓がうるさいのは、急いだせいだと思うことにした。


 表の戸を開けると、夜風と一緒にレオナルドの姿が飛び込んできた。窓から見た時より、ずっと近い。最後に会った時より逞しくなっている。街灯の影がそう見せているだけではないだろう。


「……どうして、ここに?」

「君の噂を聞いた——というのが半分」


 レオナルドは少し困ったように目を逸らした。国一番の冒険者と呼ばれる男の、妙に子供じみた仕草だった。


「正直に言うと、ずっと君の動向を気にしていた。手紙の返事をもらった後もね」


 断りの手紙のことだ。今にして思えば、素っ気ないとすら言える返事。それでもこの人は気にかけていた、と言う。


「……それに最近、紅蓮の剣の噂が少し変わってきていたから。気になっていたんだ」


 それ以上は言わなかった。でも、十分だった。外に変化が漏れるほど、あのギルドはおかしくなっていたのだ。


「追放のことは、さっき耳に入った。だから来た」


 街灯の明かりが琥珀色の目を照らしている。その目に同情の色はなかった。代わりにあったのは——待ちかねたような、けれどそれを必死に隠そうとしている不思議な光。


「火事場泥棒みたいで格好がつかないのはわかってる。でも——」


 レオナルドが一呼吸置いた。


「ずっと君に来てほしかった。でも、君はあのギルドに必要な人だったから、無理には誘えなかった」


 あのギルドに必要な人。


 ロレンツォには、そうは思ってもらえなかったのに。


 心臓が軋む。でも、それは痛みではなかった。もっと温かくて、だからこそ戸惑うような何かだった。


「僕のギルドを、君の手腕で支えてくれないか」


 どこまでもまっすぐな言葉。駆け引きも飾り言葉もなく、ただ率直に。ロレンツォの演説とは何もかもが違う。


 ――即答は、できなかった。


 レオナルドの申し出は嬉しい。こんな夜に駆けつけてくれたことも、ずっと気にかけていたという言葉も。


 でも——つい数時間前まで、私はロレンツォのギルドを信じていた。十年間、自分の役目だと疑わなかった場所から、あっさり追い出された。信じることの怖さが、まだ胸の底にある。


「……少し、聞いてもいいですか」

「何でも」

「どうして、私なんですか」


 レオナルドは少し考えるように目を伏せて、それから話し始めた。


「紅蓮の剣にいた頃、周りに貴族だとバレてからは散々だった。腫れ物扱いされるか、嫌味を言われるか。でも、君だけが違った」


 覚えている。彼の身分は知っていた。昔のレオナルドは貴族の振る舞いが隠せていなかったから。でも、それで対応を変える理由はなかった。実力を見て依頼を振る、それがサブマスターの仕事だ。例え貴族だろうと、紅蓮の剣の一員ならば。ギルドに入った冒険者は、冒険者として扱う。それだけのことだ。

 

「君は僕の名前じゃなくて、僕の腕を見てくれた。紅蓮の剣の中で、そうしてくれたのは君だけだった」


 レオナルドの声が少し低くなった。


「——あの時のことを、覚えているかな」


 あの時。


 言われなくても、わかった。レオナルドが紅蓮の剣を去る少し前のことだ。


 周囲に煽られて、レオナルドが実力に見合わない依頼を受けようとした。高難度の討伐任務。当時の彼ではまだ早い案件。


 周りの冒険者たちは誰も止めようとしない。貴族のくせに冒険者をやっている奴が痛い目を見ればいい——そんな空気が、酒場に漂っていた頃。


 私はレオナルドの前に立った。


『あなたの実力なら、あと半年でその依頼を受けられるようになる。でも今日受けたら死にます』


 突き放した言い方だったと思う。でも、あの場で優しい言葉は届かない。功を焦る若者にはありがちなことだ。なので事実だけを、真正面からぶつけた。


「あの一言がなかったら、僕は死んでいた」


 レオナルドが静かに言うので、私は小さく首を振る。あの言葉で止まったのは、レオナルドに冷静さが残っていたからだ。だから、私の言葉が届いた。あそこで立ち止まれたのは、レオナルド自身の強さなのだ。


「短い間だったけど、紅蓮の剣にいてわかったことがある。あのギルドが回っていたのは、ロレンツォの力じゃない。君の采配だ」


 ――あの短い在籍期間で、そこまで見ていたのか。私は内心驚き、同時に納得する。そのくらい周りを見られる人間でないと、国一番と謳われる冒険者になんてなれないだろう。


「だからギルドを作ると決めた時、サブマスターは君しかいないと思った。立場に関係なく、実力を見て、命を守れる人間。そんな人を、僕は君以外に知らない」


 夜風がレオナルドの髪を揺らす。琥珀色の目は真剣で、嘘がない。


 沈黙が落ちた。

 レオナルドは急かさない。街灯の下に立ったまま、じっと待っている。

 

 その間に、色々なものが頭を過ぎった。

 

 ロレンツォの演説。酒場の歓声。目を伏せた冒険者たち。便箋の折り目。がらんとした部屋。

 

 ——そして、レオナルドの手紙。

 

『いつか、僕のギルドを手伝ってくれないか』

 

 あの頃は断った。ロレンツォのギルドを離れるつもりがなかったから。自分が選んだのではなく、そこにいることが当たり前だったから。

 

 でも、今は違う。あの場所はもうない。そして目の前に、私の仕事を見ていた人がいる。

 

 信じるのは、まだ怖い。

 

 また裏切られるかもしれない。また「要らない」と言われるかもしれない。十年かけて築いたものがあっさり崩れた夜に、新しい何かを信じろと言われても——

 レオナルドが、小さく息を吐いた。

 

「……返事は、いつでもいいよ。今夜は色々あっただろうから」


 気遣いだった。追い詰めたくないという、この人なりの誠実さ。


 ——その一言で、逆に心が決まった。


 ロレンツォは一方的に決めた。私の意志など聞きもせず、酒場で一人で盛り上がって、一人で追い出した。

 この人は、待ってくれている。私が自分で決めるのを。

 それだけで十分だった。

 

「……お世話になります」

 

 声が少しだけ震える。自分でも驚くほど小さな声だった。

 レオナルドの表情が変わっていく。

 琥珀色の目が見開かれて、一瞬呆けたような顔をして——それから、ゆっくりと笑った。安堵と喜びを隠しきれないまま、それでも静かに。

 

「——ありがとう」

 

 国一番の冒険者が、深々と頭を下げた。

 大袈裟だ、と思った。サブマスターを一人雇っただけなのに。

 でも不思議と、それが嫌ではなかった。

 レオナルドが顔を上げると、さっきまでの真剣な空気が少し緩んでいた。目尻が下がっている。この人、こんな顔もするのか。

 

「ギルドは街の東区に構えている。明日、案内するよ」

「明日——いえ。今夜、先に書類だけでも見せてもらえますか」

 

 レオナルドが目を瞬かせた。

 

「……今夜?」

「依頼の管理体制と冒険者の登録状況を把握しておきたいので。現状がわからないまま明日を迎えるのは落ち着かないんです」

 

 少しの間があって、レオナルドが笑い出した。さっきのとは違う、堪えきれないという感じの笑い。

 

「もう仕事の話を?」

「悪いですか」

「いや——やっぱり君だ」

 

 何がやっぱりなのかはわからなかったけれど、その笑顔に悪意がないことだけは確かだった。


「わかった。ギルドに寄ろう。書類は山ほどある——というか、整理できていないものが大半だけど」

「それは聞く前からなんとなく想像がついていました」

「……手厳しいな」

 

 レオナルドが苦笑して、歩き出す。

 私は鞄を握り直して、その隣に並んだ。半歩後ろではなく、隣に。サブマスターとして歩くなら、この位置だ。

 夜風が二人の間を通り抜けていく。ついさっきまで一人で浴びていたのと同じ風のはずなのに、少しだけ温度が違う気がした。

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